幸せな日々
誤字報告ありがとうございました。助かります。
目が覚めると見知らぬ天井が視界に入った。
ぼんやりした頭でその天井の木目を見つめながら、「古いタイプの天井ね」なんて思いつつ、今、自分がどこにいるんだろうかと逡巡する。
そうだ、昨日、陽人さんが熱を出して……。
がばっと、実菜は起き上がる。
「何で陽人さんのベッドで寝てるんだ?」
確かベッドサイドにいたはずだ。まさか、剣持を追い出して寝床を奪ったわけではないわよね。と、変な緊張で汗が出た。
時計を見れば、朝の八時ですっかり寝坊している。
ベッドから這い出て、ベッドに腰を掛けたところで部屋のドアが遠慮がちに開き、「あ、起きた?」と、申し訳なさそうな表情の剣持が顔をのぞかせた。
「おはようございます。体調はどうですか?それとあの、すみません……もしかして私、陽人さんをベッドから追い出したり……」
「してない!してない!それに、君のお陰ですっかり体調は良いよ!」
剣持が即答で否定したことで安堵したが、ということは剣持が運んでくれたのかと思うと、今度は恥ずかしくて変な汗が出た。
しかし、どきまぎしている実菜とは対照的に、剣持は浮かない表情で視線をうろうろと彷徨わせていた。
無言でもじもじとしていた剣持だったが、意を決したように顔を上げ、すたすたと実菜の正面まで来ると向かい合って正座した。
「まずは謝っておこうと思って」
「え?え?謝る?何を?」
真剣な表情の剣持に実菜は面食らったが、実菜は今、ベッドに腰を掛けた状態である。そして、剣持はその正面の床に正座をしているのだが……。
嫌ぁーっ!この立ち位置、あ、座り位置?
なんだか凄く、嫌ぁーっ!!
「あの!床は冷たいですから!」
「でも昨夜は実菜をここに座らせてしまっていたし」
謝るって、そのこと?!
……あ、それとも、昨日のうちに帰れなかったことかしら?
よく考えたら謝られる理由は結構あった。だが、そんな事は些事の範囲で、こんな大袈裟にされる事でもない。
「別に怒ってないですから!そんなところに座らないで下さい!」
「いや、でも……」
「デモもストもありません!私が居心地悪いです!」
やいのやいのした結果、ベッドの上に座ることに落ち着いた。なぜだか正座に拘る剣持につられ、実菜も正面に正座した。
膝を突き合わせて座る二人は、まるで浮気がバレた亭主とその妻の図のように思え、実菜は笑いを堪えるのが大変だった。
「実は、昨夜、俺はラインハルトだった時の夢を見たんだ。静加を日本に送った日の夢だよ。ラインハルトと純子が亡くなった日でもある」
おもむろに口を開いた剣持の話に、実菜の胸がちくっとした。
「純子は、次の人生でラインハルトに会えなかったのは、彼に嫌われているからだと思って苦しんだって言ってたよね?」
実菜はこくっと頷いた。
ジュアンは生まれた時から純子の記憶があった。正直なことを言えば、瘴気の浄化はおまけみたいなものだったのだ。浄化として各地を回ればそれだけ人との出会いがあるし、彼に気付いてもらえる可能性が増えると考えていた。
しかし、ついぞその願いは叶うことはなかった。
「辛い思いをさせるとは思い至らず、申し訳なかった!!」
剣持は謎の謝罪をすると、思い切り頭を下げた。
「え?いえ、あの、はい?でも、いつ、どこに生まれ変わるなんて、思い通りになるものでもないですから」
「いや、そうだとしても、あの時の俺は自分を守ることしか考えてなかったんだ。
君を守る、なんて偉そうな事を言ったくせに、がっつり君に守られた上に、あっさり弟に殺されたんだ。情けないよ。
その上、君に頼りにされてないと思い込んでいじけて、君との約束を守りたくないと強く願っていた」
正直、純子の記憶として最期がどうだったのかよく憶えていないのだ。なので、実菜にとっては剣持の告白は、よく分からないものであったが、剣持にとっては思うところがあるらしい。
「だから、君が悪いんじゃないんだ。生まれ変わっても一緒になろうっていう君との約束を破った俺が悪いんだ!」
あくまでも真剣に言い募る剣持に、つい、笑いが溢れてしまった。
「ふふっ。笑っちゃってごめんなさい。でも陽人さんたら、真剣に何を言うかと思ったら……面白いです」
「実菜!本当なんだ……」
「じゃあ、ジュアンに気付いたけど、逃げ回ってたとでも言うんですか?」
「え?違う……けど」
「純子の次の人生、ジュアンが生きた時代にラインハルトが生まれ変わっていなかった。というだけの話ですよね?」
ジュアンだった時はそれが全てだったから酷く思い悩んでいたが、実菜として冷静に考えたら、そもそも生まれ変わり云々はコントロール出来るものではないじゃない。という考えに至った。
寧ろ、そんなことで壊れるなよ。という話で、情けないというならジュアンもだ。
「う、うん……そう、かも」
確かに剣持に、他の人生の記憶などはなかった。いや、思い出してないだけかもしれないが、なるほど。といった表情で剣持が頷いた。
「だったら……私と一緒になってくれるのなら……約束を守ってくれたって事……でしょ?」
言いながら、恥ずかしくなって俯く。
ぎゅっと、膝の上で拳を握ってもじもじしていたが、何も言ってくれない剣持に不安になって上目使いに窺うと、耳まで赤くした剣持が目を見開いてぽかんとしていた。
「えっ?!」
なんでそんなに赤くなっているのか。剣持につられて実菜の顔にも熱が集中していく。
実菜の声で我に返った剣持が「そうか!そうだ!!」と、ぽかんとしていた顔をほころばせて実菜を抱き寄せた。
「えっ?!ちょっとっ?!」
昨夜はお風呂にも入らずで眠ってしまったのだ。実菜としてはこの距離は是非とも遠慮したいと思ったのだが、剣持にはそんなことは関係ないらしい。
なんとも幸せそうな表情で、実菜を腕の中におさめようとしているのを見たら、拒否する気持ちは失せてしまった。
素直に身を任せて剣持の胸に顔を埋めると、背中にしっかりと腕が回された。
「そうか、そうだよ、その通りだ!良かった。約束守れてたんだね。実菜、ありがとう。俺の前に現れてくれて。
どうしよう、俺……今、人生で一番嬉しい」
噛みしめるように、耳元で囁く声が微かに震えている。
「……私も、嬉しい」
嬉しいのは実菜だって同じだった。応えるように抱きしめ返すと、剣持は優しく背中を撫でた。
不思議。今まで誰にも注目されないような人生だったのに。
まともに好きな人さえいた事がないのに。
そんな私が誰かを好きになるなんて。
誰かにこんなに求めてもらえる日が来るなんて。
もし、実菜が異世界に召喚されることがなかったら、こんなことはなかっただろう。
実菜だけではなく、静加が一緒に召喚されなかったら?
その前に、静加が剣持を養子にしていなかったら?
実菜が剣持の会社に就職していなかったら?
今までのどんな出来事が一つでも欠けていたら、今はなかったのだ。それを思うと、どちらかといえば周りに無関心で、根暗に過ごした学生時代も重要な要素だったように思われて、自分を好きになれるような気がした。
そして、自分に関わってくれた全ての人に感謝したい気持ちにさえなった。
会社の先輩二人は……おいておこう。いや、あの二人との出会いにも意味はあったのだろう。……多分。知らんけど。
剣持が身体を少し離すと、熱い眼差しで実菜を覗き込む。
「……ぁ」
顔を傾けてゆっくりと近付けてくる剣持に、思わず瞳を閉じかけた実菜だったが、はっとして剣持の口を両手で封じた。
「っ?!……っ何で?!」
まさか、拒否されるとは思っていなかった剣持が実菜の手を口から剥がして掴む。
「いや、寝起きですから!」
「ぁ……ごめん?」
謝罪を口にしながらも、納得してなさそうだがさすがに、寝起きの口は……ねぇ?
微妙な空気が二人を包んだところで、「くぅう〜」と、いう可愛い鳴き声がした。
「はは!お腹空いたよね。朝食にしようか」
剣持が気を取り直して笑った。
この上なく恥ずかしいが、絶妙なタイミングでお腹を鳴らせて、この空気を打開した自分の食い意地に感謝した。
そして、朝食と言って連れてこられたダイニングには、昨日の食堂でお土産に持たされた揚げ物が鎮座していた。
「……まさか」
「ごめん。食材は使い切ってたからさ」
苦い顔で、「非常食なんだけど」と、言いながらレトルトパックのご飯を取り出す。
ある意味、非常時である。実菜も文句は言えなかった。
朝から重いですね。
とは。
なんだかんだ言いながら、重い朝食をぺろりと平らげた二人は庭に出ていた。
自給自足の為の畑にしていたという庭は、雪が被って全貌は分からないが、結構な広さだった。
「ね、陽人さん。あれは?」
実菜が気になったのは、その庭の端の方にあるこんもりした場所だった。
「ああ、あれね……」
言いながらその場所に近付くと、そこの雪を払い除ける。その下から出てきたのはビニールだった。
「これも、静加さんが育ててたんだ」
畳ニ畳分ほどのその場所にフラフープを半分にしたような輪っかがいくつも埋まっていて、その上に透明なビニールを被せただけと思われるその中には、確かに植物が植わっていた。
「静加さんの作ったコレは結構人気があってね。大量に栽培してないから、余計にすぐ売れちゃうんだけど……」
ビニールの端をぴらっと捲って中を覗くと、青々とした葉っぱに細長い茎が伸び、その先に紫色の小さな蕾が見えた。
「え?これ、ラベンダーじゃない?」
このビニールはビニールハウスというものではなく、ただの雪よけだろうと思う。
花の事は詳しくはないが、ラベンダーといえば夏のイメージしかなかった実菜が驚いて剣持を振り仰いだ。
「そうだけど?」
「何で咲いてるの?」
「……知らない」
聞けば、静加は一年中ラベンダーやら他のハーブを気まぐれに栽培して、気まぐれに出荷していたという。なので、こういう植物は季節関係なく育つのだと思っていたらしい。
そんなわけあるかっ!と、言ってやりたい気持ちを抑える実菜だった。
「でも、静加さんが世話をしなくなって暫く経つから、枯れて来ちゃったんだよね」
言われてよく見ると、確かに蕾のまま葉っぱが茶色くなっているものもちらほらとしていて、このままいけば、全部枯れてしまうのは目に見えていた。
うーん。それは可哀想だけど、仕方がないわよね。
今から鉢に移して室内に入れてみる?
枯れ掛かった葉っぱをじっと見ていた実菜は、自分の目を疑って思わず目を擦る。
「あれ、おかしいな」
茶色くなった葉っぱの周りに、もやっとした黒い物が見えたのだ。しかも、目を擦って見直しても、それは消えない。
もう一度よく見ると、それはその一株だけではなく、ほとんどの株に何かしらが見えた。
「やだ、気持ち悪い」
特に深く考えずに、実菜はその黒い物を手で「ぺっ、ぺっ」と、払い除けた。
「やだ、土も」
気付けば、土にも黒いもやが薄く漂っていたので、両手で「ばんっ、ばんっ」と、叩いた。
あっさりともやが消えた後は、心なしか全体的に輝いて見えて、それに満足した実菜は「ふーっ」と、息を吐きながら立ち上がった。
「……実菜?何をしたの?」
振り返れば、剣持が愕然とした表情で実菜を見つめていた。
しまった。つい。
間違いなく、今のは奇行に映ったであろう。どう、言い訳しようかと逡巡していると、剣持は嬉しそうに笑い出した。
「何それ、静加さんと同じ事をしてる。静加さんは理由は特に教えてくれなかったけど、何かのおまじないなの?それ」
「え、う、うん。まあ……そんなとこ?」
なぜ、異世界と同じ様な事が出来るのか、なんて実菜にだって分かりはしない。
今だって、黒いもやを消しただけで、それが何かしらの効果がある事なのかどうかも分からないのだ。
――――そんなこんなで一年が過ぎ、季節は夏を迎えようとしていた。
静加のものだったあの家は陽人が正式に引き継ぎ、今でも陽人はほとんどの仕事を家でこなしていた。
そして、実菜はというと。
「陽人さん!それは私の仕事ですから、陽人さんはご自分の仕事をして下さい!」
陽人に仕事を取られ、怒っていた。
実菜もまた、その家で陽人と生活を共にしている。
プロポーズの次の日には婚姻届にサインしそうな勢いだったが、意外にも婚姻届を提出したのは最近だった。
「今、暇だから大丈夫だよ。こっちは任せて、実菜は休んでいて」
実菜が……陽人曰く、おまじない……をしたあの後、見事にラベンダーが復活したのだ。そして、何となく静加の後を引き継いでいたのだが、本格的にこれを仕事にしようと一念発起したのが半年前。同棲を始めたのもこの頃だった。
仕事も辞めて、園芸の勉強もしながら庭でハーブを主に育てて、少しずつだが出荷もしている。
理屈は分からないが、異世界ほどではないにしても実菜の作ったハーブは効果が高いと評価されて、その界隈では割と人気だった。
そして、今、実菜が怒っていたのはラベンダーの収穫を陽人が勝手にしてしまったからだった。
「全部、刈っちゃ駄目ですーっ!!」
ラベンダーはポプリスティックやサシェにしての注文が多いが、鉢での注文もあるのだ。
畑のラベンダーを全部刈り取る勢いの陽人に慌てて畑に走った。
「あ!」
慌てすぎて足元の石ころに思い切り躓いて「おっとっと!」と、歌舞伎の見得みたいになっていると、それに気付いた陽人が真っ青になってすっ飛んで来た。
「だから!君はそういうところがあるから!だから休んでてって言っただろっ?!」
あっという間に陽人の腕の中に収まると、実菜の頭の上から安堵の溜息が降ってきた。
「ごめんなさい。でも、陽人さんが全部、刈り取っちゃいそうだったから……」
「ああ、それはごめん。でも、具合悪くない?」
陽人は身体を離すと、実菜を労るようにお腹を撫でる。
「大丈夫です。陽人さんは心配し過ぎですよ」
実菜は苦笑を返す。妊娠三ヶ月になる実菜は、多少の食べづわりがあるものの、比較的安定していた。
妊娠が発覚してからの陽人の方が、毎日ふわふわしていて心配なほどだった。
当初、結婚式はするのか、しないのか。するなら、いつ、誰を呼ぶとか、場所は、とか色々すったもんだしているうちに、忙しさも相まって懐妊が先になってしまうという大失態。
結局、特別な日でも何でもない日に籍だけ入れる、という残念な結果になってしまっていた。
だが、毎朝、陽人が実菜のお腹に向かって「おはよう」と、挨拶する声で目覚める日々は幸せだ。
陽人に、まだ膨らみもないお腹を撫でられながら幸せに浸っていると、突然、縁側の辺りが光った。
「「っ?!」」
実菜と陽人は顔を見合わせて、恐る恐る光った辺りに近付いた。
光りは一瞬ですぐ消えたのだが、何かひらひらと舞い落ちた。
「何かしら……紙?」
陽人がその紙の様な物を拾い上げると、眉を顰めてその紙を見つめている。
「何?……あ、写真?」
実菜がそれを覗き込むと、セピア写真のようだ。しかも、それに写っていたのは……。
「静加?」
「えっ?これ、静加さん?!ああ……そう言えば若い頃の写真を見せてもらった事があったけど、確かにこんな感じだった気がする」
その写真に写っていたのは、静加とセシル。それに知らない男女が一組。そして、小さい男の子が二人。
見たことがない城の様な建物の前で六人が立っていた。
知らない女性はメイメイな気もするが、男は分からない。ごつい軍人の様な男はどこかで見た様な気がするがと思うが、実菜には思い出せなかった。
それに小さい男の子の一人は、顔立ちがセシルに似ているので静加の子供なのかもしれないが、もう一人は分からない。
「これ、どこから落ちてきたのかな?」
陽人が天を仰ぐが、勿論ここではない場所から来たであろうことは実菜も陽人も理解していた。
写真を裏返しても、特にメッセージがあるわけではない。
「相変わらず、言葉が足らないわね」
実菜は呆れて笑った。
あまりにも一方的過ぎる。この写真から読み取れる事は、唯一つ。
幸せに過ごしている。ということだ。
幸せに過ごしているなら、まあ、いいか。
写真の中の笑っている静加を見て、実菜と陽人も微笑み合った。
回収しきれてない部分もありますが、本編は完結とさせて頂きます。あと一話番外編を投稿する予定ですので宜しければそちらもお願いします。
数ある物語の中から選んで頂いて、また、最後までお付き合い頂いて有難うございました。
皆様のお陰で完結まで辿り着く事が出来ました。
今後もマイペースに投稿していく予定ではありますので、ご縁がありましたらそちらも閲覧して頂けると嬉しいです。




