第12話「市場の日」
≪前回のあらすじ≫
異世界には「お茶」を嗜む文化がなかった。ショックを受けつつも、ハルヤは手近な道具でマルダにハーブティーを振る舞う。その香りと効能に驚くマルダの姿を見て、ハルヤはついにこの場所で「喫茶店」を開く決意を固める。そして、文字の読み書きという新たな課題にはエルに文字学習のサポートを頼み、次なる一歩として街の市場へと再び繰り出す――
「……なんだか、昨日より人が多い……?」
――酒場からマルダさんと出た後、一度マルダさんたちの家へと戻り、買い物カゴや袋に空の容器を持って、乗合馬車に乗り込んだ。
第3エリアの馬車の停留所に着いて、馬車から降りてすぐに市場に入れば、ヴォルクさんと一緒に来た昨日より人が多いように感じて、つい独り言が口をつく。
「今日は繁葉の日だからね、週で市場が一番賑わうんだよ」
俺の声が聞こえたのか、マルダさんがそう教えてくれる。
なんでも、一週間のこの曜日に王都外からの商人も多く集まるらしい。
それでこの日は、他の日よりも、夕方になっても品物の数が多く、欲しいものがないかと品物を見に来る人が増えるという。
……ひょっとして、まずい日について来ちゃった?
でもマルダさんも止めなかったし、大丈夫だよね。
それでも、帽子が脱げたりしないように、被っている帽子をもう一度ぎゅっと頭に押し付けた。
「グラーテル 大1個15リーヴァ……なかなか安いじゃないか」
マルダさんはじゃがいもにそっくりな野菜の前で立ち止まり、木箱に書かれた値段を見てそう言う。
「グラーテル 大を10個、それから、ティア球3個もらえるかい?」
すると、すぐにマルダさんはお店の人にそう伝え、手際よく代金を支払い、巾着袋を2枚渡す。
10cmくらいありそうな、ごろごろとした大きいじゃがいも……じゃなかった、グラーテル、それからティア球を、マルダさんから受け取った巾着袋にお店の人がそれぞれ、10個と3個入れていく。
「ほい、お待ちどお」
「はい、どうも」
マルダさんが受け取った巾着袋は、一つは大きいグラーテルでパンパンになっていた。
ティア球が入っている方は、まだ少しゆとりはあるけど、1個が大きい分、それなりの量がある。
……あれだけでも、けっこう重そうだ。
「あの、マルダさん、それ俺が持ちますよ」
「そうかい?じゃあ、お願いね」
マルダさんに自分が持つと申し出て、受け取ったグラーテルとティア球が入った袋はずしりと重い。
これを抱えたまま買い物を続けるのは、なかなかしんどいと思うけど、マルダさんは今までどうしてたんだろう?
買い物をする露店の場所に決まりがあるのかは分からないが、マルダさんは迷うことなく先へと進む。
一つの露店の前で立ち止まり、すぐに店主に声をかけ、持ってきていた空の容器を全て渡していた。
――あ……
マルダさんの隣に並び、露店の品物を見るとドライハーブと生薬が並んでいた――
大小の袋があり、その中に一種類ずつ入れられている。
大きい袋の方にあるもののほとんどがドライハーブで、マルダさんが使ったり、今買ったりしたものが入っている。
買う人が多いってことかな?
逆に小さい袋の方に入っているものは、マルダさんの台所で見たことがない……俺にとっては馴染みの生薬が入っていた――
「――お兄さん、バハリコが気になるかい?」
マルダさんが巾着から貨幣を出している時、露店の人が話しかけてきた。
「バハリコ?」
「小さい袋の方に入っとるやつだよ――グリゼア。根を乾かしたもんでな、煮出しゃ喉に良いし、腹の調子も整えてくれる。それから、こっちはシェンピア。果皮を乾かしたもので、香り付けや腹の張りによく効く。あとは――」
袋を指さしながら露店の人が名前と簡単な説明と効能を教えてくれる。
俺の知ってる生薬の効能と同じだったが、そのどれもが知っている名前ではなかった。
まあ、ハーブ名もそうだったから、違ってても不思議じゃない。
むしろ、同じだった方が驚くな。
「待たせたね、店主、銅貨3枚と錫貨20枚――320リーヴァ丁度だよ」
「これはこれは、奥さん有難い!来たときはまた頼むよ!」
「はい、どうも。こちらとしては、ヴァルリディア貨幣も使ってほしいところだがねえ……」
「まだここにいるならそれでもいいんだが、そろそろ国へ帰らなきゃならねぇからなぁ……ヴァルリディア貨幣は便利だが、他の国で使えねぇのが難でなぁ――」
マルダさんと露店の人が少し会話をして、その露店も後にした。
次に立ち寄った肉屋では、マルダさんと店主が親しげに会話をしつつ、手慣れた様子で交渉していた。
「じゃあ、いつもの豚肉を。明日の朝、うちに届けておくれよ」
「はいよ、マルダさん。鮮度抜群のを用意しとくからね」
店主にそう約束してもらい、大きな葉で包まれた今晩の分の肉をマルダさんが受け取りカゴに入れる。
カゴや袋はずっしりと重くなっていたが、不思議と足取りは軽い。
「さて、これで帰ろうかね……あ、待っておくれ。苗売りが来てるじゃないか」
帰路に着こうとした矢先、マルダさんが指差した先に、人混みの隅でひっそりとカゴを並べて座る老婆がいた。
カゴの中には、肉屋で使われていたのとは違う大きな葉で根元を包み、紐できっちり縛られた植物の苗がいくつか並んでいる。
「苗売り……」
「そうさ。この時期に植えとけば、冬を越して春には立派に育つからね」
そう言って苗売りの方へ向かうマルダさんについて行く。
マルダさんについて行く間も気になって、ずっと苗売りの老婆の方を見ていると、彼女は俺の視線に気づき、しわくちゃな顔をほころばせた。
「お兄さん、おひとついかがかね? 丈夫で育てやすいよ」
カゴを差し出され、近づいて、中を覗き込む。
そこには、俺がよく知っているハーブによく似た、繊細で羽のような葉をした苗があった。
「……カモミール?……」
思わず独り言が漏れる。
すると、老婆が少し驚いたように目を丸くした。
「おや、”カモミール”かい。古名のカモミラから来てるのかい? こっちじゃあ、みんな”ルメリア”と呼んでおるよ」
「ルメリア……そうなんですね」
じっと、カモミール……ルメリアの苗を見ていると、隣から声をかけられた。
マルダさんだ。
「おや、ハルヤはそれにするのかい?」
「あ、いえ、今日はお金を持ってきてないので……」
見ていただけです――
そう言う声が小さくなってしまう。
今日は買い物をするつもりはなかったから、お金を置いてきてしまったのが残念だ。
「なんだい、苗代くらいあたしが出すさ。今日はついてきてくれて買い物も助かったしね」
そういうと、マルダさんは苗売りの老婆に話しかけていた。
「――セルフィアの苗とルメリアの苗を2つずつくれるかい?あ、それとそこのカゴも一つつけとくれ」
苗の数は言わなかったが、マルダさんは2つ苗を買ってしまった。
良かったんだろうか……。
カモミールは確かに、アブラムシがつきやすいから、2つ苗があると安心だけど。
ちらりとマルダさんを見ると、お金を渡してカゴに入れられた苗を受け取る様子はどこか嬉しそうだ。
ハーブとか植物を育てるのが好きなのかな?
今度こそ市場を後にし、乗合馬車に揺られて第5エリアへと戻る。
その馬車の中で、日がだいぶ傾いているのを気にしつつ、俺はマルダさんに話をした。
「……あの、マルダさん、すみません。酒場の二階に、どうしても持っていきたいものがあるので、酒場に寄ってもいいですか?すぐに戻るので……」
「いいよ、酒場の近くを通るしね。あたしは一階の片付けの続きでもして待ってるからさ」
その代わり――
と続けるマルダさんに不思議に思うと……
「夕飯の支度と片付けは頼んだよ!」
そう言って、マルダさんはカラッと笑った。
酒場に着くと、俺は急いで二階へと駆け上がった。
なるべく時間は取らないようにしたいけど、一階に居るマルダさんに、ドアのノック音が聞こえないように一番奥の部屋の扉を使う。
それでも、一度部屋に入り、中からするノックの音もなるべく小さく、「接続」と言う声も極力落とした。
繋がった「庭」へと入り、扉を閉める。
少し息を整えてから、エルに声をかける。
「エル、ただいま。アイテムの生成終わってる?」
『はい、ハル。終わっていますよ。お待ちしておりました』
中央の大きな木の近くに浮いていたエルが、すぐに俺の傍へとやってくる。
彼女の手には、俺のために生成してくれたアイテム――本と羽根の付いたペンがあった。
差し出されたそれを受け取ろうとした時、エルが真剣な表情で付け加える。
『ハル、この本について一点、重要な注意事項があります。この本は常に私のいる「庭」と同期しています。ハルが店の外にいる時、私に確認したいことがあれば、白紙のページに書き込んでください。回答をその場で表示します』
「それは助かるよ。でも……」
『はい。この本の内容を他人に見られると、説明が困難になります。管理には細心の注意を払ってください』
エルから渡された、不思議な力を感じるアイテム。
なんとなく、エルに魔法を使えるかどうかの検査をお願いした時に感じたものと似ている気がする――
そして受け取ったのはいいが、これらをそのまま持って降りるわけにはいかない。不自然すぎる。
「エル、実はマルダさんには『どうしても持っていきたいものがあるので』って言ったんだけど、流石にこれをこのまま持って行くわけにもいかないし……。何か、カモフラージュになるような……そうだ、字を覚えるのに適した本とかってないかな?」
俺が困り果てて尋ねると、エルは静かに微笑み、俺の後ろを指差した。
振り向いても、あるのはさっき入った部屋とつながる「扉」だけだ。
『それでしたら、先ほどの部屋の、カウンター下にあるチェストを確認してください。一番上の引き出しに適したものがあります』
半信半疑で扉を抜け、元の部屋に戻る。
言われた通りチェストを開けると、そこには二冊の本と、二つのアクセサリーが入っていた。
一冊はベルトと、淡い緑色の石がはめ込まれた豪華な本。
そしてもう一冊は、ベルトも金具もないシンプルな本。
『ベルトのない方をお選びください』
エルの指示通り、シンプルな方を手に取ってみる。
ページをめくると、少し大きめの文字の他に、ドラゴンや神々しい巨大な木の挿絵が描かれていた。
「これなら、怪しまれないな」
エルによれば、これはこの世界に伝わる神話の本で、読み書きの練習によく使われるものらしい。
あまりのタイミングの良さに驚きつつも、エルに感謝を伝え、俺は急いで一階へと戻った。
「マルダさん、お待たせしました」
店から出る前に中身を空にしていたトートバッグに、外套の下に隠して持ってきたアイテムを外から見えないよう滑り込ませた。
その後に、カモフラージュ用の本を、今度は見えるように入れようとした時だった――
「おや、懐かしいものを持ってきたんだねぇ」
立ち上がったマルダさんが、俺の手元にある本を見て目を細めた。
俺は内心ドキドキしながら、平静を装う。
「え? これ、有名なんですか?」
「ああ、あたしたちの世代じゃ、子供の頃はみんなそれで字を覚えたもんさ。大人になってからはとんと見かけなくなったけどね。最後にお目にかかったのは、うちの子たちに教えてた時分かねぇ」
マルダさんは懐かしそうに本を見る。
「それで、どうしてまた、急にそれを?」
「あ、ええと……。昔、少し習ったんですけど、使わないうちに忘れちゃって。ここでの生活には読めないと不便だし、ちゃんと言葉を覚え直したいなと思って……」
エルの助言通りの理由を伝えると、マルダさんは「ああ」と納得したように頷いた。
「道理で、買い物中も看板をじっと見てると思ったよ。まあ、王都にいれば嫌でも目につくし、そのうち覚えるさ」
マルダさんは優しく笑い、それから少し考え込むように顎に手を当てた。
「字の練習が必要なら、アレも必要だね。……よし、とりあえず帰ろうかね。夕飯の準備をしなきゃならない時間だ」
日が入らなくなりだした室内の暗さに、時間の当たりを付けたマルダさんが言う。
それから俺たちはすぐに、買い物の荷物を抱え、急ぎ足でマルダさんの家へと向かった。
次回:第13話「灯りの下で」 5月21日(木)20:30公開です|•ω•。)"




