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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第26話「新たな登録」

≪前回のあらすじ≫

 喫茶店で突然出会った一つ目の男。その口から語られたのは、亡きゲンラートの名だった。事情を知ろうと男をエルの『庭』へ招き入れたハルヤは、エルの解析によって、イツァムがゲンラートの実の孫であることが判明する――


 石畳を叩く馬の蹄の音が、一定のリズムで響いていた。

 時々、ガタン、と馬車が小さく揺れる。


 向かい合う長椅子に座った俺は、向かいの窓から流れる街並みを眺めるふりをしながら、ちらりと隣を見る。

 イツァムは腕を組み、黙ったまま窓の外を見ていた。

 今朝、店で出会った時に着ていた、民族衣装のような服はもう着ていない。

 今はラグスから借りたベージュのシャツに焦げ茶色のベスト、ベストと同じ色の動きやすそうなズボン姿。それからブーツ。

 黒い髪は目立たないように布を頭へ巻き付け、その上からエルが作ってくれた革製のアイバイザーで額から目元まで隠している。

 一つ目を隠すためのアイバイザーは、細かな穴が無数に開いた、そこから外が見える仕組みのものを生成してくれたらしい――


 が、いくら目元を隠していても、初めて見た時の衝撃が強すぎて、こうして隣へ座っていても少しだけ緊張してしまう。


 ……いや。緊張している理由は、それだけじゃない。


 俺は思わず遠い目になる。


 ――昨日の、『庭』でのやり取りを思い出した。


   ❖


「……えっと……」


 エルからゲンラートさんとイツァムさん――イツァムが祖孫関係だと告げられたあと、彼へ向き直る。


 俺は、ゲンラートさんの孫なら、イツァムには知る権利があると思った。

 だから全部話した。

 俺が別の世界から来たこと。

 ゲンラートさんの孫として暮らしていること。


 そして――


「……俺が、ゲンラートさんの孫として、この家も、お店も、全部受け継ぐことになってしまってます」


 イツァムは何も言わなかった。

 ただ静かに聞いている。

 その沈黙が怖い。

 でも、話さないわけにはいかなかった。


「……その」


 何から聞けばいいんだ。

 頭の中で言葉がぐるぐる回る。


「イツァムさんは、その……」


 何しに、ここへ――いや、違う、もっと聞き方があるだろ。




「ここに住むつもりで……王都へ来たんです、か?」



 聞いて、沈黙が流れた直後、失敗に気づく。


 やってしまった。

 自分でも分かる。

 これは明らかに聞き方がおかしい。

 するとイツァムは鼻で笑った。


「ハッ」


 低い笑い声に、不機嫌そうに細められた目。


「俺がぁいちゃぁ都合がわりぃもんなぁ?」


「えっ」


 頭になかったことをイツァムが言葉にしたことで、俺の思考は停止した。


「安心しろ」


 イツァムはそっぽを向き吐き捨てる。


「ハナからぁ、ここに住む気ゃあねぇ」


 その言葉を聞いて、俺は叫んでいた。


「そんな!!」


 イツァムが怪訝そうにこちらを見る。

 が、俺自身が、何を叫んだ!? と止まっていた頭が変な方向で動き出す。

 いや、動き出したのは頭じゃなく、口だけだ。


「あっ、いえ!」


 違う、そうじゃないと、慌てて両手を振る。


「そうじゃなくて!」


 が、何が違うんだと言葉も過り、焦れば焦るほど頭が真っ白になる。


「俺と……」


 そして口から飛び出した言葉は。


「ここに住んでください!!」


「……あぁ?」


 イツァムが心底理解できないという顔をした。


 ……終わった。

 俺は何を言ってるんだ。


 間違っても、このタイミングで言う言葉じゃなかったのは明らかだった。


   ❖


「…………」


 馬車の中で俺は小さく項垂れた。


 穴があったら入りたい。

 いや、埋まりたい。


 順番がおかしいだろ……俺……!!


 あのあと俺はさらに――



『本当ならイツァムさんが遺産を継ぐべきで! でも俺も行く当てがないので! いっそ兄弟ってことにするとか――!』



 ――なんて、今思い返しても何を言っているのか分からない暗黒の暴走トーク。

 見かねたエルが、『ハル。兄弟として過ごすなら、“さん付け”で呼ぶのは他人行儀ではありませんか?』と冷静すぎる一言で割り込んでくれなかったら、俺はあのまま一生意味不明な提案をし続けていたと思う。



 だけど、結局良い案なんて思いつかず、結果、俺は「イツァム」、イツァムは俺を「ハル」と呼ぶことになった。



「……」


 そんな、今朝あったばかりのことを思い出したあと、ちらりと隣を見る。

 イツァムは相変わらず窓の外を眺めている。

 俺の視線に気づいたのか、「何だぁ」短く返ってきた。


「い、いや、何でもない」


「そうかぁ」


 それだけ。


 また窓の外へ視線を戻す。

 まだまだ何を考えているのか分からない。


 でも、ここへ残ることを選んでくれた。

 それだけで、少しだけ安心していた。


 俺は反対隣へ目を向ける。

 マルダさんは偶然同じ馬車に乗った知り合いの女性と楽しそうに話していた。




 今朝、マルダさんにイツァムを紹介した時――


「おや、孫は一人だとばかり思ってたよ」


 と、マルダさんは少し驚きながら笑っていた。


「まぁ、聞いてたのが、息子が生まれたことを知らせる手紙があったのは一度だけだったけど、遠くの手紙なんて届かない事も多いから仕方ないねぇ」


 そう言ってすんなり受け入れてくれたことに、心の底から助かった。

 もちろん、兄弟というのは作り話だ。

 でも、『庭』のことや俺の正体を隠すには、それが一番自然だった。


 それに『庭』でイツァムに年齢を聞いた時――


「25だぁ」


 イツァムは短く答えた。

 それから、俺も事情を説明した。

 元いた世界、日本では26歳だったこと。

 でも、1年の日数の違いで、この世界では22歳と同じくらいだということ。

 周囲には26歳だと話してしまっていること。


 するとイツァムは俺を見て鼻で笑った。


「お前ぇみたいな頼りねぇやつが兄かよぉ」


「…………」


 胸にぐさりと刺さる。

 反論したい。

 ……けど。


 事実かも……



 何も言い返せなかった。


   ❖


 馬車がゆっくりと速度を落とし、第2エリアの市政庁前で止まった。


「さぁ、降りるよ」


 マルダさんが立ち上がり、声を掛けてくる。


「はい」


 俺も荷物を持ってあとに続く。

 イツァムは何も言わず、静かに馬車を降りた。

 黒い布を頭へ巻き、革製のアイバイザーで顔の上半分を隠しているイツァムをまたちらりと見る。

 これなら、一つ目だとは気づかれない。


 ……たぶん。


 そう思いながらも、少しだけ緊張した。


   ❖


 市政庁へ入ると、以前と同じ受付へ向かう。


「こんにちは」


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付の男性職員が穏やかに応じる。


「新しく身分登録をお願いしたくてね」


「かしこまりました」


 職員は慣れた様子で帳簿を開き、厚みのある紙を取り出した。


「新規登録ですね。では、お名前を」


「イツァム」


 低い声で、名前だけを短く返答。

 職員は少しだけ顔を上げたが、慌てて「あ、あの、ガルド=イツァムです」と俺が伝えると、職員はちらりと俺を見て頷き、それ以上は何も聞かず、さらさらと書き込んでいく。


「保証人は?」


「私と、この子です」


 マルダさんが、そう伝えた後に、俺も「はい、そうです」と答える。

 すると職員は紙をこちらに差し出す。


「それでは、こちらへ署名をお願いします」


 紙を受け取ったマルダさんが署名する。

 その後、マルダさんは俺に署名する場所を教えてくれる。


 ペンを握り、震えそうになる手を抑えながら、『ガルド=ハルヤ』と、一文字ずつ丁寧に書く。

 何度も練習した名前。

 最近は、自分の名前だけなら迷わず書けるようになった。


 読むために優先して覚えたのは、金額に係る文字だけど、書く練習を真っ先に選んだ文字を名前にしていたおかげだ。

 本当に練習しておいてよかった。


「ありがとうございます」


 職員に返すと、署名の確認をし、今度はイツァムへ紙が渡される。

 イツァムは受け取ると、一瞬も迷わず名前を書き終えた。

 慣れた筆運びだった。


 ……普通に書けるんだ……


 少しだけ感心した後に、ひょうっとして失礼だっただろうかと思ってしまう。


「では最後に、魔導板(まどうばん)とこちらのプレートへ血液登録をお願いいたします」


 職員が小さな針をイツァムに差し出した。


 ……来た。俺が一番苦手なやつ。

 自分が刺すわけじゃないのに、思わず身体が強張る。


 そんな俺の横で、イツァムは何の躊躇もなく指先へ針を刺した。

 ぷつり、と小さな血の玉が浮かぶ。

 そのまま魔導板とネームプレートへ触れる。

 俺の時と同じように2つが淡く光り、血が吸い込まれるように消えた。


 あまりにもあっけなく終わってしまい、若干落ち込む。

 俺なんか、あれだけ覚悟したのに……


 思わずイツァムを見る。

 本人は何事もなかったような顔をしていた。


 ……なんか悔しい。


「お疲れさまでした。お住まいの区画以外へのお出かけの際は、こちらの身分登録証を首にかけてください。また何かございましたら、いつでも窓口へお越しください。」


「あ、ありがとうございました」


 俺が登録証を受け取った時と同じ説明を聞き、お礼を言う。

 イツァムは相変わらずの無言で、その場を後にする。

 その行動に、職員に一言謝り、イツァムを追いかける。

 マルダさんも軽く頭を下げ、挨拶をしたみたいだ。


 イツァムの背を見て、思う。


 これで本当に、イツァムはこの王都の住人になったんだ、と――


   ❖


 市政庁を出たあとは、そのまま第3エリアへ向かった。

 今日も買い出しのためだ。冷蔵庫がないから、毎日のように買い物に行かないといけないのは大変だが、なんだかんだこの生活にも慣れつつある。




「これも買っとこうかね」


「はい」


 喫茶店で使うのに良さそうなものを探しつつ、マルダさんが購入した食材を受け取っていく。

 が、荷物持ちとしては俺はあまり役に立っていない気がする。

 いや、持ってるよ!? 持ってるんだけど……

 重い物は全てイツァムが持ってくれている。

 平気な顔で。


 ……めちゃくちゃ力強かったんだな……


 ちょっと遠い目をしてしまった。


   ❖


 気づけば空は夕焼けに染まり、第5エリアへ戻る頃には、すっかり日も傾いていた。

 だいぶ涼しくなってきたし、陽が沈むのも早くなってるんだろう。

 季節の移ろいを感じると、それだけこの世界で過ごしたんだと実感する。


 夕食の準備も食事もあっという間に済み、後片付けも終わる。




 それぞれが自室に戻った静かな夜。


 廊下にはランプの灯りだけが揺れている。



 俺は一つ深呼吸をして、イツァムに宛がわれた部屋の前へ立った。


次回:第27話「あと一歩」  9月3日(木)20:30公開です|・ω・`)

27話は文字数が少な目です。


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