第十六話 (バランド視点)
「ハイド」
まっすぐと血のつながりのない、息子の顔を見る。
この家に来てから十数年、息子になって十数年。
信頼できる家族となってから数年経つ青年の顔を。
私は知っている。
ハイドが遙か昔にシーリャにすくわれたこと。
その感謝がいつしか恋心になっていたことも。
──そして義理の兄であることを明かす許可とは、妹に想いを告げる許可であることを。
「お前はそれが何の意味を持つのか知っているのか?」
そう聞きながら、私は声に感情を込める事はなかった。
代わりに、自分の腰に佩いてある短剣に手をかける。
──武人が剣に手をかける意味を甘く見るなよ。
かつて息子に教えた言葉を思い出しながら、私はハイドの言葉を待つ。
そんな私を、ハイドは真っ向から見返していた。
その目には、緊張も何もなく。
なぜか、笑顔があった。
「はい。分かっています。全ての関係が変わってしまうかもしれないことも、シーリャに負担を強いるかもしれないことも」
私の頭にかつてのハイドが浮かぶ。
目を血走らせ、ただ執着だけをその目に宿していたハイドの姿を。
……私の過ちの結果を。
「はい。もう他人には任せられない。私が、シーリャを幸せにします」
しかし今、私の目をまっすぐに見返しながらそう宣言したハイドに、その時の面影はなかった。
殺意さえにじませ、私はハイドをにらむ。
部屋の中をぴりぴりとした緊張が流れる。
その緊張が最高潮まで達した時、私は自分の剣の柄から手を離した。
「……お前も酔狂だな。ずっと一途に思い続けよって」
もう、緊張はなかった。
もし、ここでハイドに以前のように覚悟がなければ、私はなんとしても許さないつもりだった。
そうしなければ、二人ともが不幸になるとわかり切っていたから。
実際、私はかつてハイドを止めた。
しかし、今は違う。
ハイドの表情には、確かな覚悟があった。
「シーリャに婚約者がいてもなお、諦めなかったか」
「いえ、諦めましたよ。気持ちを秘して生きていこうと。ただ」
ハイドの目に陰が浮かぶ。
「……それでシーリャが幸せになる訳でもないと知りましたからね」
「そうか」
「それに、父上も人のことを酔狂などと言える立場ではないでしょうに」
そう言いながら、ハイドが見上げたのは妻の肖像画だった。
「母上が亡くなってから、頑なに後妻の話を断り続けている父上には言われたくないです」
「……そうだな。さすが私の息子だよ、お前は」
ずっと冷静だったハイドの目が大きく見開かれる。
「似なくても良い部分ばかり似よって」
「……父上の教育のお陰です」
「ふん」
そう目を伏せて告げるハイド。
それを見ながら、なおさら思う。
血のつながりなど関係ない。
居心地が悪くなったときに目を伏せる癖、本当に私とよく似た息子だ。
「まあ、シーリャに想いを告げるのは許さんがな」
「……どうしてですか」
「簡単な話だ。今お前がシーリャに想いを告げて見ろ、シーリャはどんな反応を示す」
少し思案した後、ハイドは気まずげに告げる。
「……シーリャなら絶対に想いに応えてくれます」
それはシーリャがハイドに想いを寄せているから、ではない。
ハイドが義理の兄であると知れば、その立場を強くする為にシーリャはハイドの隣に立つことを選ぶだろう。
特に今、自分が失策したと考えているが故に。
「まじめに育ちすぎたな」
「父上のせいでしょう」
ハイドの言葉を無視し、私は妻の肖像画に目をやる。
……少し厳しく育てすぎてしまっただろうかと聞くように。
「だから、お前の願いは条件付きでかなえてやる、ハイド。お前はシーリャに義理の兄だと明かさずにその心を奪ってみせろ」
シーリャは今、ハイドをただの肉親と思っている。
そんな状況で、シーリャの心を奪うなど、決して簡単ではない。
「へえ」
しかし、それを聞いてハイドの目に浮かぶのは光だった。
「いいですね、燃えてきた」
「……言っておくが、家族を傷つけるようなことはするな」
「私がシーリャを傷つける? そんなことある訳がないでしょうに」
そう熱のこもった笑みを浮かべ、ハイドが背を向ける。
「それでは私は用ができたので、失礼します。ああ、でも一つ勘違いを正しておきます」
そう続けるハイドの声は、興奮を隠そうともしない声だった。
「私にとって、想いを隠さなくていいというだけで以前と比べて天国なので」
こちらに向けられたハイドの片目に浮かぶのは、声の喜びとは反した鬱屈だった。
その感情こそが何より雄弁に今までのハイドの気持ちを物語っていた。
愛する女性の婚約を祝わなくてはならない男の悲哀を。
「失礼します」
その言葉を最後にハイドが去り、部屋の中を沈黙が支配する。
その中、聞こえないとわかりながら私は小さく呟く。
「ハイド、勘違いしているのはお前もだ」
かつてのハイドが私の頭に蘇る。
それはフランシスコ家、という圧倒的な家の重圧に必死に耐えようとしていた時のハイド。
その重圧に対する逃避として、ハイドはシーリャに依存することを選んだ。
それを許す訳にはいかなかったし、もし過去に戻っても私は同じ決断をするだろう。
けれど、父親として思う。
もう、あの時のハイドを見たくないと。
「……私の言う家族の中にはお前も入っている」
自分の父親の能力のなさをありありと理解させられたその時。
それを思い出しながら、私はただ祈る。
……もう、子供達が苦悩することのないようにと。
優秀な子供達は、既に私の手の中にいないことを知りながら。
次回、マリシア視点で一章簡潔になります。
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