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■第46話 悲鳴のような泣き声


 

ただならぬ様子で大きな音を立て、玄関を飛び出して行ったシオリの後ろ姿に

店先に立っていた母ミヨコは無意識のうちに咄嗟にその背中を追い掛けた。

 

 

元々細いシオリの背中が更に弱々しく消えてなくなりそうで。 

長い黒髪が乱暴に揺れ背中で暴れる。


足がもつれよろけて転びそうになりながらも、その哀しいほど磨き上げられた

ローファーは必死に駆けてゆく。

 

 

 

  まるで少しでも遠くへ行こうとするかのように。


  少しでもショウタから離れようとするかのように。

 

 

 

眩暈でもして立ち眩むように不安定に走りながら角を曲がると、電柱に抱き付く

ように突進ししゃがみ込んだシオリ。 凄い勢いで地面についた白い膝が

アスファルトの小さな砂利に擦れて血が滲んでいる。

 

 

 

 『シオリちゃん!!!』

 

 

 

太った重い体で懸命に追いかけるミヨコ。


普段走ったりしない運動不足のその体も膝も、一気に掛かった負荷に悲鳴を上げる。

ミヨコがシオリの横にしゃがみ込む。 ゼェゼェと苦しそうに肩で息をつき

顔を歪めそっとその顔を覗き込みながら細い肩を抱いた。

 

 

すると、シオリは顔をくしゃくしゃに歪めて泣いている。


真っ白で美麗なその顔が見る影もないほどに、頬は痙攣し苦しそうにしゃくり

上げて。 大きな瞳から溢れ、頬を伝い、顎から零れ落ちる大粒の雫たち。

次々とアスファルトに零れ落ち地面の色を濃くする透明な雫が、まるで夕立のようで。

 

 

 

 『私・・・

 

 

  ヤスムラ君を・・・ 泣かせちゃった・・・


  傷つけちゃった・・・ 酷いこと言って傷つけちゃった、私・・・

 

 

  ヤスムラ君を・・・ 傷つけちゃった・・・

 

 

  離れたくないよぉ・・・


  ほんとは、ヤスムラ君と・・・ ずっと、一緒にいたいよ・・・

 

 

  ・・・ヤスムラ君が・・・ 


  ヤスムラ君が・・・ 大好き、なのに・・・。』

 

 

 

悲鳴のような泣き声を上げるシオリ。


電柱の脇にしゃがみ込みふたり、ぴったり体を寄せ合う。 ミヨコはシオリを

強くその胸に抱きしめてやさしくやさしく頭を撫でる。 それはまるで母娘の

ようで、シオリもまたミヨコにしがみ付くように、震えながら強く強く抱き付いた。

 

 

ミヨコのまるい肉付きいい頬にも堪え切れずに涙が伝っていた。

 

 

 

 『アンタが、ツラい役をかって出てくれたんだね・・・


  ごめんね、シオリちゃん・・・

 

 

  やさしい子・・・

 

 

  なんてやさしい子なんだろうね、


  ・・・ごめんね、ありがとね・・・。』

 

 

 

シオリが更に声を上げて泣きじゃくる。


呼吸困難でも起こしそうなくらい胸を上下させて全身で泣くその華奢な体を、

ミヨコはもう一度ぎゅっと抱きしめる。

 

 

 

 『ごめんね、シオリちゃん・・・


  アレは、ほんとどうしようもない馬鹿だから・・・


  馬鹿だけど・・・ おばちゃんにとっては自慢の息子なんだよ・・・

 

 

  あの馬鹿があんなに真剣にシオリちゃんの為に頑張る姿を見たら


  どうしてもね、応援したいと思っちゃったんだ・・・


  シオリちゃんと一緒にいさせてあげたい、って・・・

 

 

  おばちゃんも、少しけしかけたような節もあるかもしれない・・・

  

  

  許してね・・・


  大馬鹿息子の初恋を応援したくなっちゃったんだ・・・。』

 

 

 

ミヨコの胸に顔をうずめて、こどものように声をあげ泣き続けるシオリ。

 

 

 

 『でも、ちゃんと分かってるよシオリちゃん・・・


  アンタも一生懸命ショウタを想ってくれてるって。 ありがとね・・・。』

 

 

 

シオリが静かに静かに顔を上げた。


そして、涙でぐっしょり濡れた頬を向けて、しゃくり上げながら涙で詰まり

ながらミヨコに呟いた。

 

 

 

 『ヤスムラ君には、ちゃんと、笑っててほしいの・・・


  ・・・笑ってる顔が、大好きだから・・・。』

 

 

 

すると、ミヨコは目を細めやさしく小さくコクリと頷き、どこか自信満々に

言った。

 

 

 

 『神様が天邪鬼なだけだよ・・・


  今はそっぽ向いてても、また必ず振り返るからね・・・。』

 

 

 

それはショウタの根拠のない自信に満ちた発言をする時の顔と同じそれだった。

 

 

 


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