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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第29話「床替え」

≪前回のあらすじ≫

 営業申請のため市政庁を訪れたハルヤは、店名を『薬膳喫茶・カモミール亭』として登録し、開店日を霜の月に決める。さらに、イツァムと二人で店主になることを選び、その帰り道、二人の関係にも小さな変化が訪れる――


 「え? 床替(とこが)え、ですか?」


 夕食の席で、思わず聞き返してしまった。


 いつものようにヴォルクさんの家で夕食を囲んでいると、ヴォルクさんがスープを一口飲み、それから静かに口を開いた。


「藁の運び込みの知らせが来た」


 その一言で、マルダさんが「あぁ、やっぱりそうだったんだねぇ。どうりで街中が騒がしいと思ったよ」と頷く。


 床替え――そう言えば、今月末にやるって、一ヶ月くらい前にマルダさんが言ってたよな……


 炉端亭……新しくカモミール亭になったあの店の2階をマルダさんと最初に掃除した時にそう教えてもらったのを思い出す。

 2日前に営業の申請に行った時も、職員さんが「床替えが終わった頃がおすすめです」と言っていたけど、確かに、こんなに直ぐにあるなら、これは準備万端でないと、とてもじゃないがお店は始められなかったな……


 そんなことを考えていると、「明日から始まる」と、ヴォルクさんが淡々と言った。


「終わるまで工房は休みだ」


 職人街らしい……と思ったけど、職人街どころか王都全体でそうだった。

 と言うか、近くの町や村でもそうらしい。

 平民は自分達で、貴族や一部の富裕層は、床替えを行う人員を雇うのが一般的なんだって。

 床替えで気になったことを聞いたら、マルダさんとヴォルクさんが教えてくれる。


 一通り話が済むと、「ハルヤ、イツァム」とヴォルクさんに呼ばれる。


「お前たちも手伝え」


 俺が短く返事をすると、そう言われた。

 そりゃそうだよな。みんな仕事を休んでやる一大行事でしょ。

 俺はすぐに返事をする。さっきよりも大きい声が出てしまった……

 隣に座るイツァムは一度も返事をせず、無言だ。

 ヴォルクさんはちらりとイツァムを見るが、それ以上何か言うこともなく、静かに食事へ戻った。


   ❖


「っ!」


 翌日、職人街の各工房から響き渡るさまざまな音の代わりに、多くの人の掛け声が響いていた。


 ベッドの木枠に編まれたロープは、使っているうちに人の重みで緩むため、T字の木製レンチを使って、ロープを締め上げる必要があるらしい。

 俺は今、その締め上げ作業を手伝っていた。


「んー……もう少し締めた方が良いな」


「は、はい!」


 ドーグさんに言われるまま、レンチの溝にかませているロープを、レンチを捻ってさらに引き締める。

 

「おう、こんなもんだな! よし、次だ!」


 ドーグさんが隣の穴に差し込んでいた木栓を引き抜いて、ロープが緩まないようにロープを通している穴に木栓を打ち込む。


「他の時ならさっきくれえの締まり具合でもいいんだけどよ、これから冬になるからな。しっかり締めて、ロープのたるみをなくしとかねえと、冬の間の冷え込みが堪えるぞ」


 ドーグさんはそう教えてくれると、今度はベッドの反対側にいたイツァムに、俺から受け取った木製レンチを渡し、俺の時と同じように教えていく。

 が、俺がやる前にも一度、ドーグさんがやって見せてくれているのもあってか、イツァムはドーグさんの話を聞き終わる前にあっという間に済ませ、一発でドーグさんにOKをもらっていた。


 一つのベッドのロープを引き締め終わった時には、痛いまではいかないけど、日頃使わない筋肉を使ったからか、腕が怠くなってしまった……


 腕をぷらぷら振ったり揉んだりしていると、後ろから「ハルヤ」と呼ばれる。

 振り向くとフリッツさんが笑いながら言った。


「お前さんはこっちだ」


「は、はい……」


 フリッツさんやグレーテさん、アデーレさんたちがしていた、藁袋の作業の方へ連れて行かれる。

 ちらりと、イツァムとドーグさんの方を見ると、ドーグさんは笑顔で頷くと次のベッドのロープの締め上げに移った。

 イツァムはなんの反応もなく、作業に戻ってしまった。


 俺は部屋に残っていた藁袋をフリッツさんと運び出し、藁の入れ替え作業をしている人たちのところへ加わる。

 そこでは、グレーテさんやアデーレさんの他に、仕立て工房と靴工房の職人の人たちが数人、古い藁をマットレス代わりの大きな袋から、他の麻袋へと入れ替えていた。

 この場所で、この作業を手伝っている人たちは工房に住み込みで働いている職人たちらしく、第6エリアや第7エリアの住宅区に住んでいる人たちは、それぞれそっちの作業に出払っている。

 なので、仕立て工房と靴工房の建物内にある床替えを手伝う代わりに、カモミール亭の2階にあるベッドの床替えをするときに、ロープの引き締めに使う木製レンチを借りるのと、フリッツさんたちが手伝ってくれることになっている。

 ヴォルクさんたちとやる話が出てたけど、裏からの距離が近いという理由で、床替え作業はゲンラートさんの時から、仕立て工房や靴工房のみんなとしていたみたいだ。

 時々、他の近所の工房の人たちとも。

 ベッドのメンテナンス用の木製レンチは、1軒に1本あるわけではないらしく、持っている人たちから借りて、借り先のメンテナンスを手伝うのが習わしらしい。




「出した古い藁は、今度はこっちの袋に入れてね」


 米袋サイズの麻袋が古い藁でパンパンになると、グレーテさんが次の麻袋を広げて言った。

 古い藁でいっぱいになった麻袋は、靴工房の職人さんの1人が建物の中に運んでいく。

 グレーテさんに言われたとおり、新しく運んだ大きな袋から古い藁を出し、麻袋へと移していく。

 古い藁は茶色く潰れて、ところどころ細かく折れている。

 カビていたり、虫も湧いていたり、正直、それを目の当たりにするだけで全身が痒くなりそうな錯覚を覚える。


「じゃあ、洗濯液につけてくるわね」


「ええ、お願いね」


 俺が大きな袋の半分も出しきらない頃、アデーレさんがそう言って、古い藁を全て出した後の大きな袋を抱えて立ち上がる。それと同時に仕立て工房のお針子さんも1枚抱えて、アデーレさんと一緒に洗濯の方に行ってしまった。

 グレーテさんはアデーレさんに返事をするとすぐに古い藁を出す作業に移る。

 なんてことない様子に、俺も止めていた手を動かす。

 そこでふとひとつの疑問が浮かぶ。


「あの、グレーテさん」


「んー?」


「新しい藁って、いつ入れるんですか?」


 1年中、マットレス代わりの大きな袋はずっと使いっぱなしということはないみたいだけど、それでも洗うのは年数回ということを、床替え作業の流れを聞いたときに教えてもらったことだ。

 理由は、替えの大きな袋の枚数が限られているから。

 天気のいい日に藁を袋から出して、天日干しして、夕方に綺麗な大きな袋に入れて、使っていた袋は洗濯をして、次の予備に回す。

 こういう流れを聞いた。


 だけど、今日は既に4つめの大きな袋の古い藁を出している。そして、今、フリッツさんと男性職人の1人が次のマットレス代わりのものを取りに行った。

 今は、仕立て工房の住み込みの職人達のベッドの床替えをしているけど、ベッドは全部で6台だったような……?

 今日出した分だけ替えの大きな袋があるならいいけど、ないなら……そのベッドを使っていた人たちは、今日はどこで寝るんだ?

 洗濯物を午前中の間に木灰液に浸けて、午後に煮洗いをするにしても、叩き洗いしたりするのは明日だよな……?

 明日中に乾ききったらいいけど、天気が良くなかったら、もう一日干してたよな……?


 その間のベッドは???


 そう考えに至って、グレーテさんに聞いてみたのだけど……


「予備の袋分は、今日か明日に入れられるけど、あとは洗濯が済んでからだから、明後日以降ね。天気が悪かったらもう少し延びるわね」


「明後日以降……あの、それまで……ベッドが整うまでは、いつもどこで寝るんですか……?」


 いやな予感がして、一番気になったことを聞くと――


「あぁ、藁を出していないか、もしくは新しい藁を入れたベッドで数人で一緒になるわよ。床の上で寝たりはしないから安心してね」


 グレーテさんのその言葉でピシリ、と固まる。

 それは安心する要素なのかっ!?

 いやっ、砂ぼこりまみれの床の上でなんて寝たくないけど、誰かと寝るなんて小さい時に親兄弟と寝てた時以来なんだけど!!?

 俺は大学入学以降、借りたアパートで独り暮らしだったけど、彼女らしい彼女もいなかったせいで、同棲はおろか誰かを泊めるなんてことも……。一応あった。

 だけど、終電を逃した男友達だったし、ソファか床の上だ。

 記憶を辿っても、やっぱり同じベッド……同じ布団で誰かと寝るのは、小学生の時に弟と一緒に寝たのが最後だ。


 新たな衝撃を受けつつも、目の前の作業をもくもくとこなすだけだった――


   ❖


 床替えは本当に街全体で行われていて、その日の午後はあちこちから風に乗って、煮洗いをした時に出る、なんとも言えない臭いにおいが僅かにしていた。

 袋からの藁出し作業は午前中だけで、午後はギルドから振り分けられた新しい藁を、綺麗な予備の大きな袋に入れる作業。

 それから、翌日の洗濯用の木灰液を作る作業。


 2日目の午前中は、叩き洗いと干す作業。

 この時は男性たちも手伝うようで、共同井戸はごった返すからと、工房の水場で洗い作業をしていた。

 昼前には街中が大きな袋が干されていて、「風物詩の一つだよ」とグレーテさんが笑っていた。

 午後は午前中に木灰液に浸けていた日頃の洗濯物と、昨日の昼前頃に出た大きな袋の煮洗い作業。

 ただ、天気が崩れたら干場が無くなるからと、日頃の洗濯物も控えめで、大きな袋も昨日ほど多くない。

 午後にはまた次のベッドの藁出し作業。


 3日目の午前中も洗濯の作業が中心で、午後は最初に洗っていた大きな袋が乾いたのもあって、新しい藁の詰め込み作業。

 新しい藁の匂いがこんなに嬉しく感じるなんて思わなかった。

 ただ、グレーテさんやアデーレさんは心配そうに空を時々見上げてた。

 昨日はわりと天気が良かったけど、今日はずっとどんよりと厚い雲が空一面を覆っていた。


 4日目はグレーテさんたちが心配していたように、朝から雨が降っていた。

 グレーテさんたち主婦の方々の判断で、昨日は木灰液に洗濯物を浸けていなかったから、叩き洗い作業もなし。

 床替えも中止。

 乾ききらなかった洗濯物が、建物の中に干してあるけど、洗濯物だらけでどうしようもない、なんてことはなく、今日はみんな家でゆっくり過ごした。

 職人さんたちは、仕事をしてるみたいだけど。

 俺はエリアナさんの部屋で機織り作業を進めてみた。なかなか綺麗にできない。


 5日目は嬉しいことに快晴。

 また街中に笑い声と掛け声が響き、新しい藁の匂いも増えた気がする。

 床替え作業は一気に進んで、ロープの引き締め作業は終わり。

 だけど、藁の入れ替え作業はまだまだ残っている。


 次の日は休息日の落花の日だけど、どうするんだろう……と思ったら、不浄なことはしてはいけない日でもあるらしく、いつもどおりの落花の日だった。

 イツァムとの会話は相変わらず。それでも、ほんの少し多くなった気がする。


 さらに次の日。床替え作業の6日目だ。

 この日で古い藁を出す作業は完全に終わったけれど、あとは大きな袋の洗い作業と、洗い終わった袋に新しい藁を詰める作業が残っている。


 それから3日後、俺たちのベッドも含め、職人街すべての床替えが終わった。

 街中の家が、新しい寝床になった。


   ❖


「さぁ、荷物まとめたかい?」


 床替えの終わったその日の夜、マルダさんが笑顔で聞いてくる。


「はい」


 俺の荷物なんて、大した量じゃない。

 服とエルが生成してくれたアイテムブックと羽ペンに、エリアナさんの部屋から借りた本。あとは既に、店に置いてある。

 それから、ヴォルクさんから受け取ったゲンラートさんが残したお金。トートバッグ一つに収まってしまう荷物自体は少ないのに、お金の重みがずしりとくる。

 それは実際の重みだけじゃなかった。

 荷物の少なさは、隣りに立つイツァムもそうだ。今は替えの服くらいしか持っていないように思う。


「店を始めるまでは、お昼の準備を手伝っておくれ」


「はい!」


 思わず笑顔になる。


「お世話になりました」


 深く頭を下げると、ヴォルクさんも静かに頷いた。


「元気でやれ」


「はい!」




 すっかり暗くなった店までの道を、ランプを持って歩く。

 俺の後ろを数歩空けて歩くイツァム。

 ランプは俺が持っている一つだけ。

 工房の裏や2階より上の階が、その工房の人たちの居住空間だから、建物からの光で真っ暗闇というわけじゃないけど、暗いことには変わりない。

 むしろ、現代日本の街灯の明るさを知っている俺からしたら十分暗闇だ。

 だけど、俺が「ランプから離れたら暗くて歩きづらくない?」ってイツァムに聞いても、「別に」だけだ。

 会話は増えたような気がしても、まだその距離は変わらない。


 ……気がするだけか……?

 いや、それはちょっと悲しい。


 でも、一緒に歩くことには、お互い少し慣れてきた気がする。

 ……やっぱり、気がするだけかな。



 本気で悲しくなり始めた頃、歩いて5分くらいしか離れていない、元・炉端亭――カモミール亭の扉を開ける。

 電気のないこの世界の、夜の建物の中は何も見えないくらいの闇だった。


 イツァムが中に入るのを待ち、扉を閉めて、重いハンドルを回して出入口を施錠する。

 俺たちはすぐに2階へ上がり、俺は寝室へ荷物を置き、それから広い部屋……リビングと、少し大きいベッドのある部屋へとイツァムと入る。

 オイルランプをテーブルの上に置き、部屋にあった魔道ランプを点けると一気に部屋の中が明るくなる。

 その明るさに目がくらみそうになり、マルダさんに教えてもらったように、摘まみをねじって明るさを少しだけ落とす。


「じゃあ、約束どおり、イツァムはこの部屋な」


 床替えが済んだら、ここで暮すことをイツァムに伝えた時に、この部屋をイツァムが使う事を頼んでいた。

 何か希望があるかどうかを聞いた時、いつもの「別に」だったから、約束と言うより、俺の希望だ。

 少しでも、イツァムに不便がないようにしたかった。 

 本来、この家を継ぐはずだったのはイツァムだから。

 それくらいは当然だと思った。


 それから、ヴォルクさんから受け取ったばかりの袋から銀貨を10枚取り出す。


「お店を始めるまでの1ヶ月分くらい、借りるな。お店をはじめたら少しずつ返すから」


 それだけ伝えて、残りは垂れ壁の奥、イツァムが使う予定のベッドの奥に置かれたトルヘへ入れた。

 イツァムは何も言わない。

 いや、何か言った気はするけど、聞き取れないくらい小さい独り言だったと思う。


 俺もそれ以上何も言わなかった。


 ただ静かな時間だけが流れる。

 ベッドの脇を通る時に感じた、新しい藁の香りに、よく晴れた日に何度も干し、埃を叩き落とした上掛けから香る太陽の匂い。


 今日から、ここが俺たちの家――




 そして、この日から俺は店が開くその日まで、寝室と店、そしてエリアナさんの部屋を往復する毎日を送ることになる。



次回:第30話「新しい暮らし」  9月24日(木)20:30公開です|qд・,,)♡


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