第三十三話 (サブリナ視点)
実のところ、私がシルドアがバーリナの書類を処理するのを許可したのは、そんなことできる訳がないと確信していたからだった。
確かに、シルドアの書類を処理する速度は異常だ。
私より速いのは間違いないと言っていい。
しかし、私はずっとシルドアの計算速度を見ていたから分かる。
いくら速くとも、バーリナの書類を処理するのには、シルドアでも夜まではかかると。
私が言った夕方、という期限までにシルドアが書類を終わらすことはないだろう。
シルドアも、夕方と期限をつけられた時はさぞ慌てたに違いない。
ただ、私は後出しで期限を夕方と定めた。
それを超えたからと咎めても、他の令嬢達はシルドアに同情的になるだろう。
だが、ここで早々に書類を終わらせた私がバーリナの分の書類を終わらせることができればどうか?
その瞬間、この場にいる人間ははっきりと理解するだろう。
この場における支配者が私であること、シルドアは私には勝てないことを。
普段であれば、そんなことを私は考えない。
何せ、私も自身のやる書類だけで手一杯だからだ。
──ただ今の私には、シルドアから盗んだ計算式という武器があった。
書類をこなしながら私は笑いをこらえるのに必死だった。
これがシルドアが異常な速度で書類を処理できた秘密だったかと。
そして、シルドアは間違えていた。
この武器をシルドアは周囲の人間にあかすべきでは無かったのだ。
書類をこなしながら私は確信する。
これならば、私の書類は夕方までに終わる。
シルドアなどに、この事務方の主導権を奪わせたりはしない。
「これでよろしいでしょうか?」
──故に、大量の書類を私に見せつけるシルドアが、信じられなかった。
時間はまだ夕方に至る前、まだ残っている自分の書類を片手に唖然と立ち尽くす私。
そんな私の書類をのぞき込み、シルドアは笑った。
「ああ、サブリナ様。ここはこの計算式を使うと早いですよ」
その瞬間、ようやく私は理解した。
シルドアは教えた計算式など、比にならない計算式を持っていたと。
……自分は最初から騙されていたことを。
私に計算式を教えたことも、そして引けないように見せて私を賭に引っ張り込んだことも。
自分の計算がすべて見抜かれたと理解し、それを利用されて勝負に引きずり込まれたと理解した私は、ただ呆然とシルドアをみることしかできない。
「し、シルドアさん、こんな短時間でいったいどうやって……」
「ずるい、私も知りたいわ!」
私をよそに、シルドアで盛り上がり始める令嬢達の姿を見ながら、私は理解する。
……自分の完全敗北と、シルドアを事務方に入れた自分の判断ミスを。
そんな私の考えを見抜いたように、一瞬私の方をシルドアがみる。
私の頭に、ある人物が浮かんだのはそのときだった。
それは唯一、こんなことができると思える人間。
目の前にいるのはただの平民で、その人物がこの場にいないことくらい理解している。
それでも、気づけば私はその人物の名を口にしていた。
「……シーリャ・フランシスコ」
私に並び立つ才女、私がつぶやいたその名前はシルドアを持ち上げる騒ぎの中、誰の耳にも入らず消えた。
タイトルころころ変わり申し訳ありません。
こちらで少しの間固定させていただくと思います。
明日からシーリャ視点に戻ります!
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