第三十九話 (サブリナ視点)
「全て、全て貴様のせいだ! サブリナ!」
そう父の怒声が響いたのは、バロランド伯爵家の屋敷でのことだった。
シーリャにハイド様からの調査を送ると言われて、まだ数時間も経っていない。
……未だ父の怒りは、最高潮だった。
「サブリナ、お前さえいなければ!」
そう叫ぶ父に、私は黙って怒鳴られる。
そんな中、私の中からはまだ驚愕が消えていなかった。
まさか、シルドアがシーリャだったと、私は本気で思っていなかった。
確かに、一度は私の頭にその可能性がよぎったのは事実。
しかし、すぐに私はその可能性を否定した。
それも当然だ。
あれだけいじめても、涙一つ見せずやり返してきた人間が、どうして侯爵家の令嬢だと思える?
同時に私は理解していた。
シーリャが私より上なのは立場だけじゃない。
……その能力でさえ、私より圧倒的に上であることに。
その上で、シーリャは一切私に対して油断もしていなかった。
だから、シーリャは父を引きずり出したのだ。
私と直接やり合うよりも、父から失言を引き出す方がやりやすいと判断して。
私は父の権力を使って強引にシーリャの口を封じようとして、逆に父という弱みを狙われ、ハイド様の調査を引き出された。
……ただ、とうの父だけが自分がねらわれたことにも、自分の失言にも気づいていなかった。
「どうして、どうしてこんなことになった……! あと数日? あと数日で調査が来るだと?」
同じことを何度もいいながら、父はぐるぐるとその場を回る。
そんな父を見ながら、私は冷静に思考を巡らせる。
……確かに、今回の一件は失態だった。
このまま調査に来られてしまえば、すぐに不正は明らかになるだろう。
けれど、そう思いながら同時に私は理解していた。
まだ、事態は詰みではないことに。
そう、全ては金貸しのせいであったとすればいいのだ。
私達は関わっていないが、金貸しが不正を働いていたと。
ただ、私達は雪狼騎士団から預かった金を横領してはいないと主張すればいい。
何かを言ってくれば、雪狼騎士団から預かった金額は減っていないことを主張すればいいのだから。
そうすれば、私達の信用は大きく損なわれはするだろうが、それでも罪に問われることはないだろう。
何せ、雪狼騎士団で不正があったと言い出せないのはフランシスコ侯爵家も同じなのだから。
そこまで考え、私は意を決して口を開く。
「お父様」
「サブリナ! 全部お前のせいだぞ! そもそも、どうしてシーリャ様の顔が分からない? お前も社交界に行けば目にしたことはあるはずだろうが! 私達の主なんだぞ!」
「……お父様のせいではないですか」
その、はずだった。
「私は社交界になど、行ったことはありません」
しかし、代わりに私の口から出たのは、自分でも想定していない言葉だった。
お父様が驚いたように私を見ている。
実のところ、一番驚いているのが私だった。
それでも、なぜか私の口は止まらなかった。
「私は……!」
「うるさい!」
ぱん、と懐かしい破裂音が響く。
久しく感じていなかった熱を頬に感じながら顔を上げると、そこにいたのは鼻息荒く私をにらみつけるお父様だった。
「いいから何とかしろ! 死んだ前妻の子供を育ててやった恩を返せ!」
……かつては怖かったその姿が、今は一切怖くなかった。
それでも、私は口答えせずに頭を下げる。
「かしこまりました。では私はこれで」
「待て! まだ話は……!」
何かをまだ言い掛けた父を無視し、私はその場に背を向ける。
……そんな中、私の中に蘇るのは私が才女と呼ばれるまでの記憶だった。




