思い出の海
思い出の海
「おーい、護!」
真司が手を振りながら護を呼んだ。
「何だ、真司?」
護は彼の方に歩きながら言った。
「このイカ焼き旨いぞ!」
真司はそう言って大きなイカ焼きを口一杯に頬張った。
「おいおい、さっき昼飯食べたばかりなのによく食べられるな」
護は呆れ顔で言った。
「だってよ、いい匂いがして我慢できなかったんだ」
真司は口の周りを醤油まみれにしていた。
今日、護と真司は夏休み前に約束した通り、二人で護の家の近くのあの海に来ていた。その日は青空が広がり澄み渡った快晴で、浜辺は海水浴客で一杯だった。護にとってこれは真司との最後の思い出づくりのつもりだった。後少しで彼と別れる日が来るのかと思うと寂しさを禁じ得なかった。彼は真司に会えたことを本当に幸せなことだと思った。このまま何もなければ、真司とはきっと生涯の友として付き合うことになっただろうと思った。でも護はもうすぐこの世界からいなくなる。それは夢でしかないんだと思った。
護は真司に付き合って自分もイカ焼きを買った。そして彼は真司と同じようにそれを口一杯に頬張った。その時、彼は何気なく『運命の丘』に目を遣った。すると丘の頂に女性が立っているのが見え、彼女が彼らの方を見つめているように見えた。彼女の顔まではっきりとは分からなかったが、彼はどこか見覚えがあるような気がしていた。
「知り合いか?」
真司は彼の視線を追ってその女性を見つめた。
「いや……ちょっと…何となく見覚えがあるような……」
護はイカ焼きを咀嚼しながら答えた。
「ふーん…おい、そんなこといいからカニを取りに行こうぜ! イカの次はカニだ」
真司は彼の肩をポンと叩いた。
「シリトリかよ…」
護はその女性が何となく気に掛かっていたが、彼の言葉に従って海の方へ向かった。そして改めて海岸を見渡して思った。
「それにしても男同士って俺たちだけなんじゃないか? 殆どがカップルや家族連ればかりじゃないか…」
護は真司の方を見たが、彼はそんなことを全く気にしていない様子だった。
「何だか、男同士って俺たちだけのような気がしないか?」
護は岩場に隠れた蟹を探している真司に訊ねた。
「ん? …そうか? 野郎同士で来てる奴らも少しはいるんじゃないのか?」
真司は蟹を探すのを一時中断して海岸を見渡した。
「そりゃ少しはいると思うけど、圧倒的に少ないだろ」
「まあな…だけどそれがどうかしたのか?」
真司は再び蟹を探し始めた。
「どうかって…お前は恥ずかしいとか思わないのかって話さ」
護は彼の横顔を見ながら言った。
「うーん…俺は別に構わないさ。お前と俺だぜ。気にするな」
「……なんて良い奴だろう……」
護はそう思った。彼は真司と別れなければならないことが、人生の大きな損失のような気がしてきた。俺がいなくなったら真司はどう思うんだろう。
「きっと真司なら自分のことのように感じて泣いてくれるような気がする。俺の死を悲しんでくれる人がもう一人いたんだ。だったら俺はこいつに何をしてやれる? そうだ! 俺の秘密を打ち明ければ良いんだ。そうすればこいつを悲しませないで済む」
護はそう決心した。
「なあ、真司」
「あん?」
真司は割り箸を岩の穴に突っ込んで蟹を穿り出そうとしていた。
「あのさ、明日何か予定あるか?」
「明日からお盆だから親父の実家に行く予定だ」
真司が答えた。
「そうか。じゃあ、その後は?」
「別にこれと言った予定はないな」
「じゃあ、都合がいい日でいいから電話くれないか?」
護は真剣な顔をして言った。
「ああ、分かった。…でも何かあるのか?」
結構大きなカニを捕まえた真司は彼に自慢げにそれを見せつけた。でも彼は護が固い表情をしているのに気づいた。
「とても大切な話だ」
護は空を見上げながら答えた。




