幕間 (マリシア視点)
「……あり得ない、あり得ない」
ぶつぶつと私、マリシアの声が部屋の中に響く。
時間はラドリー様の婚約破棄から数日。
実家である男爵家に強制的に引き取られた私は部屋の中、呆然と立ち尽くす日々を送っていた。
私はあの、フランシスコ家の高慢な令嬢から婚約者を奪った人間だ。
なのに、実家に戻った私を待っていたのは使用人による冷たい視線だった。
それを避けるように、私はこの数日自身の自室に閉じこもっていた。
……しかし、その自室さえ私の安寧の場所とは言い難かった。
「マリシア! 貴様、まだラドリー殿からの手紙も来んのか!」
年頃の娘の部屋ということも考慮せず、部屋に入ってくる小太りの中年男性。
私の父にして、男爵家当主の出現に私は思わず顔をしかめる。
「勝手に入らないでって言ってるでしょうが!」
「貴様、何だその口の効き方は!」
「は? そっちこそいいの、私に何かすればラドリー様は許さないわよ! 伯爵家次期当主を敵に回す覚悟があるの?」
普段であれば、正確にはここ数日であればその言葉で父は黙り込んでいた。
しかし、今の父はどこか様子が違った。
「その根拠の手紙がないからここに来ているのだろうが! 早く、ラドリー様からの手紙の一枚でも私に渡せ!」
「根拠? なに言っているの、ラドリー様の婚約破棄の話も知らないの?」
「その後に音沙汰もないだろが、お前は捨てられたじゃないのか!」
「……っ!」
私が考えないようにしていることを無遠慮に言ってくる父に、私の頭に血が上る。
「黙れ!」
「黙れ? だから誰に向かって……」
「これ以上よけいなことを言えば、ラドリー様に支援も頼まないから!」
「……ちっ」
私がそういうと、父は短く舌打ちをして部屋を後にする。
ようやく一人になった部屋の中、私の中にあるのは消化できない苛立ちだった。
「娘の気持ちも考えられないの、あの男……!」
世間では、あの父が私を溺愛しているという話がでている。
しかし、それは全くのでたらめだった。
何せ、父が私に求めているのはただ一つ、私が高位貴族の支援を引っ張ってくることなのだから。
そのために私を守っているに過ぎず、私を溺愛などしたことはない。
「ラドリー様が私のもとに来ても絶対にこの家なんかに支援させないに決まっているわ」
そう私は怒りを抱き、しかしすぐにそれは恐ろしさに変わった。
「……それにしても、どうしてこんなに時間がかかっているのかしら」
そうつぶやく私の中で、婚約破棄の際にみた光景がよみがえる。
ラドリー様に冷たい目を向ける高位貴族達の目。
「考え過ぎよ。すぐにラドリー様は来てくれるわ」
その考えから私は必死に意識をそらす。
「そうよ。それにラドリー様の婚約者に、次期伯爵家当主の婚約者になればあの人との関わりも増えるわ」
そういいながら、私の頭に浮かぶのは銀髪の一人の美青年だった。
ラドリー様を越える唯一の思いを抱く、その人を思い描きながら私は笑う。
「……待っててくださいね、ハイド様。今度こそ、私を受け入れてくれるわよね」
そうつぶやく私はなにも知らない。
こちらで一章終わりになります。
次回から新章になります。




