■第47話 水をあげるタイミング
呆然と自室の天井を見上げているショウタ。
まるで夢の中のように、たった今起こった出来事がぼんやりとかすんで全く
現実味がない。
床に体育座りをしてベッドのふちに背をもたれ寄り掛かり、首を反らして
ただただ天井を見つめていた。
古びた天井の継ぎ目をただじっと見つめていた。
規則的に配置されているはずのその継ぎ目が、少しずつ少しずつ歪んでゆく。
ショウタの目に滲みあふれ出る涙が、それを歪めてゆく。
目尻から目頭から伝い流れる雫は、ショウタの部屋着のTシャツに次々と
哀しいシミを広げた。 薄いグレーのTシャツが涙色のそれになるほど、
その目からはまるで呼吸をするように当たり前のように自然に流れ出す。
なにも考えられなかった。
これからどうすればいいのか、どう笑えばいいのか、どう息をすればいいのか。
世界中の色が消え失せ、世界中の音が無くなったような感覚。
たったひとつの目映い光を失った。
もう、なにをどうしたらいいのか、わからない・・・
次々とシオリの顔が浮かぶ。
はじめて大笑いする顔を見せた夕暮れの放課後のバス停。
”別に明日だっていいじゃない、こんなの・・・
わざわざ・・・ バス、追い掛け、なくて、も・・・。”
無理やりうちわで前髪を扇いで、怒った顔。
”おでこ出すのキライなんだから・・・ 二度としないで!”
捻挫をしたシオリを自転車で送った時、はじめて貰ったたった2行のメール。
”今日はほんとにありがとう。
嬉しかった。 ホヅミ ”
修学旅行の夜、はじめてしっかり繋ぎ合った手と手も抱き締めた華奢な体も、
震えながらキスをしたクリスマスイヴも、全部全部、夢だったかのようで・・・
その時、ドアを2回ノックする音が聴こえ 『ショウタ・・・?』
それと同時に母ミヨコがドアノブを回し開けて部屋に入って来た。
本来なら泣いている姿など親に絶対に見られたくない年頃なはずのショウタは、
自分の頬に流れつづける涙をぬぐう気力すら残っていなかった。
ミヨコに視線を送ることもせず、ただそのまま天井を見つめ続け次々溢れだす
雫にTシャツの色を哀しく変えてゆく。
ショウタのそんな姿に、ミヨコの胸は張り裂けそうに痛みを生じる。
一気に涙が込み上げ、その痛みを代わってやれるものなら代わりたいと心の底
から思う。
そして、シオリがしゃくり上げ泣きじゃくる姿をふっと思った。
(こんなに想い合ってるってゆうのに・・・。)
息子のことが心配で心配で部屋に来たはいいが、なんて言葉を掛けてやったら
いいものかミヨコは考えあぐねていた。
ふとショウタの勉強机に置かれた窓辺に佇むミムラスの鉢に目をやったミヨコ。
ショウタが闇雲に水をやりすぎたミムラスは根腐れをして枯れかけていた。
近付いてそっと花びらに触れると、それは本来の鮮やかな橙色が朽ち果てて
まるで疲れ果てたように萎れ茶色く変色している。
『水を与えるばかりじゃ、殺してしまうこともあるんだよ・・・。』
ミヨコが変色した哀しい花びらを見つめながら、小さく呟いた。
『与えすぎることが、負担になることだってあるんだ・・・。』
ショウタはいまだ呆然と天井を向いたまま微動だにしない。
『あんた、花育てるの初めてだもんね・・・。』 そのミヨコの一言にショウタ
の瞳から再びとめどなく涙が伝いはじめた。
ショウタは必死に喉に力を込めて堪えるも、嗚咽は哀しく小さく響きしゃくり
上げ鼻をすする気配に、ミヨコは背中を向けたまま泣き出しそうに目を伏せた。
ショウタのすすり泣く声が響く。
大きな図体をした息子が、まるで幼いこどもの様に膝を抱え小さく震えて泣いている。
『少しだけ、手を離しなさい・・・
花はまた、きっと咲かせることが出来るから。
・・・タイミング、だよ。 水をあげるタイミングが大切なんだ。
今は少し離れて、見守りなさい・・・。』
そして、春。
ふたりは3年に進級し、再びクラスは別々になり完全に離れ離れになった。
シオリの部屋の窓辺に置いたミムラスも、ショウタのそれと共鳴するかの
ように枯れた。




