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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第30話「新しい暮らし」

≪前回のあらすじ≫

 床替えを迎えた職人街で、ハルヤは住民たちと共に寝床の手入れに励む。天候に左右されながらも作業は進み、無事に街の床替えが完了した。

 そして床替えを終え、イツァムと共にカモミール亭へ戻ったハルヤは、そこで新たな暮らしを始めることになる――



 店の2階へ生活拠点を移した、その翌日の夜。

 俺は、目の前にあるものを見つめたまま、ぽかんとしていた。




 生活拠点をカモミール亭に移したら昼食だけ、マルダさんやヴォルクさんの工房の人たちと一緒に食べる予定だった。

 だけど、結局、こうして夕食も一緒に取っている。


 そんな中、工房から戻ってきたヴォルクさんから、夕食を食べる前に、大事そうに抱えていた包みを、「開けてみろ」とだけ言われて渡された。

 食卓に料理を運んでいた途中だったけど、持っていた皿を食卓に置いた後、ヴォルクさんから受け取り、言われたとおりに包み布を開けてみる。


「……これ……」


 包まれていたものを見て驚いた。


 中に包まれていたのは、ティーポットに――持ち手のある小ぶりのカップだった。

 ティーポットとティーカップは、ひとつのかごの中に入れてあり、中でカチャカチャと当たらないように、隙間は布が詰められていた。


 ぱっと顔を上げてヴォルクさんを見る。


「ティーポットとカップ……ですよね。これ、ヴォルクさんが……?」


 作ったんですか? という言葉は続かなかった。

 だって、陶器職人だ。作ろうと思えば作れるのだろう。

 ただ、今まで見たことない形だったと思うけど――


 言葉にしなくても、言いたいことがヴォルクさんに伝わったのか、「ああ」とヴォルクさんが短く答える。


 その言葉に、俺はティーポットを手に取り眺める。

 大きい寸胴の形をしたジャグとは違い、球体のように丸く白いポット。

 模様も何もないシンプルな作りだけど、それが逆にいい。

 カップも、ティーポットと同じような丸みに持ち手がひとつ。

 ぱっと見、小ぶりなスープボウルだ。




 俺がこの世界で初めて休息の日を過ごした時に、スレートに描いたティーポット。

 香草茶の話をしていた時に、ヴォルクさんに「少量で淹れる道具があるのか?」と聞かれて描いたティーポットの拙い絵を基に作ってくれたみたいだ。

 ティーカップも、ティーポットとおそろいの、スープボウルより小さい持ち手のあるカップがあるといいんだけどなぁ、とこぼしたことを思い出す。


 あれからもう1ヶ月近く経っている。


 まさか――


「これ……俺に?」


 そう尋ねれば……


「店をやるなら、必要なんだろう?」


 ヴォルクさんは当然のことのように言った。

 驚きすぎて、言葉が出てこない。

 ティーポットを受け取った俺の代わりに、出来上がった料理を運んでいたカルナが、そんな俺を見て笑った。


「じーちゃん、この1ヶ月くらい、注文以外の焼き物って言ったら、そればっかり作ってたんだよ」


 カルナやラグスは、今日みたいに、たまに夕食をヴォルクさんの家で済ませることがある。理由があるのか、気まぐれなのかは分からないけど。


「カルナ」


 笑いながら話すカルナをヴォルクさんが低い声で呼ぶが、さすがは孫、あまり気にしていないようだ。


「だって本当のことじゃん」


「……」


 ヴォルクさんは何とも言えない顔をして、ほんの少しだけ唸った。

 どうやら、知られたくなかったらしい。


 俺は改めて、手の中にあるティーポットを見る。

 表面は釉薬がかけられていて、つるりとしている。

 その滑らかな手触りを堪能しつつ、これを1ヶ月も前から俺のために作ってくれていたと思うと、不思議な気持ちになった。


「ありがとうございます……!」


 自然と笑顔になって、ヴォルクさんにお礼を言っていた。


「大事に使います!」


「別に大したもんじゃねぇ」


 そう言いながらも、ヴォルクさんは俺から目を逸らしたけど、耳の辺りがほんの少し赤く見える。

 ……気のせいかな。


「じーちゃん、これでハルヤが店を始めたら、また新しいの作るんでしょ?」


「カルナ!」


「だって――」


「さっさと食事を始めるぞ。せっかくの料理が冷めちまうだろ」


 カルナの言葉を遮り、ヴォルクさんがそう言った。

 余計なことを言うなと言いたげな目でカルナを見ているが、カルナは楽しそうに笑う。

 マルダさんやラグスもその様子を見ながら、呆れたように肩をすくめ、イツァムは興味なさげに立っていた。


 いつもより少し賑やかな夕食だった。




 夕食が終わると、俺はさっそくティーポットを使ってみることにした。

 専用の茶器があるっていうだけで、なんだかワクワクする。

 日本にいた時はそれが当たり前だったのにな。


「やっぱり、こういうのがあると雰囲気が違うよなぁ……」


 ティーポットを眺めながら、思わず呟く。

 店で香草茶を出すなら、やっぱりこういう茶器があった方がいい。

 お客さんに出した時にも、きっと見栄えがする。

 そう思いながら、香草を取り出す。

 ペルメンタとグラシア、それからメリシア。

 食後だし、さっぱりしたものと胃腸の働きを助けてくれるのと安眠をサポートしてくれるような組み合わせにしてみた。



「……あ」


 湯が沸くのを待つ傍ら、香草を入れようとして、手が止まる。

 そういえば、茶漉しがない。


「……」


 通常であれば、ティーポットとセットの内側に入れられた茶漉しがある。

 でも、今目の前にあるのは、ヴォルクさんが作ってくれた初めてのティーポット。茶漉しの存在も知るはずもなく……そもそも、あれは金物だから、知っていてもヴォルクさんが作ることはない。


 用意した香草をちらりと見る。

 だんだん涼しくなってきたからか、フレッシュハーブ……生の香草がだんだん減って、乾燥させたものが増えた。今あるものも乾燥させたもの。

 もう一度、ティーポットを見たところで、茶漉しがないことに変わりはない。


「……まぁ、ないものは仕方ないか」


 どうにか代わりになるものはないかと考えた時に、ふとティーバッグの存在を思い出す。

 マルダさんに相談して、綺麗なハンカチくらいの大きさの布を借りる。

 その布でドライの香草を乗せ、なるべく香草が出てこないように包む。


 これでうまくいけばいいんだけど……


 包み終わる前に、湯がぐらぐらと沸いてしまっていたから、なるべく急ぎ、包み終わった香草をティーポットに淹れて、柄杓で熱湯を注いでいく。

 蓋をして、あとは待つだけ。


 頃合いを見て、並べたティーカップへと注いでいく。

 ヴォルクさんから受け取った時は、2つしかなかったけど、早速ティーポットで香草茶を淹れると分かると、食事を済ませたカルナとラグスが工房にカップを取りに走った。

 なんでも、十数個作った中で一番出来の良いものを2つ選んで、残りは工房に置いているんだとか。



「……あ」


 注ぐと、ティーポットを伝って台に零れる香草茶。勢いがつくと上手くカップに入るけど、勢いが落ちるとまた起こる液だれ。


「……うーん」


 もう一度、今度はなるべく勢いを落とさないようにさっと切り上げる。

 それでも、ぽたぽたと少しだけこぼれるのは仕方がない。

 日本にいた時に、ばあちゃん家で使ってた急須もそうだったのを思い出す。


 そんな様子を見ていたヴォルクさんが、ティーポットをじっと見て言った。


「……改良が必要だな」


「え?」


 ヴォルクさんはそれ以上何も言わなかったけど、隣で見ていたカルナは、何かを察したように小さく笑った。




 この時の俺は、まだ知らなかった。


 次の仕事の日からしばらく、ヴォルクさんの工房で「ティーポット」が大量発生することになるとは――


   ❖


 翌日の落花の日に、俺は店の窓横のテーブル席に座っていた。内側に設置された目隠しも兼ねた木製の鎧戸と、硝子の突き出し窓の両方を開けると、日の光だけじゃなく風も入ってきて俺のお気に入りの席だ。

 目の前には、エリアナさんの部屋から借りてきたスレート。

 マルダさんに借りていたものは、もう返している。


 スレートに文字を書いては消し、また書いては消す。


「こう……?」


 首を傾げる。


「……いや、こうか……」


 俺は、翻訳機代わりになっているエルが生成したアイテムブックをスレートのすぐ近くに置いて、描いた絵の横に書きたい文字を何度も見ながら書き込む。

 文字自体は少しずつ書けるようにはなってきたけど、まだまだ自由に書きたい文章を書くところまでは程遠い。

 何度も、見本の文字と見比べる。


「……うん、大丈夫かな」


 納得いくものが書けてひとり頷くと、「カッ、カッ」と、まるで火打石を打つような音が聞こえた。


「……え?」


 驚いて音のした方を向くと、かまどの前にイツァムが立っていた。

 いつの間に。

 というか、いつからそこにいたんだ?

 少し距離があるって言っても、2メートルくらいしか離れていないこの距離で、2階にいたイツァムが降りてきたことにも、薪を組んでいる時にも存在に全く気付かないなんて……


 どれだけ集中してたんだ、俺。


 俺は思わず、自分の頭を抱えたくなった。

 いや、文字どおり抱えた。


「……あ」


 うつむき、頭を抱えていると、外から鐘の音が聞こえてきた。

 昼を知らせる鐘だ。


 ……昼……


 そこで俺はハッとして、慌てて椅子から立ち上がる。


「ごめん! 昼の用意!」


 スレートもアイテムブックもそのままに、イツァムに駆け寄ると、「別に」と言われる。


 無言の多いイツァムから、聞く言葉で一番多いその返答。

 だけど、たったその一言の返事があった、それだけなのに、なんだかほっとしてしまった。


「手、洗ってくるから、一緒に作ろう!」


 笑ってそう言って、手を洗うために水場に向かおうとすると、「おい」とイツァムに呼び止められる。

 なんだろうと、イツァムを見れば、ちらりと窓の方を流し見、顎でしゃくる。


「あれぁ、あのままでいいのかぁ」


「あ゛! よくない! ありがとう!」


 スレートはともかく、エルが生成したアイテムブックがそのまま窓際に置きっぱなしはマズイな……


 俺はイツァムにお礼を言った後、急いでスレートとアイテムブックを2階に持って上がり片付ける。

 そしてすぐに水場へ向かい、手を洗って店のカウンターへと戻る。

 カウンター側にある作業台では、すでにイツァムがティア球を切っていた。

 かまどでは既に水の入った鍋が火にかけられている。

 よく見れば、作業台の端には、食材庫に入れていた昨日買った他の野菜や肉も置いてあった。

 いつの間に……


 ……めちゃくちゃ手際よくないか?

 っていうか、準備がいいな……


 あまりの準備の良さに、そのことをそのまま伝えたら、「準備してねぇのがぁ見えてたからなぁ」と教えてくれた。

 だけど……


 見えてたって、どういうことだ……?


 意味がわからず聞いてみたが、そのことの返答は無かった。

 まぁ、まだ知り合って間もないし、すぐに教えてもらえないのも当然か。

 ひょっとしたら、大した意味もないのかもしれないし。


 マルダさんと一緒に料理を作っていた時は、昼は工房の人たちの分もあって、作るだけでも時間がそれなりにかかったけど、今日はイツァムと俺の2人分。

 しかも、イツァムの手際が意外とよくて、昼食の準備もあっという間に済み料理が出来上がった。


 居住場所を移る時、マルダさんに「落花の日も、一緒に昼食を取らないかい?」と誘われたけど、頼りっぱなしも申し訳ないと断った。

 だけど、後になって、「そういえば、落花の日の昼食はヴォルクさんの手料理だった」ということを思い出して、ちょっと失敗したかなと少し思ったりもしたけど、やっぱりイツァムと2人でしばらく過ごすのは悪くないのかも、なんて思う。

 会話はまだ全然だけど、出会って数日の頃と比べたら、少しは増えている。

 それもあってか、少しはイツァムとの距離も近づいたような気がする。


 というか、そうであってほしい。




 2人でカウンターに並んで、会話のない食事を進めながら、そんなことを思った――



次回:第31話「こだわり」  10月1日(木)20:30公開です|ω・)


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