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ノブヒデ 令和・笑いの乱  作者: ハッシャン
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第46話:平和の涙

 元旦の誠心館には、いつもの年とは違う時間が流れていた。師範の寺内源三郎は、道場で真田信繁改め、佐々木重夫、シゲさんと初稽古を、娘の寺内美佳は、豊臣秀頼改め、冨岡頼孝と近くの大きな公園で凧揚げをしていた。

 柔らかい陽の光が高窓から差し込む道場では、剣道着のような稽古着を身に纏ったシゲさんと源三郎が、2間の長さもある木製の十文字槍と普通の槍を突き合わせる。宝蔵院流槍術の動作の基本である「冠」、「巻き落とし」、「囲い」という型稽古を何度も繰り返し 行っている。


 「エイ!!」


 十文字槍を扱うシゲさんは、槍の先端の十文字で相手の槍を払い、十文字の槍先を源三郎の胸で寸止めする。


 「オゥ!!」


 普通の槍を持つ源三郎は、寸止めされた槍にたじろぐことなく、次の動作に備えていく。


 二人の気合いを入れる掛け声が、誰もいない道場に響き渡る。

 何回かの型稽古の後、シゲさんと源三郎は、槍を片手で持ち、体の右側に持ち、槍先を床に下ろす。そしてお互いに稽古終了のお辞儀をする。暖房も効いていない道場の二人の体からは、夥しい湯気が立っている。


 「あこがれのシゲさんと、こうして新年早々から稽古できるなんて、今年はきっといいことが起きるような気がします」


 源三郎がそう言うと、シゲさんは練習用の十文字槍を壁にある槍掛けに戻してから、口を開く。


 「こちらこそ、ゲンさんに会ってから、何か救われた気がします。今までは、戦につぐ戦だったもので。ようやく荒んだ心も、この平和な時代に馴染み、おだやかになってきました」

 「それはよかったです。では、一風呂浴びて、おせちで一杯やりますか?」


 シゲさんの顔に、満面の笑みが広がる。


 「そうしましょう!いや〜、あのビールという飲み物も、楽しみです」

 「キンキンに冷やしてますよ(笑)」




 一方、近くの大きな公園では、何組かの家族に混じって、赤色のダウンジャケット姿のヨリくんと、カジュアルなハーフコート姿の美佳が、凧揚げをしていた。ヨリくんが凧糸をゆっくり弾きながら飛ばしているその凧は、51cm×37cmの長方形の和凧。シンプルな白い和紙には、「天下泰平」という墨文字が達筆に書かれている。


 「なんかヨリくんて、習字だけじゃなくて、凧も上手いね」

 「昔から、なんでもすぐにできた子だったんですよ。ただし武芸は、全くダメでしたけどね」

 「それでいいのよ、あの凧にヨリくんが書いたように、世の中、平和が一番なんだから」

 「そうですよね」


 そう言いながらヨリくんは、周りで同じように凧を飛ばして遊んでいる家族に目をやる。 

 なかなか飛ばなかった凧が、急に上手に飛ぶようになった凧糸を持つ小学生の息子を、褒めながら笑顔で軽く体をゆすっている母親の姿に、ヨリくんは、若き日の自分の母親、淀の方を投影する。

 ヨリくんの目には、うっすらと涙が浮かぶ。


 「どうした?」


 美佳は、ヨリくんが、なぜ泣きそうになっているのかわからなかった。


 「もう絶体、あの時代には戻りたくないんです。ここに来れて、本当によかった。ほんとうに…」


 美香は、そっと凧糸を持つヨリくんの手に、自分の手をかぶせる。


 「私たちの今は、先人たちの苦しみや葛藤、そして勇気ある行動によって成り立っているの。ヨリくんやシゲさんも、その先人たちの一人。この時代の土台を作ってくれて、ありがとうね」

 「いや、僕らは何も‥」

 「でもね、シゲさんもヨリくんも、この時代に来れたってことは、だぶん神様が、この時代で新しい使命を与えたからだと思うの。私はそう思ってる。書道の先生や、父の道場の手伝いをするためじゃない。他にきっとやるべきことがあるはず。ヨリくんもそう思わない?」


 少し、下を向いて考え込むヨリくん。そうしているうちに凧糸を引っ張る手が止まる。すると凧が失速し、くるくる回りながら落ちていく。


 「やばい!」

 「もっと糸を引っ張って!」


 美香の助言も虚しく、天下泰平と書かれた凧は、地面に落下する。ヨリくんと美香は、慌てて凧を回収しに走り出す。ヨリくんは凧を拾い上げ、凧が壊れていないかをチェックする。


 「油断大敵ってやつだな。今、一瞬思ったんだけど、まさか徳川の追っ手までタイムスリップしてないだろうな。やばい、やばい。気を抜いちゃだめかもな」

 「何言ってんの。そんなに、なんでもかんでもタイムスリップしてきたら、まるでここが戦国時代みたいになるじゃない。そんなこと、ありえないって!」

 「そうだね。でもどんな時代かわからないけど、ぼくらと同じようにタイムスリップして、人知れず生活している人はゼロとはいえないかもね。まぁ、そんな神経質になることもないか…」


 凧糸を巻きながら、撤収の用意を始めるヨリくん。その横で美香が、携帯カイロを揉み出す。


 「寒くなってきた。もう帰って、おせちで熱燗ってのはどう?」

 「いいね。そして、あのハイボールっていう飲み物っもいいよね。けっこう好きなんだよな、令和の飲み物」

 「よし、今日は飲むぞ!!」

 

 急に家に向かって走り出す美香。ヨリくんは、そのあとを凧を持ち、あたふたしながら追いかける。


 「ちょっと待って! 凧持ってるから、上手く走れないし!!」

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