確信
確信
護は目標が決まったことで精神的に回復していった。それでも彼には『アルビトリウム』に行けるという保証はないという一抹の不安は残っていた。でも今はそれを信じるしかないと思った。今の彼に残されたった一つの希望は香がいる筈の『アルビトリウム』に行きたいということだけだった。
生きていられるのも後一年足らずだ。これまで思ったこともなかったが、急に今自分が生きているこの世界のことをもっと知りたいという欲求が湧いてきた。
それからの彼は図書館に通うようになっていた。世界を知るためには色んな本を読んだ方がいいと考えたからだ。彼は本を読んでいく内に本が面白いと思うようになっていた。歴史、哲学、宇宙、科学、文学、とにかく色々と読み漁った。
そして知識が深まるに連れて、それまで護の知らなかった世界が眼前に現れ始めた。特に神話や宗教の世界は護の気を引いた。これから行くことになるであろう『アルビトリウム』のことも何か分かるかもしれないと思えたからだ。『アルビトリウム』はラテン語で『意志』や『決定』という意味を持つらしいことも分かった。
「ちょっと待てよ、よく考えたら異世界ってどんな言語が使われているんだ? 向こうに行って言葉が通じなかったら何もできなくなる可能性もあるんじゃないか?」
そんなことを思ったりもした。
「当たり前だけど、世界って俺が見てきたものが全てじゃないんだな。面白いことが沢山あるんだ。なんか今まで知らなかったことを知っていくと損した気分になってくる。もっと早くこんな気持になっていたら俺の人生も随分変わったかもしれない。だがそうなると香との出会いもなかったかもしれなくなる。やっぱりこれで良かったのかもな」
彼はそんなどうでもいいことを思いながら、彼は世界中の神話を調べていった。だが『アルビトリウム』に関しては言葉の意味以外のことは何一つ分からなかった。方向性を変えて異世界とか異次元という分野を調べてみた。だがやはり手掛かりらしきものは何も得られなかった。ただ一つだけ収穫があった。これまで全く興味のなかった数学や物理学の面白さを実感した。
学校って一体なんだろう。こんなに勉強が面白いと思ったことなんてなかった。学校って勉強を教えながらその詰まらなさも教えている。きっと勉強が面白いと思えるには形式で縛っては駄目なんだ。教科に分けて、時間割を決めて、そして先生から一方的な説明をして不意打ちで生徒に答えさせるという形では嫌になるだけだ。それが勉強を詰まらないものにしている。もっと自由にして、先生と生徒が対話形式で授業を進める。冗談で楽しませ、楽しみながら覚えていけるようにすべきだ。欧米ではそれに近いことが行われている。授業にもっと生徒が参加しているという実感が得られるものだ。
「何か俺、いつもと違うな……色々知ると物事に批判的になるのかな……」
護は知識が増えると次第に気づくようになることがあった。知識が増えれば増えるほど逆に分からないことがどんどん増えてくるということに。
「不思議だな。知識が増えてくると逆に分からないことが増えてくるなんてな。結局は人って何も知らずに死んでいくのかもしれないな。宇宙のことも、世界のことも、そして自分のことも」
護は本を読んでみて自分が〈井の中の蛙〉だったと思い知らされた。思考にも磨きが掛かるようになった。色々な事にも興味が湧くようになっていた。だが自分が本当に知りたいことはまだ得られなかった。
「この世界について俺は何も知らない。何故なら他の世界を知らないからだ。この世界のことだけを知っても他の世界のことを知らなければ、本当の意味でこの世界を知ったことにはならない。確信したのはこの世界が全てではないということだ。世界は他にもある。そしてその名は『アルビトリウム』という世界なんだ」
護はそう思ってから目を輝かせた。自分はその世界を見ることができる筈だ。この『クラヴィス』の石が十二個になると同時に……




