第十三話 (アラン視点)
「これしか、なかったのでしょうか」
未だ涙の止まらぬ目で、母が呟く。
そこにもう兄上の姿はない。
「なかった」
その母の問いに言葉を返したのは、先ほど兄から貴族籍を剥奪した衝撃がまだ収まらない様子の父だった。
「こうしなければ、ラドリーに侯爵家の怒りが向く。……ここまでの事をした以上、私達が切り捨てなければ、誰もラドリーを許さない」
その通りだ。
兄がしたのは、大貴族フランシスコ家に対する裏切り。
私達アズドリア家が、その事実を無視して兄を許せば、他の貴族が兄を蹴落とそうと動いただろう。
フランシスコ家と少しでも関係を築くために。
「……そもそも兄上が、大々的に婚約破棄するなど言うことをしなければ、こんなことには」
そして、それも兄の行動のせいだった。
兄を殴ったあの時、私は理解していた。
あれだけ身勝手に裏切られながら、シーリャ様は兄を守る為に動いていたことに。
シーリャ様は、婚約破棄を告げられても、決してそれを周囲に漏らす事はなかっただろう。
それどころか、内々に全てを終わらせようと動いていた節がある。
……その全てを振り払ったのは兄自身だった。
そして、その兄を誘惑したマリシア男爵令嬢。
その二人がもう少し賢かったら、そこまで考えて私は思う。
「母上、これ以上私達が兄にできることはありません」
「……分かっています。過ぎた事を思うことが詮無いことであることも、思っても過去は変わらないことも。それでも思ってしまうのです」
そう言いながら、母の顔から悲痛な表情が消える事がなかった。
「それでも思ってしまうのです。もし私達が無理に婚約をお願いするようなことがなければ、シーリャ様は」
そう告げる母の声は震えていた。
「優しすぎるあの方が傷つくこともなかったのではないかと」
その母の言葉に、誰も何も言えなかった。
……どれほどあの方が兄に配慮してくれていたのか、今この場にいる全員が理解していた。
兄上の処分を伯爵家に任せてくれたのもあの方の気遣いだった。
そうでなければ兄の処分は貴族籍を剥奪するなどというレベルでは終わらなかっただろう。
貴族としていられたとしても、残っているのは一生冷遇される人生だ。
また、兄を許さないのは貴族社会だけではない。
あの大貴族フランシスコ家が直々に兄に何らかの鉄槌を下しただろう。
兄の考えなしの行動はそれほどの出来事で、その全てから守ってくれていたのがシーリャ様だった。
「……そうですね、私達は間違っていました」
その献身に今更気づいた兄の姿を思い出しながら、私は告げる。
「あの方は、兄上の婚約者とするべきではなかった」
そうすれば、兄もこんな愚かな勘違いをする事はなかっただろうか。
頭に浮かんだそんな詮無き思考に私は苦笑する。
……本当に今更すぎる、と。
「もう我々にできるのは少ない」
そんな私達と同様に、父の顔に浮かぶのも私たちと同じ曇った表情だった。
「今度何かがあったとき、あの方の味方になるそれだけだ」
「……そうですね」
母が涙に濡れた目を、窓の外に向ける。
「あの方にもうこれ以上の苦しみがありませんように」
その身勝手とも言える願いに答えるものはもういなかった。




