こわいよあれは
黒いドアから入って来たそれはお迎えに来たというには程遠い姿をしていた。
いや、この世のものとは思えないおぞましい姿だ。
ピエロのような目元が笑っている仮面を被り、
千手観音のように背中から手が無数に生えており、
その手には鎌やら鎖やらを持っていて、
足元は黒い靄に覆われていて足がなく浮いているようだ。
神々しさと禍々しさを兼ね揃えたなんとも形容し難いそれはこちらに近づいてくる。
「あ……」
「声もでないだろ?
私も最初見たときは瞼さえ動かせなかったよ。」
かんなは相変わらずけらけらしながら答える。
もう何年もここにいるかんなは自分が連れてかれるなんて思ってないみたいだ。
もし生きているときにあれを見たら私はおしっこを漏らしていたと思う。
ここにはそういう概念がないみたいで助かった。
それは私の隣の隣にいた男性の前に立ち止まり、持っている鎖で身体を締め上げる。
「ひっ……」
抵抗虚しく引きずられる男性。
「いやだ…いやだよ…怖い…助けてくれ…」
私含め、周りの人たちは何もできなかった。
こんな異常な光景…どうしろというのだ。
男性は黒いドアのほうへ引きずられて行く。
迎えの使者の表情は仮面からは読み取れない。
男性は悲痛の叫びをあげ、使者と一緒に黒いドアの向こうに消えていった。
一瞬の静寂のあと、みんなそれぞれの部屋に戻る。
ロビーには私とかんな…あともう一人だけになった。
察するに私たちと同じ部屋の人みたいだ。
「私はたくさん黒いドアに連れてかれる人を見てきたよ。
ある人は救いがあるとか
ある人はあの先は地獄だとか
どっちかはわからないけど連れてかれた人が戻ってくることはなかったよ。」
「私たちはどこから連れて来られたの?」
「文字通り湧いて出てくるんだよ。
気づいたら隣にいたりさ。」
「かんなはお迎えが来て欲しいの。」
「…わかんない。でも正直、こわいよあれは。
あんたはこわかった?」
私は無言で頷いた。
あれが怖くない人がいるのだろうか。
「だから私はななに提案するんだ。」
かんなは珍しく真顔になって続ける。
「私たちとここを出よう。」




