↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/35

第22話「職人たちの贈り物」

≪前回のあらすじ≫

 雨上がりの王都で、ハルヤは酒場の二階を掃除しながら、この世界の暮らしを少しずつ知っていく。

 やがて仕立て工房から仮仕立て完成の知らせが届き、買い物の帰りに出会ったグレーテと共に仕立て工房へ向かった――



 グレーテさんに案内される形で、二度目の仕立て工房へと足を踏み入れた。

 工房の中では、布を裁つ音や針を動かす音が静かに響いている。


 

「――15,000リーヴァ、確かに受け取ったよ」


 工房に入ってすぐのカウンター前に先客が1人立っていて、フリッツさんの声が聞こえた。

 どうやら、商品を受け取りに来たお客さんだったようで、お金を受け取ったあと、フリッツさんはカウンターの上にあった服をお客さん――男性に手渡す。


「どうも。これで次の仕事も一安心だ」


「おう、そいつはよかった! またいつでも来な!」


 男性は受け取ったものを持っていた布で包むと小脇に抱えて、振り返った。

 年齢は三十代くらいだろうか。

 日に焼けた肌に、動きやすそうな革の上着、腰には短めの剣が提げられている。


 ――剣


 先日会った騎士団の人たちも剣を提げていた気がするけど、明らかに騎士団のような制服姿とは違う。

 どちらかと言えば、物語に出てくる冒険者のような出で立ちだった。


 男性が通れるように左側のスペースにずれ、すれ違いざま、軽く会釈する。


「こんにちは」


「ああ、こんにちは」


 騎士団の人たちに会った時のような威圧感は全くなく、気さくな返事が返ってきた。

 グレーテさんも微笑む。


「またいつでもいらっしゃい」


「ありがとう」


 そう言い残し、男性は工房を後にした。


 扉が閉まると少し暗くなったように感じるが、出入口の扉のすぐ隣は大きな窓があるおかげで、その差もごくわずかだと思う。


「よく来た、ハルヤ! こっち来い! 」


「あ、はい」


 扉が完全に閉じた直後、満面の笑みのフリッツさんに呼ばれた。

 グレーテさんも頷き、「奥にどうぞ」と奥に行くよう勧められる。

 カウンターの横から奥に進み、カーテンで仕切れる仕様の左手の部屋へと進む。ヴォルクさんとこの工房に来た時に採寸をした場所だ。




「ほれ」


 奥の部屋に入るなり、棚から取り出した服をフリッツさんから渡される。


「向こうで着替えておいで」


 そう言いながら、グレーテさんが奥の棚の方を指さす。

 棚の横にはカーテンが掛かっていて、人ひとりが通れそうな幅だ。

 あのカーテンの奥で着替えたらいいのかな。


「わかりました」


 俺は頷いて、部屋の奥へとカーテンを潜る。

 中は、日本にいた時に入ったことのある衣料品店の試着室より広い。

 渡された服を広げると、灰色の生地は長袖のシャツで、モスグリーンの厚手の生地は長ズボン。どちらもシンプルで、借りたものや古着屋で買ったものと比べても、変わったところもなく、思わずほっとした。

 正直、フリッツさんが試したい形があるって言ってた言葉に心配していた。

 ヴォルクさんも、「気に入らなきゃ買わなきゃいい」って言ってたし……


 奥の壁と間仕切りも兼ねた棚との隙間に、縦に三つに区切られた、シンプルな木製の棚がある。中は何もない。


 この棚は使っていいのかな。


 そうあたりを付けて、一旦そこへ受け取った服を入れ、脱いだ服も別の棚へと入れる。

 先にシャツを手に取り、改めて見る。

 粗い糸でざっくり縫い合わされた仮縫いの服だ。


 オーダーメイドのシャツって、こうやって作ってたんだ……


 今までは完成品しか見たことがなかったから、作る工程も知れてちょっとワクワクする。 


 シャツをそろーっと上から被り、胸元の紐を結んで留める。

 次にモスグリーンのズボンへ履き替える。


 ゆったりした作りで動きやすい。


 ――と、思ったんだけど……あれ?


 思ったよりきつく感じるかも……

 いや、もちろんサイズが合っていないわけじゃない。

 むしろちょうど良いくらい。

 きついと思ってしまったのはきっと、異世界へ来てから着ていたズボンが、どれもかなりゆったりしてて、それに慣れてしまったせいだろう。


 いや、単純にサイズが大きかったっていうだけだろうけど……


 日本にいた頃も、伸縮性のあるデニムパンツかスウェットばかり履いていたのも大きいかもしれない。

 伸縮性の高いデニムパンツが出る前は、カーゴパンツとかゆったりした形のズボンが多かったな。


 改めて考えると、現代の服ってすごかったんだな……


 何気なく履いていた服のありがたみを、異世界で実感することになるとは思わなかった。




「出来ました」


 声を掛けると、「出てきていいわよ」とグレーテさんから返事があり、カーテンで仕切られた試着スペースから出ていく。すると――


「おっ、いいじゃねぇか」


 目を輝かせたフリッツさんがすぐに近寄ってくる。

 グレーテさんも「ちょっと触るわね」と声を掛けてから、慣れた手付きで肩の布や袖を摘まんでピンで留めていく。

 その後も、背中を見たり、脇を確認したりしている。


「ここも少し詰めるか」


「こっちはどうだい?」


「えっと、少し……余裕を持たせたいです」


 グレーテさんの問いかけに、ちょうど気になっていたズボンでもあったから、気になる箇所を伝えると、ささっと詰める作業を終わらせていたフリッツさんが、今度はその場で糸を切り、留め直していく。

 グレーテさんも反対側から確認しながら手伝っていた。


「腕は上げられる?」


「はい」


「しゃがんでみてちょうだい」


「こんな感じですか?」


「ええ、大丈夫そうだね」


 調整が終わった後に、グレーテさんの指示通りに動いてみると、調整してもらう前より動きやすいように感じる。

 ほんの少し布を動かしただけで、こんなにも着心地が変わるなんて知らなかった。


 すごいな……


 服は作れるだけじゃ駄目なんだな。

 既製品しか着たことがなかったから知らなかったけど、本当に自分の体に合った服だったら、ストレッチが効いていなくても着心地も良いのかもしれない。


 目の前で行われている作業は、間違いなく職人技だった。




 少し話していると工房の入口の扉が開いた音がしたあと、聞き慣れた声がした。


「邪魔するよー」


 その声にすぐさまグレーテさんが返事をする。


「ハルヤなら奥にいるわよー」


 そんなに広くない店内だからか、マルダさんはすぐに奥の部屋にやってきた。


「おや。ハルヤ、それ、なかなかいいじゃないか」


 調整の終わった仮縫いの服を着た俺を見たマルダさんがにこやかに笑う。

 やっぱり服のサイズが合ってると印象が違うね、とどこか嬉しそうだ。

 そして、そのマルダさんの後ろには、なぜかドーグさんもいた。


「ドーグさん?」


「おう」


 ドーグさんはニヤリと笑うと、持っていた包みを差し出した。


「出来たぞ!」


「え?」


 一瞬、何が出来たのか分からず、そう聞き返してしまう。


「靴だ」


 すると、ドーグさんはそう言って、包みを開け、深い茶色の革靴――ハーフブーツをずい、と近づけてくる。


「履いてみろ」


 靴って、こんなに早くできるものなのか……?

 思わず、ドーグさんとブーツを何度も見てしまう。


 おずおずと靴を受け取り、その場でドーグさんの作った靴を履いてみる。


「おう、そのまま入口んとこまで歩いてみろ」


 ドーグさんの言葉に従い、数歩歩いてみる。


「……え?」


 思わず声が漏れた。

 入口のところまで行くどころか、数歩歩いただけで、驚くほど足に馴染むのが分かった。歩きやすい。

 もう少し歩いてみたくて、結局入口のところまで行って、また奥の方に戻る。

 新品の革靴を履いた時に感じる痛みがない。

 かと言って、緩いわけでもない。

 まるで最初から自分の足の一部だったかのような感覚だ。


「すごい……」


 素直な感想がこぼれる。


「ぴったりです」


 そう伝えると、ドーグさんは少し照れ臭そうに鼻を擦った。


「そいつぁよかった」


 けど、口元は嬉しそうに緩んでいた。






「待て待て、ハルヤ」


 服も靴も試着が済んだしと、着替えるために試着スペースに入ろうとすると、フリッツさんに呼び止められる。


「はい?」


「これも見てくれ」


 フリッツさんがそう言って、棚から取り出し渡してきたのは別の服だった。


 仕立ては一組分しか頼んでないはずなんだけど……


 そう思いつつ、受け取って畳まれている服を広げて固まった。


「……」


 フリル。

 大量のフリル。

 胸元にも、袖にも、裾にも、「なぜこんなに?」と言いたくなるくらいだ。

 フリルがたっぷりつけられたアイボリーのシャツは、絵画とかで見た中世や近世の貴族の服を彷彿させる。

 しかも渡されたのはこれだけじゃなく、俺が今履いているズボンのモスグリーンより少し明るい深めの緑のズボンと、同じ色のベスト付き。

 しかもズボンはハーフパンツくらいの長さで、キュロットのような独特の形状が、一瞬スカートにも見えてしまった。


 これを着て、一体どこへ行くんだ……

 って、いやっ! それよりもまさか、これを俺が着るのか!?

 こんな派手なのを!?


 ちらりと、フリッツさんを見ると、期待に満ちた顔をして言った。


「どうだ!」


 いや、どうだ、と言われても……


「こんなん着れません!!」


 考えるより先に、反射的に叫んでしまっていた。


「…………」


 しーん、と静まり返って、俺はそこで「しまった!」と思ったが後の祭りだ。


 フリッツさんが驚いたような表情で固まっている。

 そして――


「そうか……」


 フリッツさんの表情がしょんぼりしたものに……

 なんだか申し訳なくなってしまった。

 いやでも、これはちょっとな……


 そう思ったところで――



「ぶはははは!」


 ドーグさんが盛大に吹き出し、工房内に笑い声が響いた。


「そりゃそうだよな!」


「ドーグ!」


「だってよぉ!」


 フリッツさんは怒ったような顔をしてドーグさんを見ているが、ドーグさんは肩を震わせて笑っている。

 グレーテさんは深々とため息を吐いた。


「うちの人が悪かったねぇ」


「い、いえ……」


「あなた、頼まれてもいない服を作るのはやめなさい」


「でも似合うと思ったんだよ!」


「思っただけでしょう」


 目の前で行われたのは、慣れたやり取りだった。

 どうやら初犯ではないらしい。

 ヴォルクさんが言っていた、「気に入らなければ買わなければいい」その言葉どおりの状況になるとは思わなかった。





 こっちは放っておいて、着替えてきな、というマルダさんの言葉に甘え、試着スペースに移動する。

 着替えている間、フリッツさんの作ったあのフリルたっぷりの服の話から、今までに断られた試作の過去話に発展していた。ほとんどが、ドーグさんがからかうように話を掘り出している気がするけど……

 ひょっとして、試作品だともらったこのキャスケットも、誰かが断ったやつなのだろうか……

 着替えるために、脱いで棚に置いたままだったキャスケットを見て、そんな事を思う。




 着替えを終え、仮縫いの服をフリッツさんに返しながら尋ねる。



「完成はいつ頃ですか?」


「二日後だな」


「二日後!?」


 想像していた以上に仕上がりが早くて、思わず聞き返した。


「そんなに早いんですか?」


「早いも何も、それくらいだろ」


 フリッツさんに当然のように言われ、戸惑ってしまう。


 ドーグさんの靴もそうだった。

 頼んだのは4日前の夕方で、途中に休みも1日挟んでいる。

 実質3日程度で仕上げたことになる。


 いくらなんでも、早すぎないか……?


 俺は少し首を傾げた。

 この世界は中世や近世に近い印象だった。

 だから、ミシンなんて存在しないと思い込んでいた。

 実際、カウンターの後ろにあるカーテンの奥から話し声が聞こえていた。それも今は変わらない。

 たぶん、この工房の職人さんたちだと思うけど、話し声は聞こえても、ミシンとか、機械的な音は一切聞こえてこない。

 けど、これだけ早いと気になってしまう。


 あるのかな……それこそ、魔法みたいな静かなミシンとか……?


 聞きたい。

 でも余計なことを言って墓穴を掘るのも怖い。




 結局、その疑問を口にすることは出来なかった。





 来る時に履いていた靴を持って、帰ろうと一歩踏み出したところで、ふと気付く。


「あ」


「どうした?」


 聞いてきたフリッツさんに向き直り、伝える。


「金額を聞いてませんでした」


 フリッツさんとドーグさんを見ると、そう言えば、と言った感じで2人が顔を見合わせる。


 え……まさか2人とも忘れてたとか言わないよね……?

 あ、いや、まさか金額が固定で決まってるとか……?

 ……金額伝えるのを忘れるのより、そっちの方が、ありえないか……




「靴と服って、いくらですか?」


 尋ねると、ドーグさんが教えてくれる。


「靴は6,000リーヴァだ」


 6,000リーヴァ――角銀貨6枚分か……思ったより安い。


「服は?」


「あー、シャツは3,000、ズボンが4,000だ」


 フリッツさんを見て尋ね、その返答に驚いた。

 合わせても、7,000リーヴァだ。いくらなんでも――



「安くないですか?」


 そう尋ねると、グレーテさんが微笑んだ。


「仕立て代だけだからよ」


「仕立て代?」


「生地代は入っていないの」


「え?」


 仕立て代だけならこの値段でも頷けるけど……なんで仕立て代だけ?

 その理由が分からず、困惑するばかりだ。


 そんな様子の俺を見たからか、グレーテさんはくすりと微笑む。


「その布ね、エリアナさんが織ったものなのよ」


 それを聞いてさらに驚いた。

 グレーテさんは、俺の様子には構わず続ける。


「いつ頃からだったかしら……布を織り終えるたびに、うちへ持って来てたの」


 グレーテさんが懐かしそうに話す。その表情が、エリアナさんの話をしていたときのマルダさんに少し似ている気がする。


「これで服を作ってほしいってね――」



 ――だけど、エリアナさんもゲンラートさんも服をほとんど新調しなかった。

 というより、エリアナさんが早くに亡くなって、2人でおしゃれして出かけることもないからと、ゲンラートさんも新調することもめっきり減り、だから使われずに残ってるんだ、と――


「だから生地代は貰いません」


 グレーテさんは優しく笑う。


「仕立て代だけよ」


 話の内容に戸惑う。

 だって、大事な――



「……そんな大事な物、俺の服なんかに使ってよかったんですか?」


 すると、グレーテさんは不思議そうに首を傾げる。


「ハルヤの服にしないで誰の服を作るっていうの」


 当たり前のような口調だった。

 その言葉が胸に刺さる。


 温かい……けど、その温かさが、少し苦しい。


 俺は本当の孫ではない、なりすましだ。

 ゲンラートさんとエリアナさんが残したものを受け取るたび、その事実を思い出す。


 ありがたい……けど――だからこそ痛い。

 そんな複雑な感情を抱えながら、俺は小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」





 仕立て工房を出た帰り道。

 俺は我慢できず、隣を歩くマルダさんに尋ねた。


「あの……服も靴も、こんなに早く出来るものなんですか?」


 するとマルダさんは吹き出し、可笑しそうに笑う。


「そりゃあんた、エリアナとゲンさんの孫の服だからだよ」


「え?」


 話の意図が見えず、首を傾げてしまう。


「他の仕事ほったらかして作ったんだろうさ」


 そこでようやく、なるほど、と納得した。

 それなら早いのも当然かもしれない。

 いや、それって他のお客さんのを後回しにしたってことなんじゃ……

 そう考えるとちょっと頭が痛くなった気がしてしまう。


 気を取り直して、俺はもう一つ、気になっていたことをマルダさんに聞いてみた。


「エリアナさんは、よく布を織ってたんですか?」


「ああ」


 マルダさんが頷く。


「せっせと織ってはフリッツの工房へ持って行ってたよ」


 けれど。


「昔は、新調する時に織った布を持ち込んでたはずなんだけどね――それこそ、全部を知ってる訳じゃないから、いつ頃からかなんてはっきりとは分からないんだけどね……」


 気がついた時には、織り上げた布を市場にも持っていかず、全てフリッツのところに持って行っていたみたいなんだよ――


 そう続けて、マルダさんは苦笑する。


「だから布ばっかり溜まってたんだよ」



 そのまま使われることなく年月が過ぎた――



 そして、ゲンラートさんも帰って来なくなった。


 マルダさんの言葉を聞きながら、俺は空を見上げた。




 雨雲はすっかり流れ去っている。


 青空の下、新しい靴が石畳を鳴らした。



 その音を聞きながら、俺は胸の奥に残る温かさと痛みを静かに抱えていた。


次回:第23話「共同井戸」  8月6日(木)20:30公開です|*'ー'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。