第33話「光の雨」
≪前回のあらすじ≫
注文した覚えのない3つめの茶漉しが、貴族に人気の高価なケサリフ合金で作られたものだと知り、困惑するハルヤ。その帰り道、ほしあめ祭りと、この時期に降るという「光の雨」の存在を知ったハルヤは、この世界には、まだまだ知らないことがあるのだと実感する――
光の雨の存在を知ったその日の夜から、俺は毎晩バルコニーで夜空を見上げるようになった。
いや、気になるだろ。
光の雨って呼ばれてる現象が。
年に一回必ずあるっていうから、これからは何回も見ることになるんだろうけど……
それと夜空を見上げるようになってようやく気がついたことがある。
この世界に、地球のような月がないことだ。
代わりに、天の川のように帯状の明るい星が連なっている。
この帯状の星はファウスと呼んでいると、イツァムが教えてくれた。
このファウスの明るさで、ランプを持たなくても夜道が歩ける日もあるという事を、つい先日……光の雨のことを知った日に体験した。
それから3日。今日は、3日前よりほんの少し暗い気がする。
「月の満ち欠けみたいだな……」
光の雨がどんなものか見てみたくて見上げるようになった夜空を、今は新鮮な気持ちで見上げている。
月はないのに、帯状の明るい星々でほんの少しだけど、目が慣れれば街の景色が見える。
今はまだ灯りを消す時間じゃないからか、視線を落とせば、近くの建物の窓から僅かな灯りがちらつく。
「あ……」
視界の端で、一瞬、流れ星が見えた気がした。
また空を見上げてしばらくたつと、また一つ、二つと、流れ星を見つける。
「すっげぇ……こんなに流れ星見たの初めてだ……」
日本にいた頃は、流星群が観測できるのが分かると、ニュースとかで観測日を知ったりする。
だからといって、見に行こうとしたこともない俺は、観測予定日の夜に空を見上げることもなければ、いつもと変わらない生活を送っていた。
だからか、俺はろくに流れ星を見たことがなかったことに気がついた。
異世界に来て初めてこんなに見ることになるなんて思わなかった。
初めて見るたくさんの流れ星に、いつもよりテンションが高くなっていると、空からキラキラと光の粒のようなものが降ってきているのに、気がついた。
「……あ! もしかして、これが光の雨か?」
声に出したものの、「雨」と言うにはちょっとイメージが違う気が……
そう思っていると、エルの声が頭に直接聞こえてきた。
『文献や文字から読み取った情報しか分からないため、正しいかは不明ですが、おそらくは…』
「そっか」
エルの言葉に、そう短く声に出すと、後ろから「ギイィ…」と重みを感じるドアの開く音が聞こえた。
振り向くと、イツァムがバルコニーに出てくるところだった。
「盛りの時ぁ、雨みてぇになる……」
イツァムがやってきたことに一瞬驚くが、イツァムが言った言葉に、嬉しくなって笑いかける。
「盛りの時って、どれくらいでなる?」
純粋に疑問に思ったことと、イツァムとの会話のきっかけが出来たのが嬉しくて、すぐさまそう聞いていた。
「……気にしたぁことねぇなぁ……一週間くれぇじゃねぇかぁ?」
俺はこの日、初めてイツァムと会話らしい会話をした――
❖
それから1週間が過ぎて、23日目の瑞果の日になった。
そして、19日目から始まった、一週間ある星雨祭の最終日でもある。
一週間あっても、結局のところ俺はいつもと変わらない日々を送っていた。
マルダさんたちと買い物に行った時に、いつもより賑やかで、中央通り沿いに露店が出てるくらい。
そんなことを、昨日の買い物の時に、何気なくマルダさんに言ってしまったからか、それとも元からそのつもりだったのかは分からないけど……
「今日の午後の買い物はうちの人と一緒に行くから、ハルヤとイツァムは2人で祭りを楽しんでおいで」
と、昼食の準備をするときに言われてしまった。
後から聞いた話だけど、元々、祭りの最終日はヴォルクさんが工房に居るのは昼までで、午後はマルダさんの買い物を済ませた後、2人で祭りを楽しむのが毎年の恒例となっていたらしい。
ちなみに、火陶工房の皆さんは、この一週間の間に自分たちの都合の良い日を選んで午後は休みにして祭りに出掛けていたそうだ。
そう言えば、カルナが2日前くらいに「楽しかった-!」とか言ってたな。
確か、友達と行ったって言ってたっけ……。
そんなことがあって、俺はイツァムと一緒に、第5エリア――職人街にでている露店を見て歩いていた。
第5エリアにある、広場の中央にある噴水。
その噴水を囲むように点在しているベンチ。
広場をぐるっと囲むように、露店があった。
「へぇー、こんなところあったんだー」
祭り日どころか、この職人街に噴水のある広場があるっていうことすら知らなかった。
そう遠い場所じゃないのに……むしろ、第3エリアとか第4エリアと比べるとずっと近いのに……
思い返せば、店とヴォルクさんとマルダさんの家と買い物以外で街を歩くこと自体がなかったかもしれない……
祭りの露店だけじゃなく、広場の様子もきょろきょろと見まわしていると、少し離れたところから、聞きなれた声に呼びかけられる。
「おーい! ハルヤ! イツァムも!」
「ジークヴァルドさん! こんにちは……今日は、初めて見る格好ですね……?」
振り向いた先にいたのは、手を振りながら近づいてくるジークヴァルドさん。
だけど、いつもの冒険者のような服装ではなく、ロングコートくらいの丈の長い、袖なしの鮮やかな青色のジャケットを羽織っていた。
「おう、今はほしあめ祭り中だからな! 祭りの時は、スリとかケンカがよく起こるからなぁ、目立つように、この青いジャケットを着るのさ」
お前らも困ったことがあったら、この青色のヤツを探したらいいぜ。と、自分の着ているジャケットを親指で指すジークヴァルドさん。
なるほど、護道の人たちは、お祭りの警備にあたる警察官みたいな役割もあるんだ。
「ありがとうございます。何かあったら探してみます」
祭りが賑わうのは日が暮れてかららしく、日が高いうちは、トラブルも少なく護道の人たちものんびり街中を歩いているらしい。
それでも、露店の人たちへの声掛けで、困ったことがないか確認して歩くのも日中の大事な仕事のようで、俺とイツァムはジークヴァルドさんとはそこで別れ、まだ行っていない中央通りの方へと向かった。
第5エリアの中央通りには、乗合馬車を利用する時に必ず来る場所で、急いでいる時や荷物が多い時には使うけど、今週は一度も使わなかったから気づかなかっただけで、ずいぶんと様変わりしていた。
屋台だけでなく棚もあり、その棚には所狭しと商品が並べられている。
食器や容器に、文具やろうそくにランプといった日用品の他に、やけにガッチリとした仮設店舗があると思ったら、香水や化粧品、アクセサリーや華やかなバッグといった高級品が置いてあってびっくりした。
それでも、その仮設店舗内にいた人――ここにある商品を作ったうちの1人――の話では、若手職人や見習いの作品で、日頃の卸先の店舗には置けず、こういう祭りの日に安く売るのだという。
一つの工房ではなく、日頃、高級品を作り出す複数の工房から集められて、この仮設店舗に出すのだと。
無駄にしない、良い慣習だと思ってる、と嬉しそうに話していた。
それについては俺も同意だ。
せっかくなので、俺もそこで少し購入した。
何を、って?
石けんだよ!
いつも使っている石けんでも良いんだけど、「泡立ちが良いよ」って聞いたら……さ……?
つい買っちゃった。
イツァムは、あまり興味がなかったのか、少ししたら仮設店舗から出て行った。
……いや、もしかしたら香水の匂いがダメだったのかな。
一度も使ったことなんてないのに、つい作った職人さんに「試してみませんか!?」と押され、手首に少しだけつけさせてもらった。
確か、その時にイツァムは出て行っていたはず……
その香水は、香りの強い香草ばかりを使う喫茶店を開く身としては、さすがに使うこともないからと、購入は控えさせてもらった。
買ったものは、石けんと今後の香草が増えたときのための小さめの保存容器を複数点。
意外と見て回るのに時間がかかっていたのか、薄っすらと暗くなり始めた。
「……一度戻るかぁ?」
空を見上げて、職人街しか見て回っていなかったのに気付き、他のエリアも見たいけど、これ以上イツァムを連れまわしていいものなのか……
そういえば、明日の食材もまだ買っていなかった……
そう考えていたところで、耳に届いたイツァムの言葉。
”一度”――
思わず俺はイツァムを見上げて、じっと見てしまった。
「……何だぁ」
「……ううん、何でもない! そうだな、一度戻ろう!」
俺は首を振った後、イツァムに向かって笑って伝える。
それからは直ぐにカモミール亭に戻り、買ったものを置いて、今度は食材用に使っているパックも持って第3エリアへと向かった。
朝晩は冷えるようになったから、外套も羽織る。
イツァムにも外套を羽織るか聞いたけど、「別にぃ、いらねぇ」と返された。
……寒さに強いのかな……
そうそう、店を出る時にランタンに火を灯したよ。
店に誰もいないのに火を点けて大丈夫なのか心配だったけど、そのためにも護道の人たちが常に見回りで外にいるんだって。
斜め向かいに紙工房を構える親方さんが教えてくれた。
それで、日が暮れ始めてから、あの青いジャケットを羽織っている人をよく見かけるようになったのか。
まあ、ランタンに火を点けたのも、紙工房の親方さんに言われたからなんだけど……
食材を第3エリアで一通り買い揃え、あとは肉屋でメインの肉を調達したら買い物も完了だ。
日が沈むのもすっかり早くなって、綺麗だった夕焼けもだんだん群青色に変わっていく。
辺りが暗くなるにつれて、見えるようになってきた光の粒。
一週間くらい前に比べたら、少しは雨らしくなってきたかもしれない。
「兄ちゃんたち、祭りは楽しんだか?」
肉屋の店主が肉を包んでくれている間、空を見上げていると、店主にそう聞かれた。
「はい。第5エリアの露店をたくさん見て回りました」
「なに? 第5だけか?」
俺が言った言葉に、ピクリと片眉を動かして店主が顔を上げる。
「え、ええ、まあ……」
俺が肯定すると、肉を包んでいた手を止める。
「おい、そんなんじゃあ楽しんだとは言えねぇぞ。第2の露店の飯に、第4の魔道ランプ街を楽しんで来い!」
特に第4エリアは若い連中には人気だからな。おすすめだぞ。まぁ、ワシら年寄り連中にゃぁ、「ほしあめ祭りらしくねぇ」って不人気だけどよ。と、店主が笑って教えてくれる。
そうは言っても、荷物がある。
「でも、買った食材もあるし……」
今から職人街に戻って、食材を置いて、またこっちの方に出てくるのか……?
そう思って、荷物のこともあって躊躇っていると、店主から「兄ちゃんらの居住区はどこだ?」と聞かれる。
「第5エリアです」
「なるほどなぁ」
俺の返答に、そうつぶやき頷く店主。
が、すぐに店主は「そしたら、サービスだ!」と破顔して、食材の配達のことを教えてくれた。
買った食材を、指定の場所に届けてくれるやつだ。
マルダさんも、大量の肉を購入した時に利用している、アレかな? って思ったけど、ちょっと違うらしい。
マルダさんが利用しているのは、大量購入した工房や食堂へ届ける、いわば“企業向け”。
で、今回教えてくれたのは、個別に依頼をすれば、指定の商業ギルドや護道ギルドに店側が届けて、購入者が預けている荷物を取りに行くサービスだった。
ちなみに、こっちは有料で、企業向けのは無料。
店主がいった”サービス”というのは、本来はお金を支払うところを”無料”で請け負ってくれるという事だった。
しかも、肉だけじゃなく、他の店で買った食材も一緒に届けてくれるというのだ。
なんてありがたいんだ!
良いんですか? と尋ねると、ニヤリと笑い……
「代わりに、しっかり楽しんでこいよ!」
そう店主に言われ、思わず笑ってしまう。
指定のギルドと名前を伝え、持っていた食材も預かってもらったあと、身軽になった俺たちは、第3エリアから第2エリアへと移動した。
第2エリアに出ている露店は食べ物が多く、おいしそうな料理を買って食べ歩く。
途中、イツァムは牛肉の串焼きが気に入ったのか、買った店舗に戻って同じものを注文していた。
買った食べ物はどれも美味しかった。
お腹も満たされ、第4エリアに移動した俺たち。
そこで見たものに俺は驚きで目を見張った。
第4エリアでは、普段は頭上を覆うように掛けられた色とりどりの布は変わらないものの、あちこちに吊るされた、様々な形や色の魔道ランプが飾り付けられ、まるでイルミネーションだった。
他のエリアとは全く違う賑やかさがあって、周りは確かに、若い人やカップルであふれていた。
そんな中、ちらりと見覚えのある服を着た若い子を見た気がしたが、俺は、気のせいか…と、第4エリアのキラキラした街並みを満喫した。
……イツァムが楽しめたかは分からないけど。
そろそろ帰ろうと、魔道ランプが飾られた第4エリアから抜けると、第4エリアに入る前よりも、空から、まさに「光の雨」と思えるほどの光の粒が降り注いでいた。
「ほっ、ほんとうに光の雨だ…!」
思わず、目を輝かせながらそう言うと、イツァムがフッと笑みをこぼした。
目元はアイバイザーをしているせいで分からないが、ゆるやかだが、確かに、イツァムの口角が上がったのが分かった。
なんだか、それが祭りを回っていた時以上に嬉しくて、破顔する。
そして俺は良いことを思いついた。
イツァムが賛同してくれるかは分からないけど……
「なぁ、明日の夜はバルコニーで食べよう!」
俺は笑顔でそう提案した――
次回:第34話「前夜」 10月22日(木)20:30公開です│'ω')
第34話は4,000字に届かなかったので、いつもより少し短めです。




