幕間「託されたもの」
名前がけっこう出てきますが、サラッと流していただいて大丈夫です。
それは思いがけない知らせになった。
いつものように、注文の入った仕事の傍ら、自分の好きなように器を作っている最中だった。
昼過ぎに商品の納品と次の受注を受けに行っていた倅のカイムが、もうすぐで日が暮れ始めるという頃に戻ってきた時の事だ。
「……あ、そういえばさあ、親父、あそこ…ゲンさんの店に人がいんのを見たんだけどよ…」
固定していた指先がピクリと動き、回していた轆轤の動くままにあっという間に、いびつな形になってしまった。
今日は終いだな…
続きを促すために、片付けをしながらカイムを見れば、再び口を開き、聞き終わると俺は工房を飛び出していた。
――あー、なんか叫んだあとにすぐに店の中に入っていったんだが……
――黒髪の若い兄ちゃんだった。
飛び出して直ぐに店へ向かおうとする足を一度止め、工房の裏手にある自宅へと向かう。
昨日は、店に誰かが居たという話は聞いていない。
となると、今日現れた可能性が高い。
もし、店に居たのが、外から入ったんじゃなく、店の中に直接現れたのだとしたら……
それに、黒髪だと言っていた……
……ゲンの孫かーー!?
ゲンが王都を発って、もう6ヶ月が過ぎちまった。
本来なら、もうとっくに転移魔道具を使って戻ってきているはずだった。
だが、ゲンは待てども戻って来やしねえ……
定期的に店の中に積もる埃を掃き出すことをしていたが、ここ1ヶ月は店から足が遠のいちまってた。
見送った時に腹を括ってたつもりだったが、覚悟が足りてなかったんだろうーー
ゲンが無事に孫に会える可能性が低いって事を……
ゲンの息子……レグナスが送ってきたという手紙にあったらしいが、亜人の女と居るという離島は、渡る海域と時期を誤れば無事には辿り着けないと有名な島の一つだった。
余程の腕利きの船乗りか、その海域を知り尽くした人間でない限り、一度離島に渡ったら行き来することは少ない。
完全に自給自足の島だ。
だから、ゲンは……ゲン自身どころか、孫すらも現れなかった時の為に、知らせから一年経過しても王都に戻らなかった場合、全財産を俺へ譲渡する届出を市政庁に提出しやがった。
戻らないじゃなく、戻れない最悪の事態の場合でも、だ……
わりと抜けているところのあるゲンが、そこまでやった。
それだけ、ゲンは覚悟してたんだろう……
「……おや、今日は帰りが早いんだねえ?」
家に戻ると、マルダが不思議そうな顔をして聞いてくる。
それもそうだ、いつもならまだ工房だ。
家に戻るのは、もう少し日が暮れてからだからだ。
「ああ、今からゲンの店に行ってくる……頼みがあるんだが、晩飯……一人分増やせるか……?」
いつもなら晩飯の支度を始めている頃だが、キッチンには肉の塊と、薄めに切った肉を液体に漬け込んでいるところだった。
「ああ、ちょうどガルノスが三日前に仕留めたイノシシ肉があるからね。こいつを使えば、一人分くらいわけないさ」
その返事に少し安堵したが、「ゲンの店に行くなんて久々だねぇ、何かあったのかい?」と聞いてくるマルダに手短に、話した。
カイムがゲンの店で見たという、”黒髪”の青年の事をーー
それだけで、ずっと共にゲンから話を聞いていたマルダも状況を察知したのか、
「分かった、準備しておくよ……ただ、まだ晩御飯の準備に取り掛かるには少し時間がかかるよ」
と言ってくる。それは構いやしねえさ。
まずは、本当にゲンの孫かどうか……それを確かめてからだ――
それからすぐにゲンの店へ向かい、店のドアノブに手を掛けたが、
ここにいるのは”ゲン”じゃねえ。
そう、思い留まって、いつもはノックなんざしねえ、ゲンの店のドアを叩く。
――が、
反応がねえ……。
しばらく待ってみるが、中で人が動く気配がしねえもんだから、今度はいつもよりゆっくりドアを開けた。
暗がりの中、人が一人、カウンター前でじっと立ってこちらを見ていた。
「……なんだ、居んじゃねえか」
思わず、思っていたことが口をついた。
「…えぇと…こんにちはぁ…?」
困惑したようにも見えるが、向こうも口をきいた。
ただの挨拶だったが、王都じゃ滅多に聞かねえ響きだ。
灯りは点けてはいなかったが、この職人街の建築職人や硝子職人が「試したいことがあるからやって良いよな?」とゲンの要望とは全く関係なく作った、灯り取りで壁の上部にはめ込まれた硝子のおかげで、昔作った建物の割に中は明るい。
目が慣れれば、昼間であれば灯りはいらないくらいだ。
目の前の男は、見慣れない服装をしている。
自給自足の島だ。島の者が工夫して作ったものなんだろう……
頭の方を見れば、カイムが言っていたように、確かに黒髪だ。
だが、思っていたより、幼い顔立ちをしている。
確か、ゲンが受け取った手紙だと、ラグスより2、3歳上だったはずだ。
すると今は、25歳か26歳くらいのはずだが……目の前の男は20歳を超えているようには見えねえ。
男と言うより、坊主と言った方がしっくりくる。
……まさか、孫じゃなかったか……?
「ここ、ゲンラートの店だぞ」
近づいて、言い放つ。
全くの無関係なヤツなら、逃げ出すか、挙動不審になるだろう。
「あ、えっとぉ……」
ゲンの名前を出せば、こっちが気の毒になるくれぇ、顔色が悪くなった。
何か話そうとしてるのか、何度か口を開くが、声は出てねえ。
視線をずらして、ふと気付いた。
「……掃除、してたみてえだな」
1ヶ月は掃除をしていなかった店内に、埃が無かった。
普通なら、指でなぞれば字が書けるくらいには積もっている。
「……あ、ああ…」
俺の言葉が予想外だったのか、坊主は戸惑ったように頷く。
さっきまでは坊主自身に気を取られて気付かなかったが、坊主の手には汚れた布が握られていた。
足元にもバケツに水が入っている。
ずいぶんと汚れていた。
改めて店内を見回せば、棚や壁の飾りなんかは埃が被ったままだが、カウンターやテーブル、床は綺麗になっていた。
……これを、この坊主一人でやったのか。
ゲンと無関係な人間が、こんなこと、するはずねえか……
となると、この坊主はゲンの孫で、
その孫が、一人だけでこの店に居る。
という事は……
「……やっぱりな」
無意識に、口から出たつぶやき。
あの時もっと真剣に止めておくべきだった。
死に行くようなもんだと――
商業ギルドから、俺宛にゲンからのメッセージが来ていると連絡があってから1ヶ月過ぎてもゲンが戻って来ねえ……
その事実に向き合うことができずにいる事――
坊主に、潮時だと教えられたような気さえする。
「坊主」
「……はい」
坊主の顔色は、まだ悪い。
坊主に、俺はどう映ってるんだろうな……
「ゲンラートの……身内か?」
憶測じゃねえ、確かな答えが欲しい。
そう思うと、坊主に尋ねていた。
「………そう、です」
返答は、俺の憶測を肯定するものだった。
坊主も緊張しているのか、声がわずかに震えていた。
もう……腹を括るしかねえ……
「……そうか………ゲンのやつ、やっぱり戻ってこねえか」
その後は、坊主にゲンとの最後に会っていた時の事を話した。
坊主がどの程度、ゲンの事を知っているかは分からんが、どれだけの思いで坊主達に会いに行ったのか、知っていて欲しいと思っちまった。
ただの、俺の独りよがりだ。
坊主は黙って聞いていた。
名前を聞けば、ハルヤと名乗った。
レグナスが付けたのか、それとも嫁さんが付けたのかは解らねえが、良い響きの名前だ。
ゲンの店を使う気があるかと問えば、即答で返ってきたのも、悪くねえ。
これ以上、ここで話していれば日が暮れちまう。
それに、いくら掃除したからと言って、この店の二階で寝れる状況になっているとは思えねえ。
店は俺やマルダがたまに掃除していたが、ゲンの城のカウンター内や生活空間である2階には入らないようにしていた。
だから、部屋などは一切掃除してねえ。
埃もずっと酷いだろう。
食事をしようにも、ここには食材も一切ない。
それもあって、来る前にマルダに食事を頼んでおいたんだ。
部屋は、息子や孫たちが泊まる時用に作ったやつがある。
ここが生活できるように整うまでは、うちに居ればいい。
ゲンの代わりに、俺が坊主の……ハルヤの面倒を見てやるさ。
そうでもしなきゃ、あいつに顔向けが出来ねえ。
ゲンもそのつもりで、この店の権利と金を俺に託したんだろう――
しばらくは、慌ただしくなるな――
きっと、ゲンの登録証は市政庁に戻っちまってるんだろう……
その確認をしねえとな……
いや、放っといても来るか。
ハルヤの手続きが上手くいきゃあ、ハルヤのとこに知らせが来るかも知れねえがな……
それでも、ハルヤのおかげで、その覚悟も出来た。
大して距離のねえ、自宅までの道すがら、確かに決意を固めた。
「……ハルヤ…ひとつ、聞いてもいいか?」
途中、気になっていたことの確認のため、ハルヤに聞く。
「は、はい……何ですか?」
ハルヤは不思議そうに、俺の様子を窺ってくる。
「年はいくつだ?」
「え?26です」
「……そうか……若く見えるな」
「えっ」
ほんの少し驚いたような表情がまた幼く見える。
そういえば、エリアナは実年齢より若く見えていたな。
そんな事を思っていると、あっという間に自宅に辿り着いた。
次回:第7話「継がれるもの」 4月2日(木)20時半公開です| ˙꒳˙)




