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AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました  作者: 西坂さそり


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第9話「動き出すもの」

≪前回のあらすじ≫

エルに購入した香草の成分解析を依頼したハルは、それらが地球のハーブとほぼ同成分だと知り安堵するが、この世界特有のエネルギー「魔素マギス」の存在に翻弄される。

さらに、魔法が使えないこと、自身の魔素量が歴史的低数値であるという、命に関わる衝撃の事実を突きつけられるも、目前の課題=掃除を行うべく「庭」から出たのだった。


「庭」から出た俺は、「庭」に入った時の扉をガチャリと閉めた。

寝室の扉とは違う、ずしりとした重さが手に残る。


「……このドア、玄関並みに重くないか?」


気になって、もう一度扉を開ける。

その瞬間、流れ込んできたのは——風だった。


「……外?」


踏み出した先は、室内ではなく広いバルコニーだった。


「うわ、広……」



柵に手を置き、周囲を見渡す。

視界の先には、大きな建物と、いくつも伸びる煙突。白や黒の煙があちこちから立ち上り、場所によっては熱で景色が揺らいでいる。


カン、カンッ——。

ゴン、ゴン、ドン……。


高い音と低い音が入り混じり、街全体が脈打っているみたいだ。


「……すげぇな。職人の街って感じだ」


昨日は一日中外に出ていたせいか、こんな音は気にも留めていなかった。

今になってようやく、この場所の“顔”を見た気がする。



ふと、左手の遠くに目をやると、山の中腹に巨大な建造物が見えた。



「……あれって、もしかして…… 城か?」



遠目から見ても、西洋の城と思うような立派な建物だとわかる。

昨日出かけた時は気付かなかったな。

結構目立つのに……。

それだけ昨日は緊張感してたのかな。


じっと、城の方を見ていると、エルの声が頭の中で響いた。



『南側に見えるあの建造物は、このヴァルリディア王国の王城です。王城についてご説明しましょうか?それとも、この王国についてご説明しましょうか? 』


頭の中に響くエルの声に、思わず体が固まる。


いやいや、王城についての説明って、絶対に平民が知ってたらダメな情報を聞かされるパターンだろ!

この国については気になることも多いけど、それ聞いてたら間違いなく何も始めないうちにマルダさんが来ちゃう……。


ので、王国についての説明は後回し。



「いや、また今度頼むよ」


短くそう答えて、俺はバルコニーを後にして、室内に戻り、軽く息をつく。



よし……探索の続きだな。



二階の部屋を順に確認していく。

床は掃かれているが、棚や机には埃が残っている。

そういえば、ざっと箒で掃いただけで、一階の掃除に移ったかも。

長めの廊下を歩いていると、冷静な頭は少しずつ思い出す。

タイタムが「二階もきれいになってる」とは言っていたけど、 マシになった程度だよなぁ。



「……ちゃんとやるなら、拭き掃除も必要だな」



……掃除機とか、埃取りシートがほしい……。



こうやって、文明の利器のない時代というか世界にいると、現代の便利さが身にしみる。


そんな中で、一つだけ、嫌な記憶が引っかかった。


「……あ」


寝室の扉を開けた瞬間、視界に入ったのは——わずかに開いた窓だった。


「やっべぇ、ちゃんと閉めてなかった……!」


慌てて駆け寄り、窓を引き寄せる。

閂を回して固定し、軽く押して確認。


「……これでよし」



部屋が少し暗くなるが、明かり取りの小窓のおかげで視界に問題はない。

小さく息を吐き、部屋を出る。


……他の部屋も、さっさと見て回るか。


廊下の右側にある部屋はすでに掃き掃除をした覚えがあるけど、廊下を挟んだ向かい側の部屋には、まだ入っていなかったはず。


扉の前に立ち、軽く息を整える。


「……さて、どんな部屋だ?」



取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開けた――。



はじめて開けた部屋は、今までの部屋とは違っていた。

入った空間は細長い印象を受けるのに、左側の壁が広く抜き取られていた。

――と言ったら変だけど、木製の太い、アーチを描いた梁と壁の隙間に石と……漆喰か……?

とにかく、隙間が埋められていて、木と石で作られた垂れ壁で空間が仕切られていた。

入った扉につながるスペースは細長い印象だけど、垂れ壁の向こう側はかなり広いスペースになっている。

奥側の垂れ壁にタペストリーが1枚掛けてあって、仕切りスペースがタペストリー1枚分広くなっている。

そのすぐ近くに、ベッドが一つ。

意外にも、寝室にあったベッドより埃が少ない。

ひょっとしたら、こっちのベッドを使ってたのかもしれない。


広い空間の方には、4人掛けのダイニングテーブルとして使えそうな大きさのテーブルと椅子が数脚。

小さめの本棚にソファの他にも、いくつか家具があるけど、物が少ない。

部屋複数を使うより、俺一人ならこっち側の部屋だけで良いかな。

ベッドもちょうど一つあるし。

それでも十分すぎるくらい広いけど。

二階はこの部屋を先にきれいに掃除かな。



1階に戻って、今度は店の方に。


そして、目に付いた、汚れた水の入ったバケツと汚れた布。


……そうですね、ヴォルクさんが来て、片づけずにそのままついて行ったから……。

そのままだよね。


「……どうしようか、この水……」


バケツを前に突っ立っていると、エルの声が頭に響く。


『ヴァルリディア王国は下水設備が整っています。汚水をトイレや風呂場の排水口から流して問題ありません。』


「えっ!?トイレ!?それに風呂もあんの??」


確かに、ヴォルクさんとマルダさんの家に、トイレと風呂があった。

でも、マルダさんから聞いた話だと、6年前に建てたばかりだって言ってたから、新しい家だからだと…。


街の雰囲気が映画とか漫画で見るような中世とか近世の建物っぽかったから、てっきり風呂があるのは珍しい方かもって思ってたけど、違ったのか?


『はい、どちらもありますよ。トイレは階段下のデッドスペースに、風呂場はカウンター内の奥にある扉から一度外に出て、左手にある扉から風呂場に行くことが出来ます。』


「……風呂場なのに、一度外に出るの?」


『そうですね。そのような構造になっています。なぜそのような構造になったかは不明です』


「……そっか」



とりあえず、先に水を捨てよう。

今のままじゃ、きれいな水も入れられない。


エルの説明通りなら、トイレの方が近い。

カウンターの位置から、階段下に当たる方を見ると、人が一人入れそうな扉と、小さな扉が並んでいる。

大きい方の扉を開ければ、ヴォルクさん家で見たのと同じ形のトイレがあった。


石造りのね!


いや、今は暖かい気候だからいいけど、寒い季節って凍えるよ!?

ヴォルクさん家のトイレは座面がレンガだったけど、同じだよ……。


「……なあ、エル、この国の人達って、寒い季節のトイレってどうしてるの……まさか、この石のまま?」


『……そうですね。各家庭で対策はしているかもしれませんが、記録としては特別何も出てきませんでした。』


「そっか……」


寒い時期はどうしてるのか、今度マルダさんに聞いてみよう。


さっさと、でも溢さないようにと、便座の大きく開いた穴の中へと汚れた水を流そうとして止まる。


……ほんとに、ここに流していいのか?


その様子に、エルから声がかかる。


『ハル、どうかしましたか?』


「いや、本当にここに流していいのか、気になって」


『それでしたら問題ありません。トイレや風呂場などの水回りの地下には1~2m程の深さの溝を常に水が流れている状態になっています。トイレに汚水を流しても、都市下水道に流れます。逆に、生活下水道の水が減り過ぎてしまうと汚物が流れにくくなるため、定期的に水を流すことが推奨されているようです。

 ですので、ハルの心配は杞憂です。』


「あ、そうなんだ」


ヴォルクさん家でトイレに行った時に、水が流れてるような音がすると思ったら、本当に流れてたんだ。


それを聞いて安心した俺は、バケツの水をトイレの穴へと流した。




「さて、次は風呂場かな」


空になったバケツを持って、風呂場があると言っていた場所に向かう。


カウンター内へ一度入って、奥にある扉を開ける。

実は階段を上がる時から気になっていたけど、確かここは開けた覚えがある。

なんでだっけ……?

あ、そうだ、水を汲みに行った時だ。

あの時は、自分の立ち位置に衝撃を受けすぎてまともな状態じゃなかったから周囲なんて気にしてなかったけど……

見られてない、よな……?


一瞬不安がよぎるが、扉を開けて外へと出る。

外の目の前は庭になっているのか、花壇や背の低い木があったけど、植木で何となく目隠しっぽくはなってるけど、柵とかは何もなかった。

あと、出た場所が影になってるから少し庭に出て上を見れば、二階のバルコニーの真下になっていた。

正確には、バルコニーじゃないけど。

外につながる勝手口の真上は、さっきは見なかったけどバルコニーに出た時にみた扉が付いている小さめのスペース。

壁と屋根があるから、物置場所なのかも。



眺めるのは後にして、風呂場に向かおう。

そういえば、ヴォルクさんにマルダさんが来るまで建物から出るなって言われてたけど……。

大丈夫だよな?ゲンラートさんの敷地っぽいし。


壁沿いに積み上げられた薪の横を通り、次の扉を開ける。

外だけど、バルコニー下になってるから、横殴りの雨でない限り濡れることはなさそうだ。

足元も、建物の中と同じ石畳が敷き詰められているから、泥跳ねも気にならないだろう。




「……ほんとうに、風呂がある」



茶色だけど、バスタブとはっきりと分かる。

太い足付きのバスタブの下には四角い穴があって、石造りの床にはその穴につながるように溝が掘られてる。


そして驚いたのが――


「え、井戸?」


バスタブの横、人が一人入っても少し余裕があるくらいの間があるけど、手押しポンプの井戸が付いていた。

そして、そこから少しだけ離した場所にある窯。



そういえば、ヴォルクさん家の風呂場でも、窯で沸かした湯と水を混ぜて温度調整をしていたな……。




気になった井戸のハンドルを一回動かしてみる。


ギィ……


軋むような音はするけど、空振りしてるように軽い。

水は出ない。



さて、どうしようか。

ここの井戸の水が出てくれるなら助かるんだけど……。

マルダさんが来たら聞いてみよう。


それまでは、店の掃除の続きかな。


持ったままだったバケツを置いて、店の方へと移動した。






カウンター下の収納場所を確認しながら、一つ一つ布で拭いていく。

扉のついていない棚ほどじゃないけど、収納場所にあった物も少し埃がかぶり始めていた。

布は、物置場所にあったものを借りている。

トイレ横にあった少し小さい扉の所が物置になっていた。



……先に水、なんとかしないとだな。


埃は落とせても、こびりついている汚れが落ちない。

水拭きより洗った方が良さそうなのもある。


そう思った矢先——


コンコン、と扉が叩かれた。

マルダさんかな?



「はーい!」


扉を開けると、そこにはマルダさんと、もう一人、バケツを持った男が立っていた。


「遅くなって悪かったね。必要だろうと思って、職人を連れてきたよ」


マルダさんがそう言って一歩横にずれる。

背丈はマルダさんよりやや高いくらいの、がっしりとした体格の男が口を開く。


「ポンプ井戸工房のトルヴァンだ」


低く、よく通る声だった。

それと今、ポンプ井戸工房って……


驚いてマルダさんを見ると、マルダさんはにこやかに笑って、一度頷いた。




「井戸、見せてもらうぞ」


有無を言わせない調子に、思わず背筋が伸びる。

ポンプ井戸工房のトルヴァンさんは、場所を知っているのか迷うことなくカウンター内へと入っていく。


「あ、はい!」



向かった先は、案の定、俺がさっき見つけたばかりの風呂場の井戸だった。


トルヴァンさんは無言でハンドルに手をかけ、ゆっくりと動かす。


ギィ……ギィ……


重い音が軋むように響く。


「……革が乾いてるが、壊れちゃいねぇ 」



そう言うと、トルヴァンさんは持ってきていたバケツを足元に置いた。

中には水と、一枚の黒ずんだ革が沈んでいる。


「交換する。分解するぞ」


手慣れた動きで、ポンプ上部の金具を外し始める。

ギリ、ギリ、と金属が擦れる音が響き、やがて筒状の部品が引き抜かれた。

中から現れたのは、棒の先に取り付けられた円形の部品――その縁に、ひび割れた革がついている。


「これがパッキンだ。これが乾くと、水を押し上げられなくなる」


指で軽く押すと、革は弾力を失ってカサリと音を立てた。


「……ほんとだ、カチカチだ」


「半年放置すりゃ、こうもなる」


トルヴァンさんはそう言って、古い革を手早く外すと、バケツの中に手を突っ込んだ。

取り出したのは、水を吸ってしっとりとした新しい革。


「こいつは事前に水に浸けてある。乾いたまま使うと、すぐ駄目になるからな」


慣れた手つきで新しい革を取り付けていく。

きゅっと締め込まれた革は、ぴたりと隙間なく収まった。

すげぇ、職人技だ。

あっという間に革の取り付けが終わった……。



「他も見るぞ」


そのまま内部を覗き込んだり、指でなぞったりして、トルヴァンさんが確かめていく。


「……問題ねぇな。まだ使える」


短くそう言うと、分解した部品を元通りに組み上げていく。

動きに一切の迷いがない。

やがて、最後の金具が締められた。


「よし」


軽くポンプを動かす――が、当然、水は出ない。

トルヴァンさんはバケツを持ち上げ、そのままポンプの口へと水を流し込んだ。


「呼び水だ。これをやらねぇと、地下の水を引き上げられねぇ」


ジャボ、ジャボ、と音を立てて水が注がれていく。



「……よし、やるぞ」


少し時間を置いてからそう言うと、トルヴァンさんがポンプを握り、ゆっくりと上下させる。


ギィ……ギィ……


さっきまでの乾いた音とは違う、わずかに湿り気を含んだ音に変わっていた。


数度繰り返した、その時――



ゴボッ



鈍い音とともに、吐き出されたのは濁った水だった。


「うわ……」


思わず顔をしかめる。

けど、トルヴァンさんは止めない。


ギッ、ギッ、ギッ——



ゴボッ、ゴボッ……


一定のリズムで動かし続けると、濁りは徐々に薄れてきた。

次第に透き通った水が出始めた。



「……水が……!」


さっきまでただの“動かない井戸”だったものが、目の前で“水を生むもの”に変わる。

その瞬間だった。



「ほれ」


トルヴァンさんがハンドルから手を放し、顎で示してくる。


「あと半指から一指くれぇ、漕ぎ続けろ」


「……え?」


昨日、ヴォルクさんの口からも聞いた気がするが、言われた意味が理解できず、戸惑うと、エルの声が頭の中に響く。


『一指はおよそ10分、半指はその半分です』



……10分!?


思わずポンプを見つめる。

でも、これから俺が使う井戸だ――



「……やります」


覚悟を決め、両手で握る。



ギッ、ギッ、ギッ――



さっきよりは動く。

けれど、それでも重い。

数分で腕に負担がかかり、すぐに肩までじわりと熱くなる。



これ……地味にキツい……!


それでも止めない。

チャプ、チャプ、と水が流れ続ける音だけが、やけに心地いい。


呼吸が荒くなり、腕が重くなる。

額から汗が落ち、床の石に染みを作った。



まだか……っ



時間がやけに長く感じる。


「――もういい」


トルヴァンさんの声が落ちた瞬間、力が抜けた。


「はぁ……っ、はぁ……」


その場に手をつき、肩で息をする。


キッツ……!!



「これでしばらくは問題ねぇ。使ってりゃ、革も馴染んで軽くなる」


「最初は大変だけどね」


マルダさんが、やわらかく笑った。

その言葉に、ようやく実感が湧く。


……水、使えるようになったんだ。



しんどかったけど、どこか達成感もある。

蛇口をひねるだけじゃない。

自分の手で動かして、ようやく手に入るもの。

その重みが、じんわりと胸に残った。






「さて、そろそろお昼になるね。水も出るようになったことだし、掃除は午後からにして、先に昼飯にしようか。トルヴァンも一緒にどうだい?」


切り出したマルダさんが、トルヴァンを誘う。

確かに、お腹も空いてきた。


「お呼ばれはまた今度にしよう。今日はもうミレーネが昼の準備を始めてるだろうからな」


「そりゃそうだ、悪かったね。今度はミレーネも一緒にって言っといておくれ」


二人で話は進み、最後は俺に「じゃあ、しっかり井戸を使えよ。井戸の調子が悪くなったらすぐに言ってこい」と言って、トルヴァンさんは帰って行った。


「さて、いったんウチに帰ろうかね」


「はい」


朝はヴォルクさんと一緒に来た道を、今度はマルダさんと一緒に歩いて行く。

フードも忘れずに。


どれくらい経ったら、フードを被らなくてもよくなるだろう?




それと、気になった「ミレーネ」さんの事を聞いたら、トルヴァンさんの奥さんだと教えてくれた。

トルヴァンさんもミレーネさんも、ヴォルクさんやマルダさんより若いらしいが、割と仲が良くて時々一緒に食事をするらしい。



それはそうと、腹ごしらえをして、午後の掃除、がんばりますか!














???side


――遡ること、二日前。




「……反応?」


わずかに揺れた針と高エネルギーを感知した時に発現する色が、異常を示す。


「上に報告しろ。至急だ」





「……調査を命じる」


それは、静かに動き始めていた。




次回:第10話「囲むもの」  4月23日(木)20:30公開です|•'-'•)੭ ੈ

   けっこう長くなってしまいました…。

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