何もできなかったよ
私はかんなに信頼を置くことができた。
無理強いして囮になれとか言ってこないからだ。
何年もいて、何年もこの恐怖につきまとわれてもその選択をしてこなかったかんなを私は尊敬した。
私には無理だと思う…もし力があるなら誰かしらを犠牲にしてでも、とか思っちゃう。
あの話しから多分1日くらいたった。
ベッドが置かれているが私たちは基本寝ないで活動できるみたいで時間感覚が麻痺してくる。
だから私たち3人は特にすることもなく、色んなことを話した。
かんなは生まれつき身体が弱く、小学校高学年に上がる頃には車椅子を強いられるほどであったという。
医者にもそう長く生きれないとも言われてたみたい。
ここに来てからは普通に歩けるみたいで、最初は喜んだそうだ。
…最初というのはあの光景を見るまではだね。
ゆいはあまり大きくない会社のOLさんで大人しい性格とその容姿から男の人にはモテていたそうだけど、逆に女性社員から陰湿なイジメを受けてきたそうだ。
なんて身勝手な人たちだろう。
その話を聞いているとき自分のクラスメイトの姿が浮かび悔しくて、
同じ境遇にいたゆいを思い悲しくて、涙をこぼしてしまった。
そんな私をゆいは抱きしめてくれた。
かんなは何も言わず下を向いていた。
私も私のここに来る前の話をした。
クラスでは毎日のようにイジメを受け教師にも見てないフリをされ、
家では毎日のように父親に殴られ蹴られ母親にも見てないフリをされる毎日を。
その話をしている最中に今度はゆいが泣き出してしまった。
かんなも今にも泣き出しそうな顔をしている。
私もまた泣き出してしまった。
今まで私のために泣いてくれる人なんていなかったから。
「…ごめん……私ちょっとロビーの様子見てくる。」
その中学生は涙を見られたくないのか部屋をでて行った。
「……ねぇ、なな。」
「……なに?ゆい。」
涙を拭きながらゆいが話しかけてきた。
「私は、生きているのが辛くなっちゃって楽になりたくて自分自身で生きることをやめたんだ。」
「………私もだよ。」
ゆいもそうだろうと思った。
かんなと違って私たちは生きることを自ら諦めたんだ。
「死んで楽になれるかと思ったら今度はこんなところでがんばんなきゃいけないなんてね。
………でもね、あなたたちに会えたのだから私はここにきてよかったわ。」
ゆいが私の前で初めて笑顔を見せてくれた。
私はそれに応えるように笑顔を返す。
こんな気持ちは何年ぶりだろう。
もしかしたら初めてかもしれない。
「でもかんなには申し訳ないね。」
「うん……」
そう、かんなは生きたくても生きれなかったんだ。
私たちは生きれたけど生きたくなかったんだ。
でもかんなは私たちの苦しみを理解してくれた。
いや、実際は理解なんてできやしない。私だってかんなの苦しみを本当に理解することなんてできやしないんだ。
でも理解しようとしてくれた。
涙を流してくれた。
これ以上のことなんて望むはずがない。
「きっとかんなはわかってくれたよ。」
「うん、ありがとう。なな。」
「ちょっとかんなを探してくるね。ゆいお姉さんは少し休んでて。」
私は元気よくベッドから飛び降り、冗談っぽく笑った。
「ふふっ、じゃぁお言葉に甘えさせてもらうね。」
まぁ探すって言ってもこの部屋以外ならロビーしかないんだけど。
少し広めのロビーを見渡す。
「あれ…いない…」
あの色白娘…壁の色に同化しちゃったかな…。
「おー、嬢ちゃん。
かんなちゃん探してるんだろ?」
急にロビーに座っている中年のおじさんに声をかけられた。
「あ…はい。
おじさんはかんなの知り合いですか?」
「知り合いというか、かんなちゃんはここでの1番の古株だからね。
知らない人のほうが少ないんじゃないかな。」
「そう…なんですか…」
かんなは一体どれくらいここにいるんだろう。
何故平等に連れて行かれないんだろう。
「かんなちゃんならさっきそこの部屋に入って行ったよ。
空き部屋だから迎えに行ってあげなさい。」
「あ…ありがとうございます!」
「嬢ちゃん。お名前は?」
「あ…失礼しました。
私は野々山 奈々といいます。」
「ななちゃんか。私は金山というんだ。よろしくね。」
「よ…よ、よろしくお願いします。」
目上の人と会話するのに慣れてない私は噛みながら深い深いお辞儀をした。
「ななちゃん、かんなちゃんをよろしくね。
あの子は人に頼るのが苦手な子だからね。
君みたいな同年代の子なら心を開いてくれるかもしれないから。」
「はぁ。」
何を言ってるのかよくわからないけど、確かに若い人ってそんなに多くないなぁ。
私はロビーを見渡しながら思った。
死後の世界だから?
とりあえず金山さんに教えてもらった部屋に入った。
「……かんな…いる?」
ベッドもなんも置いていない部屋の隅っこでかんなは体育座りをしてこちらに背中を向けていた。
部屋には嗚咽混じりの泣き声が響いている。
「かんな……泣いてるの…?」
二言目の私の言葉で気づいたらしく、びくっと肩を上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をこちらに向ける。
「なな……なんでここに…?」
「あ…えっと…かんなを探してて……ここにいるってきいたから…。」
かんなは目をごしごしふいて立ち上がる。
「へへへ、ダサいところ見られちゃったね。」
そういってけらけら笑う。
「…おかしくなんかないよ?」
「私はさ……生きてるとき、何もできなかったよ。
中学校に通ってたとき、私の親友がさいじめられてたんだよ。
私は助けたかった……でも何もできなかった…。
大声上げても大人に頼っても何も変わらなかったよ。
私は動かない自分の身体を呪ったよ。
私は私の大切な人さえ守れない自分の弱さを憎んだよ。」
かんなは本当に心の強い人だ。
でもそれはかんなを苦しめるものだったんだ。
心に身体がついてこなかったんだ…。
「ゆいとななの話聞いてたらそんな自分を思い出しちゃってさ……涙とまなくなっちったよ。」
相変わらずけらけら笑うかんな。
「心配させちゃってごめんね。
ゆいのところもどろっか。」
「……かんな…」
私が言葉を発するのと同時にサイレンの音が響き渡る。




