第三十五話 (サブリナ視点)
「……そうか、随分生意気な平民がいるようだな」
そう、私サブリナの父。
バロランド伯爵家当主が告げたのは、書斎でのことだった。
「本当に申し訳ありません。お父様」
「いいんだ、サブリナ。お前は私のかわいい娘じゃないか」
にっこりと笑顔でそう告げるお父様。
その声を聞きながら、私の全身に鳥肌が立つ。
よかった、怒られなかった。
そう思いながら、同時に私の胸にあるのは呆れに似た感情だった。
……一体、いつまで私はこんなことをやるのだろうか、と。
思い出すのは数年前。
雪狼騎士団事務方にいけと、お父様に言われた日だ。
──サブリナ、お前のやるべきことは理解できているな。
今まで虐げてきた私を、父が急に持ち上げてきた日。
それを私は今でも覚えている。
「……サブリナ?」
父の困惑した声に、私は思考の渦にはまっていたことを自覚する。
「申し訳ありません、お父様。自己嫌悪にとらわれていました」
「いいんだ。誰もお前を責めようなど思っていない! お前程、バロランド伯爵家のことを考えてくれている子はいないのだから」
──お前はこの家の荷物だ!
過去の父上の発言がフラッシュバックする。
虐げられていた時は、私はずっとこんな日を待ち望んでいたはずだった。
……それなのに今、私は父が私が生み出す不正の利益しか見ていないことを理解してしまっていた。
ただ、同時に理解していた。
私ももう、父と変わりはしないのだと。
──バーリナ、私が何とかするから。
父の無茶ぶりに対し、必死にあがいていた時の私はもういない。
ここにいるのは父と同じ、自分の欲望で動くだけの伯爵令嬢だ。
「お願いいたします、お父様。あの、平民の娘は私たちにとって邪魔ですわ」
そう理解していても私はもう止まれないのだから。
──ハイド様だけは渡す訳にはいかない。
内心を抑えて私は父にほほえみかける。
今になっては私も理解している。
あのシルドアという秘書は、私をはめる為に駒にすぎなかったと。
本来ならば、シルドアの排除は諦めて、犠牲を最小限にするように動くべきであると。
ただ、私は同時に気づいていた。
ハイド様のシルドアに向ける目、あれはただの部下に向ける目ではあり得ない。
ハイド様は確かに、あのシルドアを特別視している。
だとすれば、シルドアをそのままにする訳にはいかない。
「安心しなさい、シルドア」
そして、その私の内心を知らずにお父様は笑った。
「後は私に任せておきなさい」
そういいながら、お父様は立ち上がる。
その身体に纏うのは、数年前からは考えられなかったような豪華な衣服。
それを見せつけるように身につけながら、お父様は吐き捨てた。
「その平民には、バロランド伯爵家というものを教えてやろうではないか!」




