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たださみしかっただけ  作者: 朝月
八章 めちゃくちゃ
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No.7 不殺の指示

 ファーを灰にした事で掴んでいたものが無くなり、ヨイチは床にベチャッと落ちる。

 心臓も動いて息もしてる、生きてる、プライドを除いてヨイチは無傷だった。

――これなら抗争にはならないよね。頭に血が昇ってなにも考えてないような顔してたのにガス兄覚えてたんだ。


「もうちょっと他に言い方なかったのかしら……」


 安堵を漏らすレイの隣でフォミは呆れたように言葉を漏らす。


「ガス兄だからね! でもオレはヨイチを灰にしちゃうんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしてたからカッコつかない言い方でもなんでもいいや。もしそんな事したら本当に抗争……どころじゃすまなかったかも、怖い怖い」






 あっちでなにか失礼な事を言われている気がする。

 そう思いながらも目の前で床に這い蹲りこちらを睨んでいるヨイチから目を離さない。

 こんな事では怒りは収まらない。

 いい様だな、なんて言ったらダメだろうか。


「兄貴、こっちはもう大丈夫だ、というか俺が行った時には……なんだこの有様は」


 ガストの背後にワープホールが現れ、センが姿を現す。

 遅いから心配をしていたところだったので安堵の息を漏らす。


「セン兄ぃーガス兄にちゃんと言っておいてねー」


「おいバカ兄貴」


 壁に寝転んでいる末弟と目の前で怖い顔をしているその一つ上の弟、二人がかりで長男をそんな扱いするなんて酷いものだ。


「センがそんなに冷静に戻って来たってことはあいつらは無事――」


「あいつらは無事だ、後で説明する。それよりケイルを使ったな、他地区の魔王の血筋に手を出したらどうなるか、それ以前になんのためにそれを隠してるか忘れたか」


「忘れる訳ないだろ、昨日も夢で見たのに。でも使わないといけない時もある」


 キレて思わず使いました、とは口が裂けても言えないので、物憂げな感じでそう言ってみる。

 嘘は言っていないからいいだろう。


「兄貴ならそれを使わなくても勝てるだろ」


「その過大評価喜んでいいのかわかんねぇな……」


 そう言いながらさりげなく額の目を閉じ、他のものと一緒に幻術で隠す。

 ツノは二つだけ、嫌いなケイルは隠し、額にもなにもない、これでいい。


「こッの! ふざけやがって!」


 重力から解放されたレイたちが壁から床に落ちたと同時に、目の前のヨイチもすごい剣幕で立ち上がり大剣を振り翳す。


「うるせぇ」


 近づいてきた顔面、ひいては額にちょんと触れる。

 しれっと手袋を脱ぎ、赤くなった右目には『止』という文字が現れている。

 すると殺気に満ちた顔のままヨイチがその場で停止する、息をしていないように見えるが時間を止めているだけなので何ら問題はない。


「またやったな」


「右目はいいだろ」


 センはもう本当に勘弁してくれ、と言わんばかりの顔で髪をかきあげているが、気にしすぎじゃないかと思う。






「終わった?」


 ミルがキョトンとした顔でそう言うのでフォミが、まだ終わってないわね、と返す。


「ガストくんがケイルを消したからあの人の部下がまた動き出したわ」


 フォミが聞き耳を立てると困惑した声がちらほら聞こえる。

 ヨイチが負けてしまった事が受け入れられないようだった。


「お前達、そいつらの捕縛を頼む。くれぐれも殺さないでくれよ」


 少し離れた場所からセンが心労の絶えないような顔でそう言うと、ミルが返事をして近くにいる人から捕まえて行く。


「殺さないで、か……あんま聞かない言葉だよな」


 ガルクが退屈そうに欠伸をしながら近寄ってくる。

 桃源郷を敵襲してきた時、ミルはガルクがみんなを殺す事を恐れていたように見えた、つまりはそういう生活をしていたのだろう。


「……そうね、あなたにはまだ言ってなかったわね」


「なにを」


「帰ったら話すわ、今は殺さず捕縛する事だけ考えてくれたらいいからね」


 不思議そうな顔をするガルクに背を向け、飛んできた悪魔型の腕を掴むとケイル『暦』を浮かび上がらせる。

 そのまま地面に落とすとその悪魔型は悲鳴を上げる。

 その様子を見ていると不本意ながら綻んでしまう顔を手で隠す。






 飛ぶ相手と戦う事はほぼない、というか全くない。

 レイと戦った時が初めてだったがたまに手合わせに付き合ってもらうので、すでにコツを掴んでいた。

 キルが飛び回る悪魔型を難なく叩き落としていると、レイが応戦に入ってくれる。


「キルは強いよね、多分ケイルも固有武器もなしで戦ったら桃源郷で一番強いんじゃない? オレはちょっとも勝てる気しないんだけど」


 右目に『薬』の文字を浮かび上がらせ、手には槍、周りには使役個体を従えているレイがそう言ってくれる。


「固有武器を出したら駄目だって言われてるから代わりに鍛えてるんだ、少しでも足手纏いにならないようにな! それにしても一番は大袈裟だろう」


「いやーどうかな……当たった場所によっては一発でノされる自信あるんだけど」


 敵を避けて殴る、もしくは蹴り飛ばし壁に叩きつけるを繰り返していれば過大評価されても仕方ないのだろうか。


「俺の話よりレイ、お前の能力はケイルと相性抜群だな! 今だって少量の薬を持たせて飛ばしてどんどん眠らせていってる」


「忌力使いすぎるからあんまりずっとはできないけどねー」


 なら近場の敵を倒すのは自分の役割だろう、と意気込み拳にも力が入る。

 吹っ飛ぶ敵とそれがぶつかり壊れる壁が視界に映る。

 先程とは違い不必要な破壊にキルはやってしまったというような顔で振り返るが、レイは人差し指と親指で輪っかを作りオッケーサインを出す。






 鉤爪を出しているからだろうか、敵が飛んだままエンに近づいてこず停戦状態になっていた。

 そろそろこちらが飛ばないことに違和感を覚えられる頃だろう。

 幻術でできた翼は何故か動かすことはできるがもちろん飛べる訳ではない。


「飛ばれたままだと面倒臭いな」


 舌打ち混じりにそう呟くとそれにリルが反応し、近くで戦っていたミルを手招く。


「ミル君が飛んであの人たち叩き落としてきてよ」


「どうしても……?」


「どうしても」


「……わかった」


 一回は渋ったものの二回目で了承し、リルにバンダナを渡して翼を羽ばたかせて飛んでいく。

 ミルは敵を叩き落としながら少し困った顔でチラチラこちらを振り返っている。


「あの姿嫌なんだろ、いいのか行かせて」


「いいんだよ。見える? 生え際から少しずつ髪が白くなっていってるでしょ? 毛先まで白くなりきる前にミル君の意思で元の姿に戻れば暴走はしないから」


「詳しいな」


 二人で叩き落とされてくる人たちを捕縛しながら話を続ける。

 丁寧に全員気絶させられた状態で落ちてくるのでほとんど回収作業のようなものだった。


「それなりに長い付き合いだからね。それにこのバンダナ作ったの僕だよ? 特性知ってないと作れないからね」





 案外簡単に覚醒するんだな、と飛んでいるミルを見ながらガルクは訝しげな顔をする。

ーーもっと嫌がるもんだと思ってたが……暴走しても俺が止められるから、とかじゃないよな。あいつが出てきたら多分俺じゃ勝てねぇし。

 掴んでいた悪魔型が気絶したことを確認するとその辺にポイっと投げる。


「ん? あいつって誰だ?」


 そう考えたところで思考が止まる。

 誰かの事を考えた、しかしそれが誰かは頭に靄がかかったようにわからない。

 人を小馬鹿にしたような態度で腹の立つ誰かーー頭の中でなにかが弾けた、その瞬間今なにを考えていたのかわからなくなった。


「俺が止められるからって理由で躊躇なく覚醒したとかだったら嬉しいんだけどなぁ、どう見ても違うし」


 髪が少しずつ白くなっていくミルの方を見るとその目は一度たりともこちらを見ていない。

 ミルの視線の先はリルだった。

 それにガルクが気づくと、誰が見てもわかるほどムッとしてその辺の悪魔型を捕まえる。


「ガルクくん虐めたら駄目よ」


「わかってる……お前は虐めるどころか精神殺してるじゃねぇか」


「ふふ、勝手に壊れちゃったの、仕方ないでしょう?」


 何故か恍惚しているように見えるフォミの前では涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになった悪魔型が倒れていた。

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