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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第24話「新たな出会い」

≪前回のあらすじ≫

 木灰液を使った洗濯を体験したハルヤは、その重労働ぶりに驚く。

 その翌日、共同井戸で町の人々と共に洗濯をする中、ドーグの妻・アデーレと出会い、支え合う暮らしに触れる。

 そして、新たな目標がハルヤの胸に芽生え始めた――


 洗濯物を干し終わったこの日の午後――俺は、マルダさんと一緒に第2エリアにある市政庁に来ていた。

 中央にある空いている受付へ向かうと、年配の男性職員が顔を上げた。


「こんにちは」


「こんにちは。今日は受け取りで来たんだけどね……ハルヤ、札を」


 マルダさんがそう言って、俺に札を出すよう教えてくれる。

 昨日、ヴォルクさんから手渡された、紐のつけられた木札だ――


   ❖


「これは?」


 夕食が済み、片付けのために立ち上がった俺を呼び止めたヴォルクさんから受け取った、木製の札を見る。

 文字が書かれているが、まだきちんと読めない。

 ただ、一部、文字の上に横線が入っているから、それは数字を意味しているのは分かった。少しは進歩したかな。


「今日の風の刻にな、市政庁のやつが来た――」


 ヴォルクさんの話は、その市政庁の人は”炉端亭”に行ったが誰も居なかったため、”ガルド=ハルヤ”の登録手続きを行ったヴォルクさんに言付けと共に、この木札を渡された、というものだった。

 どうやら、この木札は市政庁から重要書類が届けられた際に、受取人が不在だった場合に利用される発行書のようなものらしい。

 そして、本人がこの木札を持って行って書類と交換する仕組みだ――


   ❖


「身分登録証はお持ちですか?」


 木札を渡すと、男性職員が尋ねてくる。


「は、はいっ」


 俺は慌てて、首に下げていた登録証を外して手渡す。

 ヴォルクさんとマルダさん2人から登録証を持ったかと、確認された意味をようやく理解した。

 それを受け取った男性職員は帳簿を確認すると、奥へ引っ込み、しばらくして一通の封筒を持って戻ってきた。


「こちらになります」


 男性職員から、封筒と渡していた登録証を受け取る。

 封筒は厚手のアイボリーの紙で作られていて、赤い封蝋が押してある。封蝋にある紋章はこの国のものだろうか……


「手続きは以上になります。他に御用はございますか?」


「あっ、いいえ、ありません。ありがとうございました」


 男性職員にそう伝え、マルダさんと受付の窓口から離れた。

 出入口の方に向かって歩くと、待合スペースのような場所の一角に、背の高い書き台らしきものがあった。

 マルダさんに相談して、そこで封筒を開けさせてもらうことにした。

 開封して、中の書類を開く。

 そこに書かれていた文字はまだ読めない。


「……すみません、これって……」


 全て言わなくても伝わったのか、マルダさんが一度頷き、隣でゆっくり読み上げてくれる。


「――ガルド=ゲンラート――死亡届、受理」


 その短い一文だけで十分だった。

 胸の奥が、ずしりと重くなる。


 死亡した日、届け出を受理した日。


 そして――


『遺産継承手続き完了』


 という一文に……遺産継承者に、”ガルド=ハルヤ”と書かれた、この世界での俺の名前。


 本当に――ゲンラートさんが亡くなったことになった。

 俺が、正式な継承者だということも。


「……」


 自然と書類へ視線が落ちる。

 俺はゲンラートさんの本当の孫じゃない。

 けれど、この通知は今、間違いなく俺へ向けられている。


 胸の奥に、何とも言えない重さが残った。


「これで全部終わったねぇ」


 マルダさんが穏やかに呟く。


「終わった……」


「そうさ」


 マルダさんは頷いた。


「これで家も土地も、中に残ってる物も、全部正式にハルヤへ引き継がれた」


「……」


「ゲンさんも安心してるだろうよ」


 その言葉に返事は出来なかった。


 安心――


 本当に、そう思ってくれるだろうか。

 俺は、本物の孫じゃない。

 そんな後ろめたさは今も消えない。

 むしろ、正式に引き継ぎが済んでしまったことで、増した気がする。


 けれど。


 それでも。


 この家を、この人たちとの繋がりを、大切にしていこう。


 そう思う気持ちだけは、本物だったし、罪滅ぼしのようにも思った。




 持ってきていたトートバッグ型のパックに封書を入れ、市政庁を出ると、マルダさんが言った。


「せっかくここまで来たんだ」


「少し買い物して帰ろうかね」


「買い物、ですか?」


 もともと、第2エリアの市政庁での予定が終わった後は買い物の予定だったはず。だから、マルダさんもいつも通りカゴやパックを複数持ってきている。

 わざわざそう言ったマルダさんの意図が分からず、首を傾げてしまう。


「第3エリアじゃ売ってない物もあるからねぇ」


 そう言ってマルダさんが歩き始める。

 ついて行って直に気付く。

 前にヴォルクさんとここ――第2エリアから第3エリアに行った時とは反対の方向だ。

 ……確か、第2エリアを挟んで、第3エリアの反対側にあるのは第4エリア。

 第3エリアと同じように商業区域で、食品や基本的な生活必需品は大きく変わらないらしいが、第4エリアは商人や職人向けの商店が並ぶ区域らしい。

 日本で言うところの、業務向け店舗が多いっていうことだろうか。


 第4エリアに入ると、目についた店に目移りしてしまう。

 金物屋、陶器屋、革細工店に、第3エリアでは見かけなかった文具屋まであった。

 見たことのない店が次々と並び、思わずきょろきょろしてしまう。


「すごい……」


「初めて来ると面白いだろ?」


「はい。」


 俺は思わず頷く。

 見ているだけでも飽きない。

 店先に並ぶ道具一つ取っても、日本では見たことのない形ばかりだ。

 この街には、まだまだ知らないものが山ほどあるらしい。


「……あれ?」


 少しして、ふと気付く。


「ん? ハルヤ、どうかしたかい?」


「内職で作ったようなパックとか……布製品を置いている店がないなって、思って……」


 全く無い、なんてことは無いはずだが、第3エリアの一角では女性たちがこぞって作った品物を取り扱っている店がいくつか並んでいたけど、今通ってきた道沿いの店舗では、それらしい店が見当たらなかった。

 他の通りならあるのだろうかと思って、マルダさんに聞いてみたが、どうやらそうじゃないらしい。


「女や若い連中が作った内職品は、この王都じゃ第3エリアで始まったことらしいからね。第4エリアでも扱ってるけど、内職品の多さは第3エリアの方が圧倒的に多いよ」


 マルダさんからそんなことを教えてもらいながら、第4エリアでマルダさんの必要な買い物をしつつ、街並みも堪能する。

 第3エリアは1階建てや2階建てか、もしくは簡易的な屋根やテントを張った露店が多い代わりに、第4エリアは3階建てや4階建ての建物が多くて、1階部分には広めの通路が設けられていて、雨が降っても買い物がしやすそうだった。

 同じ王都内でここまで特色が違うのは本当に面白い。


 そして、第4エリアでは第3エリアで見かけなかったレモングラスやレモンバームにそっくりな香草を見つけて、いっぱい買ってしまった。

 あと、大棗もこの前買った時より安い値段で売られてて、思わず3個も購入。

 気になったドライ香草も数種類選んだけど、選んだものはマルダさんも使ったことのない種類だったみたいで、「それも香草茶に使うのかい?」と興味があるみたいだった。

 正直、乾燥ハーブ――香草は見た目だけじゃ分からないし、名前も知らないものだから、使えるかどうかはエルの分析結果次第。マルダさんの問に「あはは……」と笑って流すしか出来なかった。


 あと、ゲンラートさんが残したというお金を使うのはまだちょっと気が引けるけど、店をやるにも種類が少なすぎてもどうにもならない、と腹を括って使わせてもらうことにした。

 でもなるべく、使う量が少なくて済むように、内職を頑張ろう。



 一通り買い物を済ませ、第5エリアに戻ってくると、マルダさんのオススメ、ということで商業ギルドに寄って、内職用の機織りに必要な糸の束を購入。

 既にセット売りになっていて、一番短い布用の糸束で2,000リーヴァだった。

 この糸で布を一枚織って商業ギルドへ持っていけば、どんなに出来が悪くても三等品として2,000リーヴァで買い取ってもらえるらしい。

 あとはその出来具合で、二等品で3,000リーヴァ、一等品だと4,000~4,500リーヴァで買い取ってくれる決まりになっていると、マルダさんが教えてくれた。

 しばらくは三等品だろうけど、なるべく早く二等品で買い取ってもらえるように丁寧に織っていこう……




 商業ギルドでの用も済み、会話をしながらマルダさん家に向かって歩いて行く。

 そんな時だった。ふと前方を見ると、扉を全開にしている店先から一人の男性が出てくるのが見えた。

 見覚えのある、落ち着いた足取り。


「あ」


 思わず声が漏れ、相手もこちらへ気付いたようだ。出てきたのはエーヴァルトさんだった。


「こんにちは」


 こちらに歩いてきたエーヴァルトさんに挨拶をすると、「ああ、」と頷きフッと目元が和らぐ。


「ちょうどそっちに行こうと思っていたところだ」


 そう切り出して伝えられた内容は、4日後に窓の取り付け工事に入るという事だった――


   ❖


 4日後――実の月1日目の深根の日。

 俺は朝、いつもより早くに朝食を済ませ酒場に来ていた。

 隣にはヴォルクさんが立っている。

 ヴォルクさんと一緒に出掛けるのは、異世界に来た翌日のあの外出以来だ。


 緑の刻を知らせる朝の2回の鐘が鳴る頃に、ヴォルクさんと酒場に来て鍵を開ける。

 それからしばらくすると、4日前に挨拶を済ませていたツヴァイベルク木工工房の親方のハーゲンさんとお弟子さんのウルリッヒさんが太い木材を、エーヴァルトさんが工具箱と丸めた紙を持ってやって来た。

 エーヴァルトさんたちと改めて挨拶をしている間に、ブルーノさんたち――エッカルト石工工房の職人さんたちも揃い、挨拶と簡単に自己紹介を済ませると、酒場の……いや、喫茶店の窓の取り付け工事が始まった。


 エーヴァルトさんとハーゲンさん、ブルーノさんは、広げた紙と壁を見比べながら削り出す石壁の最終確認を行い、その間、他の職人さんたちは工具を出したり口元を布で覆ったりして準備をしているようだ。

 確認が終わったのか、エーヴァルトさんが紙を再び丸めると、ブルーノさんが石工職人に指示を出し、石工職人たちが動き、ブルーノさんが付けた印どおりに石壁を削っていく。

 ハーゲンさんたち木工職人は、運んできていた材木でまぐさの準備に取り掛かっていた。



「ハルヤ、そろそろ行くぞ」


「あ、はい……」


 ヴォルクさんに声を掛けられて、その場から離れる。

 もう少し見ていたかったけど、職人さんたちの邪魔にもなるし、削って出た粉塵を吸い込んでもいけない。少し残念だけど、工事の段取りの説明を受けた時に伝えられた通り、お店から離れた。




「じゃあ、また昼にな」


「はい」


 これから仕事のヴォルクさんは、ヴォルクさんたちの家に行くために通る小道に入る直前にあった建物のドアノブに手をかけ、そう言うと中に入って行った。

 それを見て、俺は驚きのあまりその場で固まってしまった。


 あっ、ここがヴォルクさんのところの工房だったのか!?


 今まで何度も、この建物の前どころか横の小道を通って家に行っていたのに、何の工房なのか気にも留めてなかった……


 出入口の扉の横につけられた跳ね上げられた上側の戸が庇(ひさし)になり、倒された下側はカウンター台のような役割をしている、開けられた木窓。

 そういえば、フリッツさんのところの工房も、こういう窓がついてたな。

 その窓からこっそりと中を覗くと、俺に気付いたラグスが破顔して手を振ってくる。

 それになんとか笑顔を作って手を振り返す。

 ラグスが怒られる前に窓から離れ、脇の小道に小走りで入り、そのまま家まで歩いて行く。

 もうちょっと、身近な建物に興味を持った方がいいなと思った瞬間だった――


   ❖


 粗方昼食の準備が整った、昼の鐘がなる少し前、俺はマルダさんに声を掛ける。


「じゃあ、行ってきます」


「ああ、気をつけてね」


「はい」


 木製のしっかりと安定したワンハンドルのバスケットに、冷ました香草茶を入れた陶器のジャグと、人数分の木製のカップ。その上に、埃除けの綺麗な布を被せる。

 今日はカラッと晴れて暑いくらいだから、この前第4エリアで買ったレモングラス――エルの成分解析のおかげでレモングラスと同じように使えることが分かったグラシアっていう香草をベースに、ペパーミント......ペルメンタとタイム――えーと、ティムラをブレンドしたもの。そこに少しだけ蜂蜜を溶かした、清涼感もあるうえに殺菌・抗炎症作用と喉の粘膜の保護効果で喉のケアに最適な薬膳茶だ。

 蜂蜜は高いし、甘いのが苦手な人がいるといけないから、甘みを感じない程度に本当に少しだけ――

 布で口元を覆っているとは言っても、石を削る作業をする現場は粉塵で、口の中がザラザラするかもしれない……そう思って、選んだ組み合わせだ。


 そのバスケットを持って、店へ向かう。

 今日でこの世界に来てから丸2週間。家と店の行き来くらいだけなら、俺一人で行動することも増えた。

 5分程度の道すがら、すれ違う人と挨拶をするくらいにはなり、中には顔も覚えられて、「おう、マルダさんとこの!」と言われるくらいになった。一緒に居ることが多かったからか、マルダさんの身内と思われてるけど……


 喫茶店へ着くと、ちょうど職人さんたちは外の日陰へ集まり、それぞれ腰を下ろしていた。

 ブルーノさんは首にかけている布で汗を拭い、ハーゲンさんは木箱へ腰掛け、エーヴァルトさんは木材が打ち付けられた壁を見ている。


 早……もう、壁に打ち込まれてるんだ……


 扉を挟んだ反対側も、かなりの溝が彫られている。

 まだ始まったばかりだけど、少し見た目の印象が変わるだけで、ワクワクする。


「こんにちは」


「ああ」


 声を掛けるとエーヴァルトさんが短く返事をする。

 ブルーノさんもすぐ気付いて手を振った。


「おう、ハルヤ」


 ずんずんと近づいてくるブルーノさんにも挨拶をすると、そう返ってくる。


「何だ? その持ってるバスケットは?」


「香草茶です」


 ブルーノさんの問いに、そう返しながら被せていた布を少しめくり、ジャグとカップを見せるとブルーノさんは目を丸くした。


「差し入れか?」


「はい」


「昼食を取られる前に、少し喉を潤せたらと思いまして……」


「おぉ、それはありがたい」


 店の中で渡したいことを伝えると、「ああ、わかった」と頷き、直ぐに職人たちに伝える。

 俺もエーヴァルトさんやハーゲンさんにも声を掛けながら、店の中へ入った。


 バスケットをカウンターの上に置き、カップを並べ一つずつ、香草茶を注いでいく。

 ホットのように香りがふわりと立ち上ることはないけれど、それでもレモングラスやペパーミントの清々しい香りが鼻腔をくすぐる。

 全てのカップに注ぎ終わると、近くにいた人たちに順番に渡していく。

 エーヴァルトさんもカップを受け取ると、小さく礼を言った。


「悪いな」


「いえ」


 受け取った人からカップに口をつけるかと思いきや、どこか戸惑った様子だった。

 その様子を見てはっとする。

 エーヴァルトさんとブルーノさんは既に飲んだことがあるけど、香草茶自体が初めてな他の職人さんたちは、お茶という物自体を知らない。顔を見合わせて、ブルーノさんやエーヴァルトさんの様子を盗み見ている。

 ハーゲンさんは、飲み物だと分かると、「そりゃあありがてぇ、喉がカラカラだったんだ!」と、カップを受け取ると迷いなく一気に飲んでいたけど。


 そして……


「こりゃあ、うめぇなっ!」


 ハーゲンさんのでかい声が店内に響く。

 スモール・ビアとは比べもんにならねえくらいうめぇな!と、にっかりと笑うハーゲンさん。

 ついでに、おかわりも要求され、思わず笑ってしまう。

 そりゃあ、水代わりに飲んでるまずいスモール・ビアと比べたらずっとおいしいよ。


 ハーゲンさんの反応や、ブルーノさんとエーヴァルトさんも飲んでいる様子を見て、他の職人さんたちも口を付け始める。


「何だこれ!」


「ほんとにうめぇなコレ!」


 賑わう職人さんたちの様子を見ていると、近くにいたエーヴァルトさんの声が聞こえた。


「この前のより、飲みやすいな」


 ブルーノさんも少し驚いたように頷いていた。


「ああ、確かに。それにすっきりしてる」


「あ、今回はベースをグラシアにして、ペルメンタとティムラに、少しだけ蜂蜜を入れてます。この前の香草茶は、ペルメンタをベースに、アネトラの種子とジフスの乾燥させた実とロスメルをブレンドしたものです」


 2人の感想を今後の参考にしようと、今回使った香草と前の時の香草を伝える。

 すると、ブルーノさんの片眉がピクリと上がる。


「ジフス? 聞いたことねぇ香草だな」


「あ……輸入したものだと、お店の人が言っていました……」


 しまった……大棗を見つけた嬉しさから、買って使ったけど、馴染みのない風味だったのかな。


「ジフスは、10年程前から市場でよく見かけますよ。シャキシャキとした食感で甘みのある果物です」


 エーヴァルトさんは知っていたのか、ブルーノさんにそう話す。

 エーヴァルトさんが続けて独りごちた「乾燥させたものを茶にする発想には驚いたが……」の言葉に、内心衝撃を受ける。


 むしろ俺は、生のナツメを食べるどころか見たことすらありません……


 それから少し会話を続けたあと、昼の鐘を合図に、見張りの職人2人が残り、あとは食事へと移動した。

 俺もそのタイミングで、空になったジャグと回収したカップを持ってマルダさんたちの家へと戻った。


   ❖


 翌日も。

 その次の日も。

 昼の鐘が鳴る少し前に、俺は香草茶を持って店へ向かっていた。


「お、また来たぞ」


「今日は何の香草だ?」


「今日はグラシアとメリシアをメインにして、蜂蜜で少しだけ甘みを出しています」


 最初は遠慮していた職人さんたちも、数日もすると自然とカップを差し出してくるようになった。

 ハーゲンさんは毎回大げさなくらい感想を言う。


「今日は昨日より好きだ!」


「俺は昨日の方が好きだな」


 ブルーノさんも時々意見をくれる。

 二人が話している横で、エーヴァルトさんは変わらず静かに飲むだけだった。

 けれど、ある日――


「今日のは少し香りが強い」


 ぽつりとそう言った。


「あ、そうですか?」


「嫌いじゃない」


 それだけ言ってまた飲み始める。

 それだけなのに、不思議と嬉しい。

 少しずつ。

 本当に少しずつだけど、職人さんたちとの距離が縮まっている気がした。


   ❖


 そんな日々が10日ほど続いた今日。ついに、片方の窓が取り付けられる。

 外からだと、布で覆われて目隠しされてて見えないが、店の中から見ると、窓を付ける位置の石が取り除かれ、木枠がはめ込まれている。

 鍵の開け閉めや昼食前の差し入れの時に見てるから、進捗具合は分かっていたけど


 ――いよいよ、窓がつく――


 そう思うだけで、気分が高まっているのを自覚する。

 昨日の鍵を閉めた時と変わらないことは分かってても、つい、いつもより早くに来てしまった。

 鍵穴に鍵を差し込み、重たい鍵をなんとか回し開錠する。

 何度開けても慣れない、これまた重みのある扉を開ける。

 わずかに開いたその隙間から、赤い光が漏れる。


 え――?


「――エルッ!?」


 赤い光は直ぐに治まったが、今までにない光景に、咄嗟にエルの名前を叫び、体当たりするように扉を押し開け、そのまま中に入る。

 勢いをつけすぎてその場でたたらを踏むが、『ハル……』と初めて聞くエルの戸惑いの声音で名前を呼ばれ、直ぐに顔を上げる。

 そして目に映ったものに目を見張る。

 薄明るいというほど暗くはないが、室内の暗さに慣れない目でも分かる、黒く短い髪に――


「ひっ、一つ目小僧――ッ!!???」


 顔の真ん中に大きな目が一つの男が立っていた――


次回:第25話「一つ目小僧」  8月20日(木)20:30公開です|ㅿ•̀)……(((ノ•ㅿ•̀)ノ…… (•ㅿ|


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