人生という名の旅路
「ティタン!急げ!!」
クロードの言葉にティタンは起爆式魔道具を橋へと設置していく。
キルゲイとジェーンを中心に敵の接近を防いではいるものの、相手方には固有魔法士が5名。ハッキリ言って勝てる要素はない。
だがそれでも、ここで食い止める以外の選択肢を彼らは持ち合わせていなかった。
――古代の遺産
そう呼ばれている魔道具がある。
〈大災厄〉以前に製造され、現在では作ることは事はおろかその素材すら解明されていない古の兵器。
小国であるシリカが今までベリアノスに対抗してこれた理由がこの兵器の恩恵だ。連射に難はあるものの僅か一撃で辺り一面を焦土と化し、最低でも数日間は人が踏み入ることが出来ない地獄へと変貌させる。
普段なら国境でベリアノスに向けられているこの兵器は、現在リーンハルトへ向けて移送中だ。目的は……アスタロスの攻略。
友好国として、シリカの民として、それは到底許容できぬこと。
ただ希望があるとすれば、巨大な魔力を発しているこの兵器は収納の魔道具に入れることが出来ないということか。故にそこに付け入る隙がある。
ベストは橋ごと古代兵器を葬ることだが……そう上手くは事が運ばぬようだ。こちらの思惑を悟ったのか、兵器は既に橋の入口付近にまで戻っている。それでもこの橋の破壊に成功すれば、かなりの時間を稼げる筈だ。
「完了しました!」
「よし!全員退却だ!」
橋の上へとティタンを引き上げたクロードがそう命じれば、上空に待機していた鷲獅子が降りてくる。
炎と風を司る鷲獅子の爆撃攻撃に怯んだ敵の隙を突いて、ジェーンとキルゲイは瞬く間に空の住人となった。残るは……クロードとティタンのみ。
「お兄様!」
エリザベスの駆る鷲獅子が彼らへ近づいた矢先、風に紛れた鋭い音が僅かに響く。
咄嗟にクロードの前へと躍り出たティタンの肩へと矢が突き刺さり、ぐらりと傾いたその身体は重力に従い橋から投げ出された。
「ティタン!」
クロードの伸ばした手は確かにティタンを掴んだが、他でもないティタンがその手を振り払った。
主君を危険に晒すぐらいなら自らを切り捨てる、それが彼の矜持なのだろう。そのまま鷲獅子に攫われるように大空へと連れ去られたクロードはありったけの思いを込めて叫んだ。
「勝手に死ぬなど許さんからな!必ず戻って来い愚か者!!」
崩れ落ちる橋を見つめながら、クロードは唇を噛み締める。
反乱軍初となる勝利の味は彼にとって苦いものとなった。
ユラリ、ユラリ……
ユラリ、ユラリ……
人生とはまるで流れゆく河のようだ、とルーファは思う。
激しく流されることもあれば、停滞することもあるだろう。誰一人として同じ軌跡をたどる者はいない。
人は皆、浮き沈みを繰り返しながらも終着点を目指すのだ――輪廻という名の大海へと。
何が言いたいのかといえば……現在ルーファは河の中を絶賛漂流中であった。
水中には巨大な蛇型の魔物がうろつき、上空には鳥の影。ルーファは動くこともままならず、ただただ青い空を見つめていた。
ふ、と横を振り向けば、同じ様に漂流中の迷い子がもう1人。旅は道連れ、それもまた旅の醍醐味なのだろう。
『って!ええー!!人ぉ!?』
正気に返ったルーファが慌てて横を見ると矢が突き刺さった傷塗れの人の姿。
『た、大変なんだぞ!うんしょ!うんしょ!』
小さなルーファにとって矢を引っこ抜くことすら重労働。ようやく矢が抜けたと思ったら、次いで噴き出した血が水面を赤く染める。
『ま、まずいんだぞ!』
急いで癒しの力を送るが、立ち込める血臭に引き付けられるように巨大な蛇が水中から顔を出した。
ルーファは傷ついた人間を守ろうとその前に立ちはだかる……ことなく顔を水中につけ、死んだ振りを敢行する。
ちょんちょん
『…………』
ちょんちょんちょん
『……死んでます』
ちょんちょんちょんちょん
『死んでるって言ってるんだぞ!』
フシャー!と起き上がったルーファと大蛇の目が合う――敵意も何もないつぶらな瞳と。
しばし見つめ合う子狐と大蛇。その時ルーファの脳裏にかつてヴィルヘルムに言われた言葉が甦った。
――竜族がそなたを傷つけることはない。
その言葉が正しいのなら大蛇はルーファの味方の筈。今まで漂流するルーファの後を、ストーカーの如くついて来ていたのも納得できるというものだ。
だがしかし、小心者のルーファはゴホンと咳払いすると礼儀正しく問いただすことにした。
『もしかして、ヴィーの眷属の方ですか?』
(コクリ)
そうと分かれば怖いものなど何もない。厚かましくもルーファは大蛇の頭上へと我が物顔で飛び乗ると、グッと伸びをして毛繕いを始めた。
何せ数日間は確実に漂流していたのだ。久々の陸地(?)プラス安全地帯に人心地ついたとしても罰は当たらないだろう。
『そうそう、この人を街の近くまで運びたいんだけど、この辺に街ってある?』
傷を治したとはいえ、このまま水中に放置していれば遠からず死んでしまうだろう。出来れば街の付近まで運びたいところだ。ついでに街へ潜入して現在地を調べようというという魂胆である。
ルーファに応えるように大蛇はある方向を向くが……残念ながら遠すぎてルーファにはどこにあるのか分からなかった。
『ふっふっふ。ついに我が修行の成果を見せる時が来たようだな!ルーファ☆アーイ!!』
説明しよう!
過去、現在、未来を自由自在に視ることが出来る〈時空眼〉だが、細かく分類すれば透視系や遠視系も含まれているのだ。
ちなみに、チートと言っても過言ではないこの力だが……ルーファが使いこなせるのは遠視だけという何ともショボい結果となっている。
『おお!街だ!!』
リィンには及ばぬもののどうやらかなり大きな街のようで、遠くからでも城の尖塔が良く見える。街の東に流れる大河(※ルーファが漂流中)には小さな船――恐らく漁船と思われる――が行き交い、西南北には真っ直ぐに伸びた立派な道が遥か先まで続いている。
『きっと有名な街なんだぞ!いざ行かん!あの街へ!』
前足で街を指し示したルーファに従い、心の広い大蛇は元怪我人に巻き付くとゆっくりと移動を開始する。
それを見届けたルーファはと言うと……いそいそと観光ガイドブックを取り出し、鼻歌を歌いながらページを捲っていく。当然これは観光のためではなく、現在地を知るための勉強である!
太陽が西へと沈むころ、目立たぬ岸辺へと辿り着いたルーファはピョンっと大蛇から飛び降りる。
そこは巨大な岩が連なり、ルーファ達の姿は丁度岩の陰に隠れて周りからは見えないだろう。
『ありがとう、チャーター君。おかげで助かったんだぞ』
ルーファによってチャーターという不名誉な名を授かった大蛇は、嬉しそうにルーファに顔を擦りつける。まあ、本蛇がいいのならいいのだろう。
しばし2匹で戯れた後、ルーファは言いにくそうに口を開く。
『お願いがあるんだけど……この人が目を覚ますまで近くで見守って欲しいんだぞ。それと、居場所を確認したらまた移動すると思うからこの辺で待っててもらえないかな?』
チラチラと様子を窺うルーファに、器の大きなチャーターは嫌な顔1つすることなく頷いた。余談だが、竜族の心はルーファ限定で海よりも広くなっており、これがもしルーファ以外だったなら……問答無用でお腹の中に直行だっただろう。
そんなことを知る由もないルーファは無邪気に喜ぶと、お礼に祝福をあげた。
『またね~』
そう言って意気揚々と飛び立ったルーファだったが……
『はあ、はあ、い、意外と遠いんだぞ』
近場に降ろしてもらったにも関わらず、一晩掛けてようやく外壁へと辿り着いていた。
段々と明るさを増していく夜空に焦りながらもルーファは黒毛緑目の子狐へと変装する。そう、ヴィルヘルムからもらった変装グッズは子狐の時でも有効なのである。
尻尾も1本になったことを確認したルーファは、そのまま上空から街へと侵入を果たした。
『まずは情報収集からなんだぞ!』
情報収集の何たるかを知らないルーファは人が集まりそうな場所に潜伏するでもなく、警備が最も厳しいであろう王城と思しき場所へと向かったのだった。
ガサリ……
「誰だ!」
そう言って剣を構えた2人の兵士にルーファは堂々と姿を晒す。
「何だ?子狐……?」
ちっこいルーファの姿に毒気を抜かれたように剣を下ろした兵たちにルーファは5回目の作戦を実行する。
「ワンワン!ワンワン!」
「なんだ子犬か~。可愛いな」
「ここまで狐に似た犬も珍しいな。よしよし、ジャーキー食うか?」
「くぅん」
愛らしい声で鳴きつつジャーキーにかぶりついたルーファは、そのまま悩殺ポーズを決める!
わしゃわしゃ撫でられながら媚を売りまくるルーファの姿は飼い犬そのもの。神獣のプライドはいったい何処へ捨ててきたのだろうか。もし母が今のルーファの姿を見たのなら、嘆き悲しむ……否、怒り狂うことだろう。
だがしかし!ただ単に撫でられているわけではない。これで警戒心を完全に消し、会話を堂々と盗み聞きする所存である。
それにより分かったことは4点。
ここがシリカの王城だということ
ベリアノス軍が出入りしていること
エリザベスとクロードは未だ捕まっていないこと
地下牢に裏切者が収容されていること
「人懐っこい奴だな~」
「癒される……」
「最近、不穏な事ばかりだからな」
「ああ、強欲なリーンハルト軍が国境を荒らしてるからな」
「まったくジャイヴァロック様が追い返して下さらなければ今頃どうなっていたか……」
ぶるり、と身体を震わせた兵にもう1人の兵が励ますように肩を叩く。
「心配すんな!今では国境どころか逆にリーンハルトへ攻め入って領土を勝ち取っただろ。今頃悪逆王ガッシュも慌てている筈さ」
「そうだな。こっちにはベリアノスがついているんだ。負ける筈がない」
交わされる会話に顔を曇らせたルーファはジッと兵たちを視る。
――濃紺のモヤ
以前見た時とは魔力の色こそ違えど、種類は同じもの。精神支配系の魔法だ。
今まで会ったシリカ兵……いや、城内の殆どの者にこのモヤがかかっていた。逆に言えば、かかっていないのはベリアノスの手の者だと考えていいだろう。
「そろそろ行くか」
「ああ、リーンハルトから間者が入り込んでるかもしれないからな。王も注意するようにとの仰せだ」
立ち去っていくシリカの兵たちを、ルーファは物思いに沈んだ目で見送った。
~魔法の豆知識~
朝人の〈支配魔法〉は固有魔法士には効き辛く、本人にも操られている自覚がありますが、命令を無視することは出来ないようになっています。
逆に完全に〈支配魔法〉の支配下にある人には記憶のすり替えも可能です。
朝人のクラスメートとアシュレイが支配されながらも、自我を保っているのはこれが原因ですね。




