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たださみしかっただけ  作者: 朝月
八章 めちゃくちゃ
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No.6 重力と灰

 心配性の兄に向かって、自分はそんなに弱くないと啖呵を切ったからにはヨイチのケイルを自分でどうにかしなければならない。

 触られてもいない、目が合ったわけでもない、おそらく距離が関係しているケイルだろう。

 普通なら少し面倒、だが飛ぶことのできる悪魔型は逃げる分には距離はあまり関係ない。

 大剣を軽くいなしてから翼をはためかせて距離を取れば自分でもわかるくらい突然スピードが上がった。

 その反動でちょっと壁にぶつかりそうになった事が誤算だっただけ。

 恥ずかしいのでそれは無かったことにして、床に降り立つとガストとレイでヨイチを挟んで立っていることになる。


「第一魔王……ヨイチっていったよね。オレはあんたが殺されないように、というか地区同士で争いになりたくないから一生懸命ガス兄なだめようとしてんの、だからそんな態度取らないで謝ろう? ね?」


「俺様は悪くねぇし謝らねぇ、そんな子供みたいな扱いすんじゃなぇよ。テメェの方が年下だろうがどう見ても」


「そんなこと言ったらガス兄が一番年上じゃん、多分」


 敢えてどちらも自分の正確な年齢を口にしないのは情報を漏らしたくないからだろう。

 乱雑な口調の癖にそういうところはちゃんとしているらしい。


「年長者ならもっと堂々としとけよ第三魔王」


「それは同感」


「人を年寄り扱いした上に馬鹿にするな、俺はまだ――」


「ガス兄……」


 キリッとした顔で、しなくていいところで堂々とするガストを冷ややかな目で見る。

 レイは仕切り直すように咳払いをすると再びヨイチの方を見る。


「それで、第一地区はなんで天界との繋がりをそんなに欲しがってるの? あそこの子たちは天使って呼ばれるには程遠い性格してるよ。確かに可愛い子たちだけどお母様やリンちゃんみたいにいい人って本当に一握りしかいないんだよ?! いいの?!」


「いいもなにもナンパしに行くんじゃねぇんだよ……そういうテメェのその姿はなんだ。それこそ天使型の使役そのままじゃねぇか」


 ひっそりヨイチの近くに飛ばしていた使役個体を大剣で刺されると煙のように消える。

 全く酷いことをするものだ、せっかく睡眠薬持たせていたのに。


「筒抜けって言ってたのにオレの事全然知らないよね。オレはハーフだよ? 天使型の性質も使えるに決まってるじゃん」


 自慢げに言ってみたはいいもののレイは悪魔型の血の方が濃く、使役を使うと酷く疲れるので何年も使っていなかった。

 あと髪がいちいち伸びるので切るのが面倒くさい。

 本当は常にこの状態でいた方が戦力的にもいいのだろうが、悪目立ちしたくなくて必死に片翼で飛ぶ練習をしていたのも今になってみればいい思い出だ。


「オレの事はいいの、そんな事より早くガス兄に謝って! 誠心誠意、心を込めて命乞いみたいに!」


「だから謝らねぇって」


「レイ、もういい下がってろ」


「だからオレは一人でも――」


 レイがヨイチと言葉を交わせば交わすほど機嫌の悪くなっていくガストがついに間に入ってきた。


「こいつはお前にも危害を加えようとした……もう下がってろ」


 レイが言い返そうとした時、ガストの額の瞳がまばたたきをして再び『重』の文字が浮かび上がった。

 その瞬間、重力の向きが下から横に変わったのでレイは壁に落ちていき着地する。

 重さも先程より幾分か重い、立っているのがやっとで飛ぶ事ができない。

 見上げると、ヨイチの重力の向きは変わっていないようで床に片膝をついて大剣で体を支えている。

 そこにゆっくりと、しかし軽い足取りでガストが近づいていく。


「ちょっと待って! ガス兄ッ!」


 もう一度力一杯両翼を広げて飛ぼうとするがやはり重くて飛べない。

 もう抗争は懲り懲りだ。

 捕虜にされてボロボロになって帰ってきたセンの姿をこの長男は忘れてしまったのだろうか。

 当時まだ齢三才だったレイの目にも焼きついている。

 あんな姿はもう見たくない――


「レイくん」


 沸騰しかけていた脳に突然綺麗な声が流れ込み、ハッとする。


「そんなことできたのね」


「そう! 実は使役使えるんだよね! 疲れちゃうからほとんど使わないけど!」


 ポンっと小さい使役個体を出すとすぐに重力に負けて壁に激突して消える。

 自分たちの身体はこんな圧力に晒されてるのか、と思うと兄を恨めしく思う。


「そうじゃなくて話の方よ。私からガストさんに余計な事言わなくてすみそうね」


 どういう事かと首を傾げている内に、フォミは可愛い顔でクスッと笑うと重力に身を任せて壁に寝転がる。






「さっきと同じやつだな。変な場所に目があるし文字も変わる、ガストのケイルはそういう能力なのか?」


 立ちあがろうとしては壁に倒れるを少し楽しそうに繰り返しているキルの横で、リルとエンは胡座をかいて座っている。

 しかしガストのケイルに対してキルは気にも止めていないしエンは驚きが薄い。

 ケイルが三つあるという時点でもう少し驚いてもいいだろう。

 さらに文字が一つではないのだから尚更のこと。

 リルも初めて知った時はガストに気づかれないように少し驚いた。


「ガスト君のケイルというかガスト君が誰かからコピーしたケイルかな。あのケイルの本当の文字は知らないけど相手のケイルをコピーしていつでも使えるようにするんだよ」


 チラリと上を見ればガストがヨイチに近づいていっているのが見える。

 あの怒り具合は相当だった、あのまま殺してしまうのだろうか。






 片膝をついた状態で動けなくなり情けない限りだが、少しでも重心を動かせば床に這いつくばる事になってもおかしくない。

 第一魔王が第三魔王の目の前で無様な様を晒すなんて、それだけは避けたい。


「クソッ動けねぇ」


 ゆっくりと近づいてくるガストの額を見ると変わらず『重』の文字が見える。

ーー重力を操るケイル、しかも距離関係でこの部屋全体を範囲にしてる……そんな感じのただのケイルだったらよかったんだがさっき別の文字に変わった、やっぱりあの女のケイルだよな。

 移植という言葉が頭に浮かんだがケイルは一度眼球を取り出せばなにをしようとも二度と浮かび上がらない。

 なら考えられる事は一つ、そう考えた瞬間ガストに胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。


「次あいつの事なにか言ってみろ」


 ガストを見下ろす形になると目下にある頭が僅かに揺らいだ。

 揺らぎは大きくなっていき濃紫色に形を作っていく。


「なっ?! お前どれだけ忌力をーー」


 しっかりと輪郭を作ったそれは下向きに渦を巻いたツノになった。

 ツノ、それは悪魔型にとって忌力を多く持つ事の証、力の象徴だった――それが四本、ガストの頭から生えている。


「このふわふわしたやつだけじゃ済まさねぇぞ」


 ヨイチの言葉の一切を無視して、ガストの左目に『灰』の文字が浮かび上がるとファーが灰になり床に落ちた。






 まあ殺さないよな普通、とリルが密かに息を吐くとガストがツノを見せた事でエンとの話を進める。


「でもコピーしたケイルを使う時は本来の二倍の忌力を消費するからガスト君の忌力はーーミル君より多い」


 現時点の桃源郷で一番忌力の多いミルを引き合いに出すがエンは頷くだけで特に反応はしない。

 まるで圧倒的な力の差を突きつけられ慣れているかのようだったが、エンの家柄的にそんな環境であってもおかしくはない。

ーーいやそれでも三つ目のケイルには驚けよ。

 そう言ったとしてもこの少し抜けてる男は訝しげな顔をするだけなのは目に見えている。

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