第42話:一目惚れ
源三郎は、しばらく黙り込んでいた。
令和について説明するにも、それなりの工夫が必要だと感じていたからである。
もし、いきなり「あなたたちは、400年後の令和の時代に、何らかの理由で飛ばされたんです」なんて言おうものなら、彼らはパニックに陥り、あの腰にさしている真剣を抜き、私に襲いかかるのではないかと。
そして私を倒した後、自暴自棄になった信繁や秀頼が外に飛び出し、この街の人々にも危害を加えるのではないかと。そのためには、私が彼らの味方であることを証明し、彼らを安心させなければならない。
実際、源三郎は、真田信繁の大ファンであり、そこから『宝蔵院流槍術』を知り、この道場を開くまでになっていた。
源三郎は、自分が素直に信繁のことを崇拝している話から説明しようと、道場正面の壁にある、神棚と「一意専心」と書かれた掛け軸の横に置かれた、六文銭を前立てとする赤備えの甲冑にのところへ向かった。
「私は、『日本一の兵』と謳われた名将 真田信繁に憧れて、槍の道に入ったんです」
3mほど離れた甲冑の側から、話す源三郎の話を聞こうと、信繁と秀頼は床に座り直す。
「その信繁さまと、実際にここでお会いできるとは、まさに奇跡です。しかも、秀頼さまのお友をされて。これは、私が神様に、自分自信が悩んだ時に『信繁さまならどう声をかけていただけるか教えてください』と、常にお祈りしていたことを、神様が叶えてくださったに違いありません。実は今、私、この道場を続けていけるかという自信もなくなり、生徒も減って悩んでいたところなんです」
信繁と秀頼は、別に源三郎が哀れだと思うこともなく、冷静に源三郎の話を聞いている。
源三郎は、再び床に平伏し、信繁や秀頼に謝罪する。
「申し訳ございません。きっと私が、信繁さまをあの400年前の元和の時代から呼び寄せてしまったのです。秀頼さまをお助けするという重要なお役目中に申し訳ございません!」
平伏した土下座姿勢で動かない源三郎。その姿を見かねた信繁は、ゆっくりと立ち上がり、源三郎の前に来る。
そこで信繁は、ひざまづき、やさしく源三郎に声をかける。
「源三郎殿、表をあげよ。わしは、其方を切ったりはせぬ。逆に、いろいろ教えて欲しいのじゃ」
その言葉を聞き、源三郎はゆっくりと顔を上げる。目の前には、やさしい目で自分を見ている信繁がいた。
源三郎は、信繁や秀頼のことをを大切に思う自分の気持ちが通じたのだと確信した。
「では其方に聞く。この時代では 、徳川はどうなった?」
「徳川幕府は、今から150年ほど前に滅びました。その後いろいろありまして、天皇が主権を持つ国になったのですが、今から80年前、外国との戦争に日本は敗れ、今では身分の差もなく国民から選ばれた人たちが政を行う、平和な国になっています」
「そうであったか…」
信繁はそう言って、秀頼の方へ振り返る。
「上様、お聞きになりましたか、今の話を」
「おう。よう聞こえておったわ」
秀頼も信繁の横に来て、源三郎の目の前に座り、自ら源三郎に質問を始める。
「そうであったか。ようやくこの国も、戦のない時代になったのじゃな。もう我々の出番は、お終いじゃな、信繁」
秀頼にそう言われ、信繁も秀頼の前にひれ伏す。
「ははー!」
「信繁、もうそんな態度をとるではない。源三郎が言ったように、この世はみな平等の時代らしいからの」
「御意!」
「それも、もうよい」
信繁は、秀頼の横で普通に座り直し、独り言のようにつぶやく。
「ただ、わしらの出番がないとなると、上様も私もこれからどうすればいいのでしょう?」
「そりゃそうだわ。困ったのう〜」
信繁も秀頼も腕を組み、途方にくれている。源三郎は、そんな二人を見て、ある提案をする。
「例えば、こんな感じではどうでしょう。お二人は、この道場に隣接する我が家にお住まいになられて、しばらくこの時代について学ばれてはいかがでしょう。私と一人娘が、お二人の力になりますが…」
信繁は、源三郎に深く頭を下げる。
「その申し出、痛み要る。じゃが、そんなことをすれば、そなたは困るのではないか? 道場も閉じるとかいってなかったか?」
「いや、金銭的な心配は大丈です。近くに賃貸マンション、いや貸し家もやっておりますし、娘は書道教室もやっておりますので、それなりの稼ぎはあります」
「わかった、ではこうしよう。わしは、この道場で、そちとともに槍を教える」
「そんな、もったいないことを」
「そうではない、何か働いてそなたを助けたいのじゃ。今となっては、わしにできるのは槍仕事だけじゃ」
信繁の発言を聞いて、秀頼もどうしようかともじもじしているが、何かを思いついた様子で源三郎に話しかける。
「わしは、そちの娘が教えている書の道で助けたい! じゃが、いよいよカネのことで困ったなら、わしの金もそちに渡す」
そう言って秀頼は、自分の振り分け荷物に手を入れて、数枚の小判を源三郎の前に置く。
「そんなつもりでは。この小判は受け取れません。わかりました、働いていただくことは私どもとしてもありがたいことです。ただ、道場で信繁さまに槍を教えていただくのはいいのですが、娘はなんと言うか?」
ちょうどその時、隣接する家の方から女性の声が近付いてくる。
「父さんいるの? 今日は道場、休みなんじゃないの?」
「休みやけど、道場にいるよ!」
大きな声で、叫ぶ源三郎。
「あれが、うちの娘でして…」
秀頼は、声が近付いてくる、隣接する家につながる道場の裏口に注目する。
裏口のドアが開き、源三郎の娘、ワンピースにカーディガン姿でポニーテールの美香(28歳)が道場に入ってくる。
「実は、書道教室のことでちょっと相談が‥」
美香は、すべてを話し終える前に、父の横で、侍のような薄汚い中年の男と若い男性が自分を見ていることに気づき
「えっ?」という驚きの表情になり、動きが止まる。
「誰?その人たち」
その言葉に反応して、すぐさま秀頼が美香に尋ねる。
「そなたが、美香殿か」
「は、はい」
美香は、その若い男性の美しい容姿に惹かれ、一目で好意を抱く。




