第二十六話 (セドリック視点)
「……あの、サブリナが敵にならない才女か」
団長と話してから数時間後、俺は事務方の部屋の前にいた。
分厚い扉のせいで、その中の音が聞こえてくることはない。
ただ、その扉の中でどんな女の争いが繰り広げられているのか、俺には理解できた。
「そんな令嬢が本当にいるのか?」
絶対の信頼と尊敬を俺は団長に向けている。
だが、それでもその言葉は俺には信じられない言葉だった。
確かに、サブリナは人としては嫌いだ。
その性根はねじ曲がっていると俺は思っている。
ただ、同時に俺は理解していた。
サブリナがどれほど優秀であるか。
雪狼騎士団に預けられている金は今や、膨大な金額に上っている。
それをただの令嬢だけの集団で取り仕切るサブリナ。
その能力が、ただの令嬢ではないことは明らかだった。
……そうでなければ、事務方はとっくにサブリナの手から取り上げられている。
「そんなサブリナ以上の才能を、あの可憐な娘が持っている?」
俺の頭に、シーリャの姿がよみがえる。
深窓の令嬢にしか見えない、可憐で負けず嫌いという団長の言葉が信じられなくなるような少女だった。
そんなシーリャが、サブリナよりも強かなど俺には信じられなかった。
「……団長の命令には逆らえない。だが、気にかけておいた方がいいよな」
そう小さくささやきながら、俺はシーリャが現れるのを待つ。
……そして、実際に俺の目の前に現れたシーリャは心底疲れ切っていた。
「一応言っておきますが、このことはハイド様含め、他の人間には他言無用でお願いいたしますね」
そして、一緒に出てきたサブリナの顔に浮かぶのは、隠す気のない嫌らしさだった。
それを目の前にしながら、俺はサブリナを睨みつける。
「……この現場を見せつけられてもですか?」
「あらあら、私はハイド様、ひいては雪狼騎士団のことを真摯に思って動いておりますのに」
わざとらしく、悲しげな顔をしながらそう告げるサブリナ。
それを目にしながら、俺は理解する。
……口惜しいが、団長の言葉がなくとも今の俺にはシーリャを守る力はないと。
故に俺は無駄な抵抗はせず、サブリナのつけた見張りの令嬢もそのままに城壁の外に向かう。
そして、城壁の外にまで令嬢がついてこないことを確認し、シーリャにささやいた。
「大丈夫ですか、シルドア嬢?」
「はい」
俺との最初の会話が嘘のように愛想のない返答しかしないシーリャ。
その姿に、俺の胸が痛む。
……やはり、できる限りこの少女の助けになってあげなければ。
「正直に言ってください。俺も、いざというときには団長に……。シルドア嬢?」
俺が見てしまったのはその時だった。
可憐な顔から感情が抜ける程追いつめられたシーリャ。
そのはずの顔に。
……なぜか、楽しげな笑みが浮かんだように見えたのは。
背筋に悪寒が走る。
「どうかしましたか?」
笑顔をみたのは、一瞬。
俺を心配そうにみるシーリャ嬢に、先程の表情はない。
ともすれば、見間違いとでも思ってしまいそうな一瞬の笑顔。
ただ、俺は知っていた。
あの笑みは見間違いではないと。
──なぜなら、はっきりと俺の頭にその笑顔は焼き付いていたのだから。
「……いえ、大丈夫です」
──サブリナももてはやされているが、シーリャの敵じゃない。
その俺の頭の中、団長の言葉がよみがえる。
……不思議なことに、今の俺はその言葉に疑いを持っていなかった。




