第15話「形になるもの」
≪前回のあらすじ≫
異世界で迎える新しい朝。マルダやヴォルクと共に穏やかな時間を過ごしながら、ハルヤは少しずつこの世界の暮らしへ馴染み始めていた。だが、酒場の片付け中に突然現れた王国騎士団が、転移の日について問いかけてきた――
まだ、心臓がドクドク鳴っている……
俺はマルダさんに支えられるようにして酒場の中へ入ったあと、カウンター席へ座るように勧められる。
実際、まだしっかり立っていられるほど身体に力が戻っていなくて、勧められるまま……促されるまま腰掛ける。
「……ハルヤ、大丈夫かい?」
心配そうに覗き込んできたマルダさんに、俺は慌てて頷いた。
「あ、はい……大丈夫です、すみません」
そう答えたものの、自分でも声に力が入っていないのが分かる。
やはり完全には安心できないのか、マルダさんの心配そうな表情は晴れない。
「いったい、何があったんだい?」
椅子に座る俺の横にしゃがみ、寄り添うように、少し下から覗き込んできているマルダさん。そのマルダさんの隣には、さっきマルダさんと一緒に酒場にやってきた――おそらく、大工の男性が立っていた。
……まずい。
何て説明しよう。
まさか、『自分が偽りの存在で、気付かれるのが怖かったから』なんて言えるはずがない。
『ハル、大丈夫ですか……?』
エルの心配そうな声も頭の中で響く。
自分の考えなしな行動で、エルやマルダさんたちに心配を掛けて。なのに、本当の事も言えない。
「えっと……」
未だ落ち着かない動悸が、耳の奥で鈍い音を立てて自己主張している。そのせいで頭の中に靄がかかったように、まともな思考が働かない。
「その、実は……騎士団の人たちを……あんな近くで見たの初めてで……」
マルダさんは小さくうなずきながら、静かに耳を傾けてくれる。
「なんというか……思った以上に迫力があって……」
回らない頭の中、口をついて出る俺の言葉をきちんと聞こうとしてくれる二人に、じわりと目頭が熱くなる感じがする。
俺って、こんなに情けない奴だったっけ……?
だけど、今言っていることも嘘じゃない。
実際、近くで見た騎士たちは圧倒的だった。
整った装備に、隙のない立ち姿。鋭い視線。
ただそこに立っているだけなのに、空気が張り詰めるような感覚。
テレビや映画で見る騎士とは全然違う。
本当に戦う人たちだった。
「……気圧されちゃって……。それで、騎士団の人たちがいなくなったら、急に力が抜けたというか……」
話し終えると、一瞬の沈黙が落ちた。
それから――
「あははは!」
マルダさんの豪快な笑い声が建物内に響く。
「なんだ、そんなことかい!」
俺はあっけに取られて、熱かったはずの目頭も、いつも通りだ。
「そんなことって……」
深刻な空気も吹き飛び、幾分か軽くなった気持ちになると、今度はほんの少し不満な気持ちが芽生える。頭が回っていないせいか、そのままの気持ちが口をついて出てしまうが、ふふふと笑いながら立ち上がったマルダさんに、ポンポンと頭を撫でられる。
「いや、初めてなら仕方ないさ」
大したことじゃなくて安心したよ――と続けるマルダさんに、子どもに戻ってしまったような心境に陥る。
内心、子ども扱いされたことに打ちひしがれていると、マルダさんの隣に立っていた男性も苦笑する。
「確かにな。騎士団の連中は、慣れてない奴からすると威圧感がある」
ただ、それは俺の言ったことへの肯定でもあって、俺は思わず、がばっと顔をあげる。
「ですよね!?」
「あるある」
マルダさんまで頷く。ただ、微笑ましそうに笑っている。
完全に子どもを見守るおばあちゃんだ――
ちょっと悲しい。いや、でも、マルダさんからしたら俺は孫と同じ年代か……
「普通の人は、酒場に来る兵士たちですら最初は怖がるもんさ。まして騎士団なんてねぇ……あんたが怯るのも無理ないよ 」
だから気にしなくていい、と言うマルダさんに、男性も穏やかに頷いていた。
「騎士団は国民を守るためにいる。お前さんが何か悪いことをしてない限り、向こうからどうこうすることはないさ」
悪いこと――
何気なく話す男性の言葉に、ちくりと胸の奥に針が刺さったような痛みを覚える。
「そうそう。この国は国民を大事にしてくれるからね」
――騙している。この優しい人たちを。
「そうだな、俺たち国民を宝として扱う国だからな、何も心配はいらん」
安堵して和やかに笑う二人に、本当のことを俺は言えない。そう思うと、申し訳ない思いが募る。
だけど同時に、この場を何とか切り抜けられたことへの安堵もあった。
また胸の奥がちくりと痛んだ――
「ありがとうございます……」
笑みを向けてくれる二人に、それしか言えなかった。
伏せていた顔を上げて、俺の斜め前に立つ男性と目が合って、ふと気付く。
そういえば俺、この人の名前をまだ知らない。
俺も名乗っていなかった。それどころじゃなかったし……
「あ、えっと……」
「ん?」
先に自分から名乗ればいいのに、まだろくに動かない頭のせいか、言葉が出てこない。
男性も不思議そうにわずかに首を傾げる。でもその目は優しいままだ。
「大工さんの……」
緊張から抜け出すのって、けっこう時間がかかるんだな……
ようやく出た言葉がそれだった。
それでも、俺の聞きたいことが解った様子の男性が、小さく頷く。
「ツヴァイベルク木工工房のエーヴァルトだ」
大工の男性――エーヴァルトさんが、改めて俺に向き直り名乗った。
「あ……俺は、ハルヤです」
流石に座ったままは失礼だろうと、慌てて立ち上がる。
身体の震えはさすがに治まっていて、きちんとまっすぐ立って名前を告げる。
まではよかった――
「よろしくお願いします」
今までの習慣で、軽く頭を下げた瞬間、ふわり、と視界が揺れた。
「あ」
――しまった。
まだ完全には回復していなかったらしい。
身体が傾き、そのまま倒れかける。
「おっと」
が、倒れる前に、エーヴァルトさんに腕を支えられた。
「まだ座っていた方が良さそうだな」
低く落ち着いた声と共に、自然な動作で椅子へ座らされる。
「あ、すみません」
「気にするな」
――正直、大工と聞いて、勝手にもっと大柄な人を想像していた。
重機を扱う現代の日本とかならともかく、機械もないようなこの世界の大工仕事をしてる人なら特に。
けれどエーヴァルトさんは、身長は180cmくらいありそうだけど、パッと見細い印象だった。でも、それも見た目の印象だっただけで、支えられて間近で見た腕は、かなり鍛えられてて、思ったよりずっと筋肉がついていて太い。
職人の腕。そんな印象だった。
ちらりと、袖から覗く自分の腕を見る。
エーヴァルトさんの腕を見た後だと、筋肉のついていない、ひょろっとした腕に見える。そりゃ、フリッツさんやドーグさんに細いと言われるはずだ。
特別鍛えたりはしていなかったけど、割と平均的だと思っていたのにな……
「俺は棚を見てくる。その間は座っていろ」
地味にへこんでいると、エーヴァルトさんにそう告げられる。
「すみません……」
「だから気にするな」
思わず、また謝ってしまうと、さっきと同じセリフが、呆れた風でもなく返ってきた。
ただ必要なことを必要なだけ話す人なのだろう。
「どこの棚だ?」
「こっちだよ」
俺から一歩離れたエーヴァルトさんが、問題のある棚がどれかを聞き、マルダさんが先にカウンターへ入っていく。
棚を見る間は座っていろって言われたけど、なんだか逆に落ち着かない。
ここを使うようになる俺が座ってて、俺の代わりにマルダさんが案内してくれるのが、どうしようもなく申し訳なく思ってしまう――
「この上の棚さ」
「ああ」
マルダさんが一番上の棚を指さし、エーヴァルトさんが頷く。
エーヴァルトさんは棚の前に立つと、グラついている上の棚板を下から軽く押し上げた。
ガタッと鈍い音がして、俺が座っているカウンター席の端から見ても、棚が浮き上がるのが分かる。
「……なるほどな。この棚受けを止めてる釘が、重みで半分抜けかかってやがる。……これは釘の位置が木栓の端過ぎだな。壁の石に当たって少し脆くなって削れてる」
「直せ、そうですか……?」
壁の石が脆くなって削れているという言葉に不安になって、エーヴァルトさんに尋ねた。
エーヴァルトさんはまだ確認をするように、棚板の端をコンコンと軽く叩いたりしている。
確認が終わったのか、エーヴァルトさんは何でもないように、フッと笑った。
「大したことはない。虫害も腐食もなさそうだからな。一度釘を抜いて、穴に新しい木栓を叩き込んでから、一回り太い釘を打ち直せば一発だ。ブラケットの下に、もう一本補強の横木を噛ませてやれば、あと十年はビクともしないさ」
エーヴァルトさんは、そう教えてくれながら、今度はベルトに通していた革袋から道具を取り出した。
棚板の端にノミっぽい物を当て、金槌でトントンと軽く叩く。乾いた硬い音が店内に響いたあと、エーヴァルトさんは道具袋から他の道具を取り出し、棚の奥へと手を伸ばした。
キィ……、ギィ……
擦れ合う高い音がして、エーヴァルトさんがグッと腕を引くと、「よし、まずは一本」と、カウンターの上に抜いたばかりのものを軽く放るように置いた。
カラン、と軽い音を立てて転がったのは、赤黒く錆びついた、いびつな四角い鉄の釘――
……太ッ!
見慣れた釘と違って、ずいぶんと太い――鉛筆ほどの太さのある釘に驚いた。
マルダさんが棚板を支えるのを手伝い、エーヴァルトさんは手際良く、残りの釘を抜いていく。
棚板が完全に外れ、棚受けも壁から取り外される。
あっという間だった。
「やはり、板自体は問題ないな」
道具を片付けたエーヴァルトさんが、外した棚板の壁に面していたところや、棚受けを手に取って、木の状態を確認していた。
「本当かい?」
「ああ。虫害も無い。腐りも見られない」
「そりゃよかったよ!」
マルダさんの顔が明るくなる。
俺もそれを聞いてほっとした。
「じゃあ、必要な物を用意して、午後にまた来よう」
エーヴァルトさんが、ハンカチくらいの大きさの布に抜いた釘を包みながら、伝えてきた。
「助かるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
椅子から立ち上がって、エーヴァルトさんにお礼を言う。
エーヴァルトさんが作業をしてくれている間に、血の巡りが戻り、冷たい感覚だった指先がじんわり温かくなっていた。足にちゃんと力が入る。
立ちくらみもしそうになくて安堵する。
エーヴァルトさんとマルダさんがカウンター内から出て、そのまま出入口へと向かう。
時間も、そろそろ昼食の準備を始めなければならない頃だ――
カウンターに置いたままだったキャスケットを掴み、被りながら俺も二人の後を追うように出入口へ向かう。
すると、振り返ったエーヴァルトさんに呼ばれる。
「ハルヤ」
「はい?」
「棚以外に気になるところはないか」
「え?」
考えもしていなかった問いかけに、一瞬なんのことなのか分からなかった。
「せっかく見るんだ、直したい場所や変えたい場所があるなら聞いておく」
「えっと……」
思わず口ごもった。
変えたい場所なら――ある。
ここで薬膳喫茶をやると決めてから、思っていた。
……でも、それを言っていいのだろうか。
経営なんて経験もしていない、社会人になって年数の浅い、素人の思いつき。
以前たまたま見た、おしゃれなカフェにあった、低い位置にある突き出しタイプの窓――
あれを付けたい……
「その……」
「あるんだな」
俺の様子で、何かあると思ったんだろう……
エーヴァルトさんは確信があるような口振りだ。
「いや、でも……」
「いいから言ってみろ」
静かな声で、否定する気配はない。
だから俺は勇気を出した。
「窓を……付けたいです」
「窓?」
「はい」
ヴォルクさんとマルダさんの家の水場にもあったから、突き出し窓はこの世界でも作られている。
それを知ってしまったから余計に、あれを付けたくなった。
「明かり取りか?」
「それもあります」
「換気か」
「それもあります」
「なら上部に――」
「いえ、」
エーヴァルトさんの言葉を途中で遮るように、俺は首を振ってしまった。
「……その……角の席に座った時に、外が見える位置がいいなって……」
マルダさんの家の水場にある、外に突き出すタイプの窓を――と言い終わった瞬間、エーヴァルトさんの眉間に皺が寄った。
――あ。
……やっぱり駄目だった?
変なことを言ってしまった。
確かに、今までこの町で見かけた建物にある窓は、ほとんどが上の方にあった……。
その理由が何故かなんて、考えもせずに言って……余計なことを言わなければよかった。
そう思った時だった。
「防犯面が悪くなるな……」
「え?」
「鍛冶屋にも声を掛けて格子を付けるか」
顎に手を添えて呟くエーヴァルトさんを、ぽかんと見上げてしまう。
まるで窓を付けてくれるみたいな……
「壁を抜くなら石工も必要だな」
エーヴァルトさんの頭の中で工程でもイメージしているのか、必要な物を挙げていく。
「……ハルヤ、外が見えて、マルダさんのところの突き出し窓が良いという事は、硝子を付けたいということだろう?」
エーヴァルトさんは完全に窓を設置する方向で、工事の話を始めていた。
俺の方が置いていかれている。
エーヴァルトさんに「ハルヤ?」ともう一度声を掛けられて、ハッとして慌てて返事をする。
「は、ハイ! そうです、硝子を付けたいです!」
俺がそう答えると、エーヴァルトさんは一度頷く。
「なら、硝子も手配しなきゃならんな」
今度は、エーヴァルトさんは隣にいたマルダさんに声を掛ける。
「マルダさん」
「なんだい?」
「鍛冶はアベル、石工はブルーノ、硝子はラーグさんに声を掛けようと思う」
マルダさんは迷いなく頷いた。
「ああ、その三人なら安心だね」
「だろうな。普通なら高くつくだろうが……まぁ、ゲンラートさんの孫だと言えば融通するだろうさ……ブルーノはな」
……ちょっと、エーヴァルトさんの最後の言葉がめちゃくちゃ引っかかったが、話が確実に進んでいっている。
俺だけが完全に取り残されていた。
きっと、この職人街の人たちなんだろうけど……
有名な人たちなんだろうか……?
首を傾げる俺を見て、マルダさんが笑った。
「職人街の頼れる連中さ」
「そうなんですか?」
「会えば分かるよ」
そう言ってマルダさんが珍しくニヤリと笑う。
……何だろう、すごく不安だ。
特に価格面が……
でも、それ以上に、少し楽しみだった。
「さて、じゃあまた午後にな」
エーヴァルトさんのその言葉を合図に、みんな酒場を出る。
昼前の陽射しが石畳を照らしていた。
エーヴァルトさんは道を右側へ。
俺とマルダさんは昼食の準備のために、マルダさんの家のある左方向へ進む。
それぞれ別の方向へ歩き出したけれど、午後にはまた集まる。
もしかしたらその時には、新しい職人たちとも出会うことになるかもしれない。
そんな新たな出会いと、確実に動き出した店の準備に、少しだけ胸が躍った――
※「フリッツさんとドーグさん」とは、この作品の本編から外したストーリーやスピンオフを載せていく『異世界転送 薬膳喫茶録 短編集』の『本編 第6話の買い物場面の後半』に出てくる、仕立て工房と靴工房の親方組です。
短編集の方は不定期更新なので、気が向いた時にでもぜひ(*´▽`*)
次回:第16話「広がるもの 上」 6月18日(木)20:30公開です|꒳˙*)




