第二十五話 (セドリック視点)
「団長、何を考えているのですか!」
俺、セドリックが目の前に立つハイド団長に告げたのは、サブリナに事務方の部屋の前で追い出された直後だった。
戻ってすぐの俺の言葉に、団長は処理していた自分の書類から顔を上げる。
「……何のことだ」
「何のことも何も、決まっているでしょう!」
そういいながら、俺は先程のことを思い出す。
サブリナが実家のバロランド伯爵家の権威を持ち出した瞬間に、何もいえなくなった自分の姿を。
「……残念ですが、今の俺だけではサブリナからシーリャ嬢を守れません」
それは口にしたくはないが、紛れもない事実だった。
「このまま放置すれば、サブリナがシーリャ嬢に何をするかも分かりません。一刻も早く次の手を打ってください」
そこで、俺は団長をにらみつける。
「調査の為、バロランド伯爵家を刺激しないという方針を無視していいのであれば、その限りではありませんが」
そう、実際のところ俺にも打つ手がなかったわけではなかった。
何せ、俺は雪狼騎士団副団長。
平民だと侮る人間は多いが、正式にある程度の権限を持っている。
その手を使う訳にはいかないという状況にいただけで。
「いや、いい。現状維持だ」
しかし、私の言葉に団長が頷くことはなかった。
「シーリャをサブリナから守る必要はない。私がお前をシーリャにつけたのは護衛の為で、サブリナとやり合わせる為じゃないからな」
「……は?」
いつにない冷たい言葉の団長に俺は言葉を失う。
普段であれば俺は深入りしなかっただろう。
それ位の信頼は団長と築いている。
しかし、今回の被害者は年下の子供で、俺の親友が大事に思っている存在だった。
だから俺はしゃべりすぎだと思いながら、口を開く。
「……ですが、シーリャ嬢は何も知らない」
「ほう。シーリャに何を言われた」
「何かあれば使いを出すと。……サブリナが使いを出すことを認める訳がないのに」
思い出す。
シーリャがそう告げた時の、サブリナの勝ち誇った顔を。
俺には断言できた。
サブリナはシーリャが外部に連絡することを許しはしないと。
どれだけ追いつめられても、シーリャが秘書を降りると言い出さない限り。
「だから、一刻も早く……!」
「あー、セドリック。お前はおそらく勘違いをしている」
そう告げる団長は何故か、どこか気まずげだった。
「シーリャの言っている使いは私のことだ」
「は?」
「だから、私を通じて連絡するとシーリャは言っているんだ」
団長を使いにする? その想像もしない言葉に固まる私に、団長は続ける。
「シーリャはきちんと理解しているぞ。サブリナが使いを出すのを許さないだろうこともな」
「……しかし、団長を通じて連絡するのでは非常時に間に合わないのでは?」
「違う違う。お前はシーリャという人間を間違えている」
そう言って、何故か団長は楽しげに笑った。
「──シーリャは俺に連絡するまで、手を出すなと言っているんだ」
想像もしない言葉に押し黙る俺を、気にせず団長は続ける。
「シーリャは負けず嫌いだからな。どうだ、かわいいだろう?」
「……かわいい、ですか?」
「それと、そもそもの勘違いを正しておく」
団長の空気が変わったのは、その時だった。
「お前はシーリャを秘書にしたのは、私の個人的な思いが大部分だと考えているだろうが、別にそれは理由の一番じゃない」
そこにいたのは、いつもの悪友ではなく雪狼騎士団団長としての姿だった。
「私がシーリャを秘書にしたのは、必要だと考えたからだ。──サブリナを、バロランド伯爵家の尻尾を掴むためにな」
「……はい」
「セドリック、シーリャを見誤るなよ。サブリナももてはやされているが、シーリャの敵じゃない」
才女、サブリナをシーリャの敵じゃないと告げる団長の顔には、一切の気負いもなかった。
まるで、ただ当たり前のことを言ったと言いたげに。
「だから、シーリャが自分から言ったその時まで、お前はただ護衛に徹しろ。限界も、好機も全て、シーリャの裁量に任せてある」
「かしこまりました」
団長の命令に、俺はその場で膝をついて頷く。
「まあただ」
「……はい?」
「シーリャから連絡があれば、真っ先に私に知らせろ。私の妹をこけにした報いは取って貰わないとな」
そう笑う団長。
その顔は、一度辺境の森で見た竜のように獰猛だった。




