誘拐犯の末路
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ
「おい!いたか!?」
「いや、いねぇ!このままじゃエンヌ様に殺されるぞ!!」
「2人とも落ち着け!焦っても仕方がない。一度冷静になるんだ!」
喚きながら山の中を徘徊する3人の男たちの顔は蒼く、鬼気迫った様子からは相当焦っているのだと見て取れる。1人の男が空を見上げれば太陽の光は薄れゆき、闇の帳が辺りを覆わんとしていた。
「クソッ!そもそも何で逃げられるんだよ!特注の封魔具の檻だぞ!?」
藍色の髪の男が頭を掻きむしれば、長い茶髪の男がその胸ぐらを掴む。
「お前!ちゃんと隔離魔法かけたのかよ!?」
「はあ!?オレの所為だってのか?お前も確かめただろうが!!」
責任を押し付け合う2人の姿は醜く、今にも殴り合いが始まりそうな彼らの間に割って入ったのは灰色髪の男。
「おい!止めろと言ってるだろう!?仲間同士で言い争ってる場合じゃない!」
彼ら――誘拐犯――がルーファの脱走に気付いたのは次の休憩をしようとしたその時。
檻には鍵がかかったままの状態で魔法も破られた形跡すらなく、彼らは僅かな手掛かりを求めて街道と平行に連なっている森の中を探しながら戻っていた。
――ガサリ……
僅かに聞こえたその音に男たちはようやく口を閉ざす。浅いとはいえここは森の中――魔物の領域だ。
「大丈夫だ。この周辺にオレ達を脅かす魔物はいない」
要人の暗殺から密偵、連絡係まで幅広くこなす灰色髪の男の字は“影法師”。影のように標的の警戒網をすり抜け、誰にも気付かれることなく命を、情報を奪うその腕は超一流。
「分かってる。こいつもいるしな」
そう言って茶髪男が撫でたのは魔獣車を牽いていたヤギの如き魔獣。
ヤギとは言っても、発達した四肢と口から覗く牙はどう見ても肉食獣そのもので、捩じくれた巨大な角も相まってその姿は凶悪の一言。
――悪魔山羊
それは叡智ある魔物の1柱、悪魔の使いとされる魔物だ。その魔力量はどう見ても下位の魔物の範疇では収まらず、実力はBランク……否、Aランク相当。
当然、下位格の魔法では支配できぬ魔物であり、それこそが男が固有魔法士であることの証。
この男こそ、過去に大規模魔物暴走を引き起こし、幾つもの都市を壊滅させた“調教師”と呼ばれる魔物使いだ。
そして今回ルーファを捉えるための中核を担った濃紺の髪の男が――“運送屋”。
一見地味に感じる名だが……実際は違う。
彼はどんなに凶悪な魔物であろうと、どんなに高貴な身分の人物であろうと確実に届ける捕縛・誘拐を専門とする運び屋。
かつてリーンハルト南部で起きた大規模な誘拐事件も“運送屋”が関わっているとまことしやかに囁かれている。
3名とも裏の世界ではその名を知らぬ者がいないほど名の知れた犯罪者であり、エンヌがどれだけルーファの誘拐に力を入れているのかが分かるというものだろう。
「おい、従魔から連絡はあったか?」
「ダメだ……捜査範囲が広すぎんだよ。せめて何処で消えたかが分かればまだやりようがあんだが……“影法師”はどうだ?」
「この周辺にはいないようだが……そもそも“運送屋”の魔法をすり抜けたことを考えれば、魔法自体を無効化している可能性がある」
そうなれば見つけるのは絶望的。
この森は遠くシリカまで続く山脈の極々一部であり、その中からたった1人を探し出すなど不可能に近いのだから。
「とにかく!エンヌ様に1度連絡を入れて応援を呼ぶ」
“影法師”の言葉に残りの2人は顔をしかめた。
その理由は、彼らの腕に刻まれたは刺青にある。それは〈誓約〉という名の固有魔法で、特殊魔法の〈誓約〉とは一線を画する代物だ。ここでいう〈誓約〉とは絶対服従を意味し、エンヌは彼らの命を文字通り握っているのだ。
エンヌに拾われた時、彼らはソレを刻まれた――命を助ける代償として。
もし今回の作戦に失敗すればどのような目に遭わされるのか分かったものではない……が、続く“影法師”の言葉に、2人は顔を強張らせることになる。
「どの道このままではオレ達は死ぬことになる。禍津教の最期を忘れたのか!?」
神獣に手を出すという事は竜王を敵に回したと同義。
彼らの脳裏に浮かぶのは宇宙より降り注ぐ赤き炎。報告によれば、その炎は禍津教徒のみを燃やし尽くしたという。
それは想像すらできぬ魔法の極致だ。
「仕方ねぇ」
「チッ!ついてねぇな」
ぶつくさ言いながらも了承した2人を苛立ちと共に見つめながら、“影法師”はエンヌへ〈秘匿回線〉を繋ぐべく魔法を発動させた。
【ザッザ……ザザザ……】
聞こえてくる不協和音に、思わず魔法を解除した“影法師”は訝し気に眉をひそめる。
未だかつて〈秘匿回線〉が通じないことなど無かったからだ。この力は事前に登録した相手であればいつでも何処でも連絡が取れるという優れもので、魂に直接付与するために相手が結界の中にいたとしても問題なく発動する。
それが通じないということは……
「ハッ!ハハッ!そうか……そういうことか」
いきなり笑い出した“影法師”を、仲間2人は薄気味悪そうに見つめる。
「何なんだよ。気持ち悪ぃな」
「お咎めなしってか?」
「魔法が通じない。近くに神獣がいるぞ!」
そう結論付けた“影法師”は気付かない――その現象をもたらしているのが別の存在だという事に。
――キィィィィィン……
濃密な……濃密な魔力が彼らを包み込む。まるで海の底にいるかの如き圧力が彼らを襲い、全員がその場に膝をついた。
「じゅ、従魔から連絡が途絶えた!」
悲鳴のように叫んだ“調教師”に、彼らは自分達がどれだけ窮地に立たされているかを知る。
従魔と連絡が途絶えた時点で、“調教師”が操る数多の魔物が一瞬で殺されたという事。いや、それ以前に彼らは感じている――耳元で囁かれる“死の気配”を。
――キッ!キキキッ!
――グルルルルル!
――シャァァァ!
いつの間にか彼らを取り囲んでいるのは不気味に輝く数多の目。
暗闇の中に浮かび上がる大小様々な目が、彼らに向けて殺気を撒き散らしていた。
「魔物!?“調教師”のか!?」
「そんな訳あるか!オレの魔物はこいつしか残っていねぇ!」
視線で指し示した悪魔山羊は、”調教師”の背に隠れるように身を縮めて震えるばかり。彼がこの魔物を従えるために、3名の固有魔法士に協力を仰いだというのに。
――逃げれない。
それが3人の共通認識。
敵と交渉できる余地があることを願うばかりだ。
ジリジリと時間だけが過ぎる中で、唸り声をあげていた魔物が一斉に押し黙り、静かに移動を開始する。
そこに出来たのは1本の道。
もし、そこを駆け抜けることが出来たのなら、逃げ延びる可能性が格段に上がるだろう。だが、彼らはただ息を飲んでその道の先を見つめていた。
「いい夜だな」
草を踏む音と共に現れたのは1人の男。
月光に照らされた男の姿は美しいというに相応しく、端整な甘いマスクは老若男女問わず魅了することだろう。細身ながらも筋肉のついた肉体はまるで黒豹のようにしなやかで、完璧なる調和を演出している。
柔和な笑みを浮かべた男の様子からは、久々に会えた旧友に対する親しみさえ感じさせる……その禍々しい深紅の目を見なければ。
「探したぞ」
目の前にいる男は動いていない筈なのに、その声は彼らの耳元から聞こえた。
「ここはっ!?」
気が付けば“影法師”の前には扉があり、辺りを見回しても仲間の姿は見えない。意を決して彼は目の前の扉を開けた。
――ああア!助けっ!助けてくだしゃい!
――やめて!ヤメテェェェ!
――ごろじて!ごろじてくれェ!
それは身の毛がよだつ拷問の数々。
生きながら喰われる自分
強酸の池に沈められる自分
魔蟲の卵の苗床にされる自分
何より最悪なのは自分は死ぬことすら許されないということ。
内臓を食い千切られようと、半身を溶かされようと、映像を巻き戻すかの如く元へと戻る肉体は無限にループする地獄。
「……っはあ!はあ!はあ!」
入り込んでくる新緑の香りに、“影法師”は自分が戻って来た事を知る。
目の前に変わらず佇む美しい男に、彼は尻餅をつきながら後ずさった。
「オ、オレは役に立ちます!今まで幾つもの街を滅ぼしました!」
「オ、オレもだ!お願いです!助けてください!」
距離を取った“影法師”とは逆に、進み出た“調教師”と“運送屋”が男に媚びるように笑みを浮かべる。それを見ても“影法師”が彼らに習うことはなかった。
(何故分からない)
この男は間違いなく自分達を殺す。
その深紅の目には慈悲など欠片もなく、冷たい殺気が渦巻いているのだから。
「お前は?」
そう問われた“影法師”は反射的にこう答えた――「殺してください」と。
「いいだろう。悪魔山羊」
ニィィ、と残忍に嗤った男に従うように悪魔山羊が起き上がる。
他者に従属している魔物の支配権を奪うなど本来では不可能なこと。“調教師”が生きている限り支配権は移らない……それが世界の法則だからだ。
だが、悪魔山羊はそんな絶対のルールを嘲笑うかの如く近付いてくる。
(これがオレの最期、か)
世界の不条理を感じながらも、“影法師”は静かに“死”を受け入れた。
――ブチブチ、グチャグチャ
――ゴリゴリ、バキン!
肉が、骨が、内臓が喰らわれ
絶叫が、嗚咽が、哀願が、空気を震わす
「あ゛、あ゛、あ゛あ゛あ゛……」
「が……ふっ……」
“影法師”の目の前で繰り広げられるのは、魔物たちによる酒池肉林。
悪魔山羊が襲い掛かったのは“影法師”ではなく残りの2人。
“調教師”は逃げる間もなく悪魔山羊へと喰らわれ、隔離魔法で自分を覆った“運送屋”は数多の魔物を掻き分けながら走り出した……が、全ては無駄な足掻きであった。
金属片を繋ぎ合わせたかのような3本の尾があっさりと“運送屋”を貫き、空高く掲げられた彼はそのまま魔物の只中へと放り込まれることとなった。
「おい、殺すなよ。約束は守らなければな」
低く嗤った男が命じれば魔物は嘘のように引いていき、代わりに広がった闇がゴポリと躍動する。
――ナカマ、ナカマダ
――アア、ウラメシイ。自分ダケ助カロウナンテ
――一緒ニ苦シミマショウ
闇から這い出て来たのは眼球を失い血の涙を流し続ける亡者たち。
その中に、見知った人物を見つけた“影法師”は驚愕に目を見開いた。
「ウ、ナ……ス?」
それは長い付き合いの友であり、リーンハルトの中枢に潜入している仲間の名。
振り返った亡者は耳まで裂けた口を開き、嬉しそうに笑った。
――アア、友ヨ。オ前ヲ喰イタカッタガ……残念ダ
そう言って亡者はかつて仲間であった“肉”へと喰らいついた。
茫洋と仲間の最期を見つめる“影法師”の肩をロキは優しく掴む。
「安心しろお前の仲間は死んじゃあいない。アンデッドとなって永遠を生きるんだ……苦痛と共にな」
僅かにピクリと身体を震わしたが……“影法師”の顔には何の表情も浮かんではいない。それを見たロキはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「もう壊れたのか?まあいい」
――ズブリ
貫手で“影法師”の胸を貫いたロキは、そのまま魔法を発動させる。
――〈悪魔転生〉
それはデッスンの「殺した者を眷属として蘇らす〈眷属化〉」と、ピピの「自身の魔力を使用して眷属を生み出す〈眷属作成〉」を掛け合わせたもの。
媒体を利用することでより強力な眷属を生み出せるようにしたロキのオリジナルだ。
ドサリ、と音を立てて転がった“影法師”が何事も無かったかのように立ち上がる。
「気分はどうだ?」
「上々でございます。我が主君」
「その名はルーファへ。オレのことは名で呼べ」
「畏まりました。ではロキ様と」
満足そうに頷いたロキは〈叡智ノ眼〉で眷属を視る。
「中々の出来だな。今日からヤトと名乗れ」
「ハッ!有難うございます」
感激して跪いたヤトには目もくれず、ロキは空を見上げた。
ようやく掴んだルーファの手がかりをここで失う訳にはいかない……とは言え、捜査方法は限られている。残念ながらロキの魔法でもルーファは引っかからないのだ。ここは物量戦あるのみだろう。
「この周辺にルーファがいる筈だ。いくら魔物を使っても構わん。必ず見つけ出せ」
「畏まりました。吉報をお待ちください」
3対の翼を広げたロキは、ルーファの探索のために分身体を数体残して空へと羽ばたく。次なる獲物を目指して。
名前:ヤト
種族:悪魔
固有魔法:闇主魔法
〈隠形〉気配を殺して身を隠すか、または周囲に溶け込む魔法。前者の場合、動けば魔法が解除される。
〈秘匿回線〉登録した相手へ距離に関係なく内緒話ができる。
〈影人形〉影を操り、その影から情報を得ることも可能。夜にその真価を発揮する。
種族固有魔法:堕落魔法
〈欲望解放〉理性を薄れさせ、自らの欲望に忠実にさせる。
〈魅縛〉自分の姿を見た相手を魅了し操る。
〈魂強奪〉魅縛した相手の魂を奪う。
〈魔眼〉致死の魔眼、猛毒の魔眼、石化の魔眼、麻痺の魔眼等、様々な常態異常を付与できる。




