信じられないからと責めるのはお門違い
お話合いの続きです
通信の魔道具があるという話を聞いたその後のの打ち合わせは、リナニエラの想像以上に順調に進んだ。演習での自分達の行動の仕方や、森周辺での騎士団の配置場所など生徒に話すにしても、かなり詳しい内容を説明されたと思う。生徒からも質問が出て、それに上官が答えるというやりとりだったが、剣呑とした空気は無かった。
教師がいた時のあの張りつめた空気は何だったのだろうというのが印象だ。それに、生徒の方も、冒険者の経験がある生徒が多いせいか、上官の説明に対しても食いつきが良い。
さっきまで自分や、レオクリフだけが質問をしていたのと違って、ざわざわとしている教室の雰囲気を見て、リナニエラは息をはいた。
「何とかなりそうね……」
「そうだね。意外に、生徒の方も落ち着いているなあ」
隣に座る兄と小声で話をしつつ、リナニエラは上官の説明に耳をやる。今の内容は、非常事態の最終防衛ラインの話だ。魔物への対応の中心は騎士団の面々となると上官は説明している。生徒は、危険な場所からの即時撤退だ。冒険者をしている生徒が中心になって、避難誘導を行うという話など、内容は多岐に渡った。
聞いている生徒も騎士団の面々もさっきまでの張りつめた空気では無いものの、真面目な顔をして聞いている。少なくとも聞き漏らしが無いと分かる程度には話の内容は非常に有意義な物だった。そして、全ての話が終った後、騎士団の上官は教室の中にいる面々の顔を見てニッと笑みを浮かべる。
「今日は、長い時間説明に付き合ってもらって助かった。当日は、お互いに協力をしあって最悪の事態にならないように努力しよう」
先ほど見せた人の悪い笑みとは打って変わって、自分達に勇気を植え付けるようなその笑みに、生徒達からは拍手が上がる。
「では、今日はこれで終了とする。解散」
上官の言葉と同時に、兵士も生徒達も席を立つ。さっきまでの張りつめた空気が拭い去られて緩んだ空気になっていた。
「じゃあ、お兄様」
隣に座るクリストファーにリナニエラは声をかけて立ち上がろうとする。兄の方も、『じゃあ、後で』と返事をして手を振り返す。それに頷いた後、リナニエラは机の下にある棚に入れていた教科書を持って立ち上がろうとした。だが――。
「あーお嬢さん、あと、君と君少し帰るのは待ってもらえないか?」
よく通る声で、先ほどまで説明をしてた上官が声をかけてくる。
「ふぇっ!」
いきなりの出来事にリナニエラがおかしな声を上げれば、隣にいたクリストファーが肩を震わせて笑っている。兄の態度にムッとしながら、リナニエラは制服の上から彼の腕をつねっておいた。
「ごめんって」
まだ笑いながら謝罪の言葉を口にするクリストファーにリナニエラは少し考える顔をした後、兄の顔を見つめる。
「でしたら、何か魔法薬の素材になる物をお詫びに買って下さい。物はお任せしますわ」
そう言ってやれば、クリストファーが渋い顔をしながら頷いた。まさかこんな事で、素材をたかられるとは思っていなかったのだろう。それでも、リナニエラの要望を了承してくれたクリストファーを見て、リナニエラは笑みをこぼす。魔法薬の素材はどうしても値段の張る物があるのだ。珍しい植物の根など一体どれくらいの値段になるのか分からない。冒険者で収入はあるとはいえ、まだまだ学生だ。高額な出費な物品をクリストファーに買ってもらえるのであれば、本当にありがたい。
『さすが、クリストファーお兄様様だわ、太っ腹』
そんな事を思いながら、リナニエラは上官の元へと歩みを進めた。
「ああ……すまないね」
リナニエラが上官の元へと歩み寄れば、同じように彼に呼ばれたのだろう、カインとレオクリフが立っていた。カインはリナニエラの顔を見ると『ああ』と納得をした顔をしたけれども、レオクリフの方は何故、リナニエラがこの場所にいるのかが分かっていない様子だ。
他の生徒が、ちらちらとこちらを見ながら教室から出て行くのを見送った後、リナニエラと、数人の兵士だけが教室に残った。
「君達には残ってもらったのは、君らの冒険者のレベルが初心者のレベルを超えているからだ。有事の際には、君らには我々と同じく魔物の殲滅にあたってもらいたい」
そう言うと、上官は少し申し訳なさそうな顔をした後、自分達三人の顔を見回した。
『学園側から、情報をもらっていてね』
種明かしをする彼の言葉に、リナニエラは頷いた。カインも同じように頷いているけれども、レオクリフはリナニエラが冒険者としてそれなりに実力があるという事実が信じられないようだ。
「まさか、こんな女子生徒が? まだ一年でしょう?」
『女子生徒』という言葉に、少々むっととしながら、リナニエラはクリストフの顔を見つめる。彼は、一何の女子生徒が、騎士団が頼るほどの実力を持っているのか信じられないらしい。疑わしそうな視線を向けてくる。それを見て、最初に話を振った上官が困った顔をした。先ほどまでの説明では順調に話が流れていたのに、まさかこんな場面で躓くとは想像ができなかったようだ。
「参ったなあ」
弱った声で頭を掻く上官の男性。その間もレオクリフはリナニエラへと疑いの視線を向けてくる。いい加減、その視線がうるさくて、リナニエラが口を開こうとした時、何を思ったのか先ほどまで席に座っていたクリストファーが教卓の方へと歩み寄って来た。
「お兄様……」
「お兄様?」
リナニエラの言葉を聞いて、レオクリフは驚いた顔をする。どうやら、自分達が席の隣に座っていたのは知っていたのだが、自分達が兄妹だとは想像ができなかったようだ。ひどく驚いた顔をして、自分と兄の顔を見比べている。
『クリストファーお兄様となら、顔だちは随分違うけど髪の毛の色は同じでしょうに』
内心一人ごちながら、リナニエラは近づいてきた兄の顔を見上げた。
「デニス隊長、でしたら彼らの冒険者ギルドのカードでランクを確認をさせれば良いのでは?」
にこりと笑みを浮かべて、提案する兄の言葉に残りの二人も納得したようだった。確かにギルドカードなら、客観的な判断ができる。兄もなかなかに考えたものだ。リナニエラは感心しながらクリストファーの顔を見上げた。そうすれば、彼は少し得意そうな顔をしてこちらを見返してくる。その様子にリナニエラは小さく笑った後、残りの二人の顔を見回した。ギルドカードを出すという話は決まったものの、二人はなかなかカードを出そうとはしない。どうやら、誰からカードを出すか、様子を窺っているらしい。
「じゃあ、三人同時に出すという事で」
このままでは埒が明かないと、リナニエラがそう言えば二人も納得したように頷く。その様子を上官がうんうんと頷いてみていた。それを横目で見つつ、リナニエラは携帯しているギルドカードを手にとった。
「それでは」
そう言うのと同時に、三人で同時にギルドカードをその場に出した。ランクで色分けされているギルドカードには名前(任意)と、ランクが書かれている。そして、裏側には今までの依頼履歴なども記されているのだ。
リナニエラが出したのは、Cランクの赤銅色をしたカードだ。Cランク上であるから、もちろんカードに赤い帯もついている。カインは以前見たランクはDランクだったがどうやら今は上ランクに上がっているようだ。自分と同じようにカードにラインが付いている。そして、最後のレオクリフは、リナニエラと同じCランク上だった。自分と同じ見た目のカードを見て、レオクリフは驚きを隠せない顔でリナニエラの顔を見つめる。
「まさか!」
「はいはい、異論は無しだよ。ギルドカードは依頼そのものの難度や、依頼の達成回数でランクが上がるのだろう? 持っているカードは嘘をつかない。それに文句をつけるのはフェアじゃない」
クリストファーの言葉に、レオクリフは黙り込んだ。正論だからなのだろう。だが、不満そうな顔をやめようとはしない。その様子を見て、上官であるデニスはため息をつくとリナニエラ達三人の顔を見回した。
「君は確か、カルヴェ伯爵の所のご子息か。確かに、君は卒業後は魔法師団のトップに立てるという噂もあるな。そんな君が後輩と同じ冒険者のランクというのは納得がいかないのかい?」
レオクリフを宥めるように話すデニスの言葉に、リナニエラは眉を寄せた。前世の記憶が戻ってからリナニエラはずっと魔法操作や、魔力を増やす為の努力をしてきた。剣術や、体術だって兄や父に無理を言って練習に付き合ってもらっていたし、冒険者だって学園に入る前から地道にレベルを上げてきたのだ。それに先輩とはいえ初対面の人間に文句を言われるのは気に入らない。その感情がそのまま顔に出ていたのだろうか、自分の顔を見た兄が苦笑いをすると、リナニエラの頭を宥めるように撫でる。その感触でささくれ立った気持ちが少し落ち着いたような気がした。
「すまない。カルヴェ伯爵令息。君の言いたい事も分かるが、私は妹であるリナニエラがずっと努力をしてきたのを間近で見てきた。それこそ、騎士団の私でもキツイと思う事を彼女は嫌がらずに毎日だ。それを、見た目や性別で決めつけるのはいかがな物だと思うが?」
静かではあるものの、はっきりと言葉を口にするクリストファーの言葉に、リナニエラは目を開いて兄の顔を見た。そうすれば、クリストファーは小さくこちらに向かって笑いかけてきた。それに頷いた後、リナニエラはレオクリフの顔を見つめる。リナニエラが口を開こうとしたところで、意外にも口を挟んだのはもう一人の人物カインだった。彼はちらりと自分と、クリストファーを見た後、レオクリフに向き直る。
「カルヴェ先輩、俺はオースティン嬢と同じ班で、連携の確認のために、先日他のメンバーと一緒に森の中に入っていました。その時に感じたのですが、彼女は冒険者としてちゃんとした実力を持っています。それに、この学年の魔法科では間違いなくトップクラスの実力です」
真顔で話すカインの言葉に、リナニエラは目を見開いた。
彼が口を挟んだことも驚きなのだが、カインは自分の事をもっとクリストフにネガティブに話すと思っていたのだ。だが、リナニエラの予測に反して、彼は自分の想像以上にレオクリフへと自分を良い意味でアピールしてくれている。そんな彼の様子に、どう反応すれば良いのか分からない。ぎこちなく彼を見つめればカインは少し顔を逸らした後、『召喚獣の授業の時にあんなもの見せられたからな』と小さく呟いた。そう言えば彼は自分と同じ授業を履修していた事をリナニエラは思い出す。だが、カインの言葉を聞いても、当のレオクリフは納得がいかないようだ。
「だ、だが、彼女の実力が学年で高いというが、君らの学年には確かフェンリルとブラックドラゴンを二体召喚獣としている生徒がいるとか……。その生徒が一番だろう」
「ええ、だからそれが彼女です」
尚も食い下がるレオクリフに、カインは少し呆れた顔をして返事をした。
どうやら、別の学年にも二匹の召喚獣、しかもフェンリルとドラゴンを召喚獣として契約した生徒がいたという話は広がっているらしい。だが、それが誰なのかまではレオクリフは把握しきれていなかったようだ。カインの説明を聞いた後、彼一瞬身体を固まらせた後、リナニエラの顔を見つめた。
「本当に?」
確かめるように尋ねてくる彼の言葉に、リナニエラはにっこりと笑って頷いて見せる。
「今から呼んでみましょうか?」
リナニエラのその言葉に、レオクリフの顔がひきつった。
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