樹海城
樹海城
カオルは人族の同盟要請の使者として、エルフ族の城塞都市『樹海城』の『円卓の間』でエルフ族の長エルフィナに会っていた。エルフィナは人族の長老からの書状を読み終えたところだった。
「分かりました。人族の危機は我々の危機も同じです。このまま放っておく訳には参りません。これより『司士会議』を召集します。結論は数日中に出るでしょう。
あなたには城内にある使節用の宿舎を与えましょう。それからあなたはこの『樹海城』を自由に動き回って構いませんよ。あなたも久しぶりにハルカに会いたいでしょう。彼女に会って城内を見物でもしていて下さい」
エルフィナはそう言って微笑んだ。
「ありがたきお言葉、感謝します!」
カオルはそう言って深々と頭を下げた。
『樹海城』の中には何十本もの大木が聳え立っていた。それらが枝を広げて葉を生い茂らせ花を咲かせていた。カオルはエルフィナからハルカの住居を聞いていた。彼女は城内の大木の一つ『奏鈴樹』の上に居を構えていると言う。
カオルはその木の下に立つと上を見上げた。大木の枝は枝というより普通なら木の幹と言えるほどの太さと長さがあった。エルフ族の人々は地面に家を建てて住むこともするが、木の上に住むことが好きな種族だった。木の上に住むことはエルフ族の人々にとっては最高の名誉であり贅沢だとされていた。『奏鈴樹』の枝からは沢山の蔓が垂れ下がり、人の目の高さの所に表札が付いていてそれぞれ名前が書かれてあった。カオルはすぐにハルカの表札を見つけてその蔓を引っ張った。
ハルカの家は二本の近接する枝を上手に利用して家の基礎部分を固定して、屋根の部分をその上部の枝に何本かの蔓で固定して家を支えていた。これだけの大木なら余程の大風でも吹かない限り揺れることもないし、頑丈な枝も普通の風では揺れることもないだろうとカオルは思った。大自然との共存をこの上なく愛するエルフ族の知恵だった。
「カオルぅ!!」
ハルカが玄関から姿を見せた。
「ハルカぁ!!」
カオルは涙を浮かべた。
ハルカは背中に生えているクリアフェザーを羽ばたかせて飛び降りてきた。彼女はそのままカオルに抱き付いた。その衝撃でカオルは少しよろめいた。二人は暫くそうしていたが、離れると互いに顔を確認し合った。
カオルの外見は『マテリア』にいた時と殆ど変わらなかった。ただ魔法を出す時に少し髪や瞳が紅く光りを帯びるだけだった。それに比べるとハルカの方が変わっていた。
エルフ族の最大の特徴は背中に生えてる翼である。『クリアフェザー』という白く透き通った翼を持つ。それで自由に空を飛ぶことができる。そして額の中央に『ペンタグランマ』という青い星型の紋章がある。そして毛髪や瞳も青色が多かった。
だがそうした種族特有の外見的な特徴以外は髪の長さも顔立ちも背丈も殆ど以前のままだった。ただ『アルビトリウム』にいた時の姿を取り戻しているためそっくりそのままという訳ではなかった。つまりは彼女らはこの世界にいた時も似た顔立ちだったということになる。
「久しぶりね、カオル!」
ハルカは涙を浮かべて言った。
「ハルカ……」
カオルは涙に咽んで言葉が継げなかった。
「辛かったね、お互いに…」
ハルカも左手で口を押さえて涙を零した。
一卵性の双子というものは普通の兄弟とは違い、不思議な感覚で繋がっているらしい。だからどちらかがいなくなったりすると残った方は自分の身体の一部を失ったように感じることがある。彼女らはこの僅かな会話でそうした言葉にできない思いを感じ合っていた。
「あなたの記憶はどう?」
ハルカは少し落ち着きを取り戻すと訊ねた。
「あなたより長くここにいるけど、まだ殆ど戻らないの。何故かは分からないんだけど私は記憶の回復が遅いみたい。ハルカはどう?」
カオルは涙を拭って訊ねた。
「…そうね、私も同じ…かも…でも少しだけ思い出したことはあるけど……」
ハルカは目を少しだけ俯けた。
「でも、無理に思い出さなくてもいいんじゃないかな。記憶が戻ったら、代わりに私たちが双子だったことを忘れちゃったら嫌でしょ?」
カオルは笑顔で言った。
「うんうん。それにしても、あなたって人が悪いのね。あのクラヴィスが二つあったなんて、あなた一言も言わなかったじゃない」
ハルカは眉を寄せて言った
「あれを拾った日の夜ね、子供心に色々調べて弄くり回したりしてたの。そして不思議に思ったの。何で裏表が同じデザインなのかなって。それで何となく指に挟んで交互にずらしてみたら二つに割れちゃったの。最初は驚いたわ。壊しちゃったと思った。大変なことしちゃっと思って、恐ろしなったわ。でも落ち着きを取り戻してよく考えたの。これは元々二つだったんじゃないかって。ということは一つはハルカの物かもしれないって考えたの。でもあなたは怖がってたでしょ? だから内緒にしてずっと私が持ってたの。
でも私がいなくなったらそれを渡す人もいなくなるから、手紙の中に一緒に入れてあなたに渡したのよ」
カオルはそう説明した。
「そうだったの。私はあれを貰ってから、正直戸惑ったわ。どうしたらいいか分からなかった。手紙にはそんなこと書かれてなかったし、あなたがいなくなったことが悲しくて身体の半分がなくなったような感じがしてた。
でもそんな時、ある人から一年後にあそこにクラヴィスを持って行くように言われたの。恐ろしかったけどその人が怖いことを言ってたから、それで仕方なく言う通りにしたの。そうしたら本当に『月の案内人』が来て連れて行かて、もう怖いだけで生きた心地もしなかったわ」
ハルカはその事を思い出したように身体を震わせた。
「ふーん……その人って知ってる人だったの?」
カオルは不思議そうに訊ねた。
「ううん。知らない人」
ハルカは答えた。
「そう……でも、今となったら、私に感謝して欲しいわね。そのお蔭であなたはここに帰れたんだから」
カオルは勝ち誇ったように言った。
「ええ、ホントに感謝してる。あなたのお蔭で本当の自分が取り戻せたし…それに……」
ハルカは最後の言葉を濁した。
「そうだわ! 私のマモルが帰ってくるの!」
カオルは嬉しそうに飛び跳ねた。
「うん、知ってるわ」
ハルカは少し真顔になって言った。
「えっ、どうして知ってるの!?」
カオルは不思議に思った。
「エルフィナ様から聞いたからよ」
「そうか…まあ、マモルはこの世界では『ソルジャー』という英雄だもんね。皆が騒いだって不思議じゃないわ。でも彼はどうやって帰って来られたのかしら。…ねえ、ハルカ、あなたは彼に私のこと説明してくれたのよね、彼は何か言ってた? 例えば自分もクラヴィスを持ってるとか…」
カオルは探るような目で訊ねた。
「ううん、全然。私はただあなたがいなくなった理由を説明しただけだし、その時の彼の様子はあなたがいなくなった理由が分からずに苦しんでるようだったわ。クラヴィスのことを知ってたら、そうはならない筈よ」
ハルカも今までそんなことを考えたこともなかったので、不審そうな顔つきになった。
「ちょっと、待って…今、何かが…いや、違う……」
カオルは何か思い付きそうだったが、それは辻褄が合わない考えだった。
「でも、そんな事どうでもいいんじゃない? 彼が帰って来るだけで嬉しいことよ」
ハルカはサバサバした口調で言った。
「それもそうね。そんなことマモルに聞けば分かることだし、重要なのは彼が帰って来るということだわ。ああ、凄いなぁ、まさか私の彼が『ソルジャー』だったなんて! さすが私の王子様だわ。こんな幸せなことがあっていいのかしら!」
カオルは再び飛び跳ねて嬉しがった。
しかしその時ハルカはこう思った。
「ごめんね、カオル……あなたに一つだけ言えなかったことがあるの。私は思い出してしまった。この世界にいた時、私はあなたと同じように『ステラ』を愛していたということを……」
この事実を知っているのは長エルフィナだけだった。
そしてその二日後、カオルはエルフィナに呼び出された。
「我々エルフ族は人族と同盟を結びます! かつてそうであったように我々は人族と共に妖獣族と戦いこれを撃退する! 我々は一個大隊を白仙城に派遣することに決めました。我々の力を妖獣族に思い知らせてくれる!」
エルフィナは立ち上がってそう宣言するとカオルに同盟承認の書簡を手渡した。




