第6話「この世界に立つ」
≪前回のあらすじ≫
ヴォルクの家に招かれたハルヤは、マルダの台所で異世界の生活に触れる。
香草と煮込み料理の匂いに包まれながら、文化と価値観に出会い、
この世界で生きていくという実感と、薬膳喫茶への可能性を心に描き始める。
ゴトゴトゴトゴト…
俺は今、ヴォルクさんと乗合馬車に乗って第2エリアへと向かっていた。
昨日の夕食後、ヴォルクさんから
「……ハルヤ、明日の予定だが、俺と出かけるぞ」
と切り出され、2人で出かけている。
ヴォルクさんからは「必要なことだ」としか言われておらず、詳しい話はなかった。
ただ、ほぼ1日がかりになるようで、今朝方マルダさんから、「すまないねぇ、あの人ったら碌な説明もなくて…」と謝られ、ざっと説明をしてくれた。
どうやら、この国で暮らすには登録が必要なようで、その登録をしに隣の第2エリアに行く必要があるらしい。
第2エリアと呼ばれる区画は、病院や学校に図書館、公園といった公共公益施設を集約させている場所らしい。
で、俺がこの国で暮らすためにする、いわゆる住民登録だけなら半日で済むらしいのだが、俺に必要な身の回りの物を揃えにも行くらしい。
自分が着ている、少し大きい借り物の服を見る。
……確かに、服とか必要だよな。
俺の服は着ていた服一式だけ。
パーカーとデニムパンツで出歩けば、髪が黒くなくても目立つわな…。
そういえば、髪の色だけじゃなく、服のことも、何も聞かれなかったな…。
見慣れない服装だから、気になってると思うけど…。
俺は改めて、ヴォルクさんとマルダさんの優しさを実感した。
「…着いたぞ。…ここからは絶対にそのフードを外すんじゃねえぞ。風で脱げねえようにも気をつけえろ。……攫われねえように、いいな?」
「はっ、はいっ!」
真剣な表情でそう伝えてくる ヴォルクさんに、緊張感が増して、思わずギュッとフードの縁を掴む。
出掛ける直前に渡された、ダークグレーのフード付きの羽織もの。
その時に、黒髪はハイヒューマンの血を受け継いだ者の証であり、珍しさから他国では人気の奴隷として高値で取引される。
極稀に先祖返りで黒髪の子どもが生まれる事もあったらしいが、多くは攫われ行方が知れず、それきりだという事件が過去にもあったと聞かされた。
この国では奴隷や奴隷取引を禁止しているが、他国では当たり前のように奴隷制度があり、この国で子どもや女性を攫い他国の奴隷商に売り飛ばす輩がいるのだという。
警備の厳しい王都で人攫いをする輩は多くないが、黒髪となればその限りとは言えないらしい。
馬車から降りて、目の前の建物に向かうヴォルクさんの後をついて行く。
入った建物は、市政庁舎だ。
ここで、住民登録をするらしい。
王都や大きい街には市政庁舎があるが、その他の町や村では商業ギルド内に市政課があったり、教会が変わりに受付けてくれたりすることをヴォルクさんが馬車の中で教えてくれた。
で、ここ王都には、第2エリアの市政庁舎本部と第8エリアに市政庁舎の支部の2か所あるらしい。
そう教えてくれたけど、「ハルヤは一人で出歩かねぇ方がいいから、こういう所に用があるときは、俺かマルダに言え」って釘も刺された。
まあ、一人で出歩くことなんて…いや、普通にあるよな?食料品買ったり、店やりだしたら仕入れとかもあるし……。
……そんなに心配するほど治安が悪いのかと気にはなるけど、ヴォルクさんの気迫がすごかったから、その時は思わず頷いたな。
中に入ると、ズラリと並ぶカウンターの空いている窓口にヴォルクさんが向かう。
離れすぎないように慌ててついていくと、2、3度やり取りしたヴォルクさんが、受付の女性から手渡された用紙に書き込んでいく。
横から少し覗き込んでみるが……うん、分からん。読めん。
これは……そもそも、こっちの字を覚えるまでは、一人で買い物すらできないな。
ヴォルクさんたちに教えてもらうにしても、やばい、どう言い訳しよう…。
ちょっと、一度エルに相談してみないと、迂闊に勝手に動いて、矛盾が生じるのは避けたい。
あー、でも次に店に戻れるのっていつだ?
せっかく魔法のある世界なんだから、テレパシーとか使えたらいいのに……。
母親は別の種族…亜人なんだよな?
文字は世界共通?違うなら、父親にもこの国の字は教えてもらったけど、読み書きが苦手だ、とかにするか…?
世界共通だったら……なんて言おう……
「ハルヤ」
ぐるぐると思考に浸っていると、突然ヴォルクさんから名前を呼ばれ、慌てて返事をする。
「は、はいっ」
目が合うと、ヴォルクさんは正面…受付の女性の方を見る。
つられて女性の方を見ると、女性はチェーンの付いた銀色のプレートを俺の方に差し出してきた。
「…えっと……」
とりあえず受け取り、プレートを見てみると5cmほどの大きさで、文字が刻み込まれてた。
うん、読めん。
並ぶ文字の間に隙間があり、単語が二つあるのか、それともこういう表記になるのかも分からない……。
顔を上げて女性を見ると、にこりと微笑み説明をしてくれた。
「ハルヤ様、そちらがハルヤ様の身分登録証になります。ただ、そのままですとただのネームプレートですので、そちらのプレートとこちらの魔道板に、血を数滴垂らし血液を登録することで身分登録証発行完了となります。」
「は、はい……」
「では、こちらをどうぞ。指先を刺して血液の登録をお願いします。」
女性から差し出されたのは、太めの針。
「よろしければ、私がお手伝い致しましょうか?」
受け取ったものの、なかなか指先に刺さない俺に、女性が提案してくる。
「だっ、大丈夫ですっ」
慌てて否定するが、やはり刺せない。
俺、注射とか苦手なんだよな…。
刺すとこ見れないタイプだ。
「フッ……俺が手伝ってやろうか?」
横で噴出した気配がしたと思ったら、今度はヴォルクさんにそう言われる。
「だっ、大丈夫ですっ」
同じように、ヴォルクさんにも断ると、二人に温かい笑みを向けられる。
やめて、そんな子どものやる事を見守る保護者のような表情で見ないで……。
いつまでもこの窓口を塞ぐわけにはいかない。
意を決して、ぷつりと刺し、にじみ出る血を押し出しプレートと魔道板に血を付ける。
二つに血を付け終わると、プレートと魔道板が淡く光り、血が吸い込まれるように消えていった。
えっ!?どういう構造!?
驚いていると、女性が声をかけてきた。
「ハルヤ様、お疲れ様でした。これで身分登録証の発行手続きは完了です。お住まいの区画以外へのお出かけの際は、こちらの身分登録証を首にかけてくださいね。また何かございましたら、いつでも窓口へお越しください。」
「あっ、はい、ありがとうございました。」
女性にお礼を言って、窓口から離れながら、身分登録証を首にかける。
ドッグタグみたいだ……
プレートの大きさとか刻まれた文字を眺めていると、隣から「ククッ」と声を抑えたような笑い声が聞こえた。
え?っと思って、横を見てみたら、拳を口元に当てて笑っているヴォルクさんがいた。
そんな、笑うほど情けなかったかと思ったら、違った。
「……すまんな、お前さんがあまりにも彼奴に……ゲンにそっくりでな……」
ふうっ、と息を吐き、ポンポンとフードの上から頭を軽く叩かれる。
「え……ゲンって……おじいさん…?」
「ああ……」
ゆっくりと歩き出したヴォルクさんの横に並び、一緒に歩く。
「その登録証がこの国で使われるようになったのは4年前でな、その時に俺とマルダとゲンの3人で発行してもらいに行ったんだが……」
歩きながら、ゲンラートさんとの思い出の一つを教えてくれるヴォルクさんは、懐かしそうにしていた。
それぞれ名前の刻まれたプレートを受け取った後、ヴォルクさんとマルダさんはさっさと自分の指を刺し、登録を終わらせたのだが、待てども指を針で刺さないゲンラートさんに、俺の時のように受付をしてくれた人が代わりに刺す事を提案してくれたのだが、断ったゲンラートさん。
が、やっぱりなかなか刺そうとせず、今度はヴォルクさんが手伝うことを言えば、これまた断ったらしい。
本当だ…同じ行動してる…。
「…ただな、」
そう言って、一度言葉を止めて俺の方を見てくるヴォルクさん。
…なんだろう?
「彼奴は結局、自分で刺せず、受付のやつに刺してもらってたがな」
その辺、お前の方がしっかりしていたな。そう続けるヴォルクさんは、その頃の様子を思い出しているのか、楽しそうだ。
本当は、血は繋がってなんかないけど……
それでも、ヴォルクさんがゲンラートさんとの思い出を懐かしむきっかけになれるなら……
「……似たところがあって、よかったな」
発行してもらったばかりの、身分登録証をぎゅっと握りしめた。
「……昼には少し早いが、あの辺りで飯にしよう」
ヴォルクさんの視線の先には、公園らしき場所なのか、大き目の噴水を中心にあちこちにベンチが置かれていた。
噴水の向こう側には、テーブルとイスがいくつか見える。
外にある休憩所みたいだ。
「昼時には人が多くて座れんが、今ならテーブルの方も使えるな」
こういう場所はやはり人気なのか、平日でもご飯時は直ぐに埋まるらしい。
そういえば、ここの世界って仕事の日とか…曜日ってどうなってるんだ?
まあ、これはまたエルに確認すればいいか。
ヴォルクさんが肩から下げていたバッグをテーブルに置き、中から蓋付きの籠を取り出す。
あのバッグ、お弁当が入ってたんだ。
「……今日の昼飯は、昨日のイノシシの煮込みをパンでサンドしたやつらしいぞ。」
「えっ!?」
マルダに持たされた。と言うヴォルクさんの言葉を遮ってしまうほど、声を上げて、手元の籠を見てしまった。
「……そんなに、楽しみだったか…悪かったな。」
「え?」
ヴォルクさんの言葉に驚き、顔を上げる。
無表情に見えるが、少し申し訳なさそうな目をしている。
どういうことだろう?
「……昼飯のイノシシの煮込み、楽しみにしてたんだろ?」
じっと見ていると、ヴォルクさんが話し出した。
「今朝、マルダに今日の予定を聞かされたときに、キッチンの方を見たんだろう?その時の様子が落ち込んだように見えたらしくてな『あの子の楽しみを潰したら可哀想だろうっ』って言いながら、渡されたよ」
「!!!??」
その話を聞いて、気恥ずかしさで思わずフードごと頭を抱えて俯いてしまった。
見られてっ!?……いや、気付かれてた!?
昨晩から密かにとても楽しみにしていた、よく煮込まれたイノシシ肉。
それを食べてみたくて、今朝マルダさんに1日出かける予定を聞いたときに、思わず、
イノシシ肉の煮込み、食べれないんだ……
と思って、ちらっとキッチンの方を見てしまったけれど……
それをっ!
気付かれてたっ!!
はっ、恥ずかしすぎるっ!!!
「……そんな気にすることはねえ。…ほら、飯にするぞ」
「……はい」
フフッとおかしそうに笑うヴォルクさんから、紙に包まれた煮込みサンドを受け取り、ぱくりと、一口かじる。
その瞬間、じゅわっと広がるパンに沁み込んだ煮汁に、ほろほろに柔らかくなった肉の旨味が口の中に広がる。
肉の臭みなんて全く感じない、煮汁の味も一晩経ったことで角がなくなり、マイルドな味わいになっている。
「うっまっ!!!?」
現金なもんで、口にした美味い料理に、羞恥心なんか吹っ飛び、満面の笑みが出る。
「……フッ」
その様子がおかしかったのか、ヴォルクさんにまた笑われる。
だけど……
「ハルヤは、ゲンに似たんだな」
また、懐かしそうに見つめられる。
どういうことだろう。
「……そのシシ肉の煮込み料理な、マルダの料理の中でゲンの一番好きな料理だったんだ」
「……え?」
ごくん、と口の中にあったものを飲み込み、手元の煮込みサンドを見る。
「あったけぇ煮込みだけじゃなく、今みたいにパンに挟んだやつも『美味いっ』っつって満面の笑みで食ってたよ」
「…………」
「離島にいた方が安全だったかもしれねぇのに……王都に来てくれて、ありがとな……」
「…………いえ……」
「……止めて悪かったな。…さあ、今度こそ食おう」
「……はい!」
血も繋がらない、ただ、偶然が重なって、似ているところがあっただけ。
それでも、少しだけ、ゲンラートさんの事を知ることができて、よかったと思ってる。
もう会うことはない友人の面影を俺に重ねて、懐かしむ。
そんなことでも、ヴォルクさん達の役に立てるなら、ここに来たのは悪くなかったのかな……
昼飯を食べた後は、護道救済ギルドっていう場所に案内され、
「ここは移動する時とか物の運搬を依頼したい時や、治安維持・救助なんかもやってるギルドだ、万が一独りで行動する時に何かあったら、ここに駆け込め。第5エリアにも護道ギルドの支部所がある。そこはまた日を改めて教えよう」
そう言って、中に少し入って受付にいた男の人と少しやり取りをして、ヴォルクさんが戻ってきた。
ここは、ひょっとして輸送もしてくれる警備組織みたいな感じかな。
戻ってきたヴォルクさんと一緒に、今度は第3エリアに移動し、俺の服や靴とかを買った。
靴は、第5エリアに戻って、靴工房で頼んだんだけど……。
第3エリアを歩いている時に、ヴォルクさんに香草を売っているお店にも案内してもらい、俺の知っている香草…ハーブや生薬を買って帰路についた。
お金が心配になって、買い物をする前にヴォルクさんに聞いたら、ゲンラートさんが「もし、孫一人だけで帰ってきた時のために、」と旅で必要な金額だけを持って、残りは全てヴォルクさんに渡してしまってるという。
ゲンラートさん…何してんだ…
いや、俺は助かるけど、それ、本来なら本当のお孫さんが受け取るやつ……。
俺、横領もしちゃってるじゃん。
……いや、これは横領じゃなくて着服か…?
ヴォルクさんのお金なら、「働き出してから返します」って言えるのに……
「お前のだ」って言われたら、「返します」って言えないじゃないかっ!
それにしても、いくら親しい友人だからって、お金を預けるか?
気になってそのことを聞いてみたら、ヴォルクさんが自分の首にかけている登録証を見せてくれて…
「”ガルド=ヴォルク”ってあるだろ?お前さんの登録証にある”ガルド”はゲンからのだが、これは血筋みてえなもんだ。」
そう言われ、自分の登録証を確認する。
確かに、ヴォルクさんが見せてくれた登録証と同じ文字があるのが分かる。
じゃあ、こっちの文字が”ハルヤ”か……
じゃなくて!
「親戚、だったの…?」
「まあな。まぁ、俺たちもこの登録証を作った時に初めて知ったがな。」
遠い親戚ってやつだ。
そう言って、また俺の頭を軽くポンポンと叩くガルドさんは、どこか嬉しそうだった。
なんとなく、腑に落ちてしまった。
昨日から疑問だった。
ただの、馴染みの深い古い友人の孫にするにしては、面倒見が良過ぎる気がしていたから。
それは、ヴォルクさんの性格もあったかもしれないし、人付き合いが希薄になっている現代日本で過ごしていた俺だからそう感じたのかもしれないし……。
案外、親戚よりも親しい友人の方が頼りになるよな、って思ってたけど。
”友人”であり”親戚”なんだ。
だから、ゲンラートさんは自分が戻れず、万が一孫が一人で現れた時の対応をヴォルクさんに頼んで……
ヴォルクさんも、もしかしたら戻れないかもしれないゲンラートさんの店の掃除をしていた……
もしかしたら、掃除をしていたのはヴォルクさんじゃないかもしれないけど…そんな気がする。
なんだか、今日は頭も感情も忙しい日だった……
ヴォルクさんの家に着いた頃には、日も沈みだし、夕飯もできてしまっていた。
マルダさんにお昼のお礼と「すごく美味しかったと」伝えたら、嬉しそうに笑ってくれた。
昨日から借りている部屋の一室に戻り、転移してから2日目を終えた。
次回:幕間「託されたもの」 第4話の邂逅をヴォルクさん視点でお送りします|ू•ω•)
3月26日(木)20時半に公開するよ!




