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「助けるほど増える呪いを、誰かに渡すしかなかった」  作者: 普通


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■第2話

 朝になっても、あまり眠った気がしなかった。


 変な夢のせいかと思ったけど、それだけじゃない気がした。

 何かを聞いた気がするのに、思い出そうとするとぼやける。


 ただ、嫌な感じだけが残っていた。


 リビングに降りると、妹がソファに座っていた。


 学校はどうしたのかと思ったけど、顔を見てすぐに分かった。

 明らかに様子がおかしい。


「大丈夫か?」


 声をかけると、ゆっくりこっちを見た。


「……気持ち悪い」


 それだけ言って、口を押さえた。


 顔色が悪い。

 熱でもあるのかと思って近づいたとき、変な匂いがした。


 甘ったるくて、どこか腐ったような匂い。


「吐きそう……」


 そう言った瞬間、妹は立ち上がってトイレに駆け込んだ。


 後を追うと、中からえずく音が聞こえてきた。


 最初は普通だった。


 食べたものを戻しているだけの、よくある音。


 でも、すぐに変わった。


 ぐち、と。


 妙に重い音が混ざるようになった。


「……なに、それ」


 思わず口に出た。


 返事はなかった。


 代わりに、もう一度同じ音がした。


 どろっとしたものが落ちるような音。


 気になって、ドアを少しだけ開けた。


 妹は便器にしがみつくようにして、吐いていた。


 その背中が、小さく震えている。


 中を見てしまった。


 吐瀉物の中に、黒い塊が混ざっていた。


 食べ物じゃない。


 もっと、形の曖昧な、柔らかそうなもの。


 水に溶けきらずに、底に沈んでいる。


「……なにこれ」


 聞こえていないはずなのに、妹の肩がびくっと動いた。


「わかんない……」


 かすれた声で答える。


「お腹、変なの」


「変って?」


「中で……なんか、動く」


 その言い方が、妙に引っかかった。


「痛いのか?」


「痛いっていうか……」


 少し考えるようにして、言葉を探している。


「……ぐにゃってする」


 意味が分からなかった。


 でも、冗談で言っている感じじゃない。


 吐き気が落ち着いたのか、妹はそのまま床に座り込んだ。


 そのとき、腹を押さえた。


「今も?」


「うん……さっきよりはマシだけど……」


 その様子を見ていて、ふと昨日の夢を思い出した。


 暗い場所で、何かを踏んだ感触。


 柔らかくて、嫌な感じの——


 頭を振って、無理やり考えるのをやめた。


 関係あるわけがない。


 ただの体調不良だ。


 そう思い込もうとした。


 母親が帰ってきたのは、その少し後だった。


 事情を話すと、すぐに病院へ連れていくことになった。


 その間も、妹は何度か吐いた。


 回数を重ねるたびに、あの黒い塊は増えていった。


 形も、少しずつはっきりしてきている気がした。


 見なかったことにした。


 見ていいものじゃない気がした。


 病院に行って、しばらくしてから連絡が来た。


 検査をしたけど、原因は分からないらしい。


 点滴をして様子を見ることになったと。


 よくある話だと思った。


 原因不明なんて珍しくない。


 そう自分に言い聞かせた。


 その日の夜。


 家には俺と父親だけが残った。


 父親は何ともなさそうだった。


 夕飯も普通に食べて、テレビを見ている。


 俺も、体調は悪くない。


 ただ、落ち着かなかった。


 理由は分かっている。


 あの箱だ。


 自分の部屋に戻って、すぐに棚を見た。


 箱は、そこにあった。


 昨日と同じ場所に——


 いや。


 違う。


 ほんの少しだけ、前に出ている。


 昨日よりも。


 気のせいじゃない。


 確実に、位置が変わっている。


 ゆっくり近づいた。


 触るのをためらった。


 でも、確かめないといけない気がした。


 手を伸ばして、箱に触れた。


 ひやりとした。


 それと同時に、微かな振動を感じた。


 気のせいかと思った。


 でも、違った。


 ほんの一瞬だけ。


 内側から、何かが触れたみたいに、ぴくっと動いた。


 反射的に手を離した。


 そのとき、気づいた。


 箱の継ぎ目。


 昨日はなかったはずの隙間が、出来ている。


 爪が入るか入らないかくらいの、細い隙間。


 そこから、何かが滲んでいた。


 黒い。


 液体とも固体ともつかない、粘ついたもの。


 ゆっくりと、外に出ようとしているみたいに見えた。


 目を離せなかった。


 そのまま見ていると、ぽたり、と床に落ちた。


 音は小さかった。


 でも、やけに重く響いた。


 その瞬間、廊下の方から音がした。


 ぎ、と。


 床が軋む音。


 誰かが歩いているみたいだった。


 父親の足音じゃない。


 もっと軽くて、ゆっくりした音。


 それが、止まった。


 ちょうど、俺の部屋の前で。


 息を止めた。


 しばらく何も起きなかった。


 でも——


 次に聞こえたのは、ノックの音じゃなかった。


 扉の向こうで、何かが擦れる音。


 低く、湿った音だった。


 まるで、手のひらを引きずっているみたいな。


ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

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