第7話「継がれるもの」
≪前回:第6話のあらすじ≫
ヴォルクに連れられ街へ出たハルヤは、この世界の営みと人々の暮らしに触れていく中で、自分が今どこに立っているのかを知っていく。不安と戸惑いの中で、それでもここで生きていくしかない現実を受け止め、この世界に根を下ろす覚悟が、静かに芽生え始めていた。
「ハルヤ、今日は何か予定は決めてるか?」
登録証を作った翌日の朝、食事をしている時にヴォルクさんが聞いてきた。
「……お店の掃除をやろうと思ってます」
口の中にあるものを飲み込んでから答える。
今日の朝食は、マルダさんお手製のペパーミントを混ぜ込んだ、フォカッチャに似たセミハードパンと、厚切りベーコンたっぷりのポトフに似たスープ、グランポトだ。
グランポトは昨晩の残り物だけど、香草を何も使っていなかったグランポトにローズマリーを先に入れて温め直した後、3〜4cm程度にざく切りしたイタリアンパセリそっくりの香草を加えただけのものらしい。
ペパーミントもローズマリーもパセリも、どれも違う名前だったけど、覚えられなかった…
でも、見た目通り、地球のと同じ効能が期待できるなら、朝にもってこいの組み合わせだ。
どれも目や頭をすっきり目覚めさせる作用があるし、
ペパーミントは胃の働きを整えて、食後の重さを引きずらせない。
ローズマリーは血の巡りを促して体を内側から温めてくれるから、朝の鈍った感覚を起こすのにちょうどいい。
パセリに似たこの香草も、消化を助けてくれるだけじゃなく、消臭作用があるから、朝の身だしなみとしても理にかなってる 。
ハーブ自体が苦手な人には好まれないかもしれないけど、香りもよくて俺は好きだ。
俺の返答にヴォルクさんも頷く。
「……そうだな。あそこの掃除はまだかかりそうだったな」
「店の方だけでも、1ヶ月くらいはほったらかしだったしねぇ。二階の方はもっと酷そうだよ」
ハルヤは二階に行ってみたかい?とマルダさんが聞いてきた。
「はい、カウンター内と二階は埃が酷かったですね……」
一応、少しは掃除しましたけど……
と伝えるが、正直どのくらいきれいにしたかなんて覚えてない。
タイタムから聞いた話の衝撃の方が大きすぎて、自分がどう掃除してたのかなんてのも、覚えてないんだもんなぁ。
「そうさね。店の方はこの人もあたしも時々掃除してたけど……さすがに居住空間に、ゲンのいない時に勝手に入るのは悪いからさ」
ゲンが出てから一度も手が入ってないんだよ。と言うマルダさんは、少し寂しそうだ。
「でも、これからはハルヤが居てくれるんだ、あの店も家も、心配ないね」
言って笑うマルダさんは、無理に笑っているようには見えない。
本当に、そう思ってくれてるんだろう。
……俺は、本当はゲンラートさんの孫じゃないんです。
――なんて、言えたらいいのにな。
「……あとからマルダも来るだろうが、それまでは一人でこの建物から出るんじゃねえぞ」
「はい、分かりました。ありがとうございます。」
「ああ、じゃあまた夜にな」
朝食の後、支度を終わらせたヴォルクさんがゲンラートさんの店まで送ってくれた。
ゲンラートさんの店の常連さんの中には、黒髪の孫がいるという事を知っている人も何人かいるらしいが、街の人たちが慣れるまでは、一人で出歩かない方が良いと。
ヴォルクさんは今から工房で、素焼きの火入れらしい。
釜を預かっているとは聞いたけど、具体的に何をしているか分からなくて、今日聞いてみたら、器とか焼き物を造ってるって教えてくれた。
少し見てみたいけど、さすがに迷惑だろう。
バタン、と重さのある木製のドアが閉まって、ヴォルクさんの足音が遠ざかる。
そろそろ、大丈夫かな……
「ただいま、エル、タイタム」
カウンター内に移動しながら、エルとタイタムに呼びかける。
エルのモデルの制限がどれくらいで解除されるかは分からないけど、丸1日いなかったんだ、さすがにエルかな、と思いつつタイタムも呼んでみる。
すると、エルからすぐに返答がきた。
タイタムからの返答はない。
やっぱり、タイタムはエルのモデルの制限がかかってる時だけなんだろうな。
『おかえりなさい、ハル。申し訳ございません、私が出ている間は、タイタムが出てくることが出来ません』
やっぱり、そうなんだ。
「いいよ、そんな気がしたから。それより、確認したいことがあるんだけどいい?」
『もちろん、大歓迎です!何についてでしょうか?』
嬉しそうな声が、直接頭の中に聞こえてくる。
「前に入った「共に育てる庭」に入るには、どこのドアからでもいいのか?」
今回は2階の奥へは行かず、階段を上がりきって直ぐ、右側にあったドアの前に立つ。
木製のちょっと重そうなドアだ。
扉の上部分が丸い形で、隠れ家っぽさもあって、初めて2階に上がった時に少し気になってた場所だ。
ただ、今回はこのドアの向こう側に用があるわけじゃないんだけど。
今はまずは、マルダさんが来る前までにエルに色いろと確認をしておかないと。
『もちろん、この建物にある扉でしたら、どれでもかまいません。ただし、建物の外から直接「庭」へ接続するのはおすすめしません。接続した状態で開いた扉から「庭」の様子が他の人にも見られてしまいます。接続する場合は、室内からに加え、周囲に人がいない状態が望ましいです』
なるほど、「共に育てる庭」に接続した本人だけじゃなく、他の人にも「庭」が見えちゃうってことか。
じゃあ、「庭」に入るのは、なるべく人がこの建物の中に居ない時の方が良い、ってことだな。
「分かった。じゃあ早速入るか…………”接続”」
目の前のドアを三回ノックして、唱える。
触れていたドアノブが淡く光ったのを確認して、ドアを開ける。
「ただいまー……っと」
2日前と変わらない「共に育てる庭」に入って、思わず言ってしまう。
帰宅した時の習慣が身に沁みついている証拠ではあるけれど、2日前にたった1度入っただけの空間なのに、変なのと思ってしまうのも仕方ない。
『おかえりなさい、ハル』
「庭」に入ってドアを閉めると、にこやかなエルが迎えてくれる。
『「庭」で何かしますか?それとも、知りたいことがありますか?』
知りたい事、ね。
正直知りたいことは、めちゃくちゃある。
なんてったって、この世界のことを何一つ知らないんだから。
でも、まずは――
「先に、「庭」の時間を24倍にしてくれる?
……それから、ゲンラートさんの生死がしりたいんだ――」
遭難したということは、聞いた。
でも、その後は――?
誰かに助けられて無事なのか、それとも、帰らぬ人となってしまったのかは、分からない。
分からないからって、知らんぷりするのは違うと思ったんだ。
店も居住スペースも使わせてもらって、孫として生きるんだ。
知っておかないといけないと、そう思う。
考え込むように目を閉じていたエルが、目を開けて告げてきた。
『……”ガルド=ゲンラート”は、一昨日の雨の刻に死亡と記録されています。』
「死亡……」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
……そして、それに気付いた自分に、吐き気がした。
ゲンラートさんが亡くなっていることに胸は痛むけど、ほっとしてる自分が居る。
俺って、結構最低な奴だったんだな……。
少しすると頭も冷静になったのか、ふとエルの言った言葉が気になった。
「『死亡が記録されている』ってどういうこと?エルがゲンラートさんの亡くなった場所や時間を特定したんじゃないのか?」
『はい。今の私にはゲンラートさんの移動経路や死亡場所・時間を正確に知ることはできません。地球からこの世界を”検索”した時は可能でしたが、”転送”後、この地に”定着”してからは、この世界に文字化されていない情報は知ることができなくなりました。逆に、文字化さえされていれば、制限の掛けられた国や重要機関の機密情報以外であれば、この世界全ての言語のアクセスが可能です。”ガルド=ゲンラート”の死亡も、ヴァルリディア王国の市政庁に記録された”死亡記録表”より得た情報になります。』
俺は、エルが教えてくれた内容に驚いた。
「市政庁に記録されてるって…、国はもうゲンラートさんの死亡を確認できてるの?」
しかも、一昨日って、俺がこの世界に転移した日じゃんか……。
そんなに、早く……?
そんな疑問もエルが答えてくれる。
『はい。昨日、ハルが第2エリアの市政庁で登録した身分登録証ですが、魔道具でもあり、身に付けている人・登録した人が死亡し、生命反応の感知が出来なくなった場合、ヴァルリディア王国の市政庁本部にある登録証回収転移装置に、身分登録証が戻る仕組みのようです。国側はその魔道具の身分登録証の導入により、迅速に死亡者の確認ができるようになっています。”ガルド=ゲンラート”の死亡確認もそれで行われたようです。』
これに、そんな機能があったなんて……
受け取ってからずっと身に付けていた自分の登録証を手に取って見る。
『――ただし、分かるのは一刻ごとの死亡者の名前のみで、死亡場所、死亡要因までは分からないようです。死亡直前の居住市街からの出立・帰着記録の有無、子孫の有無、公的継承申請の有無等により、家族・継承者等への死亡通知の有無が審査されます。通知が必要と判断された家族や継承者へ、およそ4~7日程度で死亡通知が届けられます。』
中世のヨーロッパっぽい建物や石造りの道だったから、そんなに制度がしっかりしてるなんて思ってなかった……。
そういえば、ヴォルクさんの家にお風呂があったのも意外だったな。
正直すごく嬉しかったけど。
それにしても、死亡通知が届くのか……。
ん?届くのか?
ゲンラートさんの死亡確認されたのが一昨日で、俺の身分登録証を作ったのは昨日だぞ?
こういう場合、どうなんだ……?
「なあ、エル、ゲンラートさんの死亡通知って、俺に届くのか…?」
聞くと、エルがしばらく止まり、思考が終わったのか答えてくれる。
『結論から申し上げますと、ハルの下に届けられる可能性が高いです。
”ガルド=ゲンラート”は居住地である王都からの出立記録のみで帰着の記録がないため、この時点で死亡通知が”要”となっております。しかし、死亡確認がされた翌日に”ガルド=ゲンラート”の子、”生死不明”と記録のある”ガルド=レグナス ”の子として、”ガルド=ハルヤ”の身分登録証が発行されました。通常であれば、”ガルド=ハルヤ”の整合性の厳しい確認がされるようですが、登録の際に立ち会った手続きの後見人として、”ガルド=ヴォルク”の名が記録されているため、整合性の確認が”不要”となっております。ハルが”ガルド=ゲンラート”の孫”ガルド=ハルヤ”として登録されなければ、”死亡通知を届けられる継承者”として”ガルド=ヴォルク”の名が申請されていたのが大きいようです。
つまり、本来届けられる”継承者”の認知の元、登録された”正当な子孫”として処理されています。』
え……?
「ゲンラートさんって……その、”継承者”っていうやつにヴォルクさんを指定してたの…?」
それじゃあ、まるで、戻ってこれないことを、亡くなってしまうことを想定してたみたいじゃ……
『正式な”死亡時継承指定者申請書”の提出はなされていませんが、準申請書にあたる”死亡時資産譲渡届出書”が提出・受理されています。その届出書に”ガルド=ヴォルク”が指定されているため、同時に”ガルド=ゲンラート”の死亡時の継承者が”ガルド=ヴォルク”と認定されています。』
……なんだか、複雑な制度が意外とあるんだな……。
そして、何気なくヴォルクさんと登録しに行った、この身分登録証が思っていた以上に、ヴォルクさんと行ったことが重要だったんだ。
きっと、ヴォルクさんはそれを分かってた。
知ってたから、一緒に行ってくれて、書類の記入も全部してくれてたんだ。
単純に、離島で過ごしてて、右も左も分からない”ゲンの孫”のために、だけじゃなく、制度の面でも一番問題のないように……。
目頭が熱くなったように感じたのは、気のせいじゃないんだろう……
このままここでじっとしてても仕方ない――
袖口で目元を擦り、エルに次の頼みごとをした。
「……エル、今度は、これの成分とかを調べて欲しいんだけど、そういうことって出来る?」
次回:第8話「知っていること」 4月9日(木)20:30公開です。
ハルがエルに頼んだ物は一体何でしょうか?お楽しみに|•ω•。)...♡




