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2. Du bist so zauberhaft(1)

Erste.


「うーん、うーん、君はなんて魅力的なんだ(Hm hm du bist so zauberhaft)」

 セリーネは首を傾げながら、マリア・ミューレンベルクの声に反応した。


「急にどうしたんですか?」


「最近ラジオで流行ってる曲よ。相手の美しさについて歌った曲。」


「まあ、美しいって言いたくなる相手でもできたんですか?」


 マリアは頭を後ろへ傾けながら、こちらを見た。


「それは秘密〜」


 あの出来事から一か月ほど経っただろうか。

 私ももう六か月目、と言っていいだろう。


 あの時の危機は、彼女カタリナの件を除けば上手く収まったと思うし、

 今でもそう思わなければならない。


 というのも、私を含め、他の誰一人として身の危険に晒されるような事態にはならなかったではないか。

 これくらいなら「セーフ」だ、と。


 だが、それ以降マリアの様子が少しおかしい気がしている。


 元々変な女ではあったが、最近は輪をかけて妙だと感じるのだ。


 ずっと隣にいる私だからこそ分かることができるだろ。

 彼女を見ているだけでも、その目つきや話し方、振る舞いがそれを証明しているのだ。


 そんなふうに頭の中で自問していた時、彼女の声が聞こえた。


「セリちゃ〜ん?」


「セリちゃ〜んってなんですか。そんな名前もっていませんが。」


「可愛いじゃ〜ん」


「マジですか……」


 マリアが後ろから私をぎゅっと抱きしめながら言った。


「セリちゃんって、ちょっとおじさんっぽいところあるんだよね〜」


 当然のことだ。実際、私は前世での十八年と今世での十七年、

 合わせて三十五年という歳月を生きており、徐々に中年へ近づいている。


 三十五年を生きた存在にとって、現在の私よりかなり背の高い誰かに、

 こうして後ろから抱きしめられるという行為は、私としても非常に困るのだ。


「やめてください……」


 小さくか細い悲鳴が周囲の空気を震わせた。



Zweite.


今日の業務は容易ではない。いや、不可能と言うべきだろう。


 部署官の言葉を借りるなら、

 前線へ向かう補給のボトルネックを解消せよ、という上層部の指示が下ったらしい。

 どうあっても今回の夏季攻勢までには終わらせろ、という極秘命令も「エニグマ」で伝達された。


 春の花々も散り始める頃だというのに、私の心の花も散ろうとしている。


 私に言わせれば、最高司令部は未だに過去を生きているようにしか思えない。


「どうあれ命令は命令、従うしかない……ということか」


 部長のため息が、今日はいつにも増して頻繁に聞こえる。


「今日の睡眠は終わったな」


 セリーネはそう言いながら、積まれていた代用コーヒーを取り出した。

 直後、代用コーヒーを淹れながらも周囲を見渡すことはしなかった。


 ただ、自分の業務に集中するのみ。

 命令に従うだけだった。


 私たちは周囲の机を片付け、中央にある大きな机へ地図を広げる。

 倉庫で埃を被っていた地図。その上を走るペンの音が慌ただしく響く。


 まず、約3,000kmにも及ぶ前線の位置を記していく。

 戦場の大きなS字形が出来上がるまでには、かなり時間がかかった。


 次は補給可能地域の番だ。


 この呪われた土地は、忌々しいほど粘つき柔らかく、通常の方法では補給が難しい。

 私たちはまず、まともに補給が可能な地域を記し、その情報を通して状況を確認していく。


 今さら言うまでもないが、そもそも私は軍人ではない。


「私はただ部隊所属の補佐に過ぎないのに、どうしてこんなことまでやらされるんだ?」


 そんな疑問は、三年前にでも置いてきたものだと思っている。


 私は今、状況が容易ではない方向へ進んでいることを、全身で感じていた。


 鳴り止まない電話のベルが部屋を満たす。エニグマが回転する音も聞こえる。

 前線から届くエニグマ信号。ランプに明滅する光。

 モールス信号を解読する暗号兵の打鍵音、記録員が紙へ書き写す音。


 無数の感覚が、次々と私へ押し寄せてくる。


 感覚の渦に呑み込まれ、意識がぼやけ始めるたび、

 私は代用コーヒーを飲みながら、心身を落ち着かせようと試みる。もちろん効果などなかった。


「そこには補給車両は行けません」


 電話対応をしている部長の声。

 普段よりも冷たく、重々しく話そうとしているのが伝わってくる。


 無数の電話と通信が、嵐のように私たちを飲み込もうとしていた。


 そこにはただ、命令に従うことだけを存在理由とする、

 人間の姿をしたロボットたちがあるだけだった。


―――

雨が網にかかる時,

 私は建物を後にしていた。逃げ出すような感覚で、慌ただしく走っている。


 もちろん逃亡ではない。私の立場で無断で逃げれば、即銃殺ものだ。


 ただ仕事が終わったことに、

 正確には残業が終わったことに感謝しながら走っているだけだった。


「今日がとってもいいようなお天気だったらさ、私は嬉し涙を流してたかもしれないな」


 セリーネは、帰り道を共にしているマリアに声をかけてみた。


「まじで〜」


 彼女は無理に明るく振る舞おうとしているようにも見えた。

 でも、私はあえて聞かないことにした。


 宿舎へ戻る道のすぐ脇には、私の身長の三倍ほどもあるコンクリート壁がある。


 初めてこの長大な壁を目にした時、私は特に興味を持たなかった。

 この辺りの建物はほとんど灰色のコンクリート製で、軍事施設でもあるため、

 深く考えもしなかった。


 だが、ある日の帰り道で考えを整理してみると、二週間おきにコンクリート壁の向こう側から、白く鋭い煙が立ち昇っていることに気づいた。


 果たして、その向こうでは何が起きているのだろうか。


 私はただ、そんな問いを胸の内で繰り返していた。

hm-hm du bist so zauberhaftは 1941年のドイツ歌です。

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