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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第16話「広がるもの 上」

≪前回のあらすじ≫

 騎士団が去った後も緊張から抜け出せないハルヤだったが、マルダたちの優しさに救われる。さらに職人エーヴァルトへ店の相談をしたことで、棚の修繕や新たな窓の設置計画まで動き出す。理想の店づくりは着実に進み始めていた。



 マルダさん家に戻ると、昼食の支度は思った以上に慌ただしかった。

 昨日と同じように工房のみんなと昼食を取るため、マルダさんと二人で台所を行ったり来たりする。

 鍋の様子を見て、パンを切って、皿を並べて……そんな作業をしながら、俺は何度も口を開きかけては閉じていた。



 言おうか……やめようか……いや、でも――



 結局、意を決して声を掛けたのはスープをよそい終えた頃だった。


「マルダさん」


「なんだい?」


「その……午後なんですけど」


 マルダさんが手を止めてこちらを見る。

 俺は少しだけ視線を泳がせた。



「職人さんたちが来たら……お茶を出してみたいんです」


 一瞬だけ目を丸くしたマルダさんだったが、すぐに笑った。


「ほう?」


「まだ試しなんですけど……」


「いいじゃないか」


 あっさりと返ってきた答えに少し拍子抜けする。


「何か手伝えることはあるかい?」


「えっ」


「出したいんだろ?」


 俺は思わず頬を緩めた。


「はい」


「なら昼飯のあとに聞こうじゃないか」



 その言葉に胸の中の緊張が少しだけ軽くなる。


 ……よかった、まずは第一関門突破だ。


 そんなことを考えながら、俺は昼食の準備を再開した。








 昼食を終えたあと、俺とマルダさんは再び酒場へ向かった。


 今日はもうキャスケットを脱がない。

 午前中の出来事を思い出しただけで胃が痛くなる。



 ――騎士団。



 しかもどう考えても精鋭。

 あんな人たちが普通に歩いている世界なんだって、改めてそう思う。



 酒場へ入って取り掛かったのは、棚から出した食器の洗浄だ。

 水場でマルダさんと一緒にジョッキを洗っていると、マルダさんが懐かしそうに笑った。



「このジョッキは昔よく使われてたねぇ」


「そうなんですか?」


「ああ。常連だった石工たちが気に入っててね」


 俺は手を動かしながらジョッキを眺める。

 厚手で頑丈そうな木製ジョッキ――縁の辺りは少し擦り減っている。

 長く使われてきた証拠なんだろうな……



「昔は客も多くてね、忙しい時間帯は手伝ってたんだよ」


「そうなんですね……」


「祭りの日なんて席が足りなくてねぇ」



 マルダさんはどこか懐かしそうだった。


 この酒場には俺の知らない時間がたくさん詰まっている。


 ゲンラートさんがいて。


 エリアナさんがいて。


 職人たちが笑っていて。



 顔も知らない人たちだけど――そんな光景が少しだけ頭に浮かんだ。



 洗い終えたジョッキは、水場の水切り棚に伏せていく。

 次に洗ったのは足付きの鍋と、鍋に合う蓋も洗う。それから、レードルも。

 

 洗い終わったら、きれいになった鍋に水を入れ、両手で抱えて店内へ戻る。

 後ろからマルダさんも蓋とレードル、それから小ぶりな(かめ)を持ってきてくれる。この甕もきれいに洗い終わったものだ。




 鍋をかまどの端に置いて、蓋をして準備だけ済ませておく。

 甕もかまどの端、鍋の横へ。その甕にレードルを入れて立てておく。


 これでよし――


 そう思ったところでマルダさんが声を掛けてきた。


「そういえば」


「はい?」


「窓はどの辺に付けたいんだい?」


 俺はカウンター入口の先、丸いテーブルひとつと、向かい合うように置かれた2脚の椅子が置いてある角席を指さした。


「あそこの席のとこです」


 俺は、窓のある席を想像しながら、マルダさんに伝えていく。


「……あそこに座った時に、外が見えて」


「うん」


「風も感じられるような窓があったらいいなって」


 マルダさんが目を細めた。


 そこは通りに面している。

 外を歩く人からも少しだけ店内が見える場所だ。

 防犯のために格子をつけることになりそうだけど、硝子越しに見える、俺にとっては異世界の景色。

 硝子の押し出し窓の隙間から流れ込んでくる風に……

 窓枠のスペースに、昨日買って今朝植え付けたばかりのカモミールの鉢植えを置いたりしてみても良いかもしれない――


 そんなことを想像してみる。



「なるほどねぇ」


 マルダさんは、言われてみれば、とでも言いたげな顔でそう言った。

 その時だった。



 コンコン。


 入口が叩かれる音が響いた。

 扉の方を見ると、扉が開き、エーヴァルトさんがやってきた。


「来たぞ」


 短くそれだけ言うエーヴァルトさんの手には、道具のたくさん入った持ち手のある木箱に、反対の手には、マルダさんから借りている物より大きいスレートと紙の束がある。



「こんにちは」


「ああ」


 挨拶をすれば、短い返事が返ってきた。

 それから「ここ、借りていいか?」の問いに、どうぞと返せば、手に持っていたスレートと紙を角席のテーブルの上に下ろした。ちょうど、窓を付けてほしいところのテーブルだ。



「他の連中が来る前に棚を付ける」


 変わらず落ち着いた声で、今からの予定を教えてくれる。余計なおしゃべりはなかった。

 エーヴァルトさんは道具の入った木箱を持ったまま、カウンター内の棚のところへ移動する。

 必要な時には声がかかり、俺もエーヴァルトさんの作業を手伝う。

 とは言っても、棚を支えるだけなんだけど。


 エーヴァルトさんは、石壁に打ち込んだ木栓の位置を確認しながら手際よく釘を打っていく。


 カン、カン、カン――


 金槌で釘を打つ音が、石壁に反響する。

 作業時間は十分も掛からなかったように感じた。


「よし」


 エーヴァルトさんは、持っていた道具を木箱に入れると、取り付けたばかりの棚を軽く揺らす。

 棚は微動だにしなかった。


「これで当分は大丈夫だ」


 そう言って頷き、木箱の中に放り込んでいた道具を整え始めた。


「すごい、あっという間だ……」


 プロって本当にすごい――


 思わず漏れた俺の感想が聞こえたエーヴァルトさんは、フッと笑う。


「これで食っていってるからな。これくらい出来ねぇと大工を名乗れねぇ」


 棚の作業を終えたエーヴァルトさんは木箱を持ち上げ、今度は窓の予定位置へ向かう。

 他の職人さんが来るのを待つのかと思ったけど、違ったようで、壁を叩いたり、出入り口の扉を開けて、壁の厚みを見たり……

 かと思ったら、スレートの端に文字を書き込んでいる。

 当たり前だが、この世界の文字だ。俺にはまだまだ読めそうにない――


 その姿を見ていると、開けっ放しにしていた入口から大柄な男性が入ってきた。


「おう!」


 店内に響く大声に、思わず肩が跳ねる。


「来たか、ブルーノ」


 スレートに向けていた顔を上げて、入口の方を見たエーヴァルトさんが男性に向かって言った。

 エーヴァルトさんは俺に、石工のブルーノさんを紹介してくれる。



 振り向くと、大柄な男が立っていた。

 ブルーノさんは、がっしりした体格にかなり太い腕をしていて、石を扱うと言われて納得してしまう体格をしていた。

 そして声が大きい……



「おう坊主!よろしくな!」


「は、はい!」


 少し圧倒されたけど、怖い感じではない。

 それに、笑顔も豪快で、人の良さそうな雰囲気があるって、少し安心した。



「……来たぞ」


 ――そう思った直後に、また入口の方から声がかかった。


 入ってきた人物を見て、俺は思わず目を瞬かせた。



 ――小さい。



 いや、小さいと言うと失礼かもしれない。

 だけど、この世界へ来てから見た男性の中では明らかに背が低かった。

 俺より、10cmは低いかもしれない……

 それでも体つきはがっしりしていて、肩幅もある。腕も太くて、足も大きい。

 年齢はよく分からないけど、少し癖のある髭に鋭い目――


 その人物を見たブルーノさんがニヤリと笑った。


「こいつはドワーフとの混血でちいせぇがな」


 本人の前で言っちゃうんだ。

 だけど、ブルーノさんの言葉に正直驚いた。


 この世界って、ドワーフがいるんだ――



 ドワーフとの混血という言葉に俺は思わず納得した。

 けどそこで、昨夜読んだ、エルに生成してもらったアイテムで翻訳してもらった絵本の内容も思い浮かぶ。




 ――便利な道具を作る人――




「そこらの奴よりパワーあるし、技術はヤベェぞ」


 ブルーノさんの声にハッとする。


「純粋なドワーフよりは大柄だがな」


「…………」


「まったく、それじゃあ紹介になってないじゃないか……ハルヤ、その人が硝子職人のラーグさんだよ」


 エーヴァルトさんも補足した。

 ブルーノさんやエーヴァルトさんたちは楽しそうに、ラーグさんは無表情で無言だ。その様子に見かねたマルダさんが教えてくれる。

 今は、あの絵本のことは忘れよう――



「あの、ブルーノさん、ラーグさん、よろしくお願いします」


「おう、まかせな!」


 ブルーノさんからは地鳴りのような太い声が返り、ラーグさんはブルーノさんたちの会話を特に気にした様子もなく、こちらに視線だけ向けられる。


「窓はどこだ」


 ……興味があるのはそこらしい。

 職人だなあ。

 そう思いながら俺は壁を指差した。


「この席に座った時に外が見えるようにしたくて」


「ほう」


 ラーグさんの目が細くなった。

 そして職人たちの会議が始まった。




 ――始まったのだが……


 正直に言う。

 何を言っているのか、途中から全然分からなくなった。



「ハルヤの希望通り『突上げ窓』にするなら、マグサの受けを広く取らねぇとな」


 ブルーノさんが図面を指で叩く。


「いや、内鎧のチリを考えるなら、方立のツラをもっと内側に引き込んだ方がいい」


 エーヴァルトさんが即座にノギスを転がしながら言い返した。


「問題は硝子だな。突上げる衝撃で割れちゃ話にならねぇ」


 寡黙だったラーグさんが、ここでボソリと口を開いた。


鉛桟(れんざん)の組み方を網目にすりゃ、歪みは逃がせる。ただ、これだけ風が抜ける特等席だ、ハチミツ色のクラウン硝子を薄めに挽いて、光を綺麗に通したい」


「おいおい、薄くすりゃ突上げたときに風で煽られて割れやすくなるぞ」


「だから木枠の抱きを深くして、真鍮の押さえで補強するんだよ、エーヴァルト。それなら外に押し出したって、少々の雨風じゃびくともせん」


「……なら問題ねぇな。だが、突上げた窓が干渉しねぇように、外側に膨らませた『籠格子(かごごうし)』を付けるとなると……石壁への呑込みを計算しなきゃならん。」





――マグサ? 内鎧のツラ? 鉛桟に、カゴゴウシ……?



 単語の一つ一つはなんとなく聞き覚えがあるのに、組み合わさるとまるで異国の呪文だ。

 飛び交う数字と専門用語のラリーに、俺は完全に置いていかれていた。


 最初のうちは頑張っていたのだ。

 ここに窓を付けたいとか、この辺りがいいとか……そういう話は分かった。

 だけど、気付けば職人たちだけの世界になっていた。

 話の速度が速い。

 決断も速い。

 何より専門用語が多い。

 そして誰も説明してくれない。

 いや、悪気はないんだろうけど。

 完全に仕事モードなのだ。


「……」


 そっとマルダさんを見る。

 するとマルダさんは苦笑した。


「こんなもんさ」


「やっぱりですか……」


「職人同士が集まるとねぇ」


 ですよね。なんとなく分かります。

 漢方の勉強をしていた頃だってそうだった。

 生薬専門の先生の研究室にいる間、研究室の先生と漢方に詳しい先生が話し始めると、専門用語だらけになっていたし。俺はその会話を理解しようと、こっそりスマホで録音して必死に覚えようとしていたのを思い出す。


 ――それと同じなんだろうな。


 とはいえ、やっぱり分からないものは分からない。

 気付けば俺は聞き役に回っていた。




「――鉄の太さはどうする?」


 エーヴァルトさんの問いにブルーノさんが腕を組み、うーむと唸った。


「そこは鍛冶屋の領分だな。大男がぶら下がってもびくともしねぇ鍛鉄の格子となると、あいつの意見を聞かねぇと枠の寸法が固まらねぇ」


 エーヴァルトさんが大きくため息を吐き、苛立ちを隠さないように手元のチョークを置いた。




 どうやら今は格子の話らしいが、そこでふと違和感を覚えた。


 ――あれ?

 そういえば、鍛冶職人さんは?

 たしか、鍛冶職人さんも来る予定じゃなかったっけ?


 でも、ブルーノさんとラーグさんの後は誰も来てない。


 言おうか、どうしようか……

 でも皆さん盛り上がってるし、言い出しづらいな……



 そう思っていると、ブルーノさんが不意に顔を上げた。


「アベルは?」


 会話が止まり、ブルーノさんの言葉にラーグさんも顔を上げる。


「来てねぇな」


 エーヴァルトさんは無言だった。

 俺の隣にいたマルダさんは「ああ……」とだけ言った。

 だけど、全員が何かを察しているようで、俺だけが分からない。

 いや、来てないことは分かるんだけど。

 でも反応が、何というか……まるで、『またか』みたいな空気だった。



 その時だった。

 開け放たれた扉の向こうから、


 だだだだだっ――!


 と石畳を駆ける音が聞こえてきた。



 次の瞬間、扉を開けたままにしていた入口から、勢いよく何かが飛び込んできた。



「はぁっ……はぁっ……!」



 飛び込んできたのは赤銅色の髪をした男性だった。


 背は高くて、体格もいい。

 日に焼けた肌に、整った顔立ち。

 かなり格好いい。



 だけど、その男性の息はかなり上がっていた――



こんなところで切ってすみません。続きはまた来週☆


次回:第17話「広がるもの 下」  6月25日(木)20:30公開です|• •๑)”


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