第二十四話
「何度言えば、分かるの? ここの式はこう」
「ここの計算も間違っているんだけど?」
「これでよくハイド様の秘書になれたものね」
「本当よ。ハイド様の秘書はもっとふさわしい人がいるのにね」
「これはこうと言ったでしょう!」
「貴女、帰る気がないの?」
一体、どれだけの暴言を聞きながら何枚の書類を片づけただろうか。
私がやっと書類を片づけたとき、外はもう真っ暗だった。
「……仕方ないわね、良いわ。帰りなさい」
そのサブリナの声を聞いた時、私は思わずその場に崩れそうになり、足に必死に力を込める。
サブリナ相手に、弱みを見せてなるものかという気合いだけで真っ直ぐ立っていた。
改めて思う。
私はこの事務方を甘く見ていたと。
……そう思いを改めなければならない程に、高度な書類をこの事務方ではこなしていた。
私の疲れを見通したように、笑いながらサブリナは告げる。
「さあ、早く帰りなさい。ただ、一つ条件があるわ」
「条件、ですか」
「ええ、真っ直ぐに帰ることよ。辺境の城の人間の誰とも接触せずに帰ることよ」
そういってから、外を見たサブリナはわずかに顔をしかめて自分の言葉を訂正した。
「……あの平民以外の人間と接触せずにね」
そう告げるサブリナの視線の先、そこにあったのは開いた扉。
その隙間から見えるセドリックと少数の騎士達だった。
サブリナが手招きすると、セドリック達が部屋の中に入ってくる。
「サブリナ嬢、この時間までシルドア嬢を拘束するのは話が違うのでは?」
「あら。ハイド様の秘書になろうという方に、そんな甘い教え方では許されませんから」
そう言いながら、セドリックの目をサブリナは真っ直ぐに見ながら告げる。
「一応言っておきますが、このことはハイド様含め他の人間には他言無用でお願いいたしますね」
「……この現場を見せつけられてもですか?」
「あらあら。私はハイド様、ひいては雪狼騎士団のことを真摯に思って動いておりますのに」
わざとらしく、悲しげな顔をしながらそう告げるサブリナ。
だが、その目にはずっと敵意が浮かんでいた。
「私の実家、バロランド家の人間もそのことを証明してくれるでしょう。まあ、敵対したいというならば、止めはしませんが」
そう告げるサブリナに、今度こそ私含め誰も口を開くことはなかった。
そんな私達に満足そうな笑みを浮かべると、サブリナは側にいた令嬢達に告げる。
「城の外に行くまで、案内してあげて。心配だから、無事に帰れたかどうかも私に教えてちょうだいね」
「……はい」
見張りまでつけるサブリナ。
しかし、もう抵抗する余力は私にはなかった。
「それではご機嫌よう」
「……ご機嫌よう」
何とか挨拶だけ返し、私はセドリックと令嬢を伴い城を出る。
城を出れば、令嬢が付いてくるのはそこまでで、屋敷までついてくることはなかった。
それを確認し、セドリックが私の耳元でささやく。
「大丈夫ですか、シルドア嬢?」
「はい」
しかし、それに私はただ愛想なく返事を返すことしかできなかった。
……あることで、ずっと私の頭がいっぱいだったから。
「正直に言ってください。俺も、いざというときは団長に……。シルドア嬢?」
「どうかしましたか?」
突然言葉に窮したセドリックに顔を向けると、そこにいたのは唖然とした表情を浮かべるセドリックだった。
「……いえ、大丈夫です」
しかし、セドリックは私の質問に答えることなくうつむく。
その様子に一瞬私は疑問を抱く。
しかし、すぐに私の興味は先ほどまで考えていた思考に戻っていく。
……すなわち、今日私がずっと処理してきた書類の内容に。
「久々にやりがいのある案件ね」
小さく私が呟いた言葉、それはセドリックにも聞かれることなく消えた。




