第31話「こだわり」
≪前回のあらすじ≫
ヴォルクから贈られたティーポットとカップを手にしたハルヤは、店を始める自分のために作ってくれたことを知る。
その翌日、カモミール亭でイツァムと二人で昼食を作り、ほんの少しずつ増えてきた会話に、ハルヤは距離が近づいたように感じ始める――
イツァムとの2人だけの落花の日を過ごした翌日、俺はイツァムとマルダさんと一緒に、第3エリアへ夕食の買い出しに来ていた。
賑やかな市場の中を、ざわめきに包まれながら、隣を歩くイツァムをちらりと盗み見る。
……昨日、2人だけで過ごしたのが良かったのかな。
そんなことを考えて、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
店先にはカゴいっぱいに盛られた新鮮な食材の匂いに、店主たちの呼び込みの声が飛び交う中、俺の意識はどこか上の空だった。
店で2人で料理をして、カウンターで並んで食事して……
他の時間はお互いに別の部屋にいたし、会話らしい会話は、相変わらずほとんどなかったけど、それでも、出会って間もない頃に比べれば、少しずつイツァムのことが分かってきた気がする。
少なくとも、昨日は俺が一人で勝手に昼食を作るのを待っていることもなく、イツァムの方から準備を始めてくれていた。
それに――
「……」
また、ちらりとイツァムを見て、昨日のことを思い出す。
アイバイザー、着けてなかったな……
俺がイツァムの素顔――一つ目を見たのは、イツァムと初めて会ったあの日の朝だけだった。
奇異な目にさらされないようにと、エルが生成してくれたアイバイザーを『庭』を出る前に着けてからというもの、俺はイツァムの素顔を見たのは昨日が二度目だった。
イツァムと出会って3週間の間、一度もイツァムの一つ目を見ることがなかったということだ。
だから、2人だけで過ごしていた昨日は、アイバイザーを外していたということは、もしかしたら、イツァムから多少は受け入れてもらえたのだろうかと、そんなことを考える。
「ハルヤ」
「え?」
唐突にマルダさんに呼ばれ、意識が引き戻される。
「もう買い物は終わったよ」
「あ……」
マルダさんにそう言われ、俺がぼんやりと考えている間に買い物が済んでしまっていたらしい。
どんだけぼんやりしてたんだ、俺……
俺の手には、俺が思考の海にはまる前に購入した食材だけで、後の荷物はイツァムが全て持っていた。
なんかごめん、イツァム……
いや、イツァムの方が荷物をいっぱい持つのはいつものことなんだけどさ……
すみません、と謝ると、マルダさんに不思議そうな顔をされる。
「何をそんなにぼんやりしてたんだい?」
「いや……ちょっと考え事を……」
「そうかい」
マルダさんに、それ以上聞かれることはなかった。
代わりに……というより、そっちが本題なんだろうけど、買い物に出る前に俺が頼んでいたことの確認をされた。
「それで、あれはどうする?」
「あ、はい。お願いします」
「分かったよ。それじゃあ、一旦帰ろうかね」
俺が頷くと、マルダさんも頷き、荷物を置くために帰路についた。
❖
第5エリア――職人街に戻り、買った食材を地下の食材庫に置き、必要な物を抱えて目的の場所へと向かう。
マルダさんに頼んだのは初めて行く工房への案内。
そして、着いた先には『黒鉄炉工房』と書かれた看板が掲げられている――らしい。
らしい、というのはその文字を俺がまだ読めないからだ。
マルダさんが工房の扉を開け、中に入る。
俺も後をついて入ると、すぐに受付らしい場所があり、そこには若い男の人が一人座っていた。
まだ職人というより、見習いといった感じがする。
マルダさんが受付台に近づくと、男の人が立ち上がる。
「親方はいるかい?」
「あ、はい。いますが……その……」
マルダさんが尋ねると、男は言葉を濁す。
けれど、マルダさんも承知しているようで、少しだけ苦笑する。
まぁ、俺も数えられる程度にしか会っていないけど、なんとなく察しが付く。
「ああ、大丈夫、時間はあるから。でもできるだけ早めに来るように言ってくれると嬉しいよ」
そうマルダさんが伝えると、男の人もほっとしたように、「少し、お待ちください」と言って奥に姿を消した。
すると少し経って、奥で先ほどの男の人の声とは違う野太い怒鳴り声が聞こえてきた。
「親方、お客さん!!」
その後も、何やら話し声は聞こえたが、内容までは聞き取れなかった。
聞き覚えのある声もしたから、その内出てくるかも。
それから、すぐ……というほどではないが、少しして奥から、俺達が待つ受付に見知った人が現れた。
「……すみません、お待たせしました……。! ハルヤだったのか」
「こんにちは、アベルさん。忙しいところ、すみません」
申し訳なさそうに出てきたのは、鍛冶師のアベルさんだ。アベルさんの後から、さっきの男の人も出てくる。
アベルさんは、マルダさんの隣に立っている俺と目が合うと、少し驚いたように一瞬目を見開くが、直後に目を軽く細めて、優しい印象を受ける。
「いや、構わない」
忙しい時に来てしまったのでは、と不安になったが、アベルさんのその一言で少しほっとする。
「あの、今日は注文したいものがありまして……」
俺はトートバッグ型のパックからスレートを取り出す。
昨日の午前中に書き込んでいたやつだ。
ちょっとこすれてしまっているところもあるけど、パッと見、問題なさそうに見えるからそのままアベルさんに見せる。
アベルさんがスレートを受け取り、俺が書いた図案と説明の文字をじっと見ている間、外に出ていたという番頭さんが戻ってきて、受付にいた男の人は奥へと戻って行った。
番頭さんと挨拶している間も、アベルさんは気付いているのかいないのかは分からないけれど、スレートを見たままで顔を上げることはなかった。
「…………問題ない」
ようやく顔を上げたアベルさんは、それだけ言ってスレートを返してくれる。
「あの、どのくらいで出来ますか? それと、金額も……」
スレートを受け取りながら俺がそう尋ねると、一度頷き口を開く。
「試作もしたいから、数日から1週間くらい――」
「親方、他の依頼もあるんです、自分の興味のある依頼を優先しないでください」
言いかけたアベルさんの言葉を途中で遮り、隣で聞いていた番頭さんが目を光らせ、そう指摘する。
番頭さんのその言葉を聞いて、俺はフリッツさんとドーグさんから受け取った服と靴のことを思い出し、慌ててアベルさんと番頭さんに伝える。
「特別急ぐというわけではないので、先に受けられている依頼の後で十分です!」
番頭さんは俺のその言葉を聞いて、にこやかに頷く。
「受け渡しは、早くて10日後ほど、遅くても3週間経つ前にはお渡しできると思います。金額は、そうですね……」
と、親方であるアベルさんは放置で話を進める番頭さん。
番頭さんにもスレートの図案を見せ、番頭さんの「素材にもよりますが、このくらいの大きさですと……」と、素材に合わせたおおよその金額を教えてくれる。
けどそれも、通常どおりなのか、黙って聞いているのかなと、ちらりとアベルさんの方を見ると、顎に手を当て考え事をしている様子だった。
アベルさんに依頼したのは茶漉しで、一つは俺が見慣れている持ち手のある金網の張られたもの。もう一つは、骨組みだけで、袋状の布製の小袋を挟み込んで簡易的な茶漉しにした形状のものをイメージしている。
本当なら、金網の方が良いんだけど、この世界に金網を作る技術が存在しているのかが分からないし……
だから、二通りの案を考えてみた。それを、大小と大きさの違う物を1つずつ注文を考えている。
番頭さんに、「出来れば布を使わないタイプの方がいいんです」と伝えたところで、アベルさんには言っていなかったことに気づく。
番頭さんと話し終えると、番頭さんはアベルさんを思考の海から引き戻し、俺たちに向かって一度頭を下げ奥へと入って行った。
アベルさんに伝えそびれていたことを伝えると、金網は問題ないと分かったので、金網の方をお願いした。
その後は、アベルさんから気になった点の質問を受け、それに答えていく。
途中、「ケサリフ合金を使うのはどうだ?」って聞かれたけど、どんな合金かなんて分からない。
答えようがなくて、「錆びなくて、なるべく安い材料でお願いします!」とだけ伝えた。
ついでに、気になったケサリフ合金の事を聞いてみると、ヴァルリディア王国で採れるケサリフ・ガルっていう鉱物をベースにした淡い赤味のある金属で、アクセサリーに多く使われる女性に人気の金属らしい。
……いや! アベルさん、なんていう金属を使おうとしてるんだ!!?
心の中で盛大に突っ込んだ俺は悪くないと思う。
アベルさんとの話も終わり、帰ろうと後ろを振り返って、工房の出入口のすぐ近くに腕を組んで、壁にもたれかかるように立っているイツァムを見て、ずいぶんと待たせてしまっていたことに気づく。
「待たせちゃってごめん、イツァム。マルダさんも、案内してくれてありがとうございました」
「いいってことさ」
「…………」
マルダさんは笑って手を振り、そう言ってくれた。
イツァムからは返事はないけど、別に苛立ってたり怒ったりしている感じはしない。
それから2週間が経って、落葉の月の13日目の深根の日の午後――
黒鉄炉工房から見習いらしき人が、注文していた品物が完成したから、いつでも取りに来ていいということを知らせにやって来た。
木灰液を作る作業は終わらせたし……夕方の買い物までまだ少しあるかな?
マルダさんとイツァムに黒鉄炉工房に行ってくることを伝えて、銀貨2枚を入れた巾着をベルトポーチに入れて、1人で工房に向かう。
だけど、マルダさんの家を出たところで顔見知りの人とばったり出会う。
「おう、ハルヤじゃねえか。どこか出かけんのか?」
声をかけてきたのは、護道ギルドのジークヴァルドさん。
俺に営業許可の指摘をしてくれたあの人だ。
「はい、黒鉄炉工房まで」
「黒鉄炉?」
「頼んでいたものが完成したって聞いたので」
「……1人で、か?」
「はい」
俺が答えると、ジークヴァルドさんは少し考えるような顔をする。
そして――
「それなら、俺も一緒に行こう」
「え?」
「警備も兼ねてな」
ジークヴァルドさんはそう言って、にかっと笑った。
結局、断る理由も特にないため、俺はジークヴァルドさんと一緒に黒鉄炉工房に来ていた。
「こんにちは。注文の品物を受け取りにきました」
「これは、ハルヤさん。早い受け取りで助かります」
工房の扉を開けて入ると、受付のところには注文した時に会った番頭さんが座っていた。
一度しか会っていないのに、もう顔と名前を覚えてるんだ。
すごいな。
「おや、ジークヴァルドもいらっしゃい。今日は何か注文でも?」
感心しながら挨拶が済むと、番頭さんは後から入ってきたジークヴァルドさんを見て不思議そうな顔をする。
ジークヴァルドさんが来て変なことでもあったのだろうか?
そう思ったが、どうやら違うらしい。
「いや、今日はハルヤに付いてきただけだ。ハルヤの注文したっていう物が気になってな」
ジークヴァルドさんがそう言うと、番頭さんは「そうですか」と一つ頷き、奥へと品物を取りに行った。
2人のやり取りが少し気になってどういうことか聞いてみたら、「ついこの前、ここにこいつを研ぎに出したばかりなんだ」と、腰のベルトに刺していた剣の柄に触れるジークヴァルドさん。しかもここの工房には定期的に利用しに来ているらしいのだが、さすがに今日来たのはそのタイミングからズレていたようだ。
だから番頭さんもジークヴァルドさんが来て、不思議そうにしてたのか。
ジークヴァルドさんと話をして待っていると、アベルさんが木箱を抱えて奥から現れた。
てっきり、番頭さんが持ってきてくれるかと思ったから少し驚いた。
番頭さんは、アベルさんの後からやってくる。若干呆れ顔に見えるのは気のせいだろうか?
「開けて確認してみてくれ」
どことなく、いつもより明るい印象を受けるアベルさんに促されるまま、木箱の蓋を開けてみる。
「……え?」
開けて、中に収まっている物を見て思わず声が漏れる。
箱の中には確かに、大小の大きさの違いのある、柄のついた俺が見慣れた茶漉しそのものが2つ。そこまではいい。
が、問題は3つ目の品物だ。
そもそも、俺が頼んだのは大きさの違う茶漉しを2つだし……
そして、その問題の3つ目の品物は……
桃色の光沢のある金属で、蓮の花に似た形を模した、ずいぶんとオシャレで華やかなものだった――
次回:第32話「知らないこと」 10月8日(木)20:30公開です|•ω•。)"…♡




