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■第53話 ふたりを分かつ窓


 

 

それは高校2年の夏休みのこと。

 

 

 

ショウタの草野球の試合にシオリを誘い、試合後にはじめてふたりで昼下がりの

デートをした日のことだった。


マックでお昼ご飯を食べながらふたり腹を抱えて笑い合い、その後は夕方まで

ブラブラと駅前をのんびり歩いていた。

 

 

何を買うでもなく入ったデパートの一角のコーナーで足を止めたショウタ。

ひらひらと手をこまねきシオリへ合図をし、指をさして不思議そうに首を

傾げている。

 

 

 

 『なにこれ?? こんな小さいの誰がすんの??』

 

 

 

ショウタが指差す先には、ショーケースに入ったベビーリングが誕生石ごとに

並べられ飾られていた。


最初はこどものオモチャだと思ったショウタだが、それにしたって小さい。

こどもの指だって入るサイズではないそれに、『あー・・・ ただの見本か。』

結構なボリュームでひとりごち奥に佇む店員が困り顔で苦笑いを浮かべている。

 

 

シオリは可笑しそうにクスクス笑いながら、

 

 

 

 『ベビーリングってゆうんだよ


  生まれてきた赤ちゃんに ”お守り ”として贈るの。』

 

 

 

すると、ショウタとシオリふたりの姿に店員がその頬に嫌味なほどの営業

スマイルをつくり近寄って来た。

鼻にかかった甘ったるい猫なで声で店員は言う。

 

 

 

 『 ”幸福が訪れ、身を守ってくれる ”誕生石と組み合わせて、


   ”一生幸せになって欲しい ”っていう願いを込めて


   パートナーに贈るお客様も多いんですよ~・・・。』

 

 

 

 

それをなにも言わず、ショーケースに貼り付いてじっと見つめていたあの日の

ショウタを静まり返った部室でひとり、シオリは思い出していた。

 

 

 

 

シオリの手に渡された小さな包みの中、そこには11月のシオリの誕生石が

埋め込まれた小さな小さなベビーリングが無造作にそこにあった。


青い誕生石が煌めく、それが。

リングケースに入れるでもなく、小さな紙袋に呆れるほど無造作に、飾らずに。

 

 

 

 

    ”一生幸せになって欲しい ”

 

 

 

 

あの日の店員の説明を思い出す。

シオリの瞳からは、止めどなく涙が流れる。

 

 

何故かあの時違和感を憶えた、それ。


まるで、遠く離れて幸福を願うようなその言い回し。

一緒に幸福になるのではなく、ひとり離れてそっとそれを願うような。

まるで、ショウタとシオリが ”こうなる事 ”を分かっていたかのような。

 

 

小さな小さなそれを宝物のように握り締め胸に強く抱いて、シオリは泣きじゃくる。


ショウタと笑い合った日々が走馬灯のようによぎり、胸をえぐるような激しい

痛みに息が出来ない。 苦しくて苦しくて、ショウタへの溢れる程の想いに

押し潰されそうになる。

 

 

すると、弾かれたように慌ててシオリは立ち上がった。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君と・・・ ずっと、一緒にいたいよぉ・・・。)

 

 

 

 

部室の窓辺に駆け寄り、その涙で滲む目は右へ左へショウタの姿を必死に探す。

窓ガラスに手を付き爪先立ちになって、卒業式終わりの生徒が行く通学路を必死に。

 

 

すると、ひとり踵を擦ってトボトボと歩く愛おしい背中が校舎脇の道に見えた。

 

 

 

 『ヤスムラ君っ!!!』

 

 

 

思わず大声で呼びかけたシオリ。


時計の秒針が進む音しか響いてない部室に、シオリが呼ぶ名が木霊する。

慌てて窓を開けようと鍵に指をかけるが、冬の寒さで凍った窓のその鍵は

ピクリとも動かない。

 

 

空回りする、焦る指先。

力を入れれば入れるほど鍵に掛けた指は滑り、ただ埃の色だけその指に濃く

してゆく。

 

 

他の窓を開けようとひとつ隣にずれるもそれも同じように鍵が開く気配はない。

 

 

 

 『行かないでっ!!! ヤスムラ君っ!!!』

 

 

 

拳で窓枠を乱暴に打ち付け、シオリが泣きながら必死にショウタの名を呼ぶ。

何度も何度も必死に、愛おしいショウタの名を叫ぶ。

 

 

 

 『行かないで・・・ 置いてかないで・・・


  私をひとりにしないで・・・

 

 

  私も・・・ ヤスムラ君と一緒にそっちに行きたいよ・・・。』

 

 

 

乱暴に鍵を開けようと掛けた指先は、爪が割れて少し血が滲んでいた。

窓を打ち付け続けたシオリのその白いはずの手も痛々しく真っ赤になっている。

 

  

 

 

しかし、その窓は最後まで開かなかった。


ショウタとシオリを分かつその窓は、結局、固く閉ざしたまま決して開くことはなかった。

 

 

 

 

  ショウタという眩しい光を完全に失って、


               シオリの世界もまた色を失くした。

 

 

 

 

そして、ふたりは各々の道へ進んだ。

 

 



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