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2. Du bist so zauberhaft(2)

0.


雲、雲。もくもく雲。

暖かな雲。柔らかな雲。

白く鋭い煙が、空へ昇る。

高く。もっと高く。

美しい雲が。

美しい雲が。

その灰によって穢されてゆくたびに、

私は涙を流さずにはいられなかった。

雲、雲。ふわふわ雲。

あなたはあまりにも美しい。

その美しさに、

私はただ涙を流すのだ。

―――


Erste.


私はただ歩いていた。

仕事を終えた後の余韻を抱えながら、ただ街路を歩く白い物体。

そこに存在している物体とは、私という存在だった。


一歩。

また一歩。


長大なコンクリートの壁の傍らを歩き続けるセリーネは、考え事に沈んでいた。

右側には、高く、

そして頑強にそびえ立つコンクリートの壁。

「向こう側には何があるんだろうな」

そんな疑問によって、私の頭は今日も過負荷状態に置かれている。


この世界に生まれて十七年。

前の世界で学んだ知識は、もう細部までは思い出せない。

赤子の身体だった頃に、いくらか記憶を失ってしまったのだろう。

実際、前世の出来事の全てを覚えているわけではない。

私の人生に大きな傷を残した出来事を除けば。


当然のことながら、忘れたかった記憶だけは消えてくれなかった。

それでも、ぼんやりと思い出せる感覚がある。

今の状況とよく似た歴史が、確かに存在していたということを。

だから私は、こうして頭を絞り続けているのだ。


「カーン――」


夕刻を告げる鐘の音が耳を打つ。

鐘が鳴ると、私は宿舎へ戻る準備を始めた。

少しだけ嬉しい気持ちで。


鐘が鳴るということは、私が後方にいるという証拠でもある。


噂によれば、

前線の鐘はすべて溶かされ、戦車へと姿を変えているらしい。

本当かどうかは知らない。


宿舎へ帰る道は、私にとって喜びであり楽しみでもあった。


賑やかな人々の群れ。

鼻腔をくすぐる店先の料理の匂い。

街角に設置されたラジオから流れる音楽。


それらの五感の合奏が、私にほんの少しだけ幸福を与えてくれる。


人生とはこういうものなのだろうか。


セリーネの心の奥底で眠っていた「純粋さ」という感情が、花を咲かせようとしていた。


その花の蕾は、

とっくの昔に焼け落ちていたというのに。


私は笑おうとした。


だが、そんなことは起こらなかった。


私は知っている。

自分が何をしているのかを。

その仕事が何をもたらすのかを。

誰の人生を狂わせるのかを。

全部知った上で、

私はこの仕事を続けている。


卑怯者だ。



笑おう。


自分の仕事については考えないようにしよう。

罪悪感を持つな。

悲しみという感情を忘れろ。


笑おう。


あの壁の向こうで何が起きているのか。

知りたくなくても、私は知っている。

私のせいだ。


笑おう。


「やめろ」と言ってみても意味はない。

聞こえ続ける悲鳴が、私の喉を締めつけてくる。

私はきっと、こんな屑のままなのだろう。


宿舎へ戻って最初にしたことは、ベッドへ倒れ込むことだった。


もう何も考えたくなかった。

仕事のことでも。

それ以外のことでも。


二百年くらい、この部屋に引きこもっていたい。


そんな気分だった。


―――


Zweite.


マリアは、ある意味で完璧な女性だと思う。

優しく、誠実で、その美しさを惜しみなく周囲へ分け与える。

真面目に仕事へ向き合い、今日の割当を着実にこなしていく。

その姿の一つ一つに、私は敬意を抱かずにはいられない。

彼女がこの部署にいるからこそ、私もここに居続けられるのだろう。

そう思っている人間は、きっと私だけではない。


「ありがと〜」


たとえ支給されるのが代用コーヒーだったとしても、

彼女は感謝の言葉を忘れない。

その一言だけで、私たちの凍りついた心は少しだけ溶けていく。


そんな彼女は、ぼんやりとしている私によく話しかけてくる。


「セリちゃ〜ん? 何考えてるの?」

「別に。何も考えたくないだけです」

「へぇ〜」


栄養価が限りなくゼロに近い会話。

だが、私たちにとっては貴重な砂糖のようなものだった。

タイプライターの歯車が回る音だけを聞き続ける私たちは、

仕事中にあまり会話をしない。

だからこそ、こうした何気ない言葉が救いになる。


だが、今回は少し違った。

固い表情のまま仕事を続けるセリーネへ、彼女は声をかけてきた。


「セリちゃ〜ん?」

「……」


返事はない。

無視にも等しい無礼だった。


だが、私には別のことを考える余裕がなかった。

昨日からずっと、頭の中で続いている裁判が、私の心を締め上げているからだ。

それでも彼女は、もう一度声をかける。


「セリちゃ〜ん?」

「……何ですか」


二度目でようやく返ってきた言葉は、出来たばかりの氷のように冷たかった。


それでも彼女は諦めない。

「何かあった? 顔色よくないよ?」

「何もありません」


この後に続く言葉など、聞かなくても分かっている。


心配の言葉。励ましの言葉。温かく優しい言葉。

その言葉たちは、腐りかけた私の心を包み込もうとする。


だからだろうか。

少しだけ落ち着いたような錯覚を覚える。


だが、錯覚は錯覚だ。

それ以上でも、それ以下でもない。


その後、仕事が終わった。

臆病者のセリーネは、足早に宿舎へ戻り、眠ろうとした。

思考の波に飲み込まれないよう、必死に足掻いている私は。

私はただ。

流されようとしていた。


そうして翌朝。

太陽が私の顔を照らす頃になり、私は目を覚ました。


身支度を整え、

いつものように重い足取りで出勤し、職場へ到着する。


その時だった。


何かがおかしい。

空気が違う。

そんな気がした。


扉を開け、部屋へ入った瞬間。

私はようやくその理由を知った。


なぜなら。

前線への転属という名の死神が。

私のことを待っていたのだから。

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