第32話「知らないこと」
≪前回のあらすじ≫
イツァムとの距離が少しずつ近づいているように感じ始めたハルヤは、黒鉄炉工房へ茶漉しを注文する。やがて完成した品を受け取りに行くと、そこには注文した覚えのない、もう一つの茶漉しが――
ア、アベルさんって……まさか、フリッツさんと同種の人だった……!!?
俺は、注文した覚えのない、3つめの、桃色の光沢を持つ金属で作られた、蓮の花に似た形の茶漉しっぽいものを凝視してしまう。
このピンクっぽい金属って……まさか、アベルさんが「どうだ?」って言っていたやつとか言わないよな!!??
頭を抱えたくなったが、生憎俺の両手は木箱の蓋を持っている。
固まった俺の横から箱の中を覗き込んだジークヴァルドさんが「すっげ……」って言ったのが聞こえてますます嫌な予感が高まった。
そしてそれは、ジークヴァルドさんの言葉で、的中していたことが分かる。
「これ、ケサリフ合金だろ? 貴族に人気のアクセサリーに使われるやつ」
や、やっぱりいぃぃー!!!??
しかも貴族――ッ!!??
俺はいよいよ頭を抱える。
だけど、作った当人のアベルさんは……
「ああ、なかなか良い出来だろう?」
誇らしげに、そう言った。
アベルさんの隣で番頭さんは深いため息を吐いていた。
そして、視界の端で、俺の隣にいるジークヴァルドさんの体が僅かにふるえているようにも見える。
「……は、はい……すごく、きれいです、けど……その……」
言い辛くても、今言わないと……と思って、俺が「頼んでません」と続けると、隣のジークヴァルドさんが「ブフッ!」と吹き出した。
俺の言葉に、アベルさんは少し気まずそうに、「確かにそうだが……」と言葉を濁すが、作ったから使ってくれ。女の客に人気も出ると思う……と続けられ、Noと言えなくなってしまった。
「あの……そしたら、この分のお代は……?」
買ってくれと言われても、とてもじゃないが買えそうな金額とは思えない。
そう思って怖々尋ねると……
「勝手に作ったのだからいらない」
とキッパリと言われ、さすがに躊躇う。
その様子を伺っていた番頭が、何度目かのため息を吐いた。
「ここにあっても邪魔になるだけですので、貰ってください。お代も結構です。親方が勝手にしたことですので」
「はぁ……」
番頭さんにもそう言われて、俺は気の抜けた返事しかできなかった。
番頭さん曰く、武器なら護道や傭兵として召集された誰かが買っていくこともあるが、茶漉しなんてものは見たことないし、使い方も分からないため、商品棚や倉庫のどこかに無駄に置かれるだけだと。だから、引き取ってくれるならそうして欲しい、っていうことだった。
経営の管理をする人も大変だな……
「……じゃあ、ヴィハリラの茶漉し、大切に使いますね」
蓮の花に似た形の茶漉しを受け取ることが決まった後、俺は番頭さんから注文分の金額を聞き、その場で支払い、気になったことも聞き終わると、俺とジークヴァルドさんは黒鉄炉工房を後にした。
茶漉しの値段は、小さい方が5,000リーヴァで、大きい方が7,000リーヴァ。
大体、前もって聞いていた値段どおりで、不足なくきちんと払えてほっとする。
支払いが済んだ後に、ケサリフ合金の手入れ方法を聞いたが、これは傷もつきにくく熱にも強く変色もしづらい性質らしく、水洗いであれば問題ないらしい。
意外と扱いやすい金属なんだな。
そのことを知って胸をなでおろす。これで手入れも大変ってなったらどうしようかと思ったからな。
その手入れ方法を聞いた時に、この茶漉しの形を模している花の名前が「ヴィハリラ」というものだと知った。
結婚式の飾りや大切な人が亡くなった時にもよく使われる花らしい。
冠婚葬祭両方いけるんだ……
カモミール亭までの帰り道、来たときと同じようにジークヴァルドさんが、「警備のついで」と言って、一緒に歩く。
その道すがら、ジークヴァルドさんがおかしそうに話す。
「職人ってのはやっぱ変なヤツが多いな。頑固なヤツも多いが」
「……あはは」
ジークヴァルドさんの言葉に、俺は苦笑いしか出ない。
茶漉しの入った木箱を落とさないように抱え直すと、ちょっと気持ちが重くなる。
……本当に、タダでもらっちゃって、よかったんだろうか……
相場を知りたいような、知りたくないような、だんだん恐ろしい気持ちになる。
ジークヴァルドさんなら、ケサリフ合金の相場、知ってるかな……
ジークヴァルドさんと話しながら歩いていると、ふと、いつもより道に出ている人が多いような気がする。
そう言えば、黒鉄炉工房に向かうときもそうだったかもしれない。
「あの……ジークヴァルドさん、いつもより道に出ている人が多くないですか?」
慣れた道に戻ってきたところで、やっぱりいつもより人が多いことに気がつく。
しかもそれが、道を歩いている人というより、お店や工房の前で数人立ち話をしている人たちだ。
「ああ、来週から一週間祭りがあるからな」
気になったことを尋ねれば、ジークヴァルドさんの返答がそれだった。
「祭り?」
首を傾げそう聞き返すが、そういえば、床替えの後に祭りがあるって言ってたっけ……?
「ほしあめ祭りっていう祭りを、この辺りじゃあ一週間やるんだよ」
俺が祭りのことを思い出すのと同じタイミングで、ジークヴァルドさんが教えてくれる。
が、続いた言葉に、俺は困惑した。
「この時期になったら、光の雨が降るだろ? あれの祭りだよ」
「……光の、雨?」
思わず聞き返すようにそうつぶやく。
「そうだ」
ジークヴァルドさんは、特別気にした風もなく、当然のことのように頷いた。
「あ、ああ……そうですよね」
俺は笑って、適当に相槌を打つしかできなかった。
そんな現象、知らない。
この地域特有のものなのか、それともこの世界特有のものなのか……確かめるために、早く帰ってイツァムに確認したい気持ちでいっぱいになった。
カモミール亭に着くと、ジークヴァルドさんは「俺はこの辺の警備をしてるから、なんかあったらいつでも声かけろよ」と言って来た道を戻っていった。
俺は少しだけ見送った後、急いで店の中に入り、二階にいるはずのイツァムのところへ向かった。
階段を駆け上がったところで、イツァムが使っている部屋の扉が開く。
「イツァム、この時期に光の雨が降るって本当!?」
俺は逸る気持ちを抑えられず、部屋から出てきたばかりのイツァムに詰め寄り、前置きもなく、そう聞いてしまっていた。
「…………」
イツァムは一瞬、さすがに何のことだったか分からなかった様子で訝しむ。
この建物の中にいる間、イツァムはアイバイザーをつける気はないのか、もうすっかり見慣れた一つ目を見る。
アイバイザーが無いおかげで、イツァムの表情の変化もほんの少しだけど、気づけるようになったのは嬉しい。
イツァムはしばらく黙っていたが、思い当たることがあったのか、ほんの少しだけ、出来ていた眉間……でいいのか分からないけれど、眉の辺りに寄っていた皺が薄くなり、イツァムが口を開く。
「……カソル・ハのことかぁ」
……が、俺にはやっぱり、何のことかさっぱりだった。
「……???」
カソル・ハってなんだ??
そう思っていることが顔に出ていたのか、俺の様子に「フッ」と小さくだが、イツァムが笑った。
……バカにされたのかもしれないけど。
「カソル・ハってなに?」そう聞こうと口を開きかけた時に、頭に直接響くエルの声が届いた。
『「カソル・ハ」とは、イツァムのいたクルスの里で呼んでいる、光の雨の事で間違いないと思います』
この時、イツァムは不機嫌そうに目を細め眉をしかめる。
もしかしたら、頭に直接響いて聞こえるエルの声が嫌いなのかも。
俺も、ちょっと最初は違和感があって、落ち着かなかったけど、今ではすっかり慣れてしまっている。
慣れないイツァムのために、エルと話す時は『庭』に入ったほうが良いのだろうかと考えるが、その間もエルの説明は続く。
というか、イツァムがいた里って、クルスの里って言うんだ……初めて知った。
『「光の雨」とは、落ち葉の月に3〜4週間ほど現れる、空から光の粒が降り注ぐ現象です。光の雨が終わる頃に寒くなることから、ヴァルリディア王国や周辺の国では「冬の知らせ」とも呼ばれているようです――』
説明を聞きながら、エルを止めるべきか迷っていると、不意にイツァムが部屋の中に戻ってしまった。
気分を害したかと心配していると、一階から壁を伝って「ドンッ、ドンッ」という低い振動のある音が響いた。
ちょっと驚いたが、この音は一階の出入り口にあるドアノッカーの音だ。
「あっ、ごめんエル、誰か来たみたいだ! ちょっと行ってくるよ!」
待たせたら悪いと、慌てて1階に駆け下りて、持ったままだった木箱をカウンターに置いて出入口のドアに近づく。
もう一度、今度は「カンッ、カンッ」と高い音が響く。
2階にいる時と1階にいる時とで、音の聞こえ方が違うと知ったのは、ここに移り住んでからだった。
アベルさんのところにいる間に、鐘が5回鳴っていたのを聞いた。
あれから半刻くらい経っていると思うから、マルダさんが呼びに来たのかも。
そう思いながら「はい! 今開けます!」と返事をして、相手が誰かも確認せずに開けてしまった。
これで前に注意を受けていたのを忘れて――
「……ハルヤ、何が「今開けます!」だい?」
「……あ゛」
そこに立っていたのは、マルダさんだった。仁王立ちだ。
それもそうだ。
日本で生活していた時は、玄関口に立つ人の確認はモニターでだった。
ドア越しに確認をする習慣が無かったせいで、こっちで早々にそれをやらかして、マルダさんや他の人達から注意を受けたことがあった。
確認する認識はあっても、つい、モニター越しの習慣が抜けない。
この世界の建物に、モニターなんて便利なものはないのにな……
「全く、不用心にもほどがあるよ!」
マルダさんに怒られても仕方がない。
「はい……すみません……」
俺は反省し謝りながら、不用心と言われた言葉で、いつだったかの騎士団の人を思い出す。
……もしかして、あの時に言っていた「不用心」って、このことだったのかな……
俺がマルダさんに怒られていると、アイバイザーと頭に布をつけたイツァムが2階から降りてきた。
そこでマルダさんの説教も終わる。
「次はするんじゃないよ。……さて、遅くなってもいけないし、買い物に行くよ」
「はい」
俺はちょっと凹みながら、ウォールフックに掛けていた自分用のパックを持って、マルダさんとイツァムの後を追うように外へと出る。
鍵はイツァムが掛けてくれた。
買い物のために着いた第3エリアでは、店や家の軒下に、木枠に布を張ったランタンが吊るされているのが目についた。
いや、そういえば、第5エリアでも見かけたかも……?
「すみません、マルダさん……あれ……あのランタンってなんですか?」
多くの店先に吊るされた、色とりどりの布が張られたランタンを指差し、マルダさんに尋ねる。
たしか……昨日までは無かった気がするんだけど。
そう伝えると、マルダさんは俺の指さす方を見て「ああ、」と納得したように頷く。
「ほしあめ祭り用のランタンだよ。自分達で手作りしたり、店に並んでいるのを買ったりしたものを軒下に飾るのさ」
そして祭りを行う間、暗くなる頃に火を灯すのだと教えてくれた。
そんな風習があるんだ。
そのことは、ジークヴァルドさんからは聞かなかったな。
……いや、もしかしたら言っていたかもしれないけど、光の雨のことでそれどころじゃなかったな……
ちょっと遠い目をしそうになるが、目的の食材を売っている店に着いたから、ひとまずは買い物優先だ。
でもちょっとランタンも気になるから、帰る前にランタンを売っている店に行ってみていいか、マルダさんに聞いてみよう。
――そして、目的の食材を買い終えた俺たちは、ランタンを売っている露店に来ていた。
「イツァムはどれがいい?」
手に取りやすい場所にあった、六角柱型の水色の布が張ってあるランタンを手に取って見た後、イツァムにそう問いかける。
「どれでも」
返ってきたのは、そっけないものだったけど、今までの「別に」や無言からしたら、ずっと良い。
たったそれだけのことだけど、嬉しくなった。
「じゃあ、これにしよ……すみません、これ、いくらですか?」
「600リーヴァだよ」
手にしていた六角柱のランタンを、露店の人に見せて金額を聞いて支払う。
マルダさんも、見ていた家に吊るすランタンを選び終わったようだ。
工房用のは、既にラグスとカルナが作ったものがあるらしい。
第5エリアに戻ると、カモミール亭には寄らずに、そのままマルダさんの家に行き、料理を一緒にして、夕食もマルダさんたちと済ませる。
片付けも終えて、すっかり暗くなった道をイツァムと並んで歩いて、カモミール亭に戻った。
「……これでよし、っと」
中に入る前に、まだ何も下がっていない、看板掛けにランタンを取り付けた。
この看板掛けには、少し前まで『炉端亭』と書かれた看板がかかっていた。
だけどその看板は、今はエーヴァルトさんに預けている。
多少の変更はするものの、なるべくデザインはそのままで、店の名前を変えた看板を作ってほしいと、エーヴァルトさんに依頼をしたからだ。
「ここに、新しい看板がかかるのか……」
俺は、新しい看板が掛けられる日を楽しみに、今は水色のランタンを少し眺めて、店の中に入り、二階へと上がった――
次回:第33話「光の雨」 10月15日(木)20:30公開です|⌔•..)




