第17話「広がるもの 下」
≪前回のあらすじ≫
窓の設置について話し合うため、酒場に集まった職人たち。エーヴァルト、ブルーノ、ラーグと顔を合わせたハルヤだったが、職人たちの会話はいつの間にか専門用語だらけに。そんな中、ブルーノがふと口にした。
「……アベルは?」
その時、息を切らせた一人の男性が酒場に飛び込んできた――
「その……遅れてすまん」
多少は落ち着いたものの、まだ息の整いきらないうちに、その男性が言った瞬間――
「遅い!」
エーヴァルトさんの声が飛んだ。
「時間厳守!」
鬼の形相……まではいかないが、わりと優しい印象のあったエーヴァルトさんの目が鋭く男性を睨みつける。容赦がない。
「……すまん」
男性が申し訳なさそうに、もう一度謝る。彼がきっと、鍛冶職人のアベルさんなんだろう。
「まあまあ、いつものことだろ」
「…………」
けれど、怒っているように見えるのはエーヴァルトさんだけで、ブルーノさんは笑っているし、ラーグさんは来た時と全く変わらない無表情だ。
「いつものことだから問題なんだ」
「違いねぇ」
エーヴァルトさんは大きくため息を吐き、それに対してラーグさんが頷いた。
どうやら常習犯らしい。
それからエーヴァルトさんが、アベルさんに「今回の依頼主だ」と俺を紹介した。それを機に、アベルさんが自己紹介をしてくれる。
「鍛冶屋のアベルだ」
「あ、ハルヤです」
「よろしく頼む」
そう言ってアベルさんは、屈託のない笑みを浮かべて大きな右手を差し出してきた。
あ、握手……
そういえば、異世界にきてから色んな人に助けられてきたけれど、こうして握手を求められたのは初めてだった。
その手を握り返すと、鍛冶職人らしい分厚く硬いマメの感触と、驚くほど熱い体温が伝わってくる。
相手の目をまっすぐ見て、力強く手を握る姿は、めちゃくちゃ礼儀正しい。
――遅刻魔らしいけど。
「炉を前にすると時間を忘れるのが難だが……腕はドワーフの前親方の技術をほぼ受け継いでるヤバい奴だ」
俺たちの挨拶の様子を見ていたエーヴァルトさんが、アベルさんのことを教えてくれる。
その内容に目を丸くした。
ドワーフ――
ラーグさんの時に、ドワーフがいるということに驚いたばかりなのに、ゲームや物語で聞く限りでは、鍛冶技術の代名詞みたいな種族だ。
……その技術を継いでいる?
それってかなり凄いのでは――
俺が驚いている間にも、話し合いは再開された。しかも今度はアベルさんまで加わる。
そうなると、さらに理解なんてできないことくらい、分かりきったことだった。
俺は完全に話の内容を理解することを諦め、やりたいと思っていたことの準備をするために、カウンターの中に移動する。
それに気付いたマルダさんも続いてくるが、俺たちがカウンター内に移動したことに、職人の皆さんは話し合いに夢中で気付いた様子はない。
「始めるかい?」
「はい」
マルダさんに小声で聞かれ、俺は頷いた。
昼食の準備をしている時に相談を持ち掛けて、食事のあとにマルダさんに色々聞いていた。
職人さんたちに、お茶を飲んでもらいたい――そうは思っても、マルダさんに出した時は二人分で済んだから、大きめのボウルとかでティーポットの代わりにした。
だけど、今回は職人4人とマルダさんと俺の、6人分。
さすがに、その人数分を一度にボウルで淹れるのは無理だ。
そのことを相談したら、「スープみたいに鍋に直接香草を入れるんじゃあダメなのかい?」と言われて気付いて、今回は鍋でハーブティーを淹れることにした。
かまどへ火を入れ、しばらくすると鍋の水が温まり始めた。
火の勢いがあるとお湯が沸くのもあっという間で、沸いたらすぐにかまどの火を抜いて火消し壷に入れていく。
マルダさんがやっているのを見て初めて知ったけど、火の付いた薪を火消し壷に入れておくと、消し炭になって、次に火を使う時の良い燃料になるらしい。
ただ、あまり燃えていない状態で火消し壷に入れちゃうと、消し炭にはならないみたいで、「それを入れたら消し炭じゃなく燃えさしになっちまうよ」ってマルダさんに昨日注意されたばかりだ。
完全に薪の火を外した鍋に直接ハーブと生薬を入れていく。
ベースはペパーミント。
そこに茴香に、砕いた大棗(=なつめ)、それから水に活けていたローズマリーを数枝、順番に入れていく。
入れ終わったらすぐに蓋をして、あとは蒸らすだけ。
その間に、マルダさんの家から持ってきたカゴから、器を取り出す。
――白い器だ。
その器は、少し大きめのスープカップくらいの大きさで、両側に取っ手が付いている。
これもマルダさんに「白っぽい、小さめの器を使いたい」と相談して借りたものだ。
昔、ヴォルクさんが貴族から白い器を、と依頼を受けた時に試作したものらしい。
人数分あるか心配したけど、貴族に売るには出来が悪いっていう理由だけで、手元に残っている白い陶器がいくつかあって、数は確保できた。正直、十分すぎるくらい綺麗だと思うんだけど、貴族相手だとそうはいかないのかな。
それにしても、白い陶器はやっぱり綺麗だ――
『ハル、ハーブティーの蒸らしも、もういいですよ』
器を手に取って眺めていると、エルからのお知らせが入ってしまった。
……そんなに見てたのかな、俺。
蓋を開けると、湯気と一緒にハーブティーの良い香りが立ち上る。
俺はレードルで、こぼさないように、だけど、少しでも温度が下がるように、少し高めの位置から少しずつ器へ注いでいく。
器全部に注ぎ終わったら、お湯が沸く間に水場に取りに行っていた陶器のジャグに残りのハーブティーを移していく。大棗以外は渋みや苦みとかの原因になるから、なるべく入らないように……逆に大棗はジャグに移したかったけど、少ししか入れられなかった。こういう時、箸が欲しくなる。
――よし、出来た。
そう思って振り返った瞬間、
「ひっ」
肩が跳ねた。
職人全員がこっちを見ていた……どころか、カウンター前まで来ていた。
いつから見てたんだ……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
そういえば、マルダさんが移動させてくれていたのか、ハーブティーの入った器はカウンターの上に並べられている――
ジャグを持ったまま固まっていると、代表するようにエーヴァルトさんが口を開いた。
「ハルヤ」
「は、はい」
「いい香りだが、それは何だ?」
それ、と言ってエーヴァルトさんは器に入れられたハーブティーを指さす。
「ハ……香草茶です」
危ない……うっかり、ハーブティーって言うところだった……
俺の言葉に、エーヴァルトさんは首を傾げる。
「香草茶?」
「俺、ここで、こういうのを……香草を使った飲み物を出す店をやりたくて」
言いながら持っていたジャグをカウンターの上にそっと置くと、ラーグさんが即座に聞いてきた。
「酒じゃねぇのか?」
……ぐうの音も出ない。
元々酒場だし、普通そう思うよね。
「そ、その……香草のことを少し、勉強……学んだので……」
活かしてみたいな、って――と続けるが、だんだん声が小さくなる。
やっぱり変かな……
そう思った時だった。
「飲み物なら、もらっていいか?」
アベルさんが言いながら、器の一つを手に取った。
――救世主だ。
いや、本人は喉が渇いていただけかもしれないけど。走ってきたんだし。
だけど、俺には救世主に見えた。
「は、はい! 熱いので気を付けてください 」
慌てて返事をして、熱いことを伝える。
が、持ち手ではなく、器自体を持つアベルさんの様子は、熱そうには見えない。
アベルさんは熱い飲み物は平気なのか分からないが、一度だけ息を吹きかけ、そのままひとくち口に含み、ごくり、と飲み込んだ。
「うまいな」
その一言に、俺の胸が跳ねた。嬉しい。
「ただ」
ただ――なんだろう……
その言葉に、気持ちが落ちかける。
「もう少し冷めてると一気に飲めていいな」
その感想に思わず笑ってしまった。
安心したから零れた笑いかもしれない。
その言葉をきっかけに、エーヴァルトさんも器へ手を伸ばした。
ふう、と息を吹きかけ、それから一口。
静かに飲み下す。
正直、アベルさんが飲んだ時よりも緊張する……。
「……なるほど」
その一言に、どうだろう、気に入ってもらえただろうか、と思わず身構えてしまう。
「飲みやすいな」
ほっと胸を撫で下ろした。
続いてブルーノさんも飲むが、こちらは遠慮がない。
ふーふーと勢いよく冷ましながら豪快に一口、ごくりと飲み下す。
「おっ、いいじゃねぇか」
ブルーノさんは目を見開いて、言った。
「本当ですか?」
「おう」
そう答えながらもう一口飲む様子に、気に入ってくれたのだと分かる。
その様子を見ていたラーグさんが腕を組む。
……なんというか、明らかに警戒していた。
いや、飲み物相手に警戒って何だろう。
でも本当にそんな顔だった。
「おい、お前も飲め」
ブルーノさんが笑いながら、ラーグさんに言うが、ラーグさんは眉をしかめる。
「わしは酒しか飲まん」
「いいから飲め」
「酒じゃねぇだろ」
「飲め」
「……」
ブルーノさんとの問答が続き、ブルーノさんが引く気配もなく、ラーグさんは嫌そうな顔をした。
だけど、結局、器を取ってくれる。
あれだけ渋ったせいか、みんなの視線がラーグさんに集まる。
俺もちょっと気になった。
――一口、ラーグさんがハーブティーを飲む。
そして続く沈黙。
「…………」
「………………」
いや、長いんだけど……ダメだったかな?
沈黙が続く中、ラーグさんは器を見て……もう一口飲んだ。
あ、飲むんだ……いや、失礼かな、この感想。
さらに続く沈黙――むしろ静寂と言った方が良いのかもしれない。外は職人街らしいにぎやかさが聞こえるけど。
その静かな店の中に、コポコポコポ……とお湯を注ぐ音がするから、音の方を見るとマルダさんがジャグに移していたハーブティーを自分の器に注いでいた。
あ、おかわり……
マルダさんは気に入ってくれたみたいで良かった。
マルダさんがおかわりを注ぐ間に、アベルさんが無言で空の器を差し出して、マルダさんがその器にも注いでいく様子を見てしまった時は、吹き出しそうになってしまった。
なんとか耐えたけど。
ラーグさんの方はと言えば、もう一度見ても反応はまだない。
どうなんだろう。
だめだった?
いや、でもさっきも、もう一口飲んでたよな??
流石に少し不安になってきた頃、ようやくラーグさんが口を開いた。
「悪くねぇ」
一言だけ。
だけど、その一言にブルーノさんが吹き出した。
「なんだそりゃ! 気に入ったならそう言え!」
「言ってねぇ」
「器空いてるぞ!」
その言葉に見てみれば、確かに。いつの間にかラーグさんの器は空になっていた。全部飲み干している。
俺も思わず笑いそうになったが、ス……と、ラーグさんは空の器を差し出してきた。
「わしは酒しか飲まんぞ」
――って、言いながら。
もう完全に強がりのそれで、店の中に笑いが広がった。
さすがに俺も笑ってしまった。
ラーグさん本人は不機嫌そうな顔をしているけれど、怒っているわけではなさそうだった。
なんだろう――ちょっと面白い人だ。
そう思ってしまった。
この世界へ来てから、不安ばかりだったけど、こうして誰かに受け入れてもらえると、本当に救われる。
「新しいことを始めるのは大変だが」
笑い声が落ち着き始めた頃、エーヴァルトさんが器を置いて話し出した。
「悪くないと思う」
その言葉に思わずじっとエーヴァルトさんの顔を見てしまう。
エーヴァルトさんは穏やかに笑っていた。
それだけで十分だった。
俺も自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます」
本心からそう言えた――
どうやら職人たちの話し合いは一区切りついていたらしく、角席のテーブルに置いてあった紙をエーヴァルトさんが持って来て、紙が見えやすいようにカウンターの上に置いて、ざっと流れと誰が来るのかを説明してくれる。
紙に書かれた文字は読めないけれど、設計図らしい図面のおかげでなんとなく仕上がりが分かる。
一通り説明が終わると、エーヴァルトさんが最後に教えてくれる。
「工事期間は三週間ほどだ」
「三週間ですか」
「ああ」
思ったより長い……いや、短いのかな?
正直よく分からない。
「各工房の仕事もあるからな」
考えていることが顔に出ていたのか、ブルーノさんが補足してきた。
「ずっとここだけやってる訳じゃねぇ」
「確かに、そうですよね」
普通、数カ所の依頼を順番にするだろうけど、たくさんの工房がかかわるとなると、日程合わせもその分大変なはず。
俺は納得して、頷いた。が――
次の説明で固まった。
「窓は二か所になる」
「……え?」
今、二か所って言った?
「二か所?」
思わず聞き返した俺は悪くないと思う。
「ああ」
そして、エーヴァルトさんは当然のように頷いた。
重ねて置かれていた紙の一枚目と二枚目を入れ替え、指さした。
入口を中心にして両側に描かれた、左右対称のデザイン格子のついた窓。外観のイメージで描かれた絵だった――
えっ? いつの間に?? ってかうまっ!
……なんて言ってる場合じゃなかった――
「入口を挟んで左右対称だ」
エーヴァルトさんが絵の入口部分をトントンと叩く。
「見栄えが良い」
そう言ったのはラーグさん。
「見た目だけじゃねぇ」
ブルーノさんも続く。
「採光も増える」
アベルさんまで。
「換気も良くなる」
最後にもう一度エーヴァルトさん。
みなさん、息ぴったりですね……
全員が当然のように言う。
俺だけが置いていかれている。
待って、ほんとちょっと待って。
俺の記憶では窓一個だったし、話に混ざってた時も窓は一個だったはず。
なのに、なんで増えてるの?
「決まりだな」
「決まりだ」
「決まりだな」
「決まりだ」
誰も反対しない。
多数決ですらない。
いつの間にか決定事項になっていた。
戸惑ってマルダさんの方を見ても、呆れたように笑いながら肩をすくめてみせるだけだった。
え、まさかコレ、いつも通りとか言わないよね……?
……職人って怖い。
俺は本気でそう思った。
しばらくして、エーヴァルトさんたちがそれぞれ帰って行った。
バタリ、と閉まった出入口の扉をぼーっと眺める。
「銀貨100枚かぁ……」
思わず呟いた。
エーヴァルトさんに最後に聞いたこの金額に、目が飛び出るかと思った。
食器を重ねる音に振り返れば、使った器をマルダさんが片付けはじめていた。
慌てて、使った鍋やレードルを抱えて、マルダさんの後を追うように水場へ向かう。
その時にマルダさんに、窓の数と金額のことを聞いてみたら――
「あー、あれね……試作や他のエリアの人への見本を兼ねてるんだよ。それと、あいつらに窓二つ付けてもらって銀貨100枚は安いくらいだよ――」
って、教えてくれた。
やっぱり、安い方なんだ……銀貨100枚……
それと、初めて第5エリア――職人街に立ち並ぶ建物が一つ一つ違って、景観のまとまりがない理由を知った……
職人街で建てる建物はほとんどが、新しい建築方法やデザインを試す場で、うまくいけば他エリアの住人たちの住宅に採用され、失敗すればそれでおしまい――っていうことらしい。
うまくいけばいいけど、失敗は嫌だな……
そうぽつりと言ってしまったら、
「あいつらの失敗なんてそうそうないから安心しな!」
――と笑われてしまった。
それはそれで、とんでもない人たちなのでは……と怖くなってしまった。
次回:第18話「落花の日」 7月2日(木)20:30公開です|´꒳`*)♥︎*。




