第41話:槍が取り持つ縁
道場は、一瞬、眩い光に包まれた。それは突然差し込んできた陽の光でなく、帯状の光芒のようだった。
午後2時ごろの人通りもない、大阪城から北に4kmほど離れた下町の道場は、かつて小さな町工場だった建物を改造したような外観である。
道場の入り口には、『宝蔵院流槍術 誠心館』と達筆に書かれた木製の看板がかかっている。道場の横にある5階建ての賃貸マンションの1階には、『刀剣ショップ誠心』という看板の、刀や槍、鎧などの武具を扱っている店がある。
そのショーウィンドゥには、刃のついた十文字の槍が飾られている。
ちょうどその頃、大阪城で行われているテレビ番組のロケも佳境に入っていた。
『城ワングランプリ 乱世一番の城はどれ!』の番組スタッフと出演者は、大阪城天守の北側に位置する山里丸の『秀頼・淀君自刃の地』の石碑周辺に集まっていた。ディレクターの松岡は、石碑の前で、沖田アナと大阪城学芸員の斎藤先生と打ち合わせをしている。
「先生、この石碑は、そんなに古いように見えませんが‥」
「この石碑自体は、大阪市が平成9年に建てたものなんです。多くの記録に残っているところでは、家康に追い詰められた秀頼と淀君は、この山里丸にあった櫓で、三十二義士、つまり大野治長などをはじめとする豊臣配下の武将とともに自決したと言われています」
「そうなんですね」
その話を聞いて、沖田アナは腕を組みながら、しみじみと自分の思いを口にする。
「あんなにも天下に名を轟かせた豊臣の最後は、あっけないものだったんですね」
「沖田くん、このまま台本通りに、そんな感想でしめくくると寂しくなりすぎるから、ここは予定外だけどノブヒデの二人に面白く落としてもらおうと思うんだ。どう、このアイディアいけるかな、アドリブに近いけど」
「いいんじゃないですか。僕が、台本通りに、しんみりと終わらせるコメントを言った直後に、ノブさんが割り込んでくる
感じで」
「よし決まりだ! あの二人、呼んできて、さくらちゃん」
「はい!」
松岡ディレクターの指示を受け、ADの田中は、石碑近くの刻印石と呼ばれている石に座って待機しているノブヒデを呼びに行く。
「ノブさん!ヒデさん! ちょっときてもらえますかー!」
ノブさんとヒデさんは、番組の台本を見ながら雑談していたが、その声を聞いて田中の方へ振り返る。
「はい!今、行きます!」
ノブさんとヒデさんは、刻印石から立ちあがろうとした時、二人とも同時に、苦しそうに目を閉じ、両手で頭を押さえながらうずくまる。
「なんや!雷か!! ヒデちゃん大丈夫か?」
「頭の中がちかちかしてます!あーーーー!」
二人が、のたうち回っている姿を見て、周りにいたスタッフが心配して駆け寄ってくる。
実は、この時、二人の脳裏には、稲光のような衝撃と高周波の刺すような音が鳴り響いていた。
ADの田中もうずくまっている二人に近づき、声をかける。
「どうしました?大丈夫ですか?」
田中の声を聞き、何事もなかったように、発作的な動きを止める二人。ゆっくりと立ち上がり、AD田中に要件を聞く。
「何か出番ですか?」
「何かじゃないですよ。二人とも、本当に大丈夫ですか?」
「もう大丈夫です。初めての仕事で、変なプレッシャーで、偏頭痛しただけす。なぁ、ヒデちゃん」
「ええ、ノブさん」
「でも二人同時に苦しむって…」
「まぁ、一心同体っていうことですわ。じゃ、行きましょうか」
「実は、予定外ですけど、ノブさんとヒデさんのギャグでしめくくりたいことがありまして。ちょっと松岡Dの相談にのってもらえますか?」
「お安いご用です。なぁ、ヒデちゃん」
「ですね、ノブさん」
二人は、AD田中に付いて、松岡Dや沖田アナなどが待つ石碑の方へ歩いていく。
ノブさんは、AD田中に聞こえないようにヒデさんに小声で話しかける。
「なんか、嫌な予感がするわ、今のピカッーとか」
「ええ、前にもこんなことがあったような?」
「ヒデちゃんが、初めて現れた時も、こんな感じやった。まさか、この時代にまた誰か?」
「さぁ、どうでしょう?」
誠心館に隣接する木造の一軒家のダイニングでは、年配のジャージ姿の男性が遅めの昼食を終えて、コーヒーを飲みながら新聞に目を通している。誠心館の館長で師範の寺内源三郎(65歳)である。
源三郎の足元では、柴犬の太郎が気持ち良さそうに寝ているが、何をおもったのか急に立ち上がり、部屋の外に走り去っていく。しばらくして、太郎が激しく吠える鳴き声が聞こえてくる。
あまりにも鳴き声が止まないので、源三郎は太郎の元に向かった。
小さな池と灯籠のあるこじんまりとした庭に面した縁側で、庭の向こうに見える道場の窓に向かって吠えている太郎。源三郎は、太郎に強く言い放った。
「こら、太郎! 静かにしなさい」
源三郎は、太郎のそばにしゃがみこみ、やさしく、頭を撫でる。
「太郎、どうした。誰かいるんか?」
そう言って源三郎が道場の窓に目をやると、強い光が窓から漏れいる。
源三郎は不審に思い、縁側から庭に降りて、道場の裏口のドアを開けて中に入る。
ひっそりとした、60畳ほどの道場のほぼ真ん中あたりで、不気味な光の球体が鈍い光を放っている。
源三郎は、用心深く光の球体に近づくが、付いてきた太郎は、急にその場から逃げ去る。源三郎は、壁にかけてある練習用の十文字の部分が木製の槍を取り、球体に忍足で接近。
その時、光が収束し、汚れた着物を着た、侍のような男性二人が倒れている状態で現れた。
「こいつらは、一体‥」
源三郎には、時代劇でも撮影していたような二人に見えたが、現実は彼の想像を遥かに超えていた。
二人は、大阪夏の陣で抜け穴から落ち延びようとしていた、豊臣秀頼と真田信繁である。かれらも時空を超えて、この令和の世にタイムスリップしたのだった。源三郎は、練習用の槍で、まず秀頼の体を突こうとしたが、突然、もう一人の侍、信繁の目が開き、源三郎の槍を大声を出し払いのける。
「無礼な!!何をする!」
源三郎が槍を拾う隙に、信繁も壁にかけてあった練習用の槍を手に取る。
槍を構え、鋭い眼光でお互いを威圧するように凝視する信繁と源三郎。長い時間、沈黙が続いた後に、源三郎が信繁に仕掛けるが、源三郎の槍の攻撃はすべて交わされ、再び睨み合いに戻る。
信繁の一点の曇りもない槍捌きに、源三郎は観念し、床に槍を置き、ひれ伏す。
「参りました。あなたさまは、相当な槍の使い手。コソ泥と勘違いした私をお許しください。この道場に何かご用でしょうか? そしてあの光は?」
源三郎が、頭を床につけたままそう言うと、信繁は源三郎の横にひざまづき、やさしく声をかける。
「顔をあげよ。そちも中々の腕前じゃ。ここは道場と言ったな?」
「はい」
「それより聞きたいのは、ここはまだ大阪か? 徳川勢はどこにおる? もしかして、そちも徳川方か?」
ちょうどその時、倒れていた秀頼も目を覚まして、床に座り、信繁に話しかける。
「信繁、どうしたのじゃ?」
「上様、ご無事でしたか」
源三郎は、「えっ?」という表情で、自分の頭の中で今起きていることをなるべく整理しようとしていた。
そして、ありったけの勇気を振り絞って、侍風の男の名前を聞いてみた。
「私は、寺内源三郎と言います。この槍の道場の師範をやっております。徳川方とかではありません。ちなみにあなたのお名前は?」
「わしは、真田信繁。こちらにおられる方は、豊臣秀頼さまであらせられる」
源三郎は、秀頼を見た後に、しっかりと信繁の目を見つめる。彼は心の中でこう思った。
「この男の目は、嘘をついている男の目ではない。これは、どういうことなんだ? やはりあの伝説は本当だったのか?」
「どうされた。わしの顔に何かついておるか?」
「いや。あの、ご無事で何よりでした。生きておられたのですね。ただもうこの世は令和になってしまいましたが」
令和と聞いて反論する秀頼。
「令和とは、なんじゃ? 元和ではないのか?」
信繁と秀頼は、不思議そうな顔で、源三郎を見つめている。




