真夜中の強襲・上
遅くなりました!
すみませんm(_ _)m
夏、真っ盛り。
ギラギラと輝く太陽が水面に反射するさまは眼に痛く、ヂリヂリと太陽に焼かれる肌からは無数の水滴が滴り落ちる。
僅かばかりの涼を感じさせる河の水飛沫さえも、蜃気楼の如く揺らめく蒸気のせいで、ジメジメとした不快な気候に一役買っていた。
影があればまだマシなのだろうが……残念ながらここには日差しを遮るものは何もなく、ただ体力ばかりが奪われていく。
「ふぅ、あっちーな。じいさん大丈夫か?」
「死にたい……」
アークは極力横を見ないようにして腹筋に力を込める。
その理由は、現在ジンが身に纏っている服装にあった。
シリカを南北へ真っ二つに割るオマーン河は相応な広さを有する大河だが、場所によっては街道の近く……というか街のすぐ側を通っていたりする。
何が言いたいかといえば、アークとジンと……ついでにルーファを頭の上に乗せて移動している3匹の巨大蛇の姿は非常に目立つことこの上ない、と言うことだ。
しかも彼らは脱獄した逃亡犯。
もし誰かに見つかったのなら即座に討伐隊が手配されることだろう。そこで少しでも目立たないように、とルーファが用意したのが巨大蛇の鱗と同色の服だ。
――片や薄い水色のロングスカートをマントのように被ったアーク。
――片や水色のワンピースと、同色の幅広の帽子を被った如何にも「ザ・ご令嬢」といった風情のジン。
アークはまだしも、ジンに至っては完全にそういう趣味のご老人にしか見えない。
未だにスカートを着るのが女性だけだと気付いていないルーファが嬉々としてジンへワンピースを薦めた結果である。
ジンも断ればいいのだが……神獣からの好意を無下にすることができず、今に至っている。
その結果……ジンは死んだ魚のような目でただ虚空を見つめていた。
彼の心が既にバッキバキにへし折られていることは間違いないだろう。
そしてそれを為したルーファはといえば、チャーター君の頭の上にふかふかのクッションをひいてグースカ寝ていたりする。
このジメジメとした蒸し暑い気候も〈環境適応〉を持っているルーファにとっては快適そのもの。何とも暢気な子狐である。
「……しょこは左じゃ」
精神に致死の一撃を受けて尚、職務を全うしようとするその姿勢は見事なもの。
ジンの指示に従った巨大蛇は左へと舵を取った。
――3日後
ルーファが城からちょろまかしてきた食事を食べるとき以外、延々とオマーン河を遡っていた1匹と2人はかなりの距離を移動していた。流石はAランクの魔物、といったところか。
「この辺りはしゅでに帰らじゅの森じゃ。あしょこに見えるのがキリシアの断崖じゃから……このまま西に真っ直ぐ進んだ辺りかの」
河辺に降ろしてもらったジンが目的地を指させば、ルーファの目は吸い寄せられるようにその先を見た――険しい断崖絶壁の数々を。
空を飛べるルーファは別として、アークと……特にジンには厳しい道のりとなるだろう。
だが一番問題がありそうなジンはと言えば……非常に爽やかな笑みを浮かべていた。
「ルーファシュセレミィ様、服をお返しいたしましゅ。ありがとうごじゃいました」
『ジンの服、ボロボロだからそのまま着ててもよかったのに……』
「いえいえ、ここからは山を行くので逆にこの色は目立ってしまいましょう。その御気持ちだけ有難く頂戴いたしましゅ」
『そう?じゃあ、別の色のワンピースを……』
「時間も限られておりましゅので出発いたしましょう!」
ルーファの言葉を遮るのは不敬だと分かっていながらも、ジンはアークへ合図を送るとそそくさと歩き出した。
さて、帰らずの森へと踏み入った彼らだったが、空を飛ぶ鷲獅子とは異なりルーファ達は地上を進まなくてはならない。これからは人が通った痕跡を探しながらの探索となるだろう。
布陣としては先頭にアーク、真ん中にルーファ、最後尾にジンが続き、これは当然ルーファを守ることを念頭に置いている。
しかしながらアークの手にはルーファから借りた短剣こそあるものの、ジンに至っては無手。ルーファの身を守るどころか己の身を守ることすら困難だと言わざるを得ない。
それでも彼らの目に宿っているのはルーファを、母国を守らんとする不屈の意思だ。その思いだけで彼らは力強く大地を踏みしめていく。
――シュルシュル
シュルシュル……
聞こえて来た音にアークとジンがふと後ろを振り返れば、目に映るのは3匹の巨大蛇。
説明を求めて2人の視線がルーファに突き刺さったのは仕方のないことだろう。
『チャーター君たちは合流するまで付いて来てくれるんだって』
「「…………」」
2人でどうにかしなくては!と意気込んでいたアークとジンはその場にガクリと崩れ落ちた。
そもそもがヴィルヘルムの竜玉であるルーファを巨大蛇たちが放っておくはずがないのだ。故に巨大蛇たちもアークとジンに負けじと張り切っていた。
結局アークとジンは巨大蛇の頭の上へと戻ることとなり、河から森へ変わった以外は何事もなく旅は進んで行く。
「巨大蛇は水棲だと思っちょったわい」
「やべぇな 巨大蛇。外壁も余裕で登りそうだな」
『スピースピー』
樹の間も、断崖絶壁すら関係なく直進する巨大蛇たちはスピードを落とすことすらない。いや、這う音すらも極わずかなことを考えれば、その肉体スペックは驚異的だと言ってもいいだろう。
更に言えば普段は群れることなどないAランクの魔物3匹を襲ってくるような命知らずの魔物もおらず、道のりは順調そのものだ。
そんな巨大蛇の行進が止まったのは日が落ちる前のこと。全員が同じ方向に首を向け、じっと何かを窺っている。
「何か見つけたのか?」
『人がいるって言ってる!』
そう言って飛び出そうとしたルーファを老人とは思えぬ動きで素早く抱きかかえたジンがアークを見れば、心得たとばかりに巨大蛇から飛び降りたアークが〈魔獣変化〉で顔を狼へと変える。
鋭敏になった彼の鼻が複数の人の匂いを嗅ぎ分け、その耳が声を拾う。
「クソッ!もぬけの殻だ!」
「つい最近まで使っていた形跡がある。どこかに痕跡が残っている筈だ!探せ!!」
「ネロ隊長!こっちに足跡が!」
「まだ新しいな……よし!このまま追うぞ!」
「ですがもうじき日が暮れます。夜が明けてからの方が良いのでは?」
「チッ!暗くなれば痕跡が追えんか。仕方がない。日の出と共に追いかけるぞ!野営の支度をしろ!」
間違いなくベリアノスの追っ手。
ジンにここで待つようにハンドサインを送ったアークは、ある一定の距離まで近付くと用心深く樹を登っていく。
樹の上から隠れるように声の出所を辿れば、そこには以前ルーファに見せてもらった隠れ家が見えた。ただ、そこにいるのは同志ではなくベリアノスの兵という違いはあるが。
見たところ人数は10名とそれほど多くはなく、もしそこにいるのが普通の兵士ならばアーク1人でも余裕で制圧できるだろう……が、甘い予想を彼は即座に切り捨てた。
(恐らくはネロという奴が指揮官。ジェーン様を殺しに来たとなれば、最低でも1名……いや2名は固有魔法士がいると考えた方がいい)
できれば相手の手の内を暴いてから強襲したいところだが、悠長にその機会を待っていればクロードとエリザベスが発見される可能性がある。王族2名を守りながら戦うことを考えれば、ここで倒しておくのが妥当だろう。
運がいいことにもうすぐ夜がやって来る。獰猛な笑みを浮かべたアークは美しい夕焼けを仰ぎ見た。
――深夜
見張りの1人がバッと顔を上げる。
薄い白金色の髪を男のように短く刈り込んだ女だ。“男のように”と称したがそれは髪型だけで、丸みを帯びた体つきと柔らかな容貌も相まってまず男と間違える者はいないだろう。
「スノウ副隊長?」
そう呼ばれた女――スノウ――は手を挙げることで部下を黙らせ、辺りを用心深く見回す。
――ピシッ
小さな音と共にスノウの目が白目まで全て赤色へと変化する。
そう、彼女は固有魔法士の中でも珍しい眼に魔法が宿る、“魔眼”の持主だ。その目は敵対生物が一定の範囲内に侵入すれば赤色へ、追っている獲物の方向を向けば緑色へ、そして戦闘の際には青色へと変化する。
更にこの魔眼は常時発動型。ほとんど魔力を喰わないことを考えれば、ある意味チートと言っても過言ではないだろう。
「敵襲!敵襲ゥ!!」
スノウの目を見た兵士が叫び、彼女の目は赤から青へと変わる……戦闘の始まりだ。
「チィィ!」
鋭い声と共に空から降ってきたのは猿のような姿の化け物。
猿と言ってもその毛は剣山の如く逆立ち、触れる者全てを刺し貫くことだろう。だが彼女が驚いたのはその化け物の姿ゆえではなく、その姿に見覚えがあったから。
「まさか……アーク・サルヴァトーレ!?バカな!何故ここにいる!?」
アークがハラマダに捕らえられていることは、ここにいる全員が知るところ。
彼らは未だアークとジンが脱獄した事を知らず、その動揺を見逃すことなくアークは容赦なく剛腕を振り下ろした。
――ガギン!
それを弾いたのは何とも頼りない細剣。
その事実にアークは僅かに目を見張るも、次の瞬間にはその目に納得の色が浮かぶ。何故なら彼女の細剣は目と同じ青色に染まり、かがり火の中でうっすらと輝いていたのだから。
――“武器強化”
それが青い魔眼の第一の権能。
単純であればこそ強く、長期戦においてこそその真価を発揮する。
1合、2合、3合。
打ち合う度に火花が散り、その激しさは加速度的に増していく。
全身が武器と言ってもよいアークの手数はスノウを軽く凌駕するが、まだ一撃たりとも彼女の身体に届かない。
それは、彼女の技量がアークを上回っている証拠……否、違う。足の運び、重心のブレ、垣間見える隙、そのどれをとっても彼女はまだまだ甘い。
それでも自分の攻撃が当たらないことにアークは強烈な“違和感”を覚える。
まるで超一流の戦士の魂が素人の肉体に宿ったかのようなちぐはぐさ。それは身近にジェーンやジンと言った一流の戦士がいたがために気付けた差異だ。
内心で首を傾げながらも、アークはスノウと兵士が直線上に重なった瞬間、勝負に出た!
鞭のようにしなる尾がスノウを横から強襲する。もし彼女が避ければ、後ろにいる兵士は真っ二つに引き裂かれることだろう。
故に彼女は受けざるを得なかった。いや、見捨てるという選択肢を取らなかったのは彼女の甘さか……それとも自信の表れなのか。
硬質な音を立て尾と剣がぶつかり合った次の瞬間、アークの尾がズルリと伸びて蛇へと変じる。
それは毒牙を剥き出しにしながらスノウへと襲い掛かかり、その予想外の動きにスノウは……僅かばかりの動揺すらなくその軌道を読み切ると、逆に一歩前へとを踏み出しアークの目へと突きを放つ!
これこそが魔眼の第二の権能。
彼女の魔眼は少し先の未来を見通す――様々な攻撃を躱し、受け流し、殺される自分を。
その中で唯一自分が勝利する道筋を彼女は選び実行する。
「ここだぁ!」
細剣の突きを最小限の動きで交わしたアークをスノウは笑う。
突きと同時に彼女は毒に塗れた暗器を放っていたのだ。流石のアークも避けた先に飛んできた暗器を避けること叶わず、なす術なくそれを見つめることしかできなかった。
キィン!
そんなアークの窮地を救ったのはルーファの結界。
スノウの魔眼にルーファは映らず、最期に彼女が見たのは自分の頭部が破裂するいう残酷な未来であった。
「まず2人」
スノウと見張りの兵士を屠ったアークが次なる獲物を求め戦場へと目を向ければ……そこには8人の敵相手に暴れまわるジンの姿があった。
いや、果たしてそれはジンなのか。
ガリガリの老人の姿はどこへやら。
はち切れんばかりの筋肉は容易く敵をひねりつぶし、好々爺然とした柔和な顔からは笑みの代わりに憤怒の表情が浮かぶ。
人化したルーファと同等であった筈の身長は、今では大柄なアークですら見上げんばかりの巨漢へと変わり、その動きは老人とは思えぬほど素早い。
――月魔法〈月下無双〉
文字通り月の下において無敵を誇るジンの固有魔法だ。
制約が大きければ大きいほど固有魔法は強力無比。月魔法は夜、しかも月が出ている時にしか使えないという縛りがある代わりに、発動さえできれば他の固有魔法の追随を許さない。
生物には必ず付きまとう“老い”すらも捻じ曲げる程に。
――曰く、1人で1万におよぶ軍団を退けた
――曰く、1人で城を攻め落とした
――曰く、夜に戦えば常勝無敗
その名は“闇将軍ジン”
敵対した者は口を揃えてこう囁く……決して夜戦うことなかれ。彼の者、不死身なり。
「退けぇ!ばらけて逃げるぞ!ラーケン!キャメル!」
「〈植物操作〉!」
「〈魔物召喚〉!」
隊長であるネロの判断は早かった。
ラーケンと呼ばれた男が植物を操りアークとジンの動きを止め、次いでキャメルと呼ばれた女が鳥型の魔物を3羽召喚するが……植物の拘束はアークの足こそ止めたものの、ジンはまるで無人の野を行くかのようにその速度を緩めない。
「お逃げください!」
そう言って前へと進み出たのはネロの部下5名。ジンの前へと飛び出した彼らは……次の瞬間ひき肉へと変わった。
「〈剣よ在れ〉!」
ズガガガガガガ!
突如空中に現れた数多の剣が弾丸の如くジンへと降り注ぐ。
その狙いはジンの視界を遮ること。煩わしそうにジンが剣を振り払った時には彼らの姿は空へ……しかも別々の方向へと移動していた。
(落とせて1人)
ジンが足に力を込めようとしたその瞬間、森の中から何かが夜空へと飛び出した。




