真夜中の強襲・中
遅くなりました!
――巨大蛇
その進化過程は様々だ。
蛇から進化する者、トカゲから進化する者、変わり種で行けば魚から進化する者。
だが弱者から生き残れるのは極めて稀であり、その殆どは巨大蛇の両親を持つ生まれながらの巨大蛇だ。
そんな弱肉強食の魔物世界で、幸運と実力で巨大蛇へ至った進化個体――それがチャーターである。
この個体――仮に進化種と呼ぶ――は生まれながらの巨大蛇とは異なり様々な種族スキルを有しているのが特徴だ。
例えば一般的なトカゲの魔物が有する〈伸縮舌〉、毒を持つ種族が有する〈毒弾〉、カメレオン系の魔物が有する〈保護色〉など。
そしてこの種族スキルは上位の個体に進化しても継承される。
つまり、進化した数が多ければ多いほど同じ個体よりも遥かに強くなるのだ。
当然チャーターもその例に漏れず、他の巨大蛇に比べるとその実力は頭一つ分抜きんでている。
その種族スキルもさることながら、何より強者と戦う戦闘経験がチャーターに技と考える力を与えた。
故に大鷲の足に掴まり飛び去って行く敵に対して愚直に飛び掛かった2匹の巨大蛇に対し、チャーターは〈保護色〉と〈隠者〉で姿と気配を隠して敵へと接近。
そして口から猛毒を吐き出した。
「ぎゃあああああ!」
猛毒を浴びながらもキャメルと呼ばれた女は巨大なスライムを召喚すると上手く衝撃を殺して地面に降り立ち、対するチャーターは薄い水の幕を空に広げて高度を維持。
そして限界まで圧縮した水をレーザーの如く打ちだした!
ズバン!
真っ二つに割られた大地のとある一点だけが真っ赤に染まり、降り注ぐ雨と肉片を浴びながら1つの影が動く。
「やってくれた、わね。苦労して集めた魔物だったのに」
数多の魔物の死骸の中から現れたのはキャメル。
毒の影響か顔色は若干悪いものの、その身体に傷1つないことが彼女の戦闘力が高いことの証だ。
煩わしそうに降り続ける雨を拭ったキャメルは上空を睨みつける。
「目隠しのつもりかしら?でも残念ね、私の眼は特別製なのよ。行け!巨大蛇!」
その言葉と同時に上空に魔法陣が浮かび上がり、中から巨大蛇が飛び出した。いや、巨大蛇だけではない。
多種多様な魔物がチャーターを喰らわんとその牙を剥き、空中をうねる細長い影へと突っ込んだ。
流石にこの物量攻撃には手も足も出なかったのか、引き千切られた肉片が宙を舞い、それを見届けた彼女の顔に初めて笑みが浮かんだ。
「あの巨大蛇、できれば欲しかったんだけど仕方ないわ……え……?」
ぐらりと地面が……世界が揺れている。否、揺れているのは彼女自身。
地面に手をついた彼女はようやく違和感に気付いた。雨が、雨が上がっていないのだ。
(バカ、な。まだ生きているというの?いえ、それよりも巨大蛇の毒には耐性があった、はず)
魔物を配下に加える時、その恩恵である程度の耐性を得る。
炎が得意な魔物からは炎の耐性を、そして巨大蛇から得たのは毒の耐性であった。
彼女は知らなかった――チャーターが進化種であることを。
チャーターの毒は巨大蛇の毒に非ず。
蛇種は身体が小さいほど毒性が強い傾向にある。それは他に身を守る術を持たないから。
チャーターの毒は小蛇であった時に取得した猛毒であったのだ。
いくら毒耐性があろうと戦闘開始時から今に至るまで延々とそれを浴び続けて来たキャメルに最早勝つ術はない。
ヒューヒューとか細い息を吐くキャメルの視線の先の空間がぐにゃりと歪み、いつの間にかそこにはチャーターの姿があった。
大きく口を開いたその仕草を彼女はよく知っている……ブレスの予兆だ。
瀕死のキャメルを相手に姿を隠し、更には遠距離攻撃をする徹底ぶりに彼女は思わず苦笑する。
「あなた……ちょっと慎重すぎ、じゃない……?」
それがキャメルの最期の言葉であった。
◇◇◇◇◇◇
それは異様な光景。
息絶えピクリとも動かぬ巨大な巨大蛇の腹部に、ボコリと膨らむナニかがあった。卵か、それとも食べかけの獲物か……否、ソレはそんな可愛らしいものではない。
ズッ……ズズッ……
意思を持っているかの如く蠢きながら、ソレは巨大蛇の喉元まで移動するとその姿を現す。
――蔓だ。
漆黒の無数の棘を生やした蔓がまるで蛇の如く、幾本も幾本も口の中から伸びる姿は見る者に嫌悪感を抱かせ、ポタリポタリと滴る巨大蛇の体液が、より悍ましさを演出する。
その蔦に導かれるように、グポォと音を立てて口から飛び出したのは巨大な花の蕾。
2メートルにも及ぶだろうソレはぬめぬめとした輝きを帯び、まるで生物の如くその身体を震わせている。
やがて外へと完全に這い出たソレはゆっくりと花開く。
「やれやれ、最悪な気分です」
花の中から現れたのはラーケン。植物を操る男だ。
長い髪を三つ編みにして前へと流し、垂れた目と柔和な雰囲気も相まって遠目から見れば女と見間違えてもおかしくはない。
その優し気な声もそれを助長する……が、それは見せかけだけに過ぎない。
「起き上がりなさい」
ラーケンが巨大蛇の頭を撫でれば、ゾゾゾっと音を立てて屍骸が波打つ。否、それは根だ。
巨大蛇の身体を血管の如く広がった根が全身を覆い尽くし、死して尚、安らかな眠りを許さない。
やがて硬い鱗を突き破った小さく可愛らしい蕾が、巨大蛇の体中に血の如き真っ赤な花を咲かせる。
「ジィヤアアアア……」
ゆっくりと起き上がった巨大蛇の口から吐き出される不気味な鳴き声は、利用されることへの怨みか、それとも新たに生を得たことに対する歓喜の産声か。
いや、その濁りきった眼を見たのなら知能がないのは明らか。怨みも怒りも悲しみも感じぬ、ただ愚直に命令を聞くだけの操り人形。
首をもたげた哀れな巨大蛇を愛おしそうに撫でながら、ラーケンがアークへ顔を向けた。
「どうです?私の作品は。これは寄生型植物と死肉に根を張る植物、そして自立型植物を混ぜ合わせたものです。今はまだ死体か弱い生物にしか寄生できませんが……いずれは強い個体も操れるようにするのが私の目的ですね。そうそう、理想は生きた固有魔法士の実験体ですが、なかなか国から許可が下りませんでねぇ。今回シリカで手に入れた固有魔法士を融通してもらえるように上司に頼んだのですが、残念ながら断られてしまいました」
然も辛そうに顔を歪めたラーケンの姿は悲劇の主人公さながらの悲しみに満ち、けれども口から出てくる内容はマッドサイエンティストのそれだ。
「ですが、アグィネス神は私を見捨てはしなかった……。ここで貴方と会えたことこそ私の幸運。いえ、これは運命と申し上げましょうか。神はこう仰られているのです――“アーク・サルヴァトーレを我が糧とせよ”と」
「良く回る口だこって。だがな、ここで消えるのはテメェの方だ!!」
ドンっと大地を蹴って接近するアークに横から巨大蛇の尾が襲う。
ラーケンを守るようにアークの前へと立ち塞がった巨大蛇が次いで毒液を吐き出した……が、その毒液は通常の巨大蛇よりも飛距離、発動時間共に極めて短い。
チャーターがブレスのように毒液を吐き出したことを考えれば雲泥の差と言えるだろう。
(これは……魔法じゃねぇ)
アークの直感は正しい。
魔法とは魂に帰属する力。
もともと毒を持つ生物が体内でそれを作りだすのに魔力は関与しない。
毒を自由自在に操る力こそが魔法であり、それは巨大蛇が死んだ時点で失われた。
故に死体を無理矢理動かしているだけのラーケンが巨大蛇の魔法を使える筈がないのだ。
ラーケンが執拗に生きた固有魔法士を求めるのも同じ理由から。
魂が残っている状態ならば固有魔法が使える……それ即ち、複数の固有魔法士の力を我がものとすることが可能だと言うこと。
本能のままにその答えへと行き着いたアークは、巨大蛇へと鋭い爪を縦横無尽に振るう!
「はあああああああ!!!」
首が、胴が、丸太の如く分解し、それを振り返ることなく走るアークの目に不気味に嗤うラーケンが映る。
それを見た瞬間、彼は大地へと身を投げた。
間一髪、先程までアークがいた場所にバシャリと音を立てて毒液が広がり、もしもあのまま突っ込んでいたならば、今頃無事ではいられなかっただろう。
一撃、二撃、三撃……続けて吐き出される毒液にアークは後退せざるを得なかった。
「どうなってんだ!?」
アークとラーケンの間に立ち塞がるは、今しがた倒した筈の巨大蛇。
だがアークが切り刻んだ筈の傷はどこにもなく、まるで最初から戦闘などなかったかのように完璧な姿を晒している。
(幻影の類か……?)
その考えをアークは瞬時に切り捨てた。
固有魔法士たるアークには精神に影響を与える魔法は効き辛く、更にラーケンが植物を操ることを考えれば、その力は畑違いもいい所。
精々が幻を見せる植物を操ること位だろう。
ならば、とアークは再び巨大蛇を切り刻む。
彼が観察する目の前で、切り離された傷の断面から無数に飛び出した何かが傷口を繋ぎ合わせた。それはまるで黒い糸……いや、根と言うべきか。
巨大蛇の形こそ成しているものの、それは巨大蛇にあらず。
その本質は植物であったのだ。
「そういうことか……だがな、植物の弱点は決まってんだよ!」
顔を火蜥蜴へと変化させたアークはその口から炎を吐き出す!
火炎放射器顔負けの威力を誇る炎に包まれた巨大蛇が苦し気に身体をうねらせながら断末魔の悲鳴を上げる。
未だに燃え続ける炎へと突進したアークはラーケンへと一歩を踏み出した。
「チェックメイト」
その言葉と同時に地面からせり出したのは、花びらのように4つに割れた植物。
ただし、その外装は鋼鉄よりもなお固く、植物の弱点である炎ですら寄せ付けない。そして極めつけは、その内側に生える鋭い牙。
(あれはマズイ!)
本能が警鐘を鳴らし、その場から離脱しようとしたアークに血の気が引くような感覚が襲う。
一瞬、僅かに一瞬その動きが止まり、それを逃すほど敵は甘くはなかった。
自分を覆うように閉じる花びらの隙間から、アークは最後の足掻きとばかりに腕を突き出すが、それは何の成果も得られずに千切れ地面に転がった。
「あっはははは!口ほどにもありませんねぇ。巨大蛇はただの時間稼ぎ。本命はこれです」
そう言ってラーケンは周りを指さす。
そこには美しい紫色の花がアークを囲むように展開していた。
「吸魔華……魔力を吸い取る華ですね。美しいでしょう?原種は固有魔法士の魔力を吸い取るほど強力なものではありませんが、これは違います。対固有魔法士用に私が作り出したものですからね。ただ、効果が表れるまでに時間がかかるのが難点でしょうか。聞いていますか?ああ、もう口も開けませんか?その植物の消化液には強力な麻痺効果がありますからね」
「く……たば、れ」
花びらの中から聞こえる弱々しい声にラーケンは満面の笑みを浮かべる。
「ああ!いい!実にいい!いつまでその強がりが続くか……楽しみです」
ウキウキとした足取りで近付いたアークの足がバシャリと水を跳ねる。
もし、この時ラーケンが油断していなければ
もし、この時ラーケンが違和感に気付いていたならば
――結果は変わっていただろう。
ラーケンの足を捉えた水がその身体を這い上がる。
「粘性生物!?」
粘性生物とは特殊な魔物だ。
物理攻撃を一切無効化する代わりに魔法にはめっぽう弱い。そう、下級の魔法一撃で滅ぼせる程に。
「〈水球〉!」
故にラーケンはその魔法を選んだ……選んでしまった。
本来ならその魔法は粘性生物をあっさりと消滅させただろう――それが普通の粘性生物であれば。
パン!という音と共に〈水球〉がただの水へと戻り、ようやくラーケンは何が起こっているのかを理解した。
「がぼ!がぼぼぼぉ!」
顔全体を覆い尽くした粘性生物がラーケンの体内へ侵入を果たし、内側から喰われる激痛にラーケンは喉を掻きむしる。
けれども不思議なことにその口からは絶叫も呼吸音さえ漏れはしない。
これが粘性生物に取り付かれた者の末路。
気道を塞がれ窒息するその瞬間まで、ただただ内部を喰われる痛みに耐え続ける……
やがてラーケンの手が力なく大地へと落ち、その死と同時に解放されたアークはガクンとその場に崩れ落ちた。
その姿は血まみれで右腕がなく、未だに麻痺が効いているのか動く気配を見せない。そんなアークへと近づく影が1つ――粘性生物だ。
ゆっくりとアークへと近づいたソレは失われた右腕に近づくと姿を変える。
「ふぅ。た、しょうは、マシ、になったか」
アークは元通りに治った右手を持ち上げようとするが、プルプルと震えるばかりで言うことを聞かない。
既に肉体は限界を超え、急速に遠退いていく意識の中でアークはジンと……小さな神獣の無事を願った。




