手紙
手紙
護は遥が話し終えてから、暫く何と言っていいか分からず立ち尽くしていた。とても信じられるような話ではなかった。まるでお伽話にでもでてくるような作り話に思えた。
しかし遥が嘘を言っているとは思えなかった。でも彼はその話をどう捉えたらいいのか判断に迷った。そんなことが現実にあるのだろうか。
護は話を整理しようと思った。つまり香はあの日、その幼い頃の出来事を確かめに浜辺に行ったということだ。しかし、それが彼女の死を招くことになった。そういう事になる。
『アルビトリウム』とは一体何だろう。香は死んだのではなく身体だけを残して、ただそこに連れて行かれたということなのだろうか。もしそうだとしたら、彼女は身体のない状態で生きていることになるのか。
彼はあまりにも現実離れした話に、それ以上の解釈が思い付かず、思考の行き場を失ってしまった。
では仮にそれが真実だったとして俺はどうすればいいんだろう。彼女を連れ戻すことができるのだろうか。しかし連れ戻すことができたとしても彼女の身体はもうない。
結局これでは真実を知らされても知らない時と変わらない。確認のしようもないし、何もできない。
「あなたの考えてることが分かります。きっと信じられないと思っているのですね」
遥はいつの間にか護の方に顔を向け直して、真剣な目をして彼を見つめていた。
「でも、これは嘘ではないんです。私たちは幼い頃、確かにあの光の人を見たんです。そして十年後の同じ日に香が死んでしまったんです。彼女はきっと魂だけになって、あの光の人に『アルビトリウム』に連れて行かれたんです」
「俺はどう言ったらいいのか分からない。仮に君の言ったことが全て事実だとしても、香が生きているのかも分からないんじゃ、結局俺はこれからどうすればいいのかも分からない!」
護は両手に握り拳を作って柵の上を叩いた。
「でも私は話をする前に言いました。あなたが真実を知ったら、きっと苦しむことになると。あなたに渡したい物があります。これは香からあなたに渡すように言われていた手紙です」
遥はそう言うと持っていたバッグから手紙を取り出して彼に渡した。
「これが香の…手紙……?」
護は涙を浮かべて渡された手紙を見つめた。
「私が夏休みに帰省した時に、香からあなたに渡して欲しいと預けられたものです。もし自分に何かあったら、幼い時の出来事をあなたに話して、これを渡して欲しいと言われていたんです」
「……」
護は震える手で手紙を見つめたまま涙を流していた。
「これで香に頼まれていたことを果たせました。私の役目はこれで終わりです。これからあなたがどうするかはこの手紙を読んでから決めて下さい。実は私も彼女から手紙を貰っていました。それで私は真実を知ることができたんです。そして私のすべきことも分かったんです。私はこれからそれをやることに決めました」
遥はそう言って微笑んだ。
「ありがとうございます。香が俺に手紙を残していてくれたのは何よりの救いです。彼女は病気で死んだんじゃないと分かりました。彼女はちゃんと知ってたんですね。自分はいなくなるかもしれないって。正直な話、これを受け取った今でもまだあなたの話が真実だとは信じられない思いです。でも俺はこの手紙を読んで自分がどうしたらいいかを決めることにします」
「無理もありません。私もあの幼い頃のあの体験がなかったら、他人からこんな話をされても恐らく信じられなかったと思います。でも私はあなたに会えて良かった。もし香の彼氏じゃなかったら、もし香より先にあなたと出会っていたら、私はきっとあなたを好きになっていたでしょう。ではこれで失礼します」
遥はそう言って照れたような表情を浮かべた。そして呆然としている彼に軽くお辞儀すると、外灯に照らされた薄暗い丘を下り、ライトアップされている『紅葉通り』に向かって歩いて行った。




