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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第19話「雨の日」

≪前回のあらすじ≫

 初めて迎えた異世界の休日「落花の日」。ヴォルクやマルダと過ごす穏やかな時間の中で、ハルヤはこの世界の文化や習慣を知っていく。しかし、その先に待っていたのは、異世界人ならではの思わぬ落とし穴だった――。



「……お祈りは、時々してました」



 ないに等しい情報から捻り出した答えは、”お祈りはしていた、でも誕生月までは分からない”――だった。


 その答えを、少しだけ言葉を選びながら伝えていく。



「でも、離島だったので……あまり決まった時期じゃなくて。俺、自分の誕生月がいつなのか、よく分からないんです」


 言い終えた瞬間、変な汗が背中を伝った。


 けれど、口を開いたマルダさんは、ずいぶんあっさりと頷いた。


「ああ、そういう地域もあるねぇ」


「え、そうなんですか?」


 思わず聞き返してしまったが、仕方ないと思う。


 いや、聞き返したくなるだろ?

 こっちは内心、綱渡りしてたんだから。



「ああ、王都じゃ生まれ月に教会へ行くのが普通だけどね。地方じゃ違う地域も結構あるみたいだよ」


 マルダさんは何でもないことのように話す。


「春頃生まれとか、暑い頃とか、実りの季節とか、寒い頃とかねぇ……そんな風にしか分かってない人もいるんだよ」


「へぇ……」


 穏やかに話すマルダさんの様子に、思わず間抜けな声が出る。


 そうなのか。


 そうなのか!?


「王都とか都市に住んでる人のほとんどは、読み書きできて誕生月を知ってる人も多いけどねぇ。地方じゃ今でも誕生月を知らない人は珍しくないよ」


 マルダさんの話に、ヴォルクさんも頷く。


「年に一度祈るなら、いつ行くかなんて地域ごとに違うしな」


「えっ」


「生まれ月に行く地域もあれば、収穫後にまとめて行く地域もあるさ」


「……」


 2人は穏やかにそう話すが、俺は穏やかになんてなれない。

 どうにか、静かにハーブティーを飲んだ――



 いや、待って?

 じゃあさっきの俺の焦りは何だったんだ?

 あんなに心臓バクバクさせたのに?


 返してくれ。


 俺の焦りを返してくれ……!



 そんな俺の心情など知らず、マルダさんは楽しそうに笑っていた。


「まあ、分からないなら分からないで、教会の人も気にしないさ」


「そうなんですね……」



 ……この世界、思ってたより緩いな。


 いや、ありがたいんだけど。

 すっごくありがたいんだけど。


 それなら先に言ってほしかった。


 本当に。


 心の底から……








 昼食の後は、三人で食器を片付けた。

 マルダさんとヴォルクさんが食器を洗っている間に、俺はテーブルを拭いておく。

 そんな何でもない作業。でも、それが妙に心地よかった。



 洗い物が終わった後は、また揃ってテーブルに着いていた。

 ジャグに入ったハーブティーを注ぎ足しながら、取り留めのない話をする。

 職人街のこと。

 王都のこと。

 昔の話。

 これからのこと。


 俺がこの先どうするのかという話にもなった。

 もちろん、具体的な答えなんてまだない。

 薬膳茶の店をやりたいという事と、いつまでもヴォルクさんたちの家でお世話になるわけにもいかないから、いずれ酒場の二階で生活をするつもり。

 それだけは決まっている。

 逆に言えば、それだけしか決まってなくて、そこへ辿り着くまでの道はまだ霧の中だ。

 マルダさんたちには、ずっとあの部屋を使えばいい、って言われたけど、元々あの部屋は住み込みの見習いの人の為に作った部屋だって聞いた。今はたまたま誰も使っていなかったみたいだけど、ずっとって言うわけにもいかないはずだから、それはやんわりと断った。


 そんな何も決まっていないような状態でも、不思議と焦りはなかった。

 金銭的な悩みはあるけど、どこか「なんとかなる」って思ってる自分がいる。

 こんな感覚は初めてだ。


 少し前の俺なら、たぶん違ったと思う。


 異世界に放り出されて、何も分からなくて。

 不安な気持ちがつきまとっていた。


 だけど、今は――


 一週間も経っていないのに、そうじゃない。



 分からないことは、いつもマルダさんがなんてことないように、教えてくれて。

 口数は多くないけど、気遣ってくれるヴォルクさんがいて。


 エルという心強い味方もいて――ちゃんと居場所がある。


 それだけで、人はこんなにも落ち着くものなんだな。





 ゆったりと流れる時間の中、ふと、部屋の中が少し暗くなった気がして窓へ目を向ける。

 空を覆う灰色の雲。朝から曇ってはいたけれど、いつの間にか厚みを増していたらしい。


「おや、雨が降るかもしれないね」


 マルダさんも気が付いたのか、窓の外を見ながら呟く。


「降りますかね?」


「この雲なら降るかもしれないねぇ」


 そう言えば、この世界に来てから、雨の日はまだ経験していない。

 毎日が目まぐるしくて、天気なんて気に留めてなかったけど、それでも、ずっと晴れだったように思う。



 そんなことを考えているうちに、遠くから鐘の音が聞こえた。


 低く、ゆったりとした音が6回、風の刻――


 風の刻が地球の何時頃かなんて、イマイチ分かってないけど、夕方の知らせだ。

 この鐘の音が聞こえたら、酒場の掃除も終わりにしてマルダさんの夕食の手伝いをする頃。そんな目安……俺の中でだけど。


 この世界に来てから何度も聞いた鐘は不思議と聞き飽きない。

 むしろ、最近では時間を教えてくれる大切な音になっていた。


 時計のない世界。


 でも、鐘がある。


 それだけで、人は時間を共有できるんだな。


 日本では分からなかった感覚だ。







 ――ぽつ……ぽつ……



 夕食の支度を始める頃には、本当に雨が降り始めた。

 最初は静かな雨だったのが、しだいに石畳を濡らす柔らかな音へ変わっていく。


 窓の外を見ると、空の灰色がさっき見た時より濃くなっていた。


 濡れて黒みを増した石畳に、屋根から滴る雫。


 日本にいた頃と、どこか似ていて……でも違う。

 ここには、電線もないし、車もない。アスファルトも。


 聞こえるのは雨音と、人の声だけ。

 昨日まであった、職人街の騒々しさも、今日は休み――




「鎧戸は閉めなくていいんですか?」


 雨脚が増しても開けたままの窓がふと気になって、俺が尋ねると、マルダさんは首を振った。


「吹き込まないなら平気さ。こっちは軒が深いからね」


 なるほど。

 確かに、この街の建物の窓は、外に屋根が張り出していたものがほとんどだった気がする。

 正直、異世界の生活って、もっと不便なものだと思っていた。


 いや、もちろん、不便なところが多いんだけど……不便しかないわけじゃなくて、ちゃんと便利さもあって……その便利の種類が違うだけだ。



 そんなことを考えながら、夕食を食べて、のんびりとした休息の日は終わった。






 風呂にも入って、部屋へ戻ったあと、俺は手に持っていたランプを机の上に置いた。ここ数日の日課の文字の練習をするためだ。


 ランプが辺りを柔らかに照らす。

 窓の外では、まだ雨が降っていた。


 明日も降るのかな。もし降るなら、窓の工事は始まらないかもしれない。

 雨の日は屋外での作業は出来ないって、エーヴァルトさんが言っていた。


 そういえば、洗濯もどうなるのかな?

 いつもは、明日――深根(しんね)の日の午後に木灰を水に浸ける作業をして、翌日の堅幹(けんかん)の日に洗濯をするらしいのだが……雨の日にはずれ込むって話だ。


 この世界の暮らしは、天気とずいぶん近い。

 現代日本みたいに洗濯機が回してくれるわけでも、乾燥機が乾かしてくれるわけでもない。


 本当、文明の利器って有難かったな……



 昼間の会話を思い出しながら、椅子に座り、アイテムブックを開く。

 文字の練習をしようとして――そこで手が止まった。


 スレートに、ティーポットの拙い絵が残っていたからだ。

 昼間に描いた絵だ。少量のお茶を淹れる道具の話になって、言葉だけじゃ説明できなくて描いたもの。


 あの時のヴォルクさんは妙に真剣だったなぁ……


『少量で淹れる道具があるのか?』


 そう聞かれて、形や仕組みを説明して……気付けば結構長い時間話していた。



「……ハーブティーに興味持ってくれたのかな」



 ヴォルクさん、料理も上手いし。道具作りもできるし。

 職人って、新しいものが好きなのかもしれない。


 少しだけ嬉しくなって、そして少しだけ寂しくなる。


 日本にいた頃、誰かとこんな話をすることなんて、あまりなかったから。

 そんな話をしていた相手といえば、ばあちゃんのかかりつけだった漢方薬局の先生くらいだった――



 俺はスレートの絵を消した。

 そして文字の練習に取り掛かる。


 まずは数字。それから、貨幣。リーヴァも――買い物をするなら、どれも必要な知識だ。

 薬学だって覚えることばかりだった。だから、暗記は嫌いじゃない。



 けれど――



「難しい……」



 見慣れない文字は、やっぱり難しかった。


 窓の外では、静かな雨が降り続いていた。




次回:第20話「二階の部屋」  7月16日(木)20:30公開ですι| |ヽ-゜)


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