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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第11話「はじまりの一杯」

≪前回のあらすじ≫

 マルダと共に昼食の準備をしたハルヤ。ヴォルクの工房の人たちも現れ、彼らの食べっぷりに圧倒されるも、少しずつ彼らと打ち解ける。食後、再びマルダと酒場に戻ったハルヤは、かまどを整え、一休憩にとマルダに「お茶を淹れる」提案をした――



「――お茶?……それは何だい?」




 不思議そうに首を傾げるマルダさん。



「……え?」


 思わず固まってしまった。




 まさか、お茶の文化って……ないのか!?


 だからか!?

 昨日、香草の露店の前でヴォルクさんが不思議そうにしてたのも。

 探してみても、茶器類が一つもなかったのも! お茶の文化がなかったからか……!





「えーと……沸かしたお湯で、香草を蒸らしてできる飲み物、です」


「へえ、初めて聞いたね、おいしいのかい?」


 分かりやすく伝わるように、言葉を選ぶ。

 すると興味を持ってくれたようだ。


「おいしいですよ。使う香草によっては好き嫌いが別れるみたいですが…」


 ものは試しだ。

 淹れたハーブティーを飲んでもらおう。


 俺は昨日、ヴォルクさんと出かけた時に買ったハーブを二種類、トートバッグによく似た買い物袋――ここでは袋をまとめて「パック」と呼んでいた――から取り出す。


 ペパーミントとコモンセージ。

 流石にしなびてしまっているけど、問題はない。



「へぇ、ペルメンタとサルヴェナかい」


 コモンセージはサルヴェナって言うんだ。

 エルにチェックをお願いしたハーブの中にセージは入れていなかったから初めて知った。

 ……けど、そんなことはおくびにも出さない。



「はい、この二種類を使ってハーブ……香草茶を淹れますね」


 ちょっと待っててください、と伝えてかまどに火を点ける準備をする。


「……湯を使うと言ったね。火起こしはあたしがやるから、ハルヤは他の用意をしとくれ」


 火起こしの手伝いなら出来るが、他は何をするのか分からないからね、と続けて言ったマルダさん。

 確かにそうだ。

 実際に、火起こしはマルダさんにやってもらった方が効率も良い。


「あ、ありがとうございます……お願いします」


 昨日も今日もマルダさんの料理を最初から手伝ったから、火起こしの流れは見たけど、俺の手際が悪いことは、キャンプとかをしない自分が一番よく分かってる。


 マルダさんは、そんなことを知りもしないだろうけど……。





 マルダさんの申し出をありがたく受け入れ、俺は水場に、容器と水を取りに行く。


 さっき洗っておいた器の中から、鍋と茶器の代わりに出来そうな器をいくつか選び出す。

 水滴がついているけど、そこは仕方ない。


「……それにしても、マルダさんにお茶の事を聞かれるとは考えてなかったな」


 水場にあった中くらいの木桶に、選んだ器を重ねて入れながら、つい独り言を言ってしまう。木桶も洗い済みだ。


 俺の独り言に反応したエルの声が頭の中で響く。


『それは仕方がありません。木材の豊富な山林であれば別ですが、湯を沸かすためには薪が必要です。多くの人は薪を購入します。そのため、嗜好品のような”お茶”と言ったものは、この世界にはまだ存在していません。近いものは、エルフ族の地域にはあるようですが……。この世界のほとんどは”熱湯で蒸らす茶”ではなく、”煮出す薬”としてなら一部の香草を活用しているようです。』


 そっか……。

 確かに、つまみを捻るだけで火が着くガスコンロや、ボタン一つで湯が沸くIH機器とはわけが違う。


 便利な世の中だったよなー。

 ここじゃあ、火を使うにも薪が必要だもんな。

 その薪もあっという間に燃えちゃうし……




 あれ、でもここの人たち、たぶん毎日風呂に入ってるよな……?


「なあ、エル、燃料が薪しかないなら、この国の薪ってめちゃくちゃ安かったりするの?お風呂……ヴォルクさん家でお世話になったのはまだ2日だけど、2日ともお風呂に入ったんだけど……?」


『燃料が薪だけというわけではありませんが……薪の価格は、世界的に見て極端に安くはありませんが、比較的購入しやすい価格です。

この国、ヴァルリディア王国と周辺諸国の一部の地域では、衛生環境意識が高く、定期的な入浴を推奨してるため、そのような価格となっているようです。これは、およそ300年前に発生した感染症により、当時の人口が半数以下にまで減少したことに起因します。当時のヴァルリディア王国国王の指示により、調査解明が行われ、その結果により上下水道設備の整備と定期的な入浴、他にも衛生面を保つため、繊維の原料となる植物の栽培、燃料となる樹木の植樹の勅命が記録されています。』



 感染症――

 転移する数年前に、地球でもパンデミックが発生して世界的にパニックになっていたことも記憶に新しい。

 時代も世界も関係なく、人類の一番の敵はやっぱり感染症なんだ。


 それにしても、300年前のその王様はすごいな。




 ――さて、そろそろ戻らないと。


 ここで物思いにふけってたら、またマルダさんが来てしまう。

 器と同じように洗っておいた木製のジャグに、井戸の水をいっぱいになるまで入れ、木桶の中に置いた。



「……よっと……けっこう重たいな」


 水の入った木製ジャグと器を入れた木桶を抱え上げたら、ずっしりとした重量がある。

 まあ、大きめのジャグに水をいっぱい入れてるしね……2Lくらいあるかな?



 開けっ放しにしていた水場の出入り口の扉は、桶を抱えたまま背中で閉められたけれど、カウンター内につながる建物の扉は閉めてしまっていたのでそうはいかず、一度足元に下ろす。

 扉をしっかり開けて、桶を抱え上げて中に入る。

 きれいになった器もあるし、足元には置きたくはなかったけれど、置き場もないし、仕方なくまた足元に置き、今度は扉をしっかり閉める。

 それから直ぐに桶の中から、器や水の入ったジャグをカウンターの上に移動させた。


「……色々と持ってきたんだねえ。もしかして、それ全部を使うのかい?」


「そう、ですね」


 俺がカウンターの上に置いた器の数を見て、マルダさんは少し驚いた様子だ。

 ……やっぱり、多く感じるかな?


 とりあえず、頷き、返事をした後、改めてカウンターに置いたものを見る。




 見つけた鍋の中で一番小さかった片手鍋。

 小さいと言っても、雪平鍋と同じくらいの大きさがある。


 それから、ハーブを軽く水洗いするために選んだ、大きめのボウル状の器1つ。

 ポット代わりに選んだ、二回りほど小さめのボウル1つと、被せても落ちない大きさの平皿1枚。

 一番小さかった、スープボウルくらいの大きさの器を2つ。

 これはティーカップ代わりのつもりだけど、一番小さいとはいえ、日本で売られていたスープボウルサイズだから、ティーカップとするには大きいんだけど……。

 ある物を使うしかないんだから、こればっかりは仕方がない。




 2日間、この異世界で過ごしてみて、口にした液体は食事の時のスープと水代わりのスモール・ビアだけ。

 それを考えると、水分補給の為だけに、これだけの器を使うのは確かに多いかもしれない。

 俺だって、日本で独り暮らししてた時は、マグカップ一つだ。

 でもそれは、電気ケトルやインスタントコーヒーという便利な物のおかげであって、先生……薬剤師のおじいさんが、俺にハーブティーを淹れてくれる時は、いつもティーポットとティーカップを使っていた――


 ばあちゃんが先生と雑談をする時は、ばあちゃんにはその日の分の漢方薬が、俺には店の外のプランターに植えられたハーブを使って、ハーブティーを淹れてくれていた先生を思い出し、ちょっとしんみりする。




 マルダさんのおかげで、火がしっかり起きてきたかまどの五徳に、水を入れた片手鍋を置く。

 大きいボウルに水をたっぷり入れて、 ペパーミントとコモンセージを洗う。

 セージは苦みが出るから、ミントを多めに――セージは葉っぱを数枚くらいの量にした。


 洗い終わったミントとセージを、ざっくり手でちぎる。

 ミントのスーっとした清涼感のある香りと、少しほろ苦く落ち着いたセージの芳香が鼻先に広がる。

 中くらいのボウルに入れて、あっという間に沸いた熱湯を注いで、急いで裏返しにした平皿で蓋をする。

 片手鍋に注ぎ口はないけど、ポットの代わりがボウルだから、それも問題なかった。


 問題なのは――


「……これで少し蒸らせば香草茶ができますよ」


「少しってどのくらいだい?」


「そうですね、ご……半指(はんし)くらいです」


 ――大体、5分くらいおけばいいのだが、今までは時計やタイマー頼みだったから時間が分からない。

 5分くらいの歌でも歌うか?

 ……ないな、流石に。



 残りのハーブも軽く水洗いをして水気を取りながら時間を告げると、マルダさんは驚いたように目を見開いた。


「そんなに短くていいのかい?湯に浸けとくだけだろう?」


「はい、お湯で蒸らすだけですが、これで美味しくなるんですよ」


 にこやかに答えても半信半疑のようで、マルダさんの表情はぎこちない。

 その理由はすぐに分かった。


「しっかり加熱もしてないのに……腹を壊したりしないのかい?」



 言われて、今日までに口にしたものを思い出す。

 ――確か、今までに見た調理方法は、香草自体を食べるか食べないかは別にして、全て時間を掛けてしっかり加熱していた。


 でも、今回は熱湯を注いだだけ。

 しかも時間もたったの5分。


 そう考えると、驚かれるかもしれない……。


 水を飲まないのかと聞いたときのような表情を、マルダさんはしていた。




「大丈夫ですよ。しっかり沸騰させたお湯を使っていますし、この二つの香草には、体を守ってくれる力があるんです」


 俺は平皿で蓋をしたボウルを指差しながら、持っている知識を自分なりに噛み砕いて説明する。


「このペルメンタは、胃腸の調子を整えて、食べ物の消化を助けてくれます。それに、こっちのサルヴェナは……」


 一旦言葉を切って、マルダさんの顔を見る。


 ”サルヴェナ”は、エルに「庭」での成分の確認をしてもらっていない。

 だから正直、セージの効能をそのまま言っていいのか悩んでしまったが、すでに調べてもらったハーブや生薬と同じように、地球のものと効能が変わらないことを願いつつ、説明の続きを話す――



「――強い殺菌力があるんです。喉の痛みを和らげたり、体の中を綺麗にしてくれたり……。煮出さなくても、こうしてお湯の熱で成分を引き出すだけで、十分に薬としての役割も果たしてくれるんですよ」


 ――だから、掃除の合間や掃除後の水分補給にするのに適しているんですよ――なんて、付け足してみたが、内心ヒヤヒヤだ。

 これは早急に、エルにセージの解析をお願いしたい。



「ほう……。ただの香り付けじゃなくて、そんなに効果があるのかい」


 マルダさんは感心したように、蓋をされたボウルをまじまじと見つめた。


「ええ。それに、この香りを嗅ぐだけでも、頭がシャキッとして気持ちが落ち着くんです。……あ、そろそろいいかな」



 マルダさんと話をしていると、エルが『ハル、ちょうど5分経ちましたよ』と教えてくれる。

 俺にしか聞こえないエルの声にはすごく助けられるが、こういうとき直接お礼が言えないのが残念だ。

 心の中で、思いっきり「ありがとう!」と叫ぶ。

 届かないだろうから、今度改めてお礼を言おう。


 一番小さかった器を並べ、蓋代わりの平皿を少しずらし、動かないように両手でしっかりと器と平皿を固定する。

 器も平皿も厚みのある木製のおかげで、持てないほどの熱さはない。


 並べた器に同じ量になるように注いでいく。

 ティーポットや急須じゃないから、こぼれてしまうのは仕方ないな。



 器に注がれ、立つ湯気が先ほどよりも一層、爽やかで力強い香りを運んでくる。


 ふわっと広がる、鼻に抜ける清涼感と、どこか懐かしい野草の香り。


「……いい香りだねぇ……」


 隣に立つマルダさんから、思わずといった感じの感想が漏れる。


「はい」


 嬉しくなって、同意をする。


 ただ、ちょっと残念なこともある。

 白い茶器であれば、黄金色に色づいた透き通ったハーブティーの色味も楽しめるけど、今使っているのは使い込んで飴色になった木製の器だ。

 ぱっと見じゃ、色味はよくわからない。




「……せっかくなので、座って飲みませんか?」


 注ぎ終わって、持っていた器を置き、カウンター席の方を見る。

 午前中のマルダさんが来る前に、乾拭きをして埃は取ってある。

 それもあって、マルダさんに座ることを提案すると、「そうだね」と頷き、二人で移動する。



「……どうぞ」


 椅子に座ったマルダさんの前に、先ほど器に注いだハーブティーを置き、俺もマルダさんの隣に座る。




 昨日も今日も、日本の夏ほどじゃないけど、それなりに暑い。

 日本にいた時は、アイスコーヒーや冷たいドリンクでのどを潤してたけど、温かいハーブティーを飲むのも悪くない。

 むしろ身体の健康の為には温かいものの方が良いんだけどね。


 スープボウルのような器に半分もいかないくらいの量しか入っていないおかげか、わりと冷めやすいのか、やけどしそうな温度じゃない。


 さっそく飲もうと、器を持ち上げ口に近づけるが、器を持つそぶりもないマルダさんに不思議に思う。



「……どうかされました?」



 と、聞いた直後にはっとした。


 ハーブや生薬が香草として浸透してるから気にしていなかったが、お茶の文化もなく、水も麦芽などで発酵させて無毒化が必要だという考え方の世界の人に、ハーブの効能を説明して理解できたから、「はい、どうぞ」と言われてすんなり飲めるはずもなく――


 好奇心旺盛な子どもならともかく、経験や知識を積み重ねた大人は慎重にもなる。



「……こく……はぁ、おいしー」


 ならここは……と、先に飲んでおいしい事を感じ取ってもらうしかない。


 そう思って一口、こくり、と飲むと、清涼感があるものの優しい味わいとほんのり感じる苦み。

 そして鼻に抜ける香りに、思わず顔がほころぶ。

 どことなく感じてた、口の中のざらつきもない。



「……たしかに、美味しそうだね……こく、……!」


 俺の様子に、意を決したのか、マルダさんが器を手に取り一口飲み込む。


「……こりゃ驚いた。爽やかな香りに清涼感、あっさりとしてて飲みやすくていいね」


 ――なにより、吐きそうなほどの苦さがない――



 マルダさんが二口目を口にする直前に言ったその言葉に「ん?」と引っかかってしまう。


 苦いって……もしかして、セージのこと?



「……あの、すみません、マルダさん……”吐きそうなほどの苦さ”って……?」


 マルダさんはこのハーブティーを気に入ってくれたのか、すでに注いだ量の半分くらいまで減っていた。


「ああ、ハルヤはもしかして、薬屋の薬を飲んだことがないかい?あれにもサルヴェナがよく使われるんだが、それが飲めないくらい苦くてね……」


 年を取った今でも苦手でさ……


 そう続けるマルダさんは、薬の味を思い出してしまったのか、すごく嫌そうな顔をして、口直しのようにごくごくとハーブティーを飲み干してしまった。



「……ハルヤの淹れてくれたこの”お茶”と言ったかい?――これはサルヴェナが入ってると思えないくらい美味しいよ」



 そのマルダさんの様子に、ふと「薬ってそんなに苦いもん…?」と首をかしげてしまった。

 あと、さっきマルダさんがお茶になかなか手が出なかった理由は、俺が思っていた理由とは違ったことに、ちょっとおかしくなってしまった。


 でも、あれだけ料理にハーブを使うマルダさんが、ここまで「薬が苦い」というのが気になる。


 例えだけど、ことわざに「良薬は口に苦し」と使われたくらいだし、昔からそういうもんだったんだろう。

 漢方薬だって使ってる生薬によって「飲みやすさ」「飲みにくさ」はある。

 けど、「証」と「処方」がピッタリ合っていれば、同じ漢方薬でも「おいしい」と感じる。

 これが、漢方薬の不思議で、面白いところなんだけど。





 ……これは本格的に、ハーブティーよりも、漢方薬……いや、漢方茶の方でお店をやってみる価値があるんじゃないか……?


 もちろん、お店をやっていく上では、ここの人たちに馴染んだハーブティーも扱う方が良いだろうし、何よりコストが抑えられる。


 昨日のお店で生薬も何種類か欲しかったけど、ハーブと比べて金額がかなり高かった。

 これの対策については、お店の準備を本格的に進める時にでも考えよう。




 となると、協力してくれる人が必ず必要になる。



「――あの、マルダさん、」


 意を決して、俺はマルダさんに打ち明けた。



「実は俺、これを……お茶をこのお店で出したいんです!」



「!?」



 俺の言葉に驚いた様子だったが、何も言われない。


「使うものは、今日みたいに香草や薬にも使われているものにする予定です。

 薬じゃないけど、薬ほどじゃないけど、身体の健康にも役立つ――」

 

「ここに来たら喉も潤せる”おいしいお茶”が飲める、そう認識してもらえるようなお店をやっていきたいと思ってるんです」


 生薬代や薪代もばかにならないだろうから、本当にやっていけるかは分からないけど、それは日本で喫茶店をやったって同じだ。



「…………」


 真剣な表情で、マルダさんの目を見て話す。


 マルダさんの表情も、引き締まってまっすぐ俺を見返す。

 黙って聞いていたマルダさんが、一つ息をゆっくりと吐いた。



「……一から始めるとなると、並大抵の苦労じゃないよ」


 マルダさんの表情も真剣だ。

 俺に「店をやる覚悟があるのか」を確認してるかのようにも見える。



「――はい、わかってます。ここは、場所はあっても、道具も揃っていない。提供する”お茶”だって、ここの街の人たちに受け入れてもらえるかも、分からない」



 ただの返事だけじゃ信じてもらえないように感じて。

 俺の考えていることもきちんと伝える。




「それでも、俺は”お茶”を提供する”喫茶店”をやりたいんです」



 想いも――



 マルダさんに伝わったかは分からないけど、ふっと息を短く吐いたマルダさんの表情が和らぐ。


「そうかい。それなら、やってみたらいいさ。お茶も美味しかったしね。あたしに出来ることなら協力するよ」



「!!」


 そのマルダさんの言葉に、俺は今までにないくらい嬉しくなって、勢い余って立ち上がって、マルダさんに向かって頭を下げる。



「ありがとうございますッ!!!」




 立ち上がった勢いのまま倒れた椅子の音にも負けないくらいの大声に、マルダさんは驚いた表情をしていたけど、それも一瞬で、おかしそうに笑った。












 その後、 使った器の片付けをしてほどなく――

 マルダさんの買い物に行く時刻になったため、俺は、マルダさんの買い物に付いて行かせてもらえないか頼んだ。

「フードを忘れないようにね」と念を押されたが、了承はもらえた。



「あ、そうだ……すみませんマルダさん、少しだけ待っててもらえますか?」


「ああ、いいよ」


 マルダさんの返答と聞いて、急いでカウンター内の階段を駆け上がり、二階へと行き、寝室の扉から「庭」へと入る。



「ごめん、エル!急いで頼みたいことがあるんだけど……あ!その前に、さっきはありがとう!時間を教えてくれて助かったよ」


『どういたしまして。ハルのサポートをすることが私の喜びですから、ハルのお役に立てて嬉しいです!それで、急いで頼みたい事とは何でしょうか?』



 俺は、昨日のヴォルクさんと出かけた時に困った事をエルに伝え何か対策がないかを求めた。


「ヴォルクさんと買い物をした時に、棚や木箱に値段が書いてあったみたいなんだけど、それが俺には読めなくて…どうにか分かるようにする方法はないかな?」


 「庭」でエルにハーブや生薬の確認をしてもらった時に浮き出た文字は、この世界の文字だったように思うけど、なんとなく理解が出来てた。

 あんな感じで良いから、分かればいいんだけど――


 そう思ったが、エルからの返答は空しく、俺の望んだ結果ではなかった。


『残念ながら、この「共に育てる庭」外で記された文字を瞬時に理解する方法はありません。ハルが一つずつ覚える必要があります。――ただ、ハルがこの国の文字を覚えるお手伝いをするアイテムを生成することは可能です。生成に時間が必要ですが、アイテムを生成しましょうか?』


 直ぐに理解する方法がないなら仕方がない。

 これも外国語を勉強すると思ってやるしかないな。

 どういう仕組みかは分からないけど、会話は出来るんだ、何とかなる。


「うん、生成してほしい」


『承知いたしました』



 ――さて、あとは文字が読めない理由を何て言おう?



「なぁ、エル、生成してくれてる時に悪いんだけど、文字が読めない理由で違和感のない言い訳って、どんなのがいいかな……」



 こういう言い訳を考える度に、隠し事が増えているようで、正直後ろめたい。

 単純な矛盾を生じさせないって理由だけじゃなく、エルに頼ることで独りで抱え込むのを無意識に避けてたのかも――



『それでしたら、心配ありません。ハルはヴァルリディア王国の離島に住んでいたことになっていますが、あの周辺はヴァルリディア王国領土になって歴史が浅く、本土から離れるほど識字率が低いままです。「子どもの頃に親に習ったけれど、使わないから忘れてしまった」で十分通用します』


「そうなんだ。それを聞いて少し安心したよ、ありがと。」


『お役に立てて良かったです』



 さて、そろそろ行かないと、マルダさんが待ってる。


 「庭」の空間にポツンと扉だけが佇む異様な光景もなんだか見慣れてしまった。

扉のドアノブに触れたところでエルから声がかかる。


『ハル、買い物が終わる頃にはアイテムの生成も完了しています。ガルド=ヴォルクの家に行かれる前に、「庭」に戻ってきてくださいね。その時にアイテムをお渡しします。』


 ドアノブを握ったまま振り返ると、エルがにこやかに笑っていた。

 なんだか、見送りをしてくれるお姉さんのようだ。

兄弟は弟しかいないけど――


「ありがとう、エル。行ってきます!」




『――いってらっしゃい』



 扉を閉めるとエルの声が頭の中で聞こえる。



 なんだかその声が嬉しくて、笑ってしまう。

 この世界に来て、まだ丸2日しか経ってないのに――



 廊下を足早に進んでふと気付く。



「あ、二階に来た理由……まぁ、窓を締めに行った、でいいか」



 実際、開いてたし。


 理由も決まって安心して、急いでマルダさんの待つ一階に戻る。



「すみません、お待たせしました」


「かまやしないさ。――さて、行こかね」


「はい」



 カウンター席の椅子に置いたままにしていた外套を身に着け、昨日のヴォルクさんとの買い物の最後に寄った仕立て工房で貰った深めのキャスケットを、髪を隠すように被り酒場を後にした。





次回:第12話「市場の日」  5月14日(木)20:30公開です。


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